決戦日前日 見滝原聖地霊園 巴マミ
自宅から電車で3駅の大規模墓地に巴マミは来ていた。この地には両親が眠っており、月命日
「おや、マミちゃん。今月は早いね」
「こんにちは。月命日には来られないかもしれませんので」
「それじゃあ、
「はい、お借りします」
すっかり顔なじみの初老の墓地管理人から手桶とひしゃくを借りる。供える
「あの、お願いがあるのですが」
「どうした」
「もしも、来週、私が来なかったら、供えているお花を処分してほしいんですけど」
「なんで? マミちゃんは来週来れないの?」
「いいえ。ですからもしもです」
「いいよ、マミちゃんは若いのに礼儀がしっかりしてるからね。おじさんがきれいにしておくよ」
「ありがとうございます」
マミは管理人に礼をして、両親の墓に向かう。墓参者らしく質素な服装を選んでいた。好みの暖色系の服を避け、あえてグレー系のジャンパースカートに黒白チェックのカーディガンを羽織っていた。花をすぐに持ち帰るのはしのびないので、一週間供えて、翌週に持ち帰るのがこれまでの習慣であった。ただ、来週の予定は不明確だ。
両親の名前が刻まれた墓石の前に立ち、マミは合掌する。
(お父さん、お母さん……少し早いけど来ました)
毎月来てはいるが、それなりに汚れている、マミは、持ってきた布で墓石を拭き、周囲を掃除する。手桶に汲んできた水をひしゃくで打ち水する。その後、花を添えて、供え物を置き、線香に火をつける。匂い線香なので香木の良い香りがマミを包んだ。
(せっかく繋いだ命ですが……もしかしたら、終わりになるかもしれません。お父さん、お母さん、それでも私を許してもらえますか?)
答えを求めない質問だった。
(ごめんなさい。許しを
不意に強い風が吹き、花を揺らし、線香を倒した。マミは、慌てて、線香の火を消した。繋いだ命を大切にしない娘への怒り。それが風となり、マミをしかりつけた。
(そうですね……少し感傷的になっていたみたい。私は二人の分まで生きる努力をします)
両親の生前は、何不自由なくマミは育てられていた。だが、あの日以来、マミは、
マミは後片付けをして、最後にもう一度手を合わせる。
(そういえば……お父さんにも、お母さんにも……こんなに怒られたことはありませんでしたね。でも、嬉しいです。私は……愚かでした)
自分はまだ両親に守られている。その幸福さが、マミに涙を流させた。もう、会うことも話すこともできない両親ではあるが、心の繋がりをはっきりと感じた。
マミは手桶をもって墓から立ち去る。必ず来週来なければならない。それを固く心に決めた。
「ありがとうございます」
マミは、笑顔で管理人に手桶を返した。
「いい笑顔になったね。来たときはちょっと暗かったんで、おじさん心配したよ」
「そうですか?」
「そうだよ、また来週来なよ」
「はい」
演技などというものは、すぐに見破られる。特に死者の魂を管理する人物ならば、そういった感覚は鋭いのだろう。マミの、心も見透かされていたようだ。
(まずは……下見よね)
マミは、電車からバスに乗り換える。行先は白羽女学院だった。もっとも苦手とする相手であろう浅古小巻との戦い。その舞台に、マミは、彼女の母校を選んだ。理由は二つだ。自信過剰だという小巻の慢心を誘うためと、彼女の戦術を限定するためだ。何度かの会話で、小巻は、奇策を取らない相手だということが分かった。だとするならば、開けた場所での戦いを回避し、地の利がある学園内にマミを引きずりこむ策だろう。
車窓からの眺めが高級住宅街に変化した。この白羽地区は、そういう場所として見滝原市民に認知されていた。
その名の通り「白羽女学院前」というバス停でマミは下車した。
閑静な住宅街にある私立の中高一貫高で、生徒数が限定されているためか、見滝原中学校よりも小さい。ただし、歴史ある学校のため、校舎や施設には
部外者であるマミが中に入れるはずもなく、周囲を一周して建物の形状を把握しておこうと思っていた。
(……)
見知らぬ小柄な女性(校内にいるのでおそらくは生徒)がマミに手を振っている。後ろに誰かいるのかと思い、振り返ってみたが無人だった。もう一人、眼鏡の友人らしき人物が現れ、逆方向の校舎側に手を振っている。やがて、見慣れた人物が現れた。
「浅古さん?」
それほど大きくない声で言ったが、どうやらそれが聞こえた様子だ。浅古小巻とその友人らしき二人がマミに近づいてくる。
「やあ、巴さん。あなたも下見ですか?」
「まあ……そうですね」
どうしてこの人はいつも無防備なのだろうと思う。それほど自分の防御力に自信があるということだろうか?
「お二人は?」
「はい、私の友人の行方晶と長月美幸です」
「初めまして、巴さんおっぱいが大きいですね」
「……」
短髪で両髪を結んでいる晶という中三とは思えない少女だ。
「こら! 晶、初対面の人に言う言葉?」
「でも、美国さんより大きいかもだよ」
美幸は、落ち着いた感じで、ヘアバンドと眼鏡が特徴的だった。二人ともかなり小柄だ。いや、小巻が大きすぎるだけだろう。二人の身長はマミより少し低いぐらいだ。
「美国さんも胸が大きいの?」
「まあそうですね。あいつは大きい部類に入ります」
「浅古さん……あいかわらず飾りっけのない会話ね」
「結構気に入っていますので変えないことにしました」
「まあ、いいわ」
「美国に会いたいのでしょうが、あいつはキリカと東京に行っていまして」
「そう、それは残念ね」
「代わりに、私が学園を案内しますよ。よろしければですが?」
「いいの?」
「もちろんです。晶、美幸、ゲストカードもらってきて」
「分かった」
小巻の友人二人が、走って事務所と思しき場所に向かった。
「どうぞ、大丈夫ですよ」
「それでは、お邪魔します」
小巻の招きで、マミは白羽女学院の敷地に入った。適度な広さの校庭は手入れが行き届いており、ゴミ一つ落ちていない。ただ、意味ありげに大き目の石が置いてあり、それが少し気になった。
「学園のホームページに必ず写っている噴水ですよ」
「はい、見たことがあります。大きくて立派ですね」
バルセロナの噴水をイメージしており、とても優雅な噴水だ。これは白羽女学院の象徴ともいえるものだろう。小巻も自慢げだ。
「巴さん、私が魔法少女になりたての頃、一度お会いしたのを覚えていますか?」
「ええ、私のテリトリーへの侵入者ね」
「
「話し合いで解決できるのは
「信用ですか? 私があなたを倒すとしても?」
「逆に倒されるかもとも考えているでしょう?」
「……もしもなどとは考えません。きっと、私たちはこうなる定めだったのでしょうね」
「ええ」
晶と美幸が首下げパスケースを持って戻ってきた。
「どうぞ、巴さん」
「ありがとう。行方さん」
「ええー、晶でいいですよ。その代わり、私もマミさんって呼びます」
「私も美幸と呼んでください」
「はい、晶さん、美幸さん……小巻さんでいいの?」
「いいですけど……私は……」
なぜか小巻が顔を赤らめている。
「小巻は、名前で呼ぶのが苦手なんだよ。織莉子さんだって、いまだに『美国』って呼ぶしね」
「キリカさんだって、私たちと話すときは『呉』って言うしね」
「晶、美幸……どうしてあんたたちはそんな言わなくてもいいことを……」
「ふーん。それじゃあ私も『マミ』って呼んでもらおうかしら」
「……巴さん」
「ほら、『巴』じゃなくて?」
「……マミさん」
晶と美幸が爆笑している。マミもそれにつられて笑った。小巻が友人二人を捕まえようとするが、晶たちは走って逃げた。当然捕まることになるのだが、その
「マミさんは笑うと本当に素敵ですね」
美幸が少し寂しそうに言った。二人は知っているのだ。自分と小巻が、明日ここで戦うことを知っている。
「ありがとう。でも、そんなこと言われたことがないからちょっと恥ずかしいわ」
「そうですか? とってもかわいいですよ。小巻と違って」
「だから! それが余計だっていうの!」
優しくではあるが、小巻が晶を叩いた。痛がる様子もなく、二人は真の信頼関係にあるようだ。マミには、それが羨ましく感じた。
「へんな茶番を見せてすみません。それでは、学園内を案内しますよ」
「助かります」
校内はイメージと全く逆であった。豪華さはなくあくまでも質素で落ち着きのある装飾で統一されていた。最新の設備を積極的に導入している見滝原中学校とは違い、伝統を重んじる校風なのだろう。
「結構複雑ね」
「長年増築を繰り返していまして。私たちも迷うことがあります」
小巻たちの教室への道のりは迷路のようであった。正直一人ならば確実に迷子になっていた。
「美国さん……生徒会長なのね」
掲示板に貼られていた“生徒会報告”の署名に『生徒会長 美国織莉子』と記載されていた。
「あ、まだ貼ってあったんだ。月曜日に織莉子さんに教えなきゃ」
「第替わりしたんでもう織莉子さんは生徒会長じゃないですよ」
晶も美幸も、織莉子に親近感を持っているようだ。こんなアットホームな環境は見滝原中では考えられない。
「と……マミさん。うちの学園にどんなイメージをお持ちですか? やはり、お嬢様学校でしょうか?」
「ごめんなさい。そう思ってるわ」
「謝ることはありません。おそらくそうでしょうから。でもね、それなりに
「悪しき習慣ですか?」
小巻が美幸と晶に説明しろと促す。言いにくいことは顔が
「この白羽女学院には伝統的にカーストがあります。私たち三人は“成金組”、織莉子さんは“良家組”。本来ならば親しくなんかできないんですよ」
「実際、小巻は、つい最近まで“良家組”にキレまくっていて、彼女たちからうざったい存在として扱われていたんです。特に織莉子さんとはいつでも喧嘩口調で話してた」
そのころを思い出しているのか、小巻が
「“良家組”は口には出さないものの、いつでも“成金組”を見下していました。私はそれが許せなった」
「だからって、暴れ馬みたいにならなくてもいいよね」
「それが余計だっていうの! マミさんがいるんだよ。少しは口を慎め!」
「小巻ちゃん、落ち着いて」
暴れ馬をなだめる調教師のようだった。この三人は、誰一人欠けてはならない絶妙なバランスのグループなのだ。
「また脱線してしまいました。それでは案内を続けます。まだお時間はありますか?」
「ええ、みんなといると楽しいから、時間なんか忘れそうよ」
「良かった」
それから一時間ほど、小巻たちと学園内を散策した。敵であることを忘れてしまうような信頼感が小巻との間に芽生えていた。
「晶、美幸、二人はここで待ってて。私はマミさんを校門まで送るから」
表玄関に出た時、小巻が、友人二人に言った。
「分かった」
晶と美幸が心配そうに答える。小巻が、マミと二人だけで話したいと宣言したに等しいからだ。
無言のまま歩いて、しばらくしてから小巻が口を開いた。
「私は負けず嫌いなのです」
「そうでしょうね」
「マミさんが私に有利なここを選んだのならば、私もあなたに情報を差し上げなければなりません」
「フェアプレイ精神?」
「そうです」
それ以降沈黙が続き、校門の直前で、小巻が再度口を開く。
「美国のために……あなたを倒さなければなりません」
小巻は命をかけた戦いを決意していた。その静かな眼差しには生への執着のブレなど存在しなかった。
(お父さん……お母さん……努力はします。でも、この人が相手では、こちらも覚悟が必要です)
マミはそのまま校門を出た。そして、小巻に返答しようと振り返ったところ、またも、彼女から先制パンチがあった。
「あなたが相手で良かった……」
恋人との別れを告げるように小巻が言う。それならば、自分もそれに応えなければなるまい。
「そうね、私も、もしもとは思わないことにするわ。この瞬間から、私とあなたは敵同士。いいわね?」
「ええ」
「私も……あなたが相手でよかった」
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