魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第二十八話 閃光(3)

 美樹さやかのソウルジェムの(にご)りは、かなり危険な段階だった。魔獣を倒しながら隙をみて浄化しようと思っていたが、優木沙々に洗脳された魔獣はあまりグリーフキューブを落とさない。恐らく、洗脳により本来の感情エネルギーが衰退しているのだろう。

 

(まずいね……浄化が追いつかない)

 

 そうなると、可能な限り魔力は温存しなければならない。そのため、さやかは、高速で円陣の周囲を回ることをやめていた。地形を利用して、隠れながら魔獣を個別撃破する戦術だ。想定していた戦い方だが、これほどまでに魔獣が密集していることは想定外だった。

 

(!!)

 

 右腹部にダメージを受けた。倒しても倒しても次々と魔獣は現れる。浄化もできたりできなかったりで、ソウルジェムの濁りは増すばかりだ。

 

 さやかは、早急に不死身の沙々を倒す方法を考えなけばならない。

 

(同時なら……優木さんを倒せるかも)

 

 身体にダメージを与えても倒せない、ソウルジェムを砕いても倒せない。それは、魔獣と融合した魔法少女の沙々が、それぞれの欠点を補完することができるためだ。それならば、同時に破壊すればその作用を抑えられる。

 

 さやかは、遮蔽物を利用して、比較的大き目の魔獣を始末した。グリーフキューブを一個落としたので、(けが)れを吸収させるが、焼け石に水の状態だ。倒した魔獣のバックアップが少し遅れた。その間にさやかは、もう一つの疑問を考察した。

 

(どうして……一気に押しつぶさないの?)

 

 戦いは数が多い方が勝つ。単純ではあるが真理でもある。圧倒的有利な沙々は、その気になれば、さやかを簡単に(ほうむ)れるはずだ。しかし、彼女は魔獣を防御のためだけに使用していた。

 

(優木さん……あなた死にたいの?)

 

 どうやら考え事の時間が長すぎたようだ。連続で魔獣からの攻撃を左腕に受けてしまった。治癒速度もかなり低下しているので、左腕はしばらく使えない。ここは回復のための時間稼ぎをするしかない。

 

 矢継ぎ早のビーム攻撃を、さやかは木や岩を盾にして必死に避け続けた。しかし、それも限界になりそうだ。魔獣は(たくみ)に配置を変えて、さやかを包囲していた。逃れるには一番手薄な場所を突破するしかない。かなりの攻撃をもらううことになるが、ここにとどまってはジリ貧になって殺されるだけだ。

 

(いちかばちか……杏子、そうでしょ?)

 

 よりによって佐倉杏子の捨て身の戦術を選ぶなんて自分もやきが回ったなと思う。だが、それ以外に選択肢はなかった。

 

 さやかが、右手の剣を正面に構えて突撃しようとした時に、魔獣たちが攻撃を止めて、沙々への道を開いた。

 

 沙々が失望したような目で見ていた。

 

「左腕が使えない……ソウルジェムも濁っている。あなたでは私を倒せない」

 

 さやかは、それに答える。

 

「優木さん……あなた、死にたいの?」

 

 血を点々とたらしながら、さやかはゆっくりと沙々に近づいた。沙々はそれを(こば)むように杖を高く持ち上げる。

 

「殺せるものなら殺してみろ!」

 

 沙々は杖をさやかに振り下ろした。よけようと思えばよけられたが、さやかはあえてそれ受けた。沙々の怒りがこもった強烈な打撃で、さやかはそこに倒れこむ。

 

「死にたいだの死にたくないだの……無意味なことをほざくんじゃないよ!」

「……」

「さっきも言っただろう。私は、不死身なんだよ……」

 

 さやかは剣を杖にして立ち上がる。そして、切っ先を沙々に向ける。

 

「優木さん……よくわかったよ。私が、あなたの望みをかなえてあげる」

 

 バーサーカーモード。杏子は我を忘れたさやかの攻撃をそう呼んだことがあった。ただし、今回はそうではない。優木沙々という哀れな魔法少女のために、自分は非情に、非道にならなければならない。

 

 さやかは、残っている力を凝縮し、一気に沙々に詰め寄り、彼女の首を跳ねる。その返しで、修復された沙々のソウルジェムも叩き割る。これだけでは不十分だ。彼女の身体もソウルジェムも徹底的に破壊しなければ、また復活してしまう。バーサーカーモードとなったさやかは、肉片になるまで沙々の身体を切り刻み、粉末になるまでソウルジェムを砕いた。

 

(優木さん……)

 

 バーサーカーモードが解けたさやかは、目の前に広がる惨状を()の当たりにする。あまりの凄惨さに、さやかのソウルジェムは一気に限界に達した。座り込むさやかに、小さな声が聞こえた。

 

「私は……死にたくても……死ねない」

 

 それは実におぞましい光景だった。辺りに散らばっている肉片やソウルジェムがブロックノイズに変わり、一か所に集まろうとしている。さやかは絶望していた。これでは、どうやっても沙々を倒すことはできない。

 

「やっぱり……あなた、死にたいんだね」

「このまま……私に生きろって言うの? 私に、地獄の日々を生きろと?」

「違うよ優木さん。だから……私があなたの望みをかなえてあげるよ」

「……どうやって?」

 

 ほとんど復元された沙々の頭部を、さやかは優しく抱きかかえた。そして、形になろうとしているソウルジェムも掴んだ。

 

「私を信じて」

「……」

 

 最後の力。さやかはそれを強く意識していた。真っ黒になった自分のソウルジェムは、そのエネルギーの行き場を見失っているように感じた。ならばそれを、自分が望む方向に放出させたらよい。

 

「優木さん……一緒に行こう」

「どこに?」

「円環の理」

「私も……いけるの?」

「もちろん…………だよ」

 

 人間としての美樹さやかは今死んだ。だが、魔法少女としての美樹さやかには、残り少ない時間でやらなければならないことがあった。それは穢れの完全開放だ。

 

(これで……いい)

 

 開放されたさやかのソウルジェムは、太陽のような光球になり巨大な破壊エネルギーとして、さやかと沙々の肉体とソウルジェムを消失させた。

 

 美樹さやかは、人間としての、魔法少女としての役割を、完全に終えたのだ。

 

 

 

 

 そこは、真っ白な空間だった。奥行きも上下左右の広がりも感じられない空間。さやかは、自分がなぜこんな場所に居るかが理解できていなかった。魔法少女の衣装を着ているが、多数あった身体の傷は一切なくなり、ソウルジェムも新品のように青く光っている。

 

(ここが……円環の理?)

 

 真っ白な背景に溶けるような装束の少女が現れた。彼女の桃色の髪は信じられないほど長いが、無重力のように優雅に空間に漂っていた。

 

「鹿目……まどか?」

 

 直感的に彼女が暁美ほむらが言っていた『鹿目まどか』という少女だと思った。

 肯定するでもなく否定するでもなく、少女はただ優しく笑っていた。

 

「さやかちゃん……行きましょう」

 

 少女は、白い手袋が印象的な右手を伸ばす。さやかは、その手を取ることをためらった。不思議な感情だった。初めて会うはずの少女に、なぜか懐かしさを感じてしまった。

 

「あなたを……知っているような気がする」

「そうだね」

「あなたは、鹿目まどかなの?」

「その名前だった時は……私はさやかちゃんの友達だった」

 

 まどかの言葉がさやかの心に浸透した。記憶にはないが、それは間違いなく真実だとさやかは思った。

 

 さやかは、まどかの手を取る。

 

「ねえ、まどか。優木さんは?」

「私は魔法少女しか救済できないの」

「……」

「大丈夫だよ。さやかちゃんのおかげで、沙々さんも魔法少女に戻ったから」

「そう……よかった」

 

 さやかは嬉し涙を流した。おかしなものだなと思う。嬉しいのに、喜んでいるのに、涙が止まらない。

 

「すぐに迎えに行くから……安心して」

「あの人はね……杏子の言うような悪い人じゃない」

「そうだね」

 

 まどかに導かれ、さやかは、純白の空間を歩いて行く。そういえばと思う。仲間はどうなったのだろう。

 

「ほむらや杏子、マミさんは?」

「さやかちゃん。もういいんだよ」

「……」

「みんなも、必ず私が救済するよ」

「そう……まどかがそう言うのなら」

 

 まどかは『必ず』と言った。それでいい。もうそれでいいと思った。戦いの呪縛から解放されたさやかは、今、ただの“美樹さやか”になった。普通であることがどんなに幸福であったかを思い出した。

 

(杏子……ほむら……マミさん。また、会えるからね)

 

 魔法少女さやかが背負っていた悩み、苦しみが、まどかのおかげで消え去った。いや、そういえば一つだけ残っていた。上条恭介はその後どうなったのだろう。

 

「あのね……まどか――」

「――上条君のこと?」

「どうしてまどかがそれを知ってるの?」

「なんでも知ってるよ」

「……そんなの不公平だよ」

 

 まどかがクスクス笑っている。なにが可笑しいのかわからないので、さやかはそれを尋ねる。

 

「私、なにかおかしなこと言った?」

「そのセリフはね、昔に聞いたことがあるの」

「……」

 

 本当に不公平だと思った。でもいい。過去に友達だったのなら、それぐらいのことは言うだろう。

 

(恭介……仁美と幸せにね)

 

 美樹さやかは子供のように笑った。かつての友達であり、これからの友達でもある鹿目まどかと手を取り合って笑った。純粋で屈託(くったく)のない笑いは、大人になってから忘れていた。それを思い出せたことは、さやかにとって何よりの幸福だった。

 




次話:「天秤」
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