暁美ほむらは宇宙空間と
「まどか」
ほむらは、もう一度少女の名前を呼んだ。しかし、彼女は微笑んでいるだけだった。
「あなたは……まどかじゃないの?」
不安そうにたずねるほむらに、少女はゆっくりと首を振った。
「そうじゃないよほむらちゃん。その名前はもう意味がないから答えないだけだよ」
「いいえ、あなたは鹿目まどかよ。私がはっきりと覚えているから」
名前とはそういうものだ。だれかに認知されてこそ意味がある。自分が覚えてさえいれば、“鹿目まどか”という名前は永遠に意味を持つ。
「まどか……会いたかった」
「そうだね……私もこの時を何千年も待っていたような気がする」
「気がする?」
「私には時間の概念が無いの。1秒も1000年も……私にとっては同じこと」
「……」
ほむらは、まどかに近づこうと努力した。だが、移動する始点のない空間では、その場に漂うことしかできない。でも、それでも良かった。ほむらの全てであると言ってよいまどかに、また会うことができた。
「まどか……私はあなたの造ったこの世界を必ず守るわ」
「ほむらちゃん……私は、失敗したんだよ」
まどかの表情が曇る。ほむらには意味が解らなかった。絶望し、魔女となる魔法少女の運命をまどかは改変した。それが失敗だというのなら、この世に成功などは存在しない。
「そんなことはない! あなたは全ての魔法少女の希望なのよ」
まどかが近づいてくる。ほむらはまどかを抱きしめたいと思った。しかし、まどかはギリギリ手の届かない場所で停止した。
「人類はね、インキュベーターの助けがなければ、きっといまだに
「それが……失敗だと言うの?」
「魔法少女には寿命があるの」
「……」
「その説理はインキュベーターが決めるの。彼らが求めるエネルギー効率に満たなくなったら、容赦なく魔法少女は切り捨てられる」
「あなたは……それを何千年も見てきたの?」
「ええ」
あの世界改変の時、まどかには余裕がなかった。もちろん、熟慮したとは思う。ただ、次々と訪れた仲間の悲劇を目の当たりにして、“魔女化システム”を最大悪と考えてしまった。
「インキュベーターが存在する限り……魔法少女は決して救われない」
「私に……それをやれと言うの?」
まどかがわずかに後方に下がる。長い桃色の髪が、蝶の羽のように広がった。
「何度かね……インキュベーターの本性に気が付いた魔法少女が現れて、彼らの
「殲滅は無理だわ……奴らは無数にいるから」
「そうだね。でも、思考回路は一つなんだよ」
「え?」
「無数にあるのは端末。だから、全てを同時に葬る必要があるの」
「……」
ほむらは大混乱していた。理想の世界であるはずの改変世界が不完全なのもであると、その創始者から告げられている。しかも、彼女は、不可能とも思えることを計画していた。
「まどか――」
――あなたはなにをしようとしているのか? それを問いただそうとした。ただ、無駄なことだったようだ。それは彼女から語られることとなった。
「ほむらちゃんの盾は、あの時に消滅しなかった。そのままの姿で、太古の地球の地層内に埋められたの」
この場所には、衣服や装飾物は存在できない。そのため、トートバッグに入れていた盾も存在しないはずだった。
だが、まどかが両腕を広げると、ほむらに魔法少女の衣装が着衣され、左手にはあの盾が装着された。
「インキュベーターがその盾を掘り起こし、彼らの最大の謎となった。だから、盾の謎解明には、全インキュベーターが意識を集中する」
「……そこで、全滅させろと?」
「私には……もう、ほむらちゃんしか頼れるひとがいない」
「まどか……私は、明日死ぬかもしれないのよ」
「織莉子ちゃんも、インキュベーターの犠牲者だよ。ほむらちゃんがこの世界に転生してから、彼らの警戒心は最大になったの。ほむらちゃんを倒す、あるいは、封じ込める人材を
うなずける話だった。インキュベーターの契約外の魔法少女である自分は、奴らにとっては、過去の
「それじゃあ……美国織莉子の未来予知はインキュベーターの偽情報?」
「……それは分からない」
「どうして?」
「ほむらちゃんも……私と同じ回数の時間軸を繰り返した。それは忘れないでいてほしい」
「……」
まどかが広げた両手をほむらにかざした。
「これは……」
ほむらの盾が光り輝き、固まっていた砂時計が落ち始めた。
「時間は止められる。けれど、巻き戻すことはできない」
「これはなんの時間なの?」
過去の時間終末点は決まっていた。ワルプルギスの夜によって、鹿目まどかが死亡する時間だ。そうだ。あの時、砂時計は落ち切ってしまった。ところが、これにはまだ砂が残っている。いったいだれが、この不明な時間を設定したのだ。
「あなたがこの砂時計を設定したの?」
「違うよ。それは、ほむらちゃんが、設定したんだよ」
「……」
あの世界改変を自分は納得したはずだった。いや、納得したのではない。まどかの究極の選択を受け入れただけだった。良く分からない。まるで覚えていない。自分は、あの時、盾をどうしていたのだろう。
ほむらは、流れ続ける砂を凝視する。いったい、流れ落ちた時になにが起こるというのだろうか?
「さやかちゃん、杏子ちゃん。マミさんも……。魔法少女の悲劇はこれで終わりにしなければならないの」
話すことは終わったとばかりに、まどかが後退する。冗談ではない。まだ話し足りない。
「待って! まどか! 行かないで!」
「大丈夫。ほむらちゃんとは、必ずまた会えるから」
心からの懇願だったが、まどかは聞いてくれなかった。ほむらは、見滝原中学校の屋上に戻された。トートバッグが光り輝いている。これは夢ではなく現実である証明だ。盾を取り出してみる。砂時計は確かに動いている。
(インキュベーターは、魔法少女がけりをつけなければならないのね)
円環の理という概念化してしまった鹿目まどかは、この世界に直接関与することはできない。ならば、自分が、インキュベーターを殲滅しなければならない。その邪魔をするものは、だれであろうと排除する。
(美国織莉子……あなたには同情する。でもね、私の邪魔をするのならば、死んでもらうわ)
次話:saturday(6):三国織莉子&呉キリカ