魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第二話 【暁美ほむら】(1)

 巴マミ マンション 22:30

 

 佐倉杏子が見たと言った鹿目まどかは、改変後のまどかの姿に相違なかった。しかし、なぜ杏子がそれを知っているかが分からない。確かに、巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかには、かつて存在していた魔法少女の鹿目まどかの話はしたが、その姿について教えた覚えはない。

 

「杏子、もう一度聞くわ。あなた、それをどこで見たの?」

「私は、さやかの偽物と相打ちになったんだよ」

「偽物?」

「ああ、あんたが言ったとおりだった。あのさやかは魔獣が化けていた」

「……」

 

 杏子は、ベッド脇に置いてあったソウルジェムを取り上げ、ほむらに見せる」

 

「私は、このソウルジェムを割られて死ぬ寸前だった。そこにあの人が現れたんだよ」

 

 杏子はまどかを“あの人”と呼んだ。表面上は否定しているものの、信仰心の厚い杏子は、まどかを神に近いものとして感じ取ったのだろう。だが、それでは改変されたシステムとは一致しない。力尽きた魔法少女は、まどかに導かれて別宇宙に転送されるはずだ。いわゆる口伝で広まっている“円環の理(えんかんのことわり)”のことだ。

 

「まどかが……あなたを(よみがえ)らせたというの?」

「そう考えるしかねーよ。体には傷ひとつない。砕けたソウルジェムもこのとおりだからな」

 

 考え込んでしまうような奇妙な話だった。システムそのものとなったまどかは、個々の魔法少女には干渉できないはずなのだが。

 

「なあ、ほむら。あんたはあの人とどういう関係なんだ?」

「え?」

「いや、よく覚えてねーんだけど、あの人があんたの名前を呼んでいたような……」

「まどかが……私を?」

「だから……よく覚えてないんだよ。でもな、あんたの名前を呼んでいたのは間違いない」

 

 鹿目まどかの存在は、あらゆる人間の記憶から消されている。家族、友人、だれもまどかを覚えていない。唯一、彼女の記憶があるのは自分だけだ。

 

 暁美ほむらは、この世界に戻ってから毎日のようにある考察をする。

 

『なぜ、自分だけがまどかの記憶を持っているのか?』

 

 改変の瞬間を見届けたからか? あるいは、まどかがそれを望んだからか? 答えの出しようのない考察だった。もはや彼女は、ほむらの記憶の中にしか存在していないのだから。

 

「ほむら……どうした? その……」

 

 と、杏子が言って、目の下を指差す。

 

「……ありがとう。杏子」

 

 杏子が、『泣いているぞ』と、教えてくれた。粗暴(そぼう)に見えるが、ほむらは、真の佐倉杏子の優しさを知っていた。

 

(まだ……私とまどかは繋がっているのね……こんなに嬉しいことはない)

 

 かつて、ほむらは、まどかを救うために同じ時間軸を何度も繰り返し、その都度失敗した。完全な手詰まりになり、絶望の闇に落ちようとした時、まどか自身が答えを見つけ出した。しかしそれは、究極の自己犠牲だった。インキュベーターが創り上げた“魔女”システムを、根こそぎ改変し、魔法少女の絶望が“魔女”に繋がらない新システムを構築した。その代償として、鹿目まどかという個体は完全消滅した。

 

 まどかが杏子になにを伝えたのかは不明だが、いまはそれでもいい。鹿目まどかは、まだ存在している。それが分かっただけでも、ほむらは嬉しかった。

 

 ドアが開いて、エプロンを外しながらマミが杏子を呼んだ。

 

「佐倉さん、食事ができたわよ。それにキュウべえが話したいって」

「あいつがきてるのか?」

「私が呼んだのよ。あいつなら美樹さやかの情報を知っているはずよ」

「……まあな」

 

 嫌悪すべきインキュベーターは、改変後の世界では、感情エネルギーの回収役になっていた。ただし、なにを考えているか分からない不気味さは相変わらずだ。

 

「驚いたよ、杏子。君はどうして生きているんだい?」

「生きてちゃだめなのか?」

「だって、君のソウルジェムは、一度完全に停止したからね」

「私もキュウべえから聞いてびっくりしたの。佐倉さん、あの異空間でなにがあったの?」

「マミもキュウべえもあとにしてくんないかな。私は腹が減ってんだよ」

 

 杏子がテーブルに置かれたパスタ(ペスカトーレか?)を食べ始めた。実においしそうに食べるので、マミも笑顔になっている。

 

「キュウべえ、美樹さやかの情報は?」

「実は分からないんだ。でも、さやかのソウルジェムは停止していないね」

「どこかにいるということ?」

「そうなるね」

 

 インキュベーターは質問したことには嘘偽(うそいつわ)りなく答える。それは唯一評価できるポイントだろう。最も、質問しなければ答えないという最悪の欠点がそれを打ち消していた。

 

「さやかの……偽物はどういうことだよ」

「ちょっと、佐倉さん。こぼさないでよ」

 

 食べながら話す杏子の口からエビやらあさりが飛んでいる。

 

「変異魔獣のことかい? それならボクは知らないよ」

「なんでだよ! 魔獣はおまえらが作ったんじゃないのかよ」

「ボクたちが創ったのはシステムだよ。魔獣を作るのはキミたち人間だよ」

「……」

 

 魔獣とはそういうものだ。人間の感情エネルギーを吸い上げ、結界ではなく、異空間で実体化する。それを狩るのが魔法少女の役目であり、感情エネルギーが濃縮されたグリーフキューブを回収するのがインキュベーターの役目だ。

 

「キュウべえ、その変異魔獣の報告例はあるの?」

「ないね。でも、魔獣が変異する可能性はあるよ」

「だれかに擬態(ぎたい)する可能性も?」

「ほむら、それはキミのほうが詳しいと思うよ」

「どういう意味?」

 

 能面のように動かない顔。猫をモチーフにしているインキュベーターの姿は、初めて見た少女ならば可愛らしいと感じるかもしれない。だが、その本質を知るほむらにとっては、不気味以外のなにものでもない。

 

「その魔獣がさやかに見えたのは、杏子の記憶によるものだと思うよ。記憶操作ならお手の物だろう? ほむら」

「魔獣が記憶操作していると言うの?」

「変異とはそういうものじゃないのかい。環境に適応するように自らを変える。魔法少女の力を模倣(もほう)しても不思議ではないね」

「本当にあなたたちが変異させてはいないのね?」

「当たり前じゃないか。ボクたちにはなんの利益もないからね」

 

 そのとおりだなと思った。絶大なエネルギーを発生する魔法少女の魔女化のイベントがなくなっているので、あえて魔獣を強くする必要はない。だとすると、インキュベーターが言ったように、魔獣が魔法少女の存在に適応するように突然変異したと考えるべきか。

 

「杏子――」

 

 ――どのようにして、偽さやかと気が付いたのか、杏子に質問しようとしたが、彼女は、フォークを手にしたまま、眠っていた。マミが頬杖(ほおづえ)をつきながら、それを見守っていた。

 

「もうこうなると叩いても起きないわ。昔からそう、いつも無理して、へとへとになるまで闘って」

 

 マミは立ち上がり、杏子の脇に手を添える。

 

「暁美さん。足を持ってもらえる。今日はもう遅いから、家に泊まってもらうことにするわ」

「美樹さやかの無事を聞いて安心したのかも」

「そうね」

 

 マミが杏子を後方にずらした。ほむらは、膝のあたりをつかんで、二人で担架(たんか)のようにして杏子をベッドまで運んだ。

 

「前はもっと軽かったから一人でも運べたけど、今はもう無理ね」

 

 以前は師弟の間柄(あいだがら)だったマミと杏子。そのころを思い出しているのか、マミは少し嬉しそうだった。

 

 リビングルームに戻ったほむらは、巴マミにある仮説を説明しようとした。ただし、ほむらにとって、それは仮説ではなかった。何度も繰り返した時間軸の中の類似した事例にすぎなかった。

 

「キュウべえ、白羽の浅古姉妹はもう魔法少女?」

 

 まずは、美樹さやかが消えた件だ。過去の事例では、浅古小巻の結界が大きく関与していた。

 

「……キミはなにものなんだい、ほむら。本当に興味深いね」

「質問に答えて」

「そうだよ、小巻も小糸も魔法少女だよ」

「暁美さん……どういうこと?」

 

 マミが不思議そうにこちらを見ている。それはそうだ。彼女は浅古小巻もその妹の小糸も、名前すら聞いたことがないはずだ。

 

「巴さん、美樹さやかを捕えているのは、魔獣ではなく魔法少女かもしれないの」

「魔法少女どうしで闘っているということ? 佐倉さんの闘った相手も?」

「いいえ、杏子と相打ちになったのは魔獣に間違いないわ。ただ、そうなるように仕向けた奴がいるのよ」

「……」

 

 ほむらはインキュベーターを睨みつける。我意に介せず的な無表情さが(しゃく)(さわ)った。

 

「質問しなければ答えないってこと?」

「いけないかい?」

「いいえ。では質問よ、美樹さやかは浅古小巻のドーム内にいるのね。そして、あの異空間内には、浅古小糸がいた」

「小巻のことは解らないよ。でも、小糸の件はほむらの言うとおりだよ」

 

 これではっきりした。この事例は過去に数度経験がある。杏子の殺害に失敗したのなら、次に狙われるのは巴マミだ。

 

「奴は、美樹さやかをエサにして杏子を殺害しようとしたの。理由は簡単よ、それは数の論理」

「数の論理?」

「私たちは4人、奴らも4人。だから、個別撃破して有利な数にする。単純だけど理にかなっている。そうなると、攻撃力の高い杏子とあなたの殺害を優先する」

「あなた……相手がだれか知っているの?」

「ええ、いやになるほどよく知っているわ」

 

 過去の時間軸では、奴が絡むケースはそれほど多くはない。だが、いざそうなると大抵は悲惨な結果で終わってしまう。

 

(これまで奴の狙いはまどかの殺害だった。でも……今回の目的は?)

 

 ほむらは、インキュベーターに追加の質問をする。奴の大事なキーパーソンである魔法少女が実在するのなら、これはもはや仮説ではなくなる。

 

「呉キリカは?」

 

 短い質問に、インキュベーターも短く答える

 

「もちろん」

 

 最強魔法少女と呼ばれる巴マミではあるが、あの二人は相性が悪すぎる。ここは自制してもらうしかない。

 

「巴さん、私が調査するまでは、あなたと杏子は動かないでほしい」

「なぜ?」

「相性の問題かしら。あの白い魔法少女には、あなたたちは相性が悪すぎる」

「白い……魔法小女?」

 

 ほむらは頷いた。これで今回の敵の正体がはっきりした。だが、心の中の疑問は広がるばかりだ。なぜ、まどかの存在しないこの世界で奴が登場するのか? その疑問を払拭(ふっしょく)するためには、奴に会わなければならない。

 

「予知能力の魔法少女……名前は、美国織莉子(みくにおりこ)

 

 




次話:【暁美ほむら】(2)
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