魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第十五話 【美国織莉子2】

 美樹さやか失踪事件翌日 6:30

 自宅 美国織莉子

 

 何度も同じ夢を繰り返す。いや、これは夢ではない。魔法少女としての美国織莉子の能力である未来予知なのだ。短時間の未来予知は覚醒時でも自由に予知できるようになった。しかし、終末の予知だけは睡眠等で脳の拡張領域を使用しなければならなかった。

 

 ――暁美ほむらとの最後の戦いは、必ず織莉子の死で終わる。廃墟のような学校でほむらと一騎打ちになり、織莉子は全身全霊を注いで彼女を追い詰める。そして、勝利を確信し、必殺の“オラクルレイ”を“悪魔”に向けて発射する。だが、“悪魔”は、それをあざ笑うかのように“オラクルレイ”を破壊して織莉子の目の前に現れ、拳銃を突きつける。もはや抵抗は無意味な状態だ。

 

 “悪魔”はなぜか銃弾の発射をためらっていた。

 

「殺さないの?」

 

 織莉子は“悪魔”に問いかける。 

 

「殺すわよ、でもその前に質問に答えて」

「……」

「なぜ、私を殺すの?」

「あなたが……悪魔だからよ」

 

 そこで予知は終了する。単純な話であった。それ以後の未来はないのだ。織莉子がほむらに射殺された時点で、終末の未来は確定する。

 

 その後味の悪い目覚めに、織莉子は眉をひそめた。ベッドに肘をつき、ゆっくりと体を持ち上げ、頭をかかえた。

 

(変わらない……どうやっても私は悪魔には勝てないの?)

 

 未来改変は数学の方程式とは違っていた。正しい数値を当てはめても望む解が得られない。

 

(美樹さんを返したことは間違いだと言うの?)

 

 一昨日、織莉子たちは、美樹さやかを誘拐した。定石としては敵の数は減らしたほうが良い。なのにどうして無傷で返したのか? その理由は別の予知の存在であった。それは、さやかと呉キリカが相打ちになってしまうというものだった。

 

 織莉子は“神の目”で予知することができた。それは自分で名付けたものだが、そう呼ぶしかなかった。いつどこでは不明ではあるが、キリカとさやかの戦い、小巻とマミ戦、沙々杏子戦を、織莉子は神のように俯瞰(ふかん)して予知していた。ただし、結果まで見れたのはキリカの戦いだけだった。

 

 近距離戦を得意とする二人の戦いは、キリカが遅延能力で優位にたっていた。ただし、強力な治癒能力のさやかに決定打を与えられていなかった。最後は、さやかの自爆によって二人は消滅する。

 

(美樹さん……あなたはなぜ死に急ぐの?)

 

 キリカとさやかを戦わせられない。その方法は二つしかない。さやかを暗殺するか、彼女の戦闘目的を変更させるかだ。暗殺は仲間からの信頼を失う。ならば、さやかを戦闘に参加させないか、対戦相手を優木沙々に変更させたら良い。沙々とは利害関係の一致で仲間にしているだけで、損失のリスクはいとわない。

 

(優木さん、利用しているのはお互い様よね)

 

 

 ――織莉子は日課の朝シャワーを浴びることにした。服を脱ぎ浴室に入る。蛇口をひねり温水を浴びながら、自分は無駄なことをしているのではないかと考える。

 

 巴マミ、佐倉杏子、暁美ほむら、美樹さやか。見滝原中央部をテリトリーとする強力なチームを相手に、こちらも無傷で済むわけがない。しかし、キリカを、小巻を失いたくない気持ちが、織莉子の戦略、選択を中途半端にしていた。自分の生きる意味を知ったあの時、目的を達成するためならばどんな非情な手段でも使うと決めたはずだ。

 

(キリカ……小巻さん……私のために死んでくれと言ったら。あなたたちはどうする?)

 

 織莉子は、二人に対し、家族以上の愛情を感じていた。その二人を犠牲にしなければ、この戦に勝つことはできない。

 

(いいえ、ただの犬死ね……だって、私は暁美ほむらに勝てないのですから)

 

 織莉子はうつむき、温水を止めた。長い髪から水滴が滴り落ち、床面に小さな波紋を作る。それをしばらくの間眺めていた。

 

(もう……あとには戻れない)

 

 

 

 7:30 白羽女学院校

 

 父親が汚職疑惑を苦に自殺してから、周囲の人間の織莉子への対応は大きく変化した。友人を(よそお)っていた取り巻きたちは、距離を置き始めた。これまでは織莉子が通ると少なからず声をかけられていたが、事件後はひそひそ話に変化した。陰湿な行為ではあるが、織莉子自身はそれほど苦にはしなかった。だが、織莉子以上に過剰反応したクラスメイトがいた。それが、今登校してきた浅古小巻だ。

 

「おはよ」

 

 浅古小巻が挨拶したのは織莉子に対してではなかった。彼女の友人の行方晶と長月美幸に対してのものだ。小巻とキリカには、校内ではこれまでと同じ良家組と成金組として(へだ)たりを作ったままにしようと取り決めをしていた。中学校は仲間やグループが校内生活の基盤となる。友人たちに迷惑はかけられない。

 自分たちが魔法少女であることを知っている晶が、織莉子に笑顔で手を振っている。仕方がないので織莉子も小さく手を振る。

 小巻が振り返り、織莉子に不愉快そうな顔を向ける。もちろん演技だ。放課後には、彼女はキリカと共に織莉子の家にやってくる。

 

 

 ――放課後になった。生徒会長の任期を終えている織莉子は、純粋な帰宅部としての活動に精を出していた。つまりは寄り道をせずに家に帰ることだ。

 

「織莉子さん」

 

 近道である細い路地に入ってから、優木沙々が声をかけてきた。

 

「沙々」

 

 沙々は織莉子に苗字ではなく名前を呼ばれることを好んだ。

 

「すみません。今日はお宅にうかがえません」

「そう。今日も魔獣集め?」

「ええ、クソ女をぶち殺すためには多くの下僕が必要ですからね」

 

 沙々は、佐倉杏子が絡む話になると、途端(とたん)に口が悪くなる。織莉子はそれが嫌いではなかった。所詮(しょせん)は自分も同類だ。上品にふるまってはいるが、心の闇は沙々以上だと思う。

 

「私はあなたに感謝しています」

「どうしたの急に?」

「もうすぐ決戦だと思いますが、私は使い捨てですか?」

「なにを言うの?」

 

 時折見せる沙々の穏やかな笑顔。彼女もまた、一度死んで生まれ変わったのかもしれない。

 

「類似性バイアスですかね。私は初めて誰かと一緒に行動したいと思ったのです」

「私があなたを利用しているとしても?」

「私はバカではありません。そんなことは百も承知です」

「沙々ならそうね」

「クソ女やリナから人間のクズと呼ばれました。自分でもそう思うから始末に負えません」

「私はそれ以下よ」

「織莉子……気を付けて。まあ、ゴリラの小巻がいれば大丈夫かもしれませんが」

「小巻さんに聞かれたら怒られるわよ」

 

 沙々が立ち止まり、織莉子にグリーフキューブを4個渡した。常に魔力を消耗する織莉子のために、沙々やキリカがグリーフキューブを集める約束だ。

 

「昨日の分です」

「ありがとう」

捨石(すていし)上等です。私は進んでそれを引き受けます」

「……そう」

 

 沙々は、彼女の狩場である高級マンションに向かって行った。キュウべえが言っていた。優木沙々は世界で唯一の存在だと。魔獣と融合した彼女はソウルジェムの束縛から切り離された。魔法少女の弱点を魔獣の能力が補い、魔獣の欠点を魔法少女の能力が補う。結果、優木沙々は不死身の肉体を手に入れたのだ。

 しかしと織莉子は思う。どんなに優れた再生能力でも、一瞬で消滅させられたら対応不可能だ。

 

(あなたはただの捨石ではありません。美樹さんと相打ちになるという大儀(たいぎ)があります)

 

 自分は仲間の(しかばね)を乗り越えてでも“悪魔”を倒さなければならない。それが美国織莉子の生きる意味だからだ。

 

 

 ――目の前の風景に違和感を覚えた。路地の建物や塀から遠近感がなくなり平面に見えだした。やがて、それらは色彩もなくなり織莉子の周囲は距離感のない純白の世界に変化した。

 危機を感知した織莉子は魔法少女への変身を試みる。だが、それはかなわなかった。織莉子は空間認知ができない状態で身構える。

 

(!)

 

 純白の空間がら浮かび上がるように少女が現れた。その者は、周囲に溶けこむような白く影のない衣装を(まと)っていた。背丈よりも長い桃色の髪は地面から浮き上がり優雅に漂っている。ゆっくりとこちらに向かってきているが、歩いている様子はなく、まるで空中移動しているようだ。

 

「美国織莉子さん」

 

 高音が印象的な少女の声だった。名前を知られているということは敵の可能性もある。織莉子は警戒を緩めず。ここからの脱出手段を探した。

 

「あなたは暁美ほむらを殺害しようとしている」

 

 すべてを見透かされているらしい。ここは駆け引きで対応するしかない。

 

「名前もわからない人とは話さないことにしています」

「名前は、随分と昔になくなりました」

「……なくなった?」

「ええ」

 

 織莉子は警戒を緩めた。それどころか、目の前にいる少女が何者なのか無性(むしょう)に知りたくなっていた。

 

「昔の名前は?」

「“鹿目まどか”と言いました」

「“かなめまどか”?」

「はい、意味のない名前ですが」

 

 まどかという少女の微笑みが、織莉子の心を静穏させた。

 

「あなたは……暁美ほむらとどういう関係なの?」

「ほむらちゃんは、最後の切り札なのです」

「切り札? なにに対しての?」

「インキュベーターの支配です」

 

 インキュベーターという言葉は聞いたことがなかったが、直感的にキュウべえのことだと思った。だとすると、目の前にいる“かなめまどか”は円環の理からの使者ということだ。

 

「あなた……円環の理の……」

「……その言葉も意味がありません」

「どうして……」

「失敗したからです。円環の理は失敗しました」

「……なにを言っているの?」

 

 織莉子は戸惑っていた。確かに“円環の理”とは魔法少女に伝わる都市伝説のようなものだが、一部では心の拠り所(よりどころ)でもある。それを失敗と決めつけるこの少女はどのような存在なのだ。

 

「インキュベーターそのものをこの世界から除去しなければ……小巻さんや小糸ちゃん……それにキリカさんのような子が生まれ続けます」

「暁美ほむらなら……それができると?」

「そうですね」

「もしも……私が彼女を殺したら?」

「また何百年も……何千年も待たなければなりません」

 

 織莉子は驚愕した。そうか、彼女こそが“円環の理”なのだ。これまではシステムのことだと思っていた。だが違う。“円環の理”とは“かなめまどか”のことなのだ。

 

「暁美ほむらは……あなたを知っているの」

「ほむらちゃんは、私の本当の友達だった人です」

「……だった人?」

「“鹿目まどか”は何千年も前に消滅していますから」

 

 頭が混乱してきた。織莉子が“悪魔”と呼んできた暁美ほむらは、目前にいる“天使”のような“かなめまどか”とつながりがあるという。それでは、なぜ、“かなめまどか”が今自分の前に現れたのか? 暁美ほむらを殺すなという懇願か? それともほかの理由があるのか?

 

「なぜ……私に?」

「教えてほしい……織莉子さんの見た未来を教えてほしいのです」

 

 

 17:00 自宅

 

 自宅に戻った織莉子は、着替えもしないでソファーに寝そべっていた。予知云々(うんぬん)の気分ではなかった。頭の中が魔女の(かま)のように混沌としていた。

 

(まどか……私は、あなたの友達を殺してもいいの?)

 

 “かなめまどか”はほむらを殺すなとは言わなかった。織莉子の未来予知を聞いて。静かにうなずくだけであった。そして、帰ろうととする“かなめまどか”を織莉子は引き留めた。自分は正しいことをしているのか? 織莉子は答えを懇願した。それに対しても“かなめまどか”はうなずくだけであった。ただ、その優しい微笑みが、織莉子の行為を肯定しているようであった。

 織莉子は今朝の決意を繰り返した。

 

(もう後戻りはできない)

 

 ドアが開いて浅古小巻が入ってきた。

 

「どうした美国、制服のままだが」

 

 制服のまま寝そべっている姿を小巻に見られてしまった。織莉子は慌てて起き上がり衣服を整える。

 

「慌てる美国を見るのは久しぶりだな。実に新鮮だよ」

「小巻さんはますますおばさんぽくなっているわね」

「否定はしないさ。結構気に入っているからね」

「小糸ちゃんは?」

「晶と塾通いさ。平常を維持したいという気持ちはよく分かる。あいつは美国を信頼しているからね」

「……そう」

 

 織莉子の家は指紋認証でロックを解除できる。仲間の4人は登録済みで、自由に出入りできる。

 

「なにかあったようだが、話したくなければそれでいい」

「まだ混乱しているの……まとまったら話すわ」

「そうか、それならまず着替えてくることだ。それに紅茶を用意してもらえると嬉しいね」

「キリカの分も必要ね」

「よくわかったね。なにやらおいしいスイーツを見つけたらしい。美国に食べさせたいと張り切って買いにいったよ」

「それは楽しみね」

 

 織莉子は自分の部屋に移動し、制服をたたみ、部屋着に着替えた。食堂に行き、小巻からオーダーのあった紅茶の準備を始めた。

 

(話せない……“円環の理”の秘密を小巻さんには伝えられない)

 

 お湯の沸騰する音で我に返った。織莉子はそれをティーポットに注ぎ、数分蒸らしてから三つのカップに均等に回し注いだ。キリカはまだ来ていないようだが、冷めたら入れなおせば良いだけだ。

 

「どうぞ」

 

 居間に運ぶと、小巻は、待ちかねたと言わんばかりに紅茶を飲んだ。

 

「美味い……私も家で入れてみたけど、小糸が美国の紅茶のほうが100倍美味いと言うんだよ。お前はだれに入れ方を教わったんだい」

「お母さまかな。作法はすべてお母さまに教わりました」

「そうか……」

 

 小巻はにっこりと笑い、ティーカップを置いて、ソファーにもたれかかった。

 

「なあ美国」

「……」

「お前は、私たちが生き残る道を探していないか?」

「……だめ?」

「だめではない。ただ、それは無駄なことだ」

「……」

 

 小巻の笑顔が織莉子を苦しめる。自分は小巻を(だま)し続けている。にもかかわらず彼女は織莉子を(した)ってくれている。自分は小巻になんの対価も与えることができない。

 

「向こうとは個の力で劣っている。だから優木君を仲間にして集団戦に持ち込もうとした」

「そうね」

「ならどうして美樹君を殺さなかった? キリカや私に命じられなかったのか?」

「それはできない!」

「どうして?」

「小巻さん……あなたの言うとおりよ。私は、あなたたちを失いたくないの」

 

 小巻が嬉しそうに笑い、織莉子の両肩をポンポンと叩いた。

 

「私もキリカも……そんなことは望んでいない。あ、小糸は別だよ。小糸は死ぬ必要がない」

「小巻さん……」

「相手をだれだと思っている。優木君は真っ先に倒される。そうなると個別の戦いになる。私の相手は巴さんかな?」

「……ええ」

「そうか、最強魔法少女が相手なら、こっちも覚悟しなきゃね」

「……」

 

 泣くという行為は織莉子自らが封印した。だから、決して泣いてはならない。しかし、今の織莉子は、下瞼(したまぶた)に涙を思いっきり溜めて、唇も震えて声が出せなかった。

 

「織莉子おまたせー!」

 

 呉キリカが菓子箱をかかえて部屋に入ってきた。

 

「巻巻……織莉子を泣かせたね!」

 

 キリカはそういって魔法少女に変身する。

 

「まったく……お前は美国のこととなると見境(みあかい)がないな」

 

 小巻も仕方なく魔法少女に変身した。キリカのちょっかいを、防御魔法で跳ね返している。

 

「キリカ……落ち着いて、ちょっとむせただけよ」

「本当に?」

 

 キリカは変身を解除して織莉子に寄り添う。

 

「大丈夫? 救急車を呼ぼうか? 織莉子が死んだらボクは生きていけないよ」

「大げさよキリカ。それよりも、なにを持ってきたの」

「そうだ! おいしいパイを見つけたんだよ。みんなで食べようと思って買ってきた」

「そう、それでは、いただきましょう」

 

 そのささやかな女子会が、織莉子に平穏をもたらした。だが、その反面、冷酷な決意を確定させていた。

 

(かなめまどか……何年でも何千年でも待ってもらうわ。私は、仲間の死を無駄にはできない。暁美ほむらは死ぬしかありません)

 

 

 ――その日の夜。織莉子はいつもの未来予知を見た。あれだけのことがあったのに未来は残酷だった。なにも変わらずに織莉子は“悪魔”に追い詰められた。

 

「殺さないの?」

「殺すわよ、でもその前に質問に答えて」

「……」

「なぜ、私を殺すの?」

 

 織莉子は薄ら笑いを浮かべ、これまでと違う答えを言った。

 

「かなめまどかが殺せと命じたからよ」

 

 “悪魔”はたじろぎ、一歩後ろに下がった。

 

「まどかが……私を……」

 

 その隙を織莉子は見逃さなかった。拳銃を叩き落とし、“悪魔”の左手をつかむ。そこには、紫色のソウルジェムが存在していた。

 

「暁美ほむら……死ぬ時がきたのよ」

 

 その結果は見えなかった。織莉子は飛び起きて乱れた呼吸を整える。

 

(みつけた……“悪魔”を倒す呪文……“かなめまどか”)




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