魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第十三話 【美樹さやか】(1)

 美樹さやか失踪事件翌日 17:00

 見滝原路上 美樹さやか

 

 美樹さやかは焦っていた。暁美ほむらが浅古姉妹と接触したと巴マミから連絡があったのだ。

 さやかと佐倉杏子は、魔法少女に変身し、その場所に急いでいた。

 

(ほむら、まだ戦ってはだめだよ)

 

 さやかは、昨日まで美国織莉子の家に軟禁されていた。そこで浅古小巻の強力シールドや、浅古小糸の閉鎖魔法、呉キリカや優木沙々の厄介(やっかい)な能力も知っている。

 

(ただの確認だよ……まだあんたがそうだとは限らない)

 

 織莉子は世界の終末を予知し、それを発生させる“悪魔”が暁美ほむらではないかと考えていた。ただ、まだ確証がなく、それを得るまでは絶対に手を出さないとさやかに約束していた。

 

(織莉子さんは約束を守る。でも、キリカさんや優木さんは分からない)

 

 マミから追加の連絡が入った。

 

(『到着したわ。なるべく時間をかせぐけど急いで』)

(『マミさん! 相手は何人ですか?』)

(『二人よ、青い人と黒い人ね』)

 

 小巻とキリカだ。それにテレパシーが通じているので浅古小糸はきていない。これは本当に確認だ。ほむらが“悪魔”かどうかを確認するために二人はきたのだ。

 

(『マミさん、ほむらに慌てないように言ってください』)

(『ええ』)

 

 さやかは加速し、あっという間に杏子を置き去りにした。

 

 ――小巻のドームが視界に入る。遠ざかっていくように見えるので最悪の事態は避けられたらしい。

 さやかがスピードを緩めると必死の形相の杏子が横に並んだ。ほむらとマミの後ろ姿が見えた。さやかはさらにスピードを緩める。杏子がこちらを向きながら追い越し、先にほむらたちのもとに到着した。

 

「あれが……浅古小巻か?」

 

 手を(ひざ)につき、ゼーゼー言いながら杏子が言った。まったく、負けず嫌いにもほどがある。この様子だとかなり無理をしていたのだろう。

 

「黒い人は呉キリカだよ」

 

 ほむらとマミが振り返る。さやかと杏子を対比して、やれやれといった表情を浮かべている。

 

「マミさん。なにもなかったようだけど、小巻さんたちはなにしにきたの?」

 

 マミの表情が曇る。そして、ほむらに回答を(うなが)した。

 

「暁美さん」

 

 少し間をおいて、ほむらが“それ”をさやかに見せた。

 

(!!)

 

 間違いない。あれは、悪魔の盾だ。

 さやかは後ずさりした。あの盾を持っているということは、ほむらが織莉子が予知した“悪魔”ということだ。

 

「……あんた、やっぱり」

「そうよ、織莉子が予知した悪魔は私に間違いない」

 

 ほむらは選択を迫るように冷たい視線でさやかを見ている。巴マミと佐倉杏子は、なんのことか分からずに、さやかとほむらを見比べていた。

 

「悪魔? どういうことだよ?」

 

 杏子の質問は当然のものだ。織莉子から、あのヴィジョンを見せられていなければまったくもって意味不明な言葉だ。

 

「ほむら……織莉子さんと戦うつもり?」

「美国織莉子は私を殺そうとしている。そうでしょう?」

「……そうだね」

「なら……ほかに選択肢はない」 

 

 マミと杏子の困惑がさらに深まっている様子だ。理解されるとは思えないが、二人には説明しなければならない。

 

「マミさん、杏子……私は、織莉子さんの予知した破滅のヴィジョンを見たんです」

「破滅……? でも、それは美国さんの頭の中にしかないことでしょう?」

「こう言ってはなんですが……私は織莉子さんの予知を信じます」

「美樹さん……」

 

 そうだなと思う。織莉子がほむらの殺害予告をしているからには、彼女はマミたちの敵になるはずだ。その人物を信じるなどと言う者は、敵として扱われて当然だ。

 

「さやか、それは本当にほむらだったのか?」

 

 その杏子の(とい)にはすぐには答えられなかった。実際、さやかが見たのはシルエットだけだ。確かにスレンダーな体型と特徴的なロングヘアーはほむらと一致している。しかし、顔を確認したわけではない。

 

「ほむらとは限らない……でもね――」

 

 そのさやかの言葉を引き継いだのは、ほむらだった。

 

「――その者は、この盾を持っていた」

「……そうよ」

「破滅云々(うんぬん)はともかくとして、この盾は私のものよ」

「どうして……あんたは、世界を亡ぼすの?」

「それは私が聞きたいわ」

「……」

 

 付き合いが長いとはいえないが、暁美ほむらのことはよく知っている。彼女自身が戸惑っているように、世界を破滅させる理由が思いつかない。とはいえ、織莉子が虚言でさやかを(だま)しているとも思えなかった。

 織莉子は、上条恭介と志筑仁美の件で自暴自棄になっていたさやかに、進むべき道を示してくれた。だが、それは“悪魔”の行いを阻止すること。言い換えれば、暁美ほむらを抹殺することだ。

 

「少し……時間をもらってもいいですか?」

 

 それがこの場で出せる結論だった。複雑な要素が多すぎて、単純な敵か味方かの判断ができなかった。魔法少女のいろはを教えてくれた巴マミを裏切りたくはない。かといって、美国織莉子にも恩がある。答えは出ないかもしれないが、じっくりと考える必要があった。

 

「ええ、でも、そんなに時間はないわ。あの人たちは、暁美さんを敵として認識したのよ」

 

 マミも杏子もほむらの味方のようだ。本音ではさやかだってそうしたい。しかし、あの破滅のヴィジョンを見てしまっては、すぐに決断はできない。

 

「明日には答えを出します」

「いいわ」

 

 さやかはマミたちに礼をしてその場を後にした。変身を解き、普通の女子中学生姿に戻り、家へと向かった。絡み合った情報を一つ一つ解いていかなければならない。まずは一昨日の夜。佐倉杏子を追って異空間に侵入した時からだ。

 

 

 一昨日 20:00

 見滝原ショッピングセンター付近 美樹さやか

 

 その日のさやかは、佐倉杏子と大喧嘩をしていた。彼女が実直で嘘が嫌いなのはよくわかる。だが、ものには程度というものがある。杏子は志筑仁美を再起不能にしたら良いと言ったのだ。さやかが上条恭介に思いを寄せており、彼のために奇跡を使ったことも杏子は知っていた。それなのに恭介がさやかを選ばないのなら、仁美を排除するべきだと言った。

 それは、さやかの心に突き刺さった。一瞬ではあるが、その考えも頭をよぎっていた。だから過剰に反応してしまい。互いに魔法少女に変身して本気で殴りあった。

 

「もう私には関わらないで」

 

 勝った負けたの闘いではなかった。最後は、さやかの剣幕に杏子が折れた形になった。治癒の能力に(ひい)でたさやかは、己の傷を修復し、変身を解いた。同様の傷を負った杏子はもうしばらくかかるだろう。今のさやかは、杏子と同じ空間にいることが耐えられなかった。

 

 だいぶソウルジェムが濁っている。このまま家に帰ることはできない。魔獣を狩って浄化しなければ、心がどんどん(すさ)んでいく。

 

 さやかは、しばらく探索を続け、魔獣の気配を察知した。そこはショッピングセンター脇にある小さな公園だった。

 

(杏子……)

 

 佐倉杏子が魔獣の異空間に入るのが見えた。彼女はいやなことがあると魔獣狩りをすると言っていた。きっと、自分とのいざこざがストレスになったのだなと思った。

 時間とともに、杏子への怒りが薄らいでいた。それどころか、言い過ぎたという罪悪感さえ芽生えていた。彼女なりの気づかいを自分は無下(むげ)にしてしまった。

 

 さやかも変身し、可能ならば杏子に謝ろうと思い、後を追った。しかし、その空間内に杏子はいなかった。

 

(!!!)

 

 まったく見えない壁にぶち当たった。身体能力の高いさやかはバックステップで回避した。だが、その背中にも壁があった。さやかは剣を抜いて襲撃に備える。目を凝らすと、半透明の壁が見えた。それは、さやかの周囲をドーム状に囲んでいた。

 

「美樹さやか君だね」

 

 背の高い青い甲冑の魔法少女と、やや小柄な鳥のような魔法少女が突然現れた。落ち着け、むやみに対抗しても良い結果にはならない。ここは相手の出方を見極める。

 

「……赤い服の魔法少女を探しています。ここに入ってきたはずです」

 

 甲冑の魔法少女と鳥の魔法少女が顔を見合わせている。

 

「それは佐倉杏子君のことかな?」

「……」

「佐倉さんはきていません。私たちはあなたを迎えにきました」

 

 いささか高圧的である青い魔法少女に比べ、鳥の魔法少女はかわいらしい話し方だ。それにしてもおかしい。この異空間に侵入したのは間違いなく杏子だった。しかし、この二人は知らないと言う。

 

「武器をしまってほしい。私たちは君に危害を加えない」

「それなら、まず、名乗ってください」

「失礼した。私は浅古小巻、隣は妹の小糸だ」

「私をどうするつもりですか?」

「美国織莉子の家に連れていく。目的は彼女が教えてくれる」

「みくに……おりこ?」

 

 小巻のの合図で、小糸が一歩前に出た。

 

「さやかさん。少しだけあなたの意識を奪います。お姉ちゃんが言いましたけど、危害は加えません」

「なっ!」

 

 小糸が両手を広げる。白いマントが揺らめき、本当に鳥が羽ばたいてるようだ。それを見ていたら、さやかはなにも考えることができなくなった。

 

(私は……眠っているの?)

 

 夢か現実か分からない空間だった。遠近感のまったくない場所に一人の女性が立っていた。

 

(……ほむら?)

 

 完全なシルエットの女性は、細身であり、長い髪が左右に分かれていた。さやかはそれが暁美ほむらではないかと思った。

 シルエットの女性は、左手に装着した実用性のない盾を触っている。不思議なことに、その盾はシルエットではなく、形状がはっきりとわかった。陰陽マークに見えるが、中央に大きな円があった。

 女性は、盾を回転させた。すると、そこからたとえようのない黒色。まさに暗黒が溢れだした。その瞬間、風景は誰かの視点に切り替わった。

 

(ビルの上……小巻さんと小糸ちゃんもいる)

 

 先ほどのものと思われる暗黒が拡大し、街を飲み込みつつあった。

 

「美国、あれは防ぎきれない。私たちは負けたんだよ」

「お姉ちゃん……」

 

 浅古姉妹が振り向いて話かかける。「美国」と呼ばれたので、これは美国織莉子の視点なのだろう。

 

「精一杯やったよね……織莉子」

 

 眼帯をつけた黒い魔法少女が言った。その表情は闘いを終えたスポーツマンのように充実していた。

 

「キリカの言ったとおりだ。これでいいんだよ」

「そうだね、織莉子さんは頑張ったから……」

 

 姉妹も、キリカという魔法少女と同様に微笑んで、織莉子を見ている。背後に暗黒が迫っている。

 

(逃げて!)

 

 なぜかそう叫んでしまった。しかし、それは無駄だった。暗黒は容赦なく四人を包み、闇へと消し去った。

 

 

 ――さやかはゆっくりと目を開けた。薄暗い照明の室内だった。高い天井に落ち着きのある調度品が揃えられている。クラシックな時計が見えた。針は9時30分を指していた。

 さやかは絶妙な弾力の長ソファーにもたれかかっていた。その向かい側にはボーイッシュな黒髪の少女が難しそうなハードカバーの本を読んでいた。

 

(この人……キリカって人だ)

 

 そのキリカが、さやかの目覚めに気が付き、本をたたんだ。

 

「さやか、起きたんだね」

「あなたは……キリカさんですか?」

「どうしてボクの名前を知ってるのさ?」

「……夢で」

「夢? ああ、そうか」

 

 夢で見たというリアリティのない話が通じた。ということは、キリカは自分がなにを見たかを知っているのだ。

 

「小巻さんたちは?」

「出かけてる。もうすぐ帰ってくるよ」

「キリカさんはどうして?」

「変なことを聞くなあ。だって、君がいるじゃないか」

「……」

「逃げたければ逃げてもいいよ」

「え?」

「糸巻もささささもいないから自由に外に出られる」

「あなたは?」

「ボク? ボクは、君が起きたら紅茶を飲ませるように織莉子から言われてるだけだよ」

「……」

「飲む?」

 

 そういえば、少し喉がかわいていた。さやかは、その提案にうなずいた。

 

「キリカ、私と、優木さんの分もお願いね 」

 

 重厚なドアは開けられ、美国織莉子が帰ってきた。キリカはそれを見つけて幼女のようにはしゃいでいる。

 

「織莉子! 帰ってきたんだね」

「ええ。小巻さんと小糸ちゃんは家に帰ったわ」

「そう。すぐに用意するよ」

 

 美国織莉子の声は、なんとも優しく、そして安らぎをおぼえるものだった。彼女は、さやかに会釈をして。先ほどまでキリカがいた椅子に座った。その隣には右目に眼帯をつけた上品な感じの少女がすわる。

 

「あれ?」

 

 眼帯の少女が背中に手をまわしている。

 

「なんですか? これは」

 

 キリカが読んでいたハードカバーの本を珍しそうに取り出した。

 

「ああ、おじさまの本ね。きっとキリカが読んでいたんだわ」

 

 それは政治の本であった。さやかは、美国という苗字の人物が、この界隈(かいわい)で大きなニュースになったことを思い出した。そうか、織莉子は収賄疑惑(しゅうわいぎわく)を苦に自殺した見滝原市市議会議員美国久臣の娘なのだ。

 

「私がどういう人間か分かったみたいね」

 

 驚いた表情のさやかに、織莉子は包容力のある微笑みを返した。

 

「ええ……まあ」

 

 次の言葉に詰まる雰囲気に、さやかは難儀(なんぎ)していた。

 

「お待たせ」

 

 いいタイミングでキリカが紅茶を運んでくる。格調が高そうな銀のトレイに、良い趣味のティーカップが四つ並べられている。キリカは、さやか、織莉子の順番で配り、紅茶とは思えない真っ白な飲み物を眼帯の少女に配る。

 

「これは紅茶じゃないよ。ホットミルクだよね」

「ティーオレですよ。普通にあります。あなたのそれは人間の飲み物ですか?」

 

 キリカはさやかの隣に座った。彼女のカップの“液体”は粘度が高く、眼帯少女の言うように飲み物には見えない。

 

「なにが入っているんですか?」

 

 たまらず、さやかは(たず)ねた。

 

「ジャムだよ。さやかも入れるかい?」

「……遠慮しておきます」

「なんで? おいしいのに」

「……」

 

 その異物をおいしそうに飲んでいるキリカを見て、織莉子は微笑み、眼帯少女は呆れている。なんだろうこの空間。さやかは、この空間に居心地の良さを感じてしまった。

 

「この子が美樹さんですか?」

 

 眼帯少女だ。茶色い髪の毛で先端が跳ねている。丁寧な言葉づかいで好感が持てる。

 

「まずは自己紹介よ優木さん」

「そうですね。私は優木沙々です。洗脳の魔法少女ですかね」

「……」

 

 さやかは驚いていた。ふつうは初対面の者に自分の能力を教えるなんてことはしない。それは個人情報に近いものだからだ。沙々という人物はその個人情報をさやかに教えていた。

 

「洗脳ですか?」

「ええ、洗脳です」

「……」

「改めてだけど。ボクは呉キリカだよ。能力はね――」

「――ま、待ってください。みなさんは、だれにでもそうやって能力を教えるんですか?」

 

 三人が不思議そうにさやかを見ている。冗談ではない。不思議なのはこちらのほうだ。

 

「美樹さん。二人は隠しても無駄だから話しているの」

「……無駄ですか?」

「そう、暁美ほむらさんは、私たちの能力なんて知り尽くしているから」

「ほむらが?」

「ええ」

 

 確かにほむらは奇想天外な言動をすることがある。ただ、自分たちの世代ではそのような人間は五万といる。いわば中二病というやつだ。

 

「私が見た夢に関係ありますか?」

「……」

 

 織莉子は答えなかった。

 

「織莉子さん……美樹さんに今日のことを話すのですか?」

「はい、すべてお伝えします」

「そうですか。キリカ! 帰りますよ」

「えー、ボクも残りたいな」

「あなたがいると話がややこしくなります。さっさとそのゲテモノを飲みなさい」

「……」

 

 ぶつぶつ言いながらキリカはジャム入り紅茶を飲み干した。そして、沙々に服を引っ張られている。

 

「さやか、今日はここに泊まっていきなよ。親のことは考えないでさ」

 

 キリカは、そう言い残して部屋を出た。そういえばそうだ。こんな時間まで家に戻らなかったら、親だって心配する。場合によっては警察に連絡されるかもしれない。

 

「私の能力は予知よ」

「予知……」

「安心して。警察沙汰(ざた)にはなりません。あなたは巴さんの家に泊まっていることになっています」

「そうか……ほむらが」

「記憶操作……厄介な力ね」

 

 予知によって得た知識か。織莉子はほむらの能力を知っていた。当然、自分たちの能力だって知られているはずだ。

 

「織莉子さん……すべてを教えてくれますか?」

「もちろんです。私たちは美樹さんを誘拐したのですから」

「そうですね」

 

 織莉子は冷めた紅茶を飲み、音を立てずにソーサの上に置いた。

 

「美樹さんがいなくなれば、きっと、お仲間は心配するでしょうね」

「……ほむらを確認するために私を拉致したんですか?」

「優木さんは魔獣も洗脳できる。だから、自由に異空間を作り出せるの」

「あのシルエットの女性はほむらだったですか?」

 

 織莉子は目を閉じて首を振った。

 

「暁美さんは盾は持っていなかった」

「もしも……ほむらがあの盾を持っていたら?」

「悪魔は倒さなければなりません」

「倒すって、殺すって意味ですか?」

「そうです。破滅をもたらす者を排除する。それが、私の生きる意味なの」

「……」

 

 戸惑うしかない話だった。織莉子ははっきりとほむらを殺すと言ったのだ。予知能力にはどんな攻撃も通じない。彼女が本気になったら、自分たちにはなすべき手がない。

 

「おなか減ったでしょう? かなり遅いけど夕食にしない?」

 

 織莉子は立ち上がり、さやかに手を差し出す。

 

「この時間帯だと太りそうな気が……」

「あら、魔法少女は太らないのよ」

「ほ、本当ですか!」

「まあ、気持ちの持ちようね」

「冗談ですか……」

 

 さやかは、織莉子の手を借りる。その柔らかな手は戦う人間の手ではなかった。自分たちとは違う一般的な女子中学生の手だ。

 

「食事は準備してある……と思うのだけど」  

 

 織莉子は、この大きな家に一人で住んでいた。そのため、管理はハウスキーパーに頼んでいるという。

 

「良かった。準備してあるわ」

 

 案内された食堂は優に10人は座れる大きなテーブルがあり、装飾品も豪華だった、広大なテーブルの隅に、前菜やデザートまでついたディナーが2名分用意されていた。

 

(まだ湯気が出ている。時間まで予知されていたの?)

 

「美樹さん、冷めないうちにいただきましょう」

「あ、はい」

 

 沢山の皿が並んでいたので食べきれるかなと思ったが、それぞれ適度な量に調整されており、ほど良い満腹感を得られた。

 

「そういえば、佐倉杏子を見ませんでしたか?」

「佐倉さん? 私は見なかったけど、優木さんなら見たかもしれないわね」

「沙々さんですか?」

「優木さんの右目は佐倉さんに潰されたの。だから、彼女は佐倉さんを恨んでいる」

「……いつそんなことが」

「優木さんはこの間まで風見野にいたの。佐倉さんもそうでしょう?」

「なるほど……聞いたような気がします」

「お友達では?」

「仲間ですけど友達じゃありません」

 

 織莉子はふくみ笑いをして、デザートのプリンを口に運んだ。照れ隠しでさやかもプリンを食べる。きめの細かい濃厚な味わいに顔がほころぶ。

 

「二人は似ているだけよ」

「私と杏子がですか?」

 

 思わず大声を出してしまった。マミにも同じことを言われたことがあるが、その時も同じ反応をした。

 

「私の友達は仁美だけです」

「志筑仁美さんね」

「知っているんですか?」

「これからあなたは、志筑さんのことで重大な局面を迎えるわ」

「……それは予知ですか」

「そうね、今以上に重大よ」

 

 “今以上”とは言いえて妙だ。すでに仁美とは大きな問題が発生している。

 

「まさか仁美が死んだりしないですよね?」

「あなた次第よ」

「どういう意味ですか?」

「魔法少女は恋愛をしてはいけない。私はそう思うの」

「……どうしてですか?」

「分かっているはずよ。私たちは長生きできない。キュウべえと契約は、死神との契約と同じよ」

「……」

 

 織莉子は自分のソウルジェムを見せる。彼女のイメージカラーの真珠色に光り輝いていた。

 

「こんなちっぽけなものに、私たちの魂は凝縮されてしまったの。維持するためには魔獣を狩り続けなけばならない」

「そうですね」

「人間がいる限り、魔獣は発生する。それを多感期の私たちが倒し“(けが)れ”という膨大なエネルギーを蓄積する。それを、キュウべえたちが回収する」

「それの……繰り返しですか?」

「さやかさん……あなた、歳をとった魔法少女に会ったことがある?」

「……いいえ」

 

 織莉子は無防備に自分のソウルジェムをさやかの目の前に置いた。仲間の暁美ほむらを殺すかもしれないと予告していた。防ぐ方法は簡単だ。このソウルジェムをたたき割ったらよい。

 

「みんな円環の理に導かれて消えてしまう。よくできたシステムだわ」

「織莉子さんは人生をあきらめているの?」

「その逆よ……私は、この契約によって生きる意味を見つけた」

「……私に協力を要請するんですか?」

「いいえ、これは自己満足よ」

「……」

「私が生きてた意味を知ってほしい。でも、理解してくれる人は少ない」

「私が……そうだというんですか?」

「なにかを失うことは、なにかを得ること。あなたは、近い将来それを経験する。その時に、きっと私のことを思い出してくれる。それはね、私にとって、なによりの至福(しふく)なの」

「難しくてよくわかりません」

 

 織莉子が笑う。これまでのふくみ笑いではなく、はっきりと声を上げて笑った。その優しい笑顔にさやかは魅了されていた。もしも、マミよりも先に織莉子に出会っていたら、確実に仲間になっていただろう。

 

「美樹さん、もう遅いからお風呂に入って寝ましょう」

「でも……着替えとか持っていませんし」

「大丈夫よ、私のを差し上げるわ」

「そんな――」

 

 洗って返しますよと言いそうになったが、こういう人はそれを望むだろうかと考えてしまう。

 

「いきましょう」

「え? 一緒に入るんですか」

「そうよ、広いから大丈夫よ。キリカたちとはいつも一緒よ」

「……」

 

 なにか生活のレベルが違いすぎるなと感じた。とはいえ、断るわけにはいかないので、織莉子について浴場に向かった。

 

「本当に広いですね。温泉みたい」

「お湯は普通だけどね。四人ぐらいは入れると思うわ」

 

 これも予知していたのか、さやかのものと思われる脱衣かごには、替えの下着と、無地のパジャマが用意してあった。

 織莉子は、ソウルジェムを化粧台に置いて、服を脱いだ。巴マミと同じぐらいの大きな胸ながら、ウエストは引き締まり、腰回りも太くはない。イメージどおりの白い肌に長い脚、そこに手入れの行き届いた長い髪がかぶさるのだ。完ぺきといって良いプロポーションだった。

 

「本当に魔法少女は太らないんですか?」

「さっきも言ったけど、気持ちの持ちようよ」

「私……ちょっと太っちゃって」

「どれえ」

 

 さやかも全裸になっていた。その腹部を織莉子がまじまじと見つめている。

 

「ちょっと、織莉子さんじろじろ見ないでください。恥ずかしいです」

「少しおとなしくしていてね」

 

 織莉子の手がさやかの腹部に接近した。触れてはいないが、熱いぐらいの熱量を感じる。

 

「これでどうかしら?」

「え?」

 

 驚くことに、少したるんでいたさやかの腹が、死に物狂いのダイエット後のように贅肉が落ちていた。

 

「凄い! これどうやったんですか?」

「だから気持ちの持ちようよ」

「……ずるい。織莉子さんはどんなに食べてもこれで痩せられるんだ」

「そうね。私もずるいと思うわ」

 

 さやかは笑った。ここにきてから初めて笑った。もしかしたら、織莉子は自分の敵になるかもしれない。織莉子だってそうだ。自分は彼女の敵になる可能性がある。しかし、さやかと織莉子はこの貴重な時間を楽しむことにした。それは、魔法少女の刹那主義(せつなしゅぎ)、だと言われたらそうかもしれない。それでも良かった。上条恭介の件でうじうじしていた自分に、織莉子はなにをすべきかを示してくれた。

 

 大きな浴槽で織莉子と談話した。当然のように恭介の名前を知っており、さやかの悩みも知っていた。

 

「織莉子さん……もう一度聞きますけど、仁美は死にませんよね」

「未来は変えられる……彼女を救うには、あなたと佐倉さんの協力が必要ね」

「佐倉……杏子ですか?」

「あなたたちは本当によく似ている。だからぶつかり合うの」

「……」

「あなたの友達は仁美さんだけではないわ」

「……」

 

 その翌日、さやかは解放された。結局、仁美の件の詳細は聞けずじまいだった。

 

 

 ――スマホの着信音が鳴り、さやかは現実に戻された。画面には志筑仁美と表示されていた。

 さやかは受信ボタンを押した。

 

「仁美、どうしたの?」

『さやかさん……ごめんなさい』

「仁美……」

『私……あなたにとんでもないことをしてしまった』

「なにを言ってるの? 恭介とは上手くいった?」

『……』

 

 仁美の受話器の向こうから電車の音が聞こえた。いま、彼女は駅の近くにいるのだ。それにしても仁美の声に力がなさすぎる。いったいどうしたというのだ。

 

「ちょっと、仁美。あんた、今どこにいるの」

『……恭介さんに断られました』

「え……」

『自分には心に決めた人がいる……それが……あなた』

「仁美!」

『ごめんなさい……もう邪魔はしません』

 

 電話が切れた。これはまずい。彼女は自殺するつもりだ。

 

(『杏子! どこにいるの!』)

 

 さやかはテレパシーで杏子を呼んだ。彼女が自分の後を付けていることには気が付いていた。

 

(『杏子! しらばっくれないで答えて!』)

(『……反対側の道路だよ』)

 

 いいぞ。それならここよりも駅に近い。さやかは魔法少女に変身した。

 

(『杏子! 駅に急いで! 仁美が死のうとしているの』)

(『分かった。任せろ』)

 




次話:【美樹さやか】(2)
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