美樹さやか失踪事件 2日後 17:10
自宅マンション 巴マミ
わずか30分の浅古姉妹の滞在により、美国織莉子との戦いは純粋さを失っていた。二人が残していった疑問が巴マミたちの心に引っかかっている。
マミは、入れなおした紅茶を皆に配り、中断されていた作戦会議を継続した。その前提として、暁美ほむらから疑問点の回答を聞かなけれなならない。
「私は、この世界の魔法少女ではない」
出だしとしては悪くなかった。その話はキュウべえからも聞いていた。ほむらはキュウべえとは契約していない。しかし、魔法少女として完成しており、相当な魔力をもっている。では、いつどこで、ほむらは魔法少女になったのか? 彼女が持っている根源的な疑問だ。
「説明は難しい……でもね、私もキュウべえと契約して魔法少女になった。それは間違いない」
「それが……“この世界の”って意味?」
「そうね、ここは鹿目まどかが改変した世界。私がキュウべえと契約したのはそれ以前の世界なの。だから、ここのキュウべえは私のことは知らない」
「続けてくれるかしら」
あまりにも
「まどかが改変する前の世界は、魔獣による感情エネルギー回収システムではなく、魔女化による負のエネルギーの回収システムだった。前に少し話したことがあると思うけど」
「ええ、魔法少女が消耗しきると魔女になるというシステムね」
「魔法少女は魔女を倒すために存在していた。でもね、その魔女も絶望した魔法少女が変異したもの……希望と絶望による新陳代謝……悪魔のシステムだわ」
「……」
「“ワルプルギスの夜”という魔女がいたの。彼女の力は強大で、私たちは絶対に勝てなかった」
ほむらが「私たち」と言った時、彼女はマミや美樹さやか、佐倉杏子に目を合わせていた。杏子が驚いて口を挟んだ。
「私たちって……あたしもか?」
「そうよ、杏子もさやかも巴さんも……“ワルプルギスの夜”と戦って死んでいった」
「……それには鹿目まどかって子も含まれるの?」
「そうね、まどかも魔法少女だった。最後の一人となって、“ワルプルギスの夜”に挑んだけど……結局は同じ、死んでしまったわ」
マミは、ほむらとの初対面を思い出していた。実に印象的だった。彼女には
「だから私は……鹿目まどかが死なない世界を作るためにキュウべえと契約した」
「……どうやって?」
「あの盾よ。あれは、時間を巻き戻すことができるの」
「……」
魔法少女が言うのもなんだが、非現実的すぎる話だ。時間を巻き戻す? ありえない。いや、そういえば浅古姉妹が似たようなことを言っていた。暁美ほむらは時を止められると。
さやかも信じられないという顔をしている。杏子はあんぐりと口を開けていた。
「数えきれないほど同じ時間をやり直した……そのせいで、まどかに世界を破滅させられるほどの力が蓄積されてしまった」
「じゃあ、織莉子さんが言った世界の破滅はありえるってこと?」
さやかの質問に、ほむらは首を振った。
「過去の話よ。この世界では、そんな力を持った魔法少女はいない」
「ほむら……まどかって子がそうだったように、あんたもそうじゃないの?」
「キュウべえに聞いて見ることね。あいつなら私がどれだけの力を持っているか分かると思う。多分、さやかや杏子と大差ないと言うはずよ」
「あの盾がエネルギーを溜めてるってことは?」
「私もそう思ったけど……あの盾は壊れているわ」
さやかはなにかを言いかけて止めていた。しかし、どうにも止まらない様子で、結局は口にしてしまった。
「私は見たんだよ。あんたにそっくりなシルエットがあの盾を回して世界を破滅させるのを」
「限られた期間でしか盾は魔力を発揮できない。壊れてしまった今は、時を止められないし、時間も巻き戻せない」
「はっきりしようよほむら。あんたは世界を破滅させるの?」
「できない、というのが正しい答えだと思うわ。それにね……」
「……」
「まどかが命をかけて造り上げたこの世界を……破滅させる理由がない」
「信じていいの?」
「さやか……信じる信じないはあなたが判断することよ。ただ、私は嘘を言っているつもりはない」
そのとおりだなと思った。ほむらに信じてくれと言われても、
「あなたが繰り返した世界で、美国織莉子は必ず現れるの?」
「いいえ、彼女が現れるのは数えられる程度よ。でも、そうなると必ず悲劇的な終末を迎える」
「それ以外は……悲劇的じゃないってのか?」
杏子が残っていた菓子を食べながら喋る。食べかすがテーブルに散乱し。さやかがムッとしながらかたずけている。
「それもそうね。私が繰り返した時間軸は、例外なく悲劇的だった」
「あたしたちは必ず死ぬのか?」
「杏子と巴さんはほぼそうなったわ」
「私は?」
杏子の食べかすをティッシュで丸めながらさやかが聞いた。
「あなたは魔法少女じゃなかったこともあるから」
「それじゃあ、ここにいる三人は必ず誰かが死ぬのね」
「三人とも死なない例外が一度だけあった。それが、最初に美国織莉子が現れた時間軸よ」
「……暁美さん、詳しく話して」
どうやら本題に入った様子だ。ほむらが認知している美国織莉子はどれほど危険なのか? それを聞かなければ、今後の計画はたてられない。
「あれは鮮明に覚えているわ……美国織莉子の目的は私ではなくまどかの殺害だった。理由は同じよ、三国織莉子は予知能力で魔女化したまどかが世界を滅亡させるビジョンを見た」
「だから織莉子さんはそれを止めようとした」
「そうよさやか。その構図は不変よ」
「なあ、まどかは本当にそんなことができるのか?」
ほむらの顔色が変わり、杏子の質問に「ええ」とだけ答えた。おそらく、ほむらは、鹿目まどかという少女による世界滅亡を体験したのだろう。
「美国織莉子と呉キリカは平日の見滝原中学校に乗り込んできた。そこで呉キリカが魔女化して全校生徒の半数近くが
「……」
「杏子と巴さんはそれを見て絶望していたわ。だけど、この世界には登場しない“千歳ゆま”という少女に助けられた」
「ほむら……おまえ、ゆまを知ってるのか?」
「?」
「風見野であたしになついていた子だよ」
「彼女は魔法少女だった?」
「バカ言うなよほむら。ゆまは小学生だぜ」
ほむらの表情が和らぐ。なぜだろうとマミは考える。ほむらが見てきた世界では、千歳ゆまという小学生は、魔法少女だったのだ。そんな幼い子が魔法少女になる理由は想像を絶するものかもしれない。ほむらは、それが存在しないことに
「暁美さん。その世界で、美国織莉子はどうなったの」
「……私が殺した」
「……」
「でも、彼女の野望も達成されたの」
「え?」
「美国織莉子の捨て身の一撃で……まどかは殺されたわ」
「……」
実際に見たわけではないが、織莉子の執念を感じる話だった。なにがなんでもやり遂げる意思。そんな織莉子に、自分は立ち向かえるのだろうかと考える。
(簡単なことよ。こちらもなにがなんでもと考えたらいい……でも、浅古小巻にはそれだけでは不十分ね)
そういえば、これまでの話に浅古姉妹が出てきていない。マミは、それをほむらから聞き出そうとした。
「浅古姉妹はいなかったの?」
「あの二人が絡むケースはもっと少ない。でも、そうなると、さらに複雑になる」
「そうでしょうね」
「巴さん……浅古小巻は手ごわい。いいえ、それどころか、まともに戦って倒すのは不可能な相手よ」
「あなたは倒せたのでしょう?」
「時を止められたし、浅古小巻の性格的欠点を利用できた」
「超短気で自信過剰ってやつ? 今の浅古さんは克服しているみたいね」
「そう……だから、私にも予測できない。浅古姉妹、呉キリカ、優木沙々……それに美国織莉子も、私が知っている彼女たちとはどこかが違う」
テーブル上の菓子を食いつくした杏子が、
「佐倉さん、会議が終わったら夕食にするからもう少し我慢して」
「助かるよマミ。それに、ほむら。あんたは深く考えすぎじゃないのか?」
「どういうこと?」
「要は全員倒しちまえばいいってことさ。だから教えなよ。呉キリカの弱点をな」
「沙々さんもお願い」
杏子とさやかの提言に、ほむらは深くため息をついた。
「あなたたちは単純でいいわね」
「「なんだとお!」」
息の合った怒りの表現だ。もっとも、それは本気なものではなく冗談半分のものだ。ほむらもそれが分かっているのか、二人につきあっている。
「それもそうだと思うわ。それじゃあ始めましょう。本当の意味での作戦会議を」
ほむらがマミを見ている。お前が仕切れという意思表示だ。いいだろう。だが、その前に確認しておかねばならないことがある。これは、会議の大前提となることだ。
「暁美さんが最初に言ったことを繰り返すわ。これは魔獣戦とは違う。死のリスクが異常なまでに高い戦いになるのよ。みんなの決意はどうなの」
「マミ、あんたはどうなのさ」
「もちろん戦う。美国さんに好き勝手されるのは
「あんたらしい言い方だな。もっと素直にほむらを助けるって言えよ」
「佐倉さん……あなたはどうするの?」
「決まってんじゃん。仲間を助けるさ」
「美樹さんは」
「杏子と同じです。魔法少女にとって、仲間ほど大事なものはありません」
「……わかった。でも、これだけは約束して」
マミは大きく息を吸い、目を閉じた。さやかの発言はマミの本質を突いていた。魔法少女にとって、仲間は尊いものだ。だから、だれ一人として失いたくない。
「戦いが終わったら……またここに、全員集まること」
言葉は不要だった。ただ頷いてくれるだけで良かった。そして、その望みはかなえられた。しかし、全員で集まるという望みが叶うかは別問題だ。
(私が信じればいいだけ……絶対に望みは叶うはず……)
次話:巴マミ1(3)