美樹さやか失踪事件翌日 17:45
見滝原路上 美樹さやか
(仁美……はやまらないで)
志筑仁美のあの電話の切り方。時間的な
(あんたは、もう十分苦しんだ……だから、もういいんだよ)
仁美は以前にも自殺を
さやかは魔法少女に変身した。仁美がどこにいるのか正確な位置が分からない。このままでは確実に間に合わない。ここは、賭けるしかなかった。仁美は前回同様に魔獣の異空間に取り込まれているはずだ。
(『杏子! 時間がない! 駅周辺の異空間に飛び込んで』)
(『とっくに見つけてる。これから入る』)
さやかは大跳躍して駅を目指した。なるほど、大きな
数分遅れてさやかも異空間に侵入した。大型の魔獣が駅ビルの屋上に居座っている。その眼下のホームに制服姿の少女が立っていた。一般人は魔獣の異空間には入れない。それが許されるのは魂を魔獣に捧げるものだけだ。
(間に合わない……)
仁美がふらふらと線路に近づいていく。異空間では現実世界の事象は分からない。多分、仁美は駅に到着しようとしてる電車に飛び込むつもりだ。さやかの位置からでは、それを止めることができない。
赤い彗星のような移動体が仁美に接近していた。杏子だ。彼女なら間に合うかもしれない。
(『仁美は任せろ! さやかは魔獣を倒せ!』)
(『杏子! お願い!』
彼女なら必ず仁美を救出してくれる。そう信じて、さやかは魔獣に突進する。
(変異魔獣……)
変異魔獣は、これまでのレーザーによる単純攻撃だけでなく、自然現象等の固有の攻撃方法を持っていた。この魔獣は強烈な風で、接近するさやかの行く手を
さやかは、空気抵抗を最小限にして剣先から魔獣に突入した。体型を維持できなくなった魔獣はブロックノイズ化する。だが、変異魔獣は、そのブロックノイズにも攻撃能力を持っていた。
「
さやかを挟み潰そうとするブロックノイズを剣で両断していく。そして、すべてのブロックノイズを消し去ると、魔獣はグリーフキューブを残して消滅した。
(『杏子!』)
(『間に合った……お嬢さんは無事だよ』)
さやかは天を仰ぎ、大きく息を吐いた。グリーフキューブを拾い、ゆっくりと杏子たちのいるホームに降下した。
「ありがとう……杏子」
「お嬢さんは、あんたと話したいみたいだぜ」
「……」
杏子に抱えられた仁美は、恐怖によるものか自力では立てない様子だった。
「さやかさん……」
「あんた、なんてことするの。これで二度目だからね」
友人の死など見たくもない。安易に死を考える仁美には、慰めよりも先に警告が必要だ。なぜならば、彼女には自分以上に生きてもらわねば困るからだ。
「でも……」
「仁美、私の姿を見て」
「……」
「私は魔法少女なの……だから……恭介の想いには応えられない」
「どうして……?」
杏子が、仁美と同じぐらいに驚いている。そうかもしれない。悩み、苦しんできたことが、望んできた
「私は……長くは生きられない。恭介に悲しい想いはさせたくない」
「さやか……」
予想どおりと言うべきか。杏子のほうが過敏に反応した。さやかは、彼女に笑顔を返した。
「仁美、私の分まで恭介を愛してあげて」
「でも……」
「大丈夫だよ」
なにかを言おうとする仁美に、さやかは両手をかざした。強力な治癒能力を発揮する波動が、仁美を包む。心以外は健康体である仁美は、過剰なヒーリング効果により意識を失った。
崩れ落ちる仁美を、杏子がホールドする。
「お、おい」
「ごめん杏子、いっしょに仁美を家まで運んでくれる」
「……しょうがねーな」
杏子と二人で仁美を担いで家まで運んだ。彼女の両親とは顔なじみなので『貧血で倒れていまいした』などと適当なことを言い、仁美を引き渡した。
「あんた、本当にバカだな」
「なによ、あんたには言われたくないわ」
「せっかく坊やがあんたを好きだって言ってんだぜ。どうして断るんだよ」
さやかは、一昨日の美国織莉子の予言を思い出していた。
(織莉子さん……このことだったんだね)
織莉子の言葉の意味を
「何かを失うことは、何かを得ること。私は、恭介を失ったけど、それ以上のものを恭介からもらった」
「――」
なにかのスイッチが入った。杏子がなにか言っているようだが、なにも頭に入らなかった。今のさやかには、たった一つのことしか考えられなかった。
(佐倉杏子……この人は、織莉子さんの敵)
さやかは魔法少女に変身し、両手に剣を構える。突然の事態に、杏子は困惑しているように見える。これは
さやかは、前方に剣をクロスさせて杏子に攻撃を仕掛ける。両手で
「さやか…どうしちまったんだ」
「……」
クロスしてる剣を、杏子は槍の柄で抑えている。残念だが、それは想定内だ。自分は両手を使えるのだ。さやかは右手の剣を引き、杏子の腹部に狙いを変える。
「!!」
さすがに戦闘能力が高い。杏子は瞬間的に察知し、柄を軸にしての後方ステップでさやかの攻撃を回避した。だが、逃すわけにはいかない。佐倉杏子は織莉子の大きな脅威になる。ここで仕留めておかねばならない。
「やめろ! さやか!」
佐倉杏子はしきりにさやかとの戦闘を避けようとしている。かまうことはない。それならば、勝手にやらせてもらうだけだ。
さやかは、両手の剣を、佐倉杏子に時間差をおいて
佐倉杏子は両方とも弾くことを決断したらしい。さやかは新しい剣を右手に出現させ。彼女に切りかかる。
完全に自分の間合いでの戦いになった。佐倉杏子はこの距離では有効な攻撃は繰り出せない。再び、後方に下がろうとするはずだ。そこが勝負所だ。
「!」
予想外の事態だ。杏子はその場に留まり、無防備な態勢でさやかを待ち受けている。
「やれよ! さやか!」
その杏子の言葉に、ひどく頭が傷んだ。ありえないことだが、別の誰かに脳を叩かれているような気分だった。身動きできなくなり、杏子の2mほど前で停止した。かろうじて、剣を杏子に向けているが、まともに対峙できない。
「あたしはリナとは違う……友達を殺したりはできない」
「……」
「あんたはどう思ってるか知んないけど……あたしは友達のつもりだった」
「……友達」
その言葉が、さやかの頭痛を消し去った。そして、さやかを支配していたなにかも、同時に消え失せた。
「私……どうして、変身しているの?」
杏子がため息を漏らしている。なにかに
「ほむらから聞いたよ。優木沙々が生きているって」
「優木さん?」
「さやか……あんたあいつと話したのか?」
「ええ」
杏子が変身を解除する。
「あんたは、スリーパーにされていたんだよ」
「スリーパー?」
「なにかのキーワードで優木沙々の洗脳が始まる。心当たりはあるかい?」
「……そうか」
きっと自分は、杏子を殺そうとしていたのだろう。さやかは変身を解いて杏子に謝る。
「ごめんね杏子……ケガはない?」
「心配ない。それよりもさっきの話だよ。美緒から聞いた。スリーパーは特定のキーワードで敵になる」
「……織莉子さんは、洗脳発現のキーワードと同時に解除のキーワードも教えてくれてたんだよ」
さやかは、織莉子を憎んではいなかった。自分を攻撃の材料にしたのは事実だが、すべて教えてくれていた。予言どおりと言うべきか、さやかは、自分とそっくりな友達を見つけることができた。
「友達……それが解除のキーワード」
「……」
「ねえ杏子、友達なら私のお願いを聞いてくれる」
「ちょっ!」
杏子が顔を赤くしている。なるほどそっくりだ。佐倉杏子は自分にそっくりだ。
「言ってみなよ」
さやかは笑った。
「優木さんは私にまかせてくれない」
「友達でも……それは聞けないよ」
「あんたの仲間を殺したから?」
「そうさ、さやかはあいつの一面しか知らないだろう? あいつはとんでもないクズだよ」
どうやら説得は難しそうだ。優木沙々は杏子を倒すことに執着している。手の内を知られている杏子は、おそらく負けるだろう。だが、それを素直に伝えると、かえって反発してしまう。なぜなら、自分ならば絶対にそうなるからだ。
「織莉子さんたちと戦うことになったら、一番苦戦するはキリカさんだよ」
「キリカ? 呉キリカってやつかい?」
「あの人は、相手の攻撃速度を遅くするの。マミさんでも、ほむらでも倒せない」
「……あたしにキリカを倒せっての?」
「あの人を倒せるのは、杏子の分身しかない」
「ロッソファンタズマか……」
なんとなく上手く行きそうな気がしてきた。ここはもう一押ししよう。さやかは大声で笑った。
「なにそれ。本当はあんた、それ気に入ってんでしょ?」
「ちげーよ! マミのやつがさんざん言うから、つい口に出ただけだよ」
「いいじゃん! あんたはマミさんの一番弟子なんだから」
「じゃあ、あんたは弟弟子だからな!」
「いいよ、お兄さん、さやかの言うことを聞いて」
「……ちっ、しゃーねえなあ。考えておくよ。あんたと同じ明日までの宿題にするよ」
本当の意味で杏子と友達になれた気がした。互いに魔法少女であり、いつ円環の理に導かれるかも分からない。しかし、佐倉杏子という友達を得たことは、上条恭介のさやかへの想いと同じぐらいに嬉しいことだった。
(織莉子さん……残念ですが、私はあなたの敵になります。もうご存じかもしれませんが、優木さんは、私が倒します)
次話:巴マミ