美樹さやか失踪事件 2日後 20:00
自宅マンション 巴マミ
「美味かったー」
「お
作戦会議が終わり、暁美ほむらと美樹さやかは自宅に戻ったが佐倉杏子は空腹だというので巴マミの家で食事をすることになった。はからずも師弟関係が崩壊してから初めての二人での夕食だった。
「なあマミ……今日は泊まってもいいか?」
「いいけど、私は明日学校よ」
「なんだ、マミは学校に行くのか」
「日常を変える必要がある?」
「……決戦は日曜日か」
「そうね」
浅古小巻から決戦に指定された日は三日後だ。今日は木曜日なのでその日は日曜日ということになる。クリスチャンだった杏子にとっては休息日だ。
「あたしはさ、親父が死んだ日に……神に見捨てられたと思い込んでいた」
「……」
「でもそうじゃなかった」
「鹿目まどかさん?」
「ああ……あたしはほむらの言ったことを信じるよ」
口調の乱暴さは直っていないが、かつての佐倉杏子が戻っているような気がした。マミは、それがたまらなく嬉しかった。
「土曜日……私はお墓参りに行ってくるわ」
「マミ……日常を変える必要があるのか?」
「わかっているわ。美国さんはさすがね。この三日間は心の迷いを誘導するためよ」
「それは向こうも同じさ」
杏子が食器をかたずけ始めた。これも師弟時代にはよく見られた光景だ。
「いいわよ佐倉さん。ゆっくりしてて。お風呂も準備もするから」
杏子ははっきりと八重歯の見える笑顔をマミに向けた。ああ、この笑顔を見るのはどのぐらいぶりだろうか?
「あたしはゆまに会ってくるよ」
ほむらの話にあった千歳ゆまのことだろう。杏子は風見野で知り合ったと言っていたが、マミはその存在を知らなかった。
「千歳ゆまさん?」
「モモが生きてたらさ……きっとあんな感じだよ」
本当に杏子は変わったなと思う。彼女には家族の話はタブーだった。実際。マミと杏子が離れるきっかけになったのも、マミがそのセンシティブな部分に近づきすぎたせいだ。
「心配すんなよマミ。別に妹と重ねあわせてるわけじゃない」
「もしかして……あなた、ゆまちゃんを魔法少女で助けたの?」
「ああ、ゆまは親から虐待されていたからな」
「その親は?」
「死んだよ……自動車事故でな。魔獣に取りつかれていた。かろうじてゆまだけは助けられた」
家族を失い独りぼっちになる。それはマミにも杏子にも当てはまる話だった。
「今はね……祖母の家に引き取られている。それなりに幸せそうだよ」
「そう」
「あんないい子を魔法少女にしようもんなら、あたしはキュウべえを八つ裂きにしてやるよ」
「手助けが必要?」
「マミ……」
「だって、キュウべえは一体じゃないから」
「ああ……その時はよろしく頼む」
それから数時間。マミと杏子は、同じ空間にいる喜びを分かち合った。特になにかするわけではない。ただ、少しだけ巻き戻された時間が、二人の心の隙間を埋めていった。
(暁美さん……時間を巻き戻せるなんて羨ましいわね)
いや、そうではない。ほむらは望む結果を得るべくつらい時間軸を何度も繰り返したのだ。もしも自分ならば、発狂してしまうかもしれない。
「マミ、風呂を借りた。ありがとな」
杏子がバスタオルを頭に巻いて風呂から上がってきた。彼女が着ているのは以前使用していたパジャマだ。杏子が出て行った後も、マミはなぜか捨てられなかった。それが、思わぬ形で役に立った。
「あいつに電話しなくてもいいのか」
「佐倉さんが上がるのを待ってたの。聞きたいでしょ」
「分かってるねマミ。もちろんさ」
不思議なことだが、マミは緊張していた。美国織莉子の顔も知らなければ声も知らない。ほむらからは目的のためならば手段を選ばないというダークサイドな情報を聞いている。その一方で、恋愛と友情の板挟みからさやかを解放したというライトサイドな印象もある。
マミは、小巻から受け取ったメモ用紙に書かれている番号を入力する。
「巴さんですね」
高くもなく低くもない
「初めまして美国さん。可能ならばお会いして話がしたいわ」
「まあ、不可能でしょうね」
「私が小巻さんに勝てないから?」
「そうですね」
「それはあなたの予知? それとも推測?」
「予知でもあり推測でもあります。つまりは同じ結果結論だったということです」
なかなか皮肉の効いた話術だった。多くの政治家を輩出している美国一族の資質だろうか。
「巴さんは最高のエンジンを積んだレーシングカー」
「……」
「でも小巻さんは最高のシャーシが組み込まれている。エンジンだけではレースには勝てない」
「でも、走るサーキットはこちらに選ぶ権利がある」
「……どうぞ」
マミはスマホの音声設定をスピーカーに変更した。これで、隣でやきもきしている杏子にも聞こえる。
「小巻さんに白羽女学院で待つように伝えてくれるかしら」
「ええ」
「驚かないわね? 予知していたとでも?」
「答えないほうが効果的だと思います」
そのとおりだ。マミは、あえて不利な場所を選んでいた。それを驚かないというのなら予知していたのではと想像する。ならば、自信過剰な小巻を油断させるというこちらの戦術も見透かされているのではと考える。
「佐倉さんは?」
「郊外にあるショッピングモールの駐車場ではいかが?」
「キリカに伝えます」
「美樹さんは少し遠いわ」
「沙々が怖いのかしら」
「暁美さんから優木さんの魔獣制御距離はそれほど広くはないと聞いています」
「なるほど、沙々の洗脳した魔獣を市街地から遠ざけるのが目的ね」
「知っているとは思うけど……優木さんと魔獣たちには見滝原の外れにある天覧山の見晴台にいてもらえる?」
「いいでしょう」
杏子が浅古小糸のことを聞けと言っている。マミは頷いて織莉子にそのことを伝える。
「美国さん、小糸ちゃんはどうするの?」
「巴さんだって知っていると思いますが?」
「やはり……あなたに加勢するのね」
「暁美ほむらは……いいえ、あえて“悪魔”と呼ぶことにするわ」
「……」
「悪魔の力は強大よ、私一人では勝てない」
「小糸ちゃんがいると勝てるとでも」
「そうね」
「……」
織莉子ははっきりとほむらに勝てると言った。おいそれとは信じられない話だった。彼女はブラフを仕掛けているのかもしれない。ここは掟破りの質問を仕掛けてみる。
「私は結構疑り深いのよ」
「あなたほどのベテランならそうでしょうね」
「だから、暁美ほむらが選んだ場所を答えてくれるかしら」
「見滝原中学校」
織莉子の即答はマミを戦慄させた。予知できる相手にどうやって勝つというのだ。それこそほむらのように、時でも止めなければこの能力を無効化できない。
(認めるしかなさそうね……)
やりとりを聞いていた杏子も眉間にしわを寄せている。
「……そちらで付け加える条件は?」
「戦闘開始を12時に指定します」
「了解したわ」
「それでは」
「美国さん」
「補足事項でも?」
「あなたに会えなくて本当に残念だわ」
「もしも会っていたら……その考えは逆になる」
「楽しい会話をありがとう」
「こちらこそ。巴マミさん」
マミは切断ボタンを押して会話を終了した。織莉子には迷いがないように感じた。間違いない。これは確実に命の奪い合いになる。
「マミ……そいつで美国議員疑惑を検索してみなよ」
「え?」
「美国織莉子の顔が知りたいんだろ?」
「……」
杏子に指示通りにスマホの検索欄に入力する。すると多数の記事がヒットした。
「事情聴取とかいうのに写真があった。その父親の後ろに美国織莉子が写っている」
「佐倉さん……あなたスマホ持っていないんじゃないの?」
「ネカフェさ、時々行くんだ」
マミは記事の一つをタップしてみた。そこには、深刻な顔で連行されていく美国久臣の背後に、白く長い髪の無表情な少女が写っていた。冷酷な目をしたただの傍観者に見えた。決して父親に向ける態度ではない。
「白い……魔法少女」
「ほむらを信じる気になったか? こいつはやばいぞ」
「……そうね」
まるで生きる目的を失っているようにも見える。マミは狂おしいほどに知りたかった。美国織莉子はどんな願いで魔法少女になったのだろう。
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