決戦日前日 白羽女学院通学路 浅古小巻
浅古小巻は行き慣れた白羽女学院への通学路を歩いていた。土曜日なので、いつもならば学生たちが騒々しく歩いているこの道路も、今は小巻だけだ。
なぜ休みの日に学校に向かっているかというと、お世辞抜きに最強魔法少女である巴マミに、明日の決戦の舞台としてそこが指定されていたからだ。
自分の顔は、普通でも怒って見えるらしいが、悩ましく眉間にしわを寄せている今ならば、さらにそう見えるだろうなと思う。それほど考えを巡らせていた。
(なぜ巴さんはここを選んだのか……)
マミの選択は美国織莉子の予知によりあらかじめ通告されていた。しかし、考えれば考えるほどその選択が意図するところが解らない。最強ゆえの
(私の戦法を固定化するためか?)
小巻と織莉子のように、マミだって暁美ほむらから情報を受け取っているはずだ。だとすると、白羽女学院全体をシールドで
いや、それはもう疑問形ではない。妹の浅古小糸から、そのとおりだと指摘されていた。
――小巻はそれを思い返していた。
20分前 浅古小巻 自宅
浅古小巻の部屋は、その性格上整理整頓が行きとどいており、ゴミ一つ落ちていない。それなりに裕福な家なので、部屋には十分な広さがあった。小巻が座っていたのは、窓際にある学習机だ。学習机と言っても、定型のものではない。父親が骨董品屋から見つけてきた古めかしいテーブルだ。使い込まれた質の良いウオールナットでできており、小巻もそれを気にいって、学習机として使用していた。そのほかにも、アンティークなソファーやローチェスト、立ち見用の鏡などが、小巻の部屋の個性となっていた。
新しいものやカルチャーが好きな妹の浅古小糸とは真逆で、小巻は古風なスタイルを好んだ。
ドアをノックする音が聞こえた。両親は外出しているので、妹の小糸だろう。
「小糸、入っていいよ」
小糸は自分よりも頭が良い。小巻も成績優秀ではあったが、学年トップの妹にはかなわなかった。
「お姉ちゃん、今日は織莉子さん家には行かないの?」
「ああ、今日はキリカに譲るよ」
織莉子に心酔している呉キリカには、決戦の日を前に話したいことが沢山あるはずだ。
小糸は中央にあるソファーに座った。
「それじゃあ学校に行くんだね」
「そうだよ。晶と美幸も一緒だ。小糸も来る?」
小糸は首を振った。
「今日はキュウべえと話をしなきゃ」
「小糸、あいつには気を付けてね」
「もちろんだよ。あんな
「ならいい。小糸なら安心だよ」
正直、それは嘘だった。小糸とキュウべえが何らかの取引をしているのは美国織莉子からも聞いている。はっきりとは小巻には告げなかったが、小糸が暁美ほむら殺害に
「巴さんの件か?」
「あの人は本気だったよ……お姉ちゃんを殺す気だった」
「それはそうだよ、こっちがそう言ってるんだからね」
「お姉ちゃん……死んじゃいやだよ」
「小糸……」
小糸が魔法少女になる願いは「全てを知ること」だった。そのシンプルさ故に、小糸の力は強大であった。浅いレベルではあるが、対象者の思念を読み取ることができ、それをコントロール可能なのだ。だから、小糸は明日の決戦では織莉子のバックアップに回る。
「私の考えを読んだのか?」
「そうだよ……」
小糸は表層意識しか読み取れない。そのため、思いを深層部に置いておけば、小糸のスキャンを逃れられた。しかし、どうやら、今は失敗したようだ。
「相手は巴マミなんだよ……相打ちじゃなきゃ倒せない」
どう考えても、無限に近い手数を誇る最強魔法少女には勝てなかった。無論、彼女の攻撃は全て防ぐことはできる。だが、巴マミのソウルジェムを割るには、接近しなければならない。
美樹さやかのように、マミをドームに閉じ込めるという戦術もあるが、戦闘モードに入っているマミには接近不可能だ。
防御と攻撃、
「巴さんを学園内に引きずり込み、全体を私のシールドで覆ってしまう。少なくとも彼女が脱出するには私を倒すしかなくなる。いい戦術だと思うよ」
「待ち伏せして倒すの?」
「待ち伏せなんてできるわけがない。私の得物は斧だよ」
「お姉ちゃん……あの人を倒す方法はあるよ」
「……」
白羽女学院通学路 浅古小巻
――小糸が語った巴マミを倒す戦術は、正直
しかめっ面で歩いている小巻の背中を叩くものが現れた。結構強く、かなりの痛みを感じたが、相手がだれか分かっているので怒ったりはしない。
「痛いな晶! もっと気を使いなよ」
「あれ? 怒らないの? 前なら拳で殴られたりしたよ」
「ほんと、小巻ちゃんは変わったよね」
白羽女学院はクラス替えなどなかった。目の前にいる
「それじゃあなに? 私に昔みたいにいつも半ギレでいろっての?」
「時々懐かしくなるよね」
「あれはあれで、からかいがいがあったしね」
「まったく……あんたたちは、私にどうしろっていうの?」
晶が、今度は正面から小巻を叩こうとする。少し怒り気味に向かってくる。小巻は、それを防ぎもかわしもせずに、左肩のあたりに弱い打撃を受けた。逆側の肩にも、普段は絶対にそんなことをしない美幸のパンチも当たる。
「私たちは……小巻にずっといてほしいんだよ」
「小巻ちゃん……いなくなっちゃやだよ」
「……」
それから何度も二人に叩かれた。泣きながら叩かれた。小巻は、されるがままにしていた。自分は、反撃する資格も、止めろと言う資格もなかった。死ぬかもしれない戦いを前に、親友に挨拶しておこうという軽い気持ちで二人に声をかけただけだ。しかし、晶と美幸は、自分に死ぬなとせがんでいる。それは、嬉しくもあり、悲しくもあった。誰かから大切に想われているのは嬉しいことだが、その想いに沿えぬことは悲しいことだ。
「約束はできない……でも、二人に手伝ってほしい」
「巴マミを倒すために……?」
「そうだよ」
「……いいよ」
二人の親友は、小巻を叩くのを止めて、目をこすりながら笑顔を作っている。彼女たちは織莉子やキリカ、沙々とは違い魔法少女ではない。だが、人間浅古小巻としての親友であり、その大切さは、織莉子たちと比べてなんの
小巻は、二人の親友に感謝の笑顔と、
「うわ、小巻、気持ち悪い」
「小巻ちゃんらしくないよね」
どうやら二人は自分に切れてほしいようだ。いいだろう。その期待になら応えられる。
「なんだってえ! 気持ち悪いってのはどういうことなの!」
「だって、これまでそんなことされたことなかったし」
「二人とも……私に殴ってほしいみたいね」
「そう、それよ! それじゃなきゃ小巻ちゃんじゃないわ」
笑うしかなかった。三人で意味もなく笑った。これでいいのだ。笑うことに意味などいらない。三人でいるだけで楽しい。だから普通に笑える。そんなことができる友人は親友と呼ぶしかない。行方晶、長月美幸は、疑う余地もなく浅古小巻の親友なのだ。
――白羽女学院の校庭は広大だが、災害時の避難を考えてか中央の噴水以外は、全校生徒が集合できるように、開けた空間になっている。小巻は、明日の戦場を校舎内ではなくこの校庭に決めていた。
校門側から見て噴水の後ろ側に小巻は立っていた。これで巴マミが自分を発見したら、範囲攻撃を有利にするために必ず跳躍をするはずだ。
「晶! もうちょっとこっちに来て、足元にその石を置いてくれる」
「この辺?」
「そう、そこでいいよ」
15mほど先にいる晶に先端が尖っている石を置いてもらった。これば、位置決めのためのものだ。昔の言葉で言うのなら“ばみり”というやつだ。
「美幸! あんたは晶からどのぐらい離れてるの?」
「3メートルぐらいかな」
「3メートルか……いいよ、美幸もそこに置いて」
晶の少し先にいる美幸に、今度は角ばったやや大きめの石を置いてもらう。これでいい。これで、巴マミを倒すことができる。
小巻は満足げに腕組みをする。ドヤ顔で やや足を開き、近づいてくる親友たちを上から目線で眺めた。
「これで……巴さんに勝てるの?」
「そうね」
「本当? 信じていいの?」
「私が、あんたらの期待を裏切ったことがある」
二人が歓声を上げて小巻に抱きつく。さっきは気持ち悪いと言ったくせに、自分たちは許されるのかと思った。まあいいだろう、それも親友の特権だ。
小巻は二人を両腕で抱きしめる。そして、明日戦うことになる最強魔法少女に届くはずのない話かけをした。
(巴さん……あなたは、自分の力で死ぬことになる)
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