魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第二十三話 Saturday(5)暁美ほむら(1)

 暁美ほむら 自宅アパート

 

 憂鬱(ゆううつ)な朝だった。明日の決戦のことを考え、ほとんど眠れておらず、軽い頭痛もする。暁美ほむらは、部屋着兼用のパジャマのままキッチンで濃い目に入れたコーヒーを飲んでいた。

 

(これまでの経験則は役に立たないわけね)

 

 過去の時間軸で、美国織莉子との戦いは全て勝利してきた。ただし、それは時を止める能力があったからこそだ。織莉子はロングレンジの予知は複数可能だが、戦闘中の分単位、秒単位の予知はシリアルにしかできない。ほむらは、その弱点をついて勝利してきた。とはいえ、それはかなりきわどいものだった。予知していること、予知されていることを互いにフェイクカードとして切りあい、先手の有利さで織莉子を倒してきた。

 

(時は止められない……だとするならば、美国織莉子か浅古小糸の記憶を操作するしかない)

 

 姉の浅古小巻が織莉子戦に関与したケースは多いが、妹の小糸が絡んだのは3回しかなかった。そのうち2回は姉の死亡により彼女は自滅した。問題なのは残りの1回だ。彼女の閉鎖魔法により、チームの連携が阻害(そがい)され、巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか全員が敗北死亡するという異常事態に発展した。

 

(今回はやり直しがきかない……この世界を安定させるために、私は死ねない)

 

 ほむらはコーヒーを飲み干し、居間に戻った。そして、呉キリカから受け取った盾を触る。これは、かつて自分が装備していたものに間違いはないが、まったく機能していなかった。砂時計も中央に五分の一程度残して、どうやっても流れ落ちない。

 

(なぜ砂が残っているの? あの日、全て落ち切ったはずよ)

 

 この砂時計は鹿目まどかを救う目的の限られた時間軸のものだ。一度落ち切ってしまえば、巻き戻すことはできない。しかし、ほむらの目の前には、わずかに時間が巻き戻された盾があった。残された時間とはなにか? ほむらが“悪魔”と呼ばれ、世界を滅ぼすという織莉子の予知と関係あるのだろうか? 

 

(最善と思える選択をするしかなさそうね……)

 

 現状考えうる最善は浅古小糸を明日の戦闘に参加させないことだ。彼女は新規に“幻影”という魔法を使うらしかった。その片鱗(へんりん)は、優木沙々の空間で味わったが、あのような“幻影”を織莉子の予知に加算されると勝ち目がなくなる。

 ほむらは時計に目をやった。八時三十分。見滝原中学校のことを知らない小糸なら必ず視察に来るはずだった。そこで、アプローチできたら記憶操作できる。記憶とは、人間の判断基準になるものだ。欺瞞(ぎまん)の記憶を植え付けたら、判断も間違ったものになる。

 

 ほむらは服を着替えて中学校に向かうことにした。クローゼットから黒い服を選んだ。そういえばと思う。まどかに何度も『もっと明るい色を選びなよ』と言われた。

 

(私にはこの色が似合っているのよ……だって、“悪魔”だもの)

 

 自虐的にほむらは笑い、選んだ服を着衣した。魔法装備として隠せないので、盾はトートバッグに入れて行くことにした。

 

 

 見滝原中学校 周辺

 

 時刻は九時三十分ほどだった。ほむらは、あえて遠回りをして中学校周辺を歩いていた。どこかにいる浅古小糸を探しながら、明日の戦術を組み立てる。織莉子の予知は視覚に頼っている。ならば、彼女とは校舎内で戦わなけれなならない。

 

(彼女の予知は結果を見ることができない……)

 

 これは推測に過ぎないが、過去の戦闘から得られた結論だ。ほぼ間違いがないだろう。これが、織莉子の決定的な弱点になる。ほむらの攻撃や防御は予知できる。だが、その結果までは分からない。そのため、彼女との戦闘は裏の取り合いになる。今回もそうなるはずだ。

 

(私を殺すことが目的ならば、必ず美国織莉子はこちらの誘いにのる)

 

 あとはどうやって織莉子を()めるかだ。そのためには、小糸の排除は必須だ。

 

「暁美さん」

 

 実に予想外だった。周囲には厳重に目を光らせていた。それなのに、逆に小糸にこちらを発見されてしまった。そうか、待ち伏せされていたのはこちらなのだ、浅古小糸は、ほむらの記憶操作を恐れていなかった。末恐ろしさを感じた。彼女の放置はこの世界を脅かすのではないとさえ思う。

 

「私を待っていたの?」

「ええ、時間通りです」

「美国織莉子が予知したとでも?」

「私が暁美さんに会いたいと相談しました。そうしたら、この時間にここで会えると言われまして」

「……」

 

 なにかが違っていた。美国織莉子はこんな枝葉末節(しようまっせつ)な予知をしないはずだった。それとも、自分の認識が間違っていただけだろうか? こんな、土壇場で湧きあがった疑念が、ほむらを混乱させた。

 

「あなたはなぜ戦うの?」

「織莉子さんと同じです。この世界を守りたいのです」

「守る? なにから守ると言うの?」

「あなたからです」

「勘違いも(はなは)だしいわ。この世界を守るというのなら私以上の人間はいない」

 

 何者かがほむらの脳内に侵入しようとしていた。

 

(また……この子、本当にスキャンできるの?)

 

 浅古姉妹が巴マミの家に訪れた際。今と同じ感覚を味わった。小糸は相手の思考を読み取ろうとしている。だが、それはもう対策済みだ。小糸は脳の表層部しかスキャンできない。簡単に言えば、その者が発する言葉や思いの真偽判定しかできない。そこに障壁を作れば良いのだ。

 

(今度は、あなたの耐性を確認させてもらうわよ)

 

 ほむらは、小糸の記憶層にアクセスしようとした。

 

(なるほど……閉鎖魔法を自分にかけているわけね)

 

 能力的には最強の部類に入るだろう。しかし、彼女は戦う姿勢ができていない。要は経験が皆無なのだ。

 

 ほむらは、自分の考えを小糸に読ませることにした。不自然に思われてはならない。少しだけ障壁に隙間を空ける。彼女ならそのチャンスを逃さないだろう。

 

「!!」

 

 小糸が大きなバックステップをして身構える。ほむらの考えを読んだのならば、そうなることは必然だ。

 

「どうしたの?」

「近づかないで……」

 

 ほむらは、この場での小糸の殺害を強烈に意図した。迷いなど微塵(みじん)も感じさせないものだった。戦闘経験のない小糸ならば、それを真実と受け止めるのはしかたがない。

 

 ほむらは近づきながら、小糸へのアクセスを継続する。高度な能力、高い知性も、一度バランスが崩れてしまうともろいものだ。小糸の閉鎖魔法はひび割れ、ほむらは、小糸の記憶層にアクセスできた。

 

(同じだわ……この子は姉に完全に依存している)

 

 ほむらは、姉の小巻が巴マミに殺害されるビジョンを小糸の記憶層に投与した。それだけではない。ここで自分と対峙したことも夢の中の出来事に変換した。

 

 小糸が頭をかかえてしゃがみこんだ。

 

「私の……頭から出て行って」

「そうしてあげる」

 

 不完全ではあるが、彼女に認識されてはこれ以上の操作はできない。

 

「悪魔……私は、こんなことには負けない」

「記憶はとても厄介なものよ。あなたが思っている以上にね」

「明日……織莉子さんが必ずあなたを倒します」

「美国織莉子の予知は、結果まで見えていない。承知しているでしょう?」

「……」

 

 小糸が魔法少女への変身を試みる。

 

「やめなさい! これ以上の駆け引きは命に係わるわよ」

「万が一……」

「……」

「万が一、織莉子さんがあなたを倒し損ねたら……私があなたを倒します」

「できるのなら……としか言えないわ」

 

 怒りと悔しさが混じった表情で、小糸はほむらを睨みつける。彼女は冷静な判断ができなくなっていた。ほむらは浅古小糸にとどめをさすことにした。

 

「帰りなさい。私は過去にあなたを殺したことがある」

「暁美……ほむら。この名前は死んでもわすれない」

「死者に記憶はない。だから、あなたはその名前を忘れることになる」

「……」

 

 ほむらは、小糸を無視して見滝原中学校の校内に入る。背中に痛いほどの視線を感じた。これでいい。これで、彼女のアシスト能力は不完全になる。もっとも良いのは彼女を無力化することだが、仲間への信頼を失うことになるので、その選択はできない。

 

 

 ほむらは、閉じられている生徒用の玄関ではなく、学校事務所の玄関に行き、事務員に学生証を見せる。

 

「暁美ほむらさん……どうしましたか?」

「はい。教室に忘れ物をしまして、取りに行きたいのですが」

「そうですか。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 私服のほむらを、事務員はなんなく通した。休日とはいえ、部活等で学校に来る者も多い。不自然には感じないのだろう。

 

 美国織莉子の攻撃でもっとも警戒しなければいけないのは球体による誘導攻撃だ。頭に食らえば致命傷になる。予知能力との組み合わせで必中の攻撃になりうる。こちらとしては、その環境を作らせないことだ。

 

遮蔽物(しゃへいぶつ)があっても平面では不利ね)

 

 見滝原中学校は俗に言うマンモス校だ。生徒数も500人を超え、最新の設備を導入している市のシンボル的な学校だ。吹き抜けなど立体的な場所も多数あり、織莉子との戦いはそこを利用した三次元的なものにする。

 

(私との戦いはある程度予知しているはず……あとは、どこまでがそうなのか……探りながら戦うしかない)

 

 時を止められたらと思う。正直、決定的な対策は思いつかなかった。校内を戦場に選んだからには、まどかから受け継いだ天空からの面制圧は使用できない。そもそも、単純攻撃は織莉子には通用しない。それに弱体化させたとはいえ、浅古小糸も織莉子を援助する。

 

 ほむらは頭を振った。

 

一度に全ての答えを得ようと考えるのは愚かだ。そうだ。一つずつ解決していこう。

 

(あの子が陣を構えるとしたら屋上かしら)

 

 戦闘能力のない小糸ならば、戦いを回避しつつこちらに影響を与えられるポジションを取るだろう。最適な場所は屋上しかない。ほむらは屋上に移動することにした。

 

 

 

 五階建ての中学校の屋上は広大で遮蔽物も少ない。用心深い小糸ならば、ここに到着するのは自分と織莉子の戦いが始まってからだ。

 

(時を止められたら……)

 

 絶好のタイムゾーンがあるにもかかわらずなにもできない。過去の時間軸の自分なら、様々なトラップを仕掛けることが可能なのに。

 

(まどか……)

 

 ふと、ほむらは戦いのことを忘却した。この屋上にはまどかとの思い出が多数あった。

 

 現実逃避なのは分かっている。だが、ここに立つと、その失われた情景が目の前に広がる。

 

(!!!)

 

 ほむらは一瞬で異常な空間に転移させられた。妙な話ではあるが、そのことにより、ほむらは現実に戻された。

 

(なに……? 異空間? 優木沙々?)

 

 その安易な考えはすぐに否定された。真っ黒な空間に星のような淡い光が点在している。ほむらは、この空間に見覚えがあった。

 

(まさか……)

 

 不安の中に生まれた期待がどんどん大きくなっていく。そしてその期待は満たされることとなった。

 

 目を開けていられないほどの光の中から、背丈を超える桃色の髪で、真珠色の衣装を纏った少女が、心を和らげる笑顔でほむらの前に現れた。

 

 ほむらは、その者の名前を叫んだ。

 

「まどか!」




次話:Saturday(5)暁美ほむら(2)
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