魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第二十話 Saturday(2)美樹さやか

Saturday(2)

 

決戦日前日 見滝原 天覧山付近

美樹さやか

 

 この天覧山という山は某所にある天皇ゆかりの地とはなんの関係もない山だ。見滝原の中心部から10km以上離れている標高は300m程度の低山だった。アクセスも不便で、2時間に一本のバスを利用するしかなく、結構閑散(かんさん)としている。

 

 美樹さやかは、明日の優木沙々との決戦にこの場所を選んだ。理由は二つあった。一つ目は、沙々を市街地から遠ざけることだ。沙々が魔獣を遠隔操作できるのはせいぜい2~3kmだと暁美ほむらから聞いていた。だとしたら、たとえ、自分が敗れても、沙々による一般人の虐殺が即開始されることはない。もう一つは、樹木等の遮蔽物(しゃへいぶつ)が多いことだ。接近戦を得意にするさやかにはおあつらえ向きの場所と言える。言うまでもなく、数に勝る沙々の手下に包囲される可能性もあるが、狭い範囲での戦いは結局一対一になる。それならば、自分に利がある。

 

(ほむら……あんた、恭介に教えてないよね)

 

 昨晩、巴マミのマンションで、最後のミーティングをした。ほむらが知っている限りの情報を皆に伝達し、実に有意義なものであった。さやかも沙々の弱点欠点を多数聞いており、それを加味した戦術を考えられる。

 

 

 その帰り道。ほむらから、上条恭介のことで話があった。

 

「さやか……どうして上条君を避けるの?」

「避けているわけじゃないよ」

「でも彼はそう思っている。それで、私に頼ったみたい」

「恭介が?」

「そうよ」

 

 実際のところ、さやかは恭介を避けていたのだ。話せば情が湧いてしまう。せっかくの決意が揺らぐように思えたからだ。

 

「一昨日に電話で話したよ」

「彼から聞いたわ。『仁美が戻ってから話そう』って素っ気(そっけ)なく切られたと言っていた」

「そりゃそうだよ。だって、まだ、仁美はあんな状態なんだから」

 

 二度目の自殺未遂を犯した志筑仁美は精神的な立ち直りができずにいまだに学校にきていない。

 

「さやか……彼と話したほうがいい」

「実はね……明日電話しようと思ってたの」

「電話?」

「そう。電話のほうがいい……顔が見えないからね」

「……さやか」

 

 明日の決戦は、ほむらの経験則がこちらの切り札だった。彼女が繰り返した過去の時間軸で、我々はそのように勝ち、どのように負けたかをこと細かく聞けた。だが、今回の優木沙々はまったく予想できないとも言っていた。おそらく、ほむらは、さやかが敗北することを想定して助言してくれているのだと思う。

 

「あんたなりに心配してくれてるんだね。ありがとう。ほむら」

「……私はね。杏子と同じ考えよ。あなたは、命をかける必要がない」

「杏子が? あいつめ、まだそんなことを」

「優木沙々は私が暗殺するわ」

「ほむら……あんた、織莉子さんを甘く見てるんじゃないの?」

「私を一人でおびき出す狙いってこと?」

「分かってるんなら、そんなこと言わないでよ」

「……」

「いいんだよ、ほむら。そういうおせっかいなところも含めて、私はあんたを気に入ってるんだから」

 

 

 

 しかし、そのおせっかいにも限度がある。天覧山の(ふもと)では上条恭介がさやかを待っていた。

 

「本当に来たんだね。最初は暁美さんにだまされたのかと思ったよ」

「今日はレッスンじゃないの?」

「そうだったけど。お母さんに頼んでキャンセルしてもらった」

「……」

 

 登山服とは言わないまでも、恭介はリュックサックを背負い、山登りしやすい服装をしていた。さやかにつきあうつもりだ。

 

「私、ここに登るんだけど」

「いいよ。僕もつきあうよ」

「恭介……あんた、運動は苦手じゃないの?」

「なに言ってるんだい? 僕たちは一緒にこの山に登ったじゃないか。覚えていないのかい?」

「子供の時にね。でも、あの時は親も一緒だったし」

 

 まだ小学低学年の頃、さやかと恭介は、家族ぐるみで天覧山にハイキングにきていた。多分、その記憶があったからこそ、決戦の舞台をここに決めたのだと思う。

 

「とにかく登るからね。ついてくるなら勝手にして」

「それじゃあ勝手にさせてもらうよ」

 

 子供の頃と同じ笑顔で恭介が笑った。そう、この顔を見るのが怖かった。戦いを回避したいという気持ちが、重さを増していく。

 

 

 

「恭介! 置いていくよ」

 

 まだ20分も歩いていないのに恭介が遅れだした。ここはアウトドア派とインドア派の違いといったところだろうか。

 

「さやか……少し休まないかい?」

「えー? まだ半分も来ていないんだけど」

 

 恭介がリュックからお茶のペットボトルを差し出した。

 

「そこにちょうどいいベンチがあるよ」

「しょうがないわね」

 

 さやかは、お茶を受け取る。恭介はもう一本取り出し、キャップを開けて、ごくごくと飲んでいる。これだから素人は困る。水分はこまめな補給がベストだ。大量摂取しても処理しきれない。

 とはいえ、一時間もかからないコースなので、怒る気にもなれない。それどころか、さやかは、この思いがけない恭介とのデートを楽しむようになっていた。

 

 二人でベンチに腰を掛け、見通しの悪い見滝原市街を眺めていた。

 

「さやか……どうして僕を避けるんだい?」

「避けていないよ」

「志筑さんの件が気になっているかい?」

 

 想定された質問だった。さやかは、今夜電話で告げるべきことを、今、話す決心をした。

 

「恭介……仁美は本当にいい子だよ。だから、仁美とつきあってあげて」

「さやかは……僕をバカだと思っているのかい?」

 

 先ほどとは打って変わって、恭介が悲し気な表情になる。

 

「思ってないよ……」

「さやか……僕は知ってるんだよ」

「知ってるって……なにが?」

 

 恭介が左腕の(すそ)をまくる。少々汗をかいているのか太陽光を反射して光っている。

 

「僕の腕を直してくれたのはさやかだろう」

「……そんな魔法みたいなことできるわけないよ」

「魔法少女は奇跡を起こせる」

「……」

 

 さやかは魔法少女であることを知っているのは、仲間を除けば仁美しかいない。どのような経緯かは分からないが、彼女が恭介に伝えたのだろう。

 

「暁美さんにも聞いてみたんだよ」

「ほむらに?」

「そうさ……魔法少女って知ってるかいって」

「……ほむらは?」

 

 恭介が完全にさやかと目を合わせる。本当のことを話せと言うように、(まばた)きもせず、一点にさやかを見つめている。

 

「噂だけど、魔法少女はたった一つの願いを叶えられるって」

「……」

「僕の左手はね……お医者さんにも絶対に直らないって言われていたんだよ」

「……」

「さやかが……直してくれたんだね」

 

 さやかは感動に打ち震えていた。

 

(織莉子さん……何かを失うことは何かを得ること。あなたの予言どおりですね)

 

 上条恭介から、これ以上ないものをもらった。だからこそ、自分は恭介を喪失しなければならないのだ。

 

 さやかは立ち上がった。

 

「恭介、私と手をつないでくれる」

「さやか……それじゃあ、僕と――」

「――それは、この世界を見てからだよ」

 

 さやかは魔法少女に変身し、閉鎖空間に侵入した。もちろん、物理的に接触している恭介も同様だ。

 

「ここは……」

 

 太陽の光はここには届かない。薄暗い静の空間に、恭介が驚いている。

 

「私たち魔法少女は……ここで魔獣と戦っているの」

「魔獣……ってなんだい」

「あれを見て」

 

 さやかは市街地上空にいる大きめの魔獣を指差す。この距離で視認できるのだから10m以上あるだろう。

 

「あんな大きいのと戦っているのかい?」

「そうよ……いつ死んでもおかしくないの」

「その恰好……可愛いね」

 

 恭介がじろじろと魔法少女のさやかを眺めている。そういえば、この装束は異性に見られると結構恥ずかしいものだ。

 さやかは顔を赤くして話を続ける。

 

「恭介……だから私は……あなたの愛情には――」

「あれは……だれだろう? さやかの知り合いかい?」

「え?」

 

 そんなはずはない。この閉鎖空間には魔法少女以外入れない。

 

(まさか!)

 

 恭介の見ている方向に、土色の魔法少女が立っていた。彼女は奇妙な形の杖を持っていた。

 

「優木さん……」

「美樹さんも視察ですか?」

「……まあそうです」

 

 優木沙々が会話可能な距離まで近づいた。これはまずいことになった。うっかり彼女と会話しようものなら、また洗脳される危険がある。

 

「彼が上条君ですか?」

「僕を知っているんですか?」

「恭介! 彼女と話したらダメだよ」

 

 慌てて恭介を制止する。優木沙々の恐ろしさは、いつ洗脳されたが分からないことだ。

 

「ど、どうしたんだい? さやか」

「優木さんは……洗脳をするのよ」

「洗脳……」

「おやおや、ずいぶんと警戒されていますね。まあ、もっともではありますが」

 

 沙々が軽くため息をついて杖を振っている。

 

「なんか魔法使いみたいですね」

 

 恭介が興味津々(きょうみしんしん)に沙々に話しかける。だから、よせと言うのだ。

 

「魔法使いではありません。私は魔獣使いです」

「魔獣ですか? あんな大きいのを?」

「そうです。自由自在ですよう」

 

 沙々の人懐っこい笑顔に、恭介が警戒心を緩める。そして、さやかの心配が現実となった。

 

「上条君が美樹さんのことを好きなのは、彼女に左手を直してもらったからですか?」

「……そんことはありません。さやかは、僕の幼馴染(おさななじみ)で、子供のころから想っていました」

「それは立派ですね。では、証明してください」

「証明……ですか?」

「恭介! 優木さんと話さないで!」

 

 恭介の左手が震えている。

 

「これは……左手が動かない」

「優木沙々! 恭介になにをしたの!」

「洗脳に決まっているじゃないですか」

 

 佐倉杏子は沙々を外道と呼んでいた。さやかにはそうは思えなかったが、ここにきて、その感情を理解した。沙々への怒りがさやかに剣を手にさせた。

 

「こんなことをしなくても約束は守る! 今すぐ、恭介の洗脳を解いて」

「その怒り……大変結構なことです。あなたには、必ず明日、ここに来てもらわなければならないので」

 

 沙々は激高しているさやかを無視して、恭介との話を継続した。

 

「上条君。あなたの左手は正常です。私の洗脳で動かなくなっているだけ。それを解く方法は一つだけです」

「……どうしたら?」

「美樹さんが、私を殺したら洗脳は解けます」

「……」

「でもね、私が美樹さんを殺すかもしれない。あなたは、選択をしなければならない」

「……」

 

 恭介が震える左手を見つめている。

 

「さやかは……この人と戦うのかい?」

「……そうよ」

「だめだよ。僕の左手はこのままでもいい。だから、さやかには殺し合いなんてしてほしくない」

「ありがとう……でもね、これは運命なのよ」

「運命……」

「私を信じて」

「……」

 

 優木沙々が仕事は終わったと言うように引き上げて行く。さやかはそれを呼び止める。

 

「優木さん」

 

 沙々はそれに応じ、さやかに意味ありげな笑顔を見せる。彼女は、ほむらや杏子の言う外道ではなかった。おそらく、優木沙々も、さやかと同じように、美国織莉子によって変えられたのだ。

 

「戦う理由ができましたか?」

「ええ、あなたを必ず倒します」

「上条君のためにも、そうしたほうがよいでしょう」

 

 沙々はそのまま閉鎖空間から離脱した。彼女の言葉は正しかった。杏子とは違い、さやかは沙々になんの因縁もなく、戦いへの積極性を欠いていた。それに対し、沙々は、織莉子のためなら命を捨てる覚悟だ。これでは勝負にならない。

 

(絶対に勝たなきゃ……恭介のために)

 

 さやかは恭介を抱え上げる。いわゆるお嬢様抱っこというやつだ。

 

「さ、さやか」

「恭介、飛ぶよ。怖かったら目を閉じてて」

 

 さやかは、恭介をかかえたまま全速力で疾走した。そして、大きな跳躍。

 

「これは……僕たちは飛んでいるのかい?」

「ジャンプしてるだけ。あと何回かジャンプするからね」

「いいよ……でも、さやか、僕にキスをしてくれないかい?」

「え?」

「だって、こんなに顔が近いんだし」

 

 さやかは慌ててしまい、着地のバランスを崩した。そのため、減速してしまい、もう一度加速しなければならなくなった。

 

「き、恭介が変なこと言うから……着地に失敗したでしょ」

「ごめんよ、さやか」

 

 二度目の跳躍。その頂点で、さやかと恭介は口づけを交わした。強烈な風の中、二人は、束の間の愛を確認した。

 

 驚くほどの至近距離で恭介と見つめあう。ほむらではないが、このまま時が止まればいいと思った。しかし、もうすぐ着地だ。これから三度目のジャンプをしなければならない。

 

 三度目の跳躍後、恭介の家の近くに二人は降り立った。さやかは変身を解いて、もう一度、恭介に念を押した。

 

「私は、優木さんと戦わなきゃいけないの。だから、私を信じて」

「いいけど、僕にも信じさせてほしいな」

「……なにを?」

「さやかが絶対に死なないってことさ」

「……」

「どうして、答えないんだい?」

「恭介……」

 

 さやかは恭介を抱きしめる。そして、耳元でつぶやいた。

 

「仁美と……幸せにね」

 

 さやかは、恭介を突き放し、全速力で走った。背後から恭介が大声でさやかを呼んでいる。振り返ってはならない。振り返ると未練が残る。さやかは泣きながら走った。そうすることでしか、この感情を抑えられなかった。




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