決戦日前日 風見野郊外
佐倉杏子
昨日、仲間たちとの最後のミーティングで、今日はそれぞれ自由に行動することに決まった。美樹さやかは上条恭介とのけじめをつけると言っていた。巴マミは両親の
(ほむら……あんたに死んでもらっちゃ困るんだよ)
悲観的と言われれはそれまでだが、佐倉杏子は、この戦いで命を落とすと思っていた。美国織莉子の野望阻止などはどうでも良かった。自分の命と引き換えに仲間が救われるならば、それは、杏子にとって意味のあることだ。
(あの人は……お前を助けろと言っていた)
杏子には鹿目まどかは神そのものであった。彼女からほむらを救えと命じられていた。いや、実際に覚えているのは「ほむら」という言葉だけだ。しかし、まどかが杏子を死の淵から蘇らせたのには何か意味があるはずだ。
杏子は、それを自分で結論付けていた。ほむらを救うことが、まどかから与えられた使命なのだ。
杏子は、風見野の外れにあるバス停で降車し、住宅街にある小さな公園に向かって歩いていた。そこでは千歳ゆまがよく遊んでいた。最近は友達もできた様子で。子供らしい
マミには妹と重ね合わせていないと嘘を言ったが、本当はゆまに妹のモモの姿を見ていた。杏子の願いにより、一時的に生活が安定した時、モモはよくあんな風に笑っていた。
遠くからでもよかった。最後にゆまの笑顔を見ておきたかった。両親の死は不幸な出来事ではあるが、虐待していた二人の死は、ゆまにしてみれば幸福だったのかもしれない。
そのゆまが、杏子にぶつかってきた。
「ゆま?」
「あ、杏子おねえちゃんだ」
走って公園に向かう途中で、杏子にぶつかってしまったようだ。ゆまのお気に入りの緑色のワンピースで髪の両サイドを黄色いボンボンで縛っている。
「ゆま、あたしで良かったけど、怖い大人だったらどうするんだ?」
「杏子は怖い大人なの?」
「ゆまがいい子にしていなきゃ、あたしは怖い大人になるぞう」
「あはは、全然怖くないや」
はじけるようにゆまが笑う。それにつられて杏子も笑った。でも、なぜだろう。自分の目じりには涙も
――突然、辺りの風景が変化した。なんだこれは? まったく気配がなかった。これは魔獣の異空間だ。
「杏子おねえちゃん……ここってあの……」
「ゆま、手を放すな」
ゆまは、以前にも異空間に入ったことがある。それはあの両親が死んだ日だ。ゆまも魔獣に取り込まれようとしていたところを杏子が救出した。
「杏子……怖いよ」
「大丈夫だよ。あたしがいるから」
ゆまが杏子に抱きつく。やはり、トラウマになっているようだ。杏子は魔法少女変身した。しかし、ゆまをかばいならでは、まともには戦えない。
人型の魔獣が3体近づいてくる。いや、1体は魔獣ではない。黄色い道化師のような風貌。あれは、外道の魔法少女 優木沙々だ。
「どうするクソ女……そのガキが死んでもいいならかかってきな」
「あいかわらずのクズだな」
「偉そうに。てめえだって、いざとなればそのガキを見捨てるんだろう」
「杏子はクソ女じゃないよ」
沙々が虫けらを見るような目でゆまを睨んだ。
「クソガキ、このクソ女はお前のなんだ」
「杏子はゆまのおねえちゃんだよ」
「ふーん。ゆまとか言ったな? そのお姉ちゃんは――」
――沙々は眼帯をめくって、眼球のない右目をゆまに見せる。ゆまは、叫び声を上げて杏子にしがみついた。
「私の目をこんな風にしたんだからねえ」
「やめろ! ゆまは関係ない! あたしが憎かったらあたしを殺せばいい」
泣いているゆまをかばい、杏子は前に出る。残念だが、これは沙々の勝ちだ。彼女を殺して、ゆまを助けることは不可能だ。今はゆまの生存を優先する。
「もちろん殺すよ……クソ女」
勝ち誇ったように沙々が笑う。その両側では魔獣が揺れている。
「父さん……母さん……」
その魔獣が杏子の父親と母親に変貌した。沙々と共に、杏子の
(違う……これは記憶の暴走だ)
杏子は自分にそう言い聞かせた。しかし、記憶の暴走は収まらなかった。沙々が杏子を殺すために杖を振り上げる。両親は憎悪を含んだ笑顔で「殺せ!」と連呼している。
(これまでだな……まどか……すまない。あたしは、ゆまを犠牲にはできない)
杏子は両手を沙々の前にかざした。沙々の動きが止まった。
「あたしを殺すのはいい。でも、ゆまだけは見逃してくれ」
「思い出したよクソ女。てめえを殺すのは私じゃない」
「……なに?」
「呉キリカさ、明日ね」
魔獣の異空間が消滅した。杏子から正常な判断を奪っていた両親の姿も消え、通常の世界に戻っている。
「あ……戻ったの」
「まだだ。ゆま、離れるなよ」
「……うん」
杏子は変身を解いた。5mほど前にいる沙々が普通に戻っているからだ。
「どういうことだ? あたしを殺さなくていいのか?」
「あなたは呉キリカが殺します。私の仕事ではありません」
「おまえこそさやかに八つ裂きにされるぞ」
「それは怖いですねえ。それでは、戦場の視察と行きますか」
立ち去ろうとする沙々を呼び止める。
「おい!」
「なんです?」
「一つ借りができたな」
「無駄なことを……私たちに貸し借りは意味がないはずですが?」
「……そうだな」
何事もなかったかのように沙々が遠ざかっていく。なぜ、彼女は自分を殺さなかったのだろうと考える。自己中心的なクズの中のクズともいえた優木沙々を美国織莉子が変えてしまったのだろうか? だとするならば、そのカリスマは絶大なものだ。ほむらやマミが言ったように、呉キリカも浅古小巻も優木沙々も、命をなげうって彼女のために戦うに違いない。
「あのおねえちゃん……いい人になったの?」
「違うよ。ゆま、あの人は悪い大人だから、見かけても近寄ったらだめだぞ」
「わかった」
脅威が去ったと判断した杏子は、ゆまと手をつないで公園に行く。
「今日は友達が来ていないみたいだな」
「そうだね……じゃあ、杏子が遊んでよ」
「あのな、ゆま。あたしのことは杏子おねえちゃんと呼べっていっただろう?」
「杏子おねえちゃん。ゆまと遊んで」
ゆまの抱きつき攻撃にはかなわない。杏子はゆまを抱え上げる。
「なにして遊ぶ?」
「全部だよ」
「全部?」
「ここにあるもの全部でおねえちゃんと遊ぶの」
「……じゃあ、なにから」
「ブランコ!」
それから2時間ほどきょうこはゆまと公園内を駆けずり回った。
(結構重いんだな……)
杏子は、遊び疲れて寝てしまったゆまを背負っていた。背中に感じる温かさと、適度な重さが、杏子の幸福感を満たしていた。
魔法少女なので、重さは苦にならない。叶うことなら一日中でも背負っていたい。しかし、杏子もこれから用事があった。明日の戦場になるショッピングセンター駐車場を視察する予定だ。今日も発現したように、記憶の暴走による判断ミスは呉キリカ戦では致命的だ。そこで、休日ならば多数の車が停めてある駐車場を選んだ。そこならば視覚により記憶の暴走を遮断できる。
「おや、杏子ちゃん」
ゆまの家に着いた。平屋でそれほど裕福ではないが、母方の祖母と祖父がゆまをわが子のようにかわいがっている。
「ゆま、寝ちゃいまして」
「重かったでしょう」
「ほんとに……あっという間に大きくなって」
杏子はしゃがんでゆまをおろす準備をした。
「ほら、ゆま起きなさい。杏子ちゃんが重いって」
「……あれ、おばあちゃん」
目覚めたゆまが、地面に足をついて杏子の背中を離れる。温もりがなくなった背中に少し寂しさを感じた。
「中におじいちゃんがいるからお昼を作ってもらいな」
「うん」
ゆまが「バイバイ」といって手を振っている。杏子は、それを
「杏子ちゃんも食べてく?」
「いえ。あたしはこれから用がありますので」
「そう、それじゃあ、ありがとうね」
「あの!」
やや大きな声だったので祖母が驚いている。これが最後かもしれないので、杏子は思いの全てを伝えることにした。
「ゆまを、よろしくお願いします。必ず……幸せにしてやってください」
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