魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三話 【暁美ほむら】(2)

 美樹さやか失踪の翌日 15:45

 

 見滝原市は規模の大きい地方都市で、商業施設、行政施設は市の南部に集中していた。暁美ほむらは、その近郊に居住しており、大体の場所には公共交通網で移動可能だ。これから、ほむらが向かうのは白羽女学院という市の北限近くにある中高一貫校だ。俗に言うお嬢様学校で美国織莉子(みくにおりこ)はそこに通学している。

 

 ほむらは。駅前のバスターミナルで風見野市行きのバスを待っていた。発車時刻は調べてある。あと数分でバスは到着するはずだ。

 

『杏子、巴さんから聞いていると思うけど、今回、あなたは動いてはだめよ』

 

 テレパシーで佐倉杏子に念を押す。相手が相手だけに、勝手な行動は命取りになる恐れがあった。

 

『……分かった。8時までは待ってやる。それ以降は保証なしだぜ』

『いいわ、でも冷静にね』

『さやか次第だよ。連絡を絶やすなよ、ほむら』

『無理ね、むこうには浅古小糸がいるから』

『マミから聞いたよ。閉鎖魔法(へいさまほう)か……よく分かんねーけどやばそうだな』

『ええ、本当に“やばい”のよ。だから、私の報告を待って』

『……善処するよ』

 

 まあ、杏子の善処など信用できないが、やみくもに動かれるよりはましだ。

 

 風見野行きのバスが到着する。終業後、家に寄らずにきたので、ほむらは見滝原中学校の制服のままだ。あまりにも目立ちすぎるため、白羽女学院のひとつ手前で降りる予定だ。

 後部ドアが開き、ほむらはバスに乗り込んだ。さほど混んではいなかった。前部座席に子供が3人と、優先席に松葉杖を抱えた老婆がいた。最後部座席右側に右目に眼帯を付けた小柄な少女がいて、ほむらに視線を合わせてくる。

 

優木沙々(ゆうきささ)……)

 

 茶色のそれほど長くない髪が、首付近で毛先が跳ねている。眼帯姿は意外だが、彼女は間違いなく非道の魔法少女である優木沙々だ。

 

(偶然なわけがない……こんな子細(しさい)なことまで予知できるの)

 

 美国織莉子の予知能力は、それほど正確ではなかったはずだ。対象となる事象が遠いものほど曖昧になり、つけこむ隙があった。しかし、織莉子はほむらの行動を正確に予知し、偵察あるいは刺客として沙々を送り込んできた。ともあれ、ここは沙々の目的を確かめる必要がある。

 

 ほむらは、ずかずかと通路を進み、沙々の逆側座席に座った。

 

「目をどうしたの?」

「まあ、いろいろありましてね」

 

 短絡的に言えば、沙々は人間(魔法少女)のくずだ。他人などお構いなしの行動で、多くの犠牲者を出したトラブルメーカー。ほむらの知る過去においては、因果応報(いんがおうほう)の悲惨な最期を迎えている。

 

「あなた、魔獣も操れるの?」

「魔獣もですか? 魔獣以外になにを操るというのでしょう」

 

 これは失言だった。まさか“魔女”とはいえないので、ほむらは言葉を取り(つくろ)うことにした。

 

「人間よ」

「もちろんですよう。人間も魔獣も“洗脳”できますよ」

 

 沙々がニヤニヤしながら運転席を指差す。ほむらがそこを見ると、バスの天井から瘴気(しょうき)が漏れ出していた。

 

「私の指示で、魔獣があの運転手を殺します。そうなると、小学生たちも、おばあちゃんも無事ではすみませんねェ」

「あなた……織莉子と取引したのね」

「取引だなんて人聞きの悪い。単なる利害の一致ですよう」

「なにが目的なの?」

 

 沙々は、右目の眼帯をずらしてほむらに見せた。それはぞっとする光景だった。眼球そのものが欠損しており、周囲の皮膚もただれていた。

 

「私を……こんな目に遭わせたクソ女を殺したいだけですよお」

 

 沙々は風見野をテリトリーにしていた魔法少女だ。だとすると、彼女が言った“クソ女”は佐倉杏子ということになる。杏子は自分勝手に見えるが、正義感が驚くほど強い。おそらくは、救いようのない下衆(ゲス)である沙々を許せなかったのだろう。彼女の悪行の数々を知っているほむらも同意見だ。

 

「怖い目ですねェ、私を殺したいのですか?」

「さあ」

「あの魔獣は洗脳済みですから。私が死んだら、運転手、乗客を殺すでしょうね。停車中でも同じことです。ほらほら、どんどんお客さまが増えますよ」

 

 バスが停留所に止まり、新規に学生が5人乗り込んできだ。これでは、全員を救うことなどできない。

 

「なにが望みなの」

「あなたたちに、白羽にきてほしくないのです。強行するのならば、私が無差別に市民を殺します。その責任の所在はあなたたちにありますよ」

「私は、どうしたらいいか聞いているのだけど」

「次の停留所で一緒に降りてください。断っておきますが、このバスには、私がやめろと言うまで、魔獣が取り付きます」

「わかった」

 

 間違いなく罠なのだが、人質をとられている以上、沙々に従うしかない。

 

(まどかの助けがなければ、織莉子の計略は成功していたということね)

 

 美樹さやかをどのようにして捕らえたのかは不明確だが、最も親しい杏子が救出に向かうことを織莉子が予知し、因縁(いんねん)のある沙々に持ち掛けた。それが昨日の顛末(てんまつ)だろう。それにしても、初めての事例が多すぎる。ここは慎重に行動すべきだ。

 

「あなたの魔獣は擬態能力があるの?」

「変異魔獣のことですか? 擬態? よくわかりませんねェ」

「……」

 

 この手の人間は嘘の見分けが容易だった。どうやら、沙々は本当に知らない様子だ。

 

(だとすると、なぜ、杏子は魔獣と美樹さやかを見間違えたの)

 

「降りますよ。拒否しますか?」

「いいえ」

 

 駅から二つ目のバス停で、ほむらと沙々は降車した。見滝原市は思いのほか広い。ここから白羽女学院までは10km以上ある。

 

 沙々が通り脇にある細い路地に入った。奥にある空間の裂け目から凄まじい瘴気が湧き出ている。

 

「美国織莉子には近づくなということ?」

「そうです。だから警告として私がきました」

合点(がてん)がいかないわ。あなたはメリットがないと動かないはずよ?」

「効率よくクソ女を殺せるのなら、私にとっては最大のメリットですねェ」

「さっき織莉子には近づくなと言ったわよね?」

「対立する場合だって考えますよ」

 

 優木沙々が魔法少女に変身する。茶色ベースのピエロのような衣装だ。手には形容のしがたい(?マークのような)杖を持っている。不意打ちをされてはたまらないので、ほむらも変身を完了させる。

 

「もしも織莉子を倒したいのなら、必ずこの異空間を通ってください。少々疲れると思いますが」

「中には、あなたのお仲間がたくさんいそうね」

「ええ、死ぬほどいますよお」

 

 下衆の笑顔で沙々が笑う。

 

「織莉子より先にあなたを倒したほうが良さそうね」

「怖いですねェ。では、私と“取引”しませんか?」

「くずとは取引しないことにしているの」

「いいほめ言葉ですねェ」

「……」

「私の目的は話したとおりだよ。クソ女さえぶち殺せたら、織莉子との約束は反故(ほご)にするつもりだ。でも、それまでは、約束を破ると無関係な人間がたくさんくたばるよお」

 

 沙々のどす黒い本性が現れていた。これまでの丁寧(ていねい)な言葉使いや振る舞いは演技でしかないのだ。

 

 沙々のソウルジェムがチラリと見えた。

 

「沙々……あなた」

 

 ほむらは言葉につまった。沙々のソウルジェムは粉々に砕け散り、小さなガラス瓶に入っていた。

 

「クソ女に砕かれたのさ」

 

 よく見つけたなと言うように、沙々はソウルジェムの入ったガラス瓶を振って見せる。

 

「死ぬ寸前にクソ猫(キュウべえ)が現れてさ……これを治せるかって聞いたんだよ」

「……」

「そしたら、治せないけど死なない方法はあるってぬかしやがったのさ」

「まさか……」

 

 ほむらは、全身から血の気が引くのが分かった。落ち着け、これはただの推測にすぎない。だが、それ以外は考えられない。沙々はソウルジェムが砕かれていてもまだ生きている。つまり、魔法少女から別のものに変異したのだ。

 

「暁美ほむら……私はあんたになんの興味もない。でもね、これもなにかの(えん)だ。教えてやるよ」

「あなた……魔獣なのね」

「ちがうね、私は、魔獣と融合した魔法少女だよ」

 

 なぜだ。なぜ、沙々はまどかの導きを拒否できたのだ。絶望せずに生への執着が強かったせいか? または、インキュベーターが新しいシステムを作ったか? いずれにしても、優木沙々をこのままにはしておけない。

 

 ほむらは、自らの得物(えもの)である弓を出現させる。

 

「くふふっ。私を殺したければ、追ってくるんだねェ」

 

 沙々はホームグラウンドである異空間に消える。罠だと分かっているが放置するわけにはいかない。ほむらは、後先を考えずに沙々の後を追った。

 

 そこは優木沙々の意念が混じり合った異様な色彩の異空間だった。

 

(まるで魔女の結界ね……)

 

 明らかに通常の魔獣が造り出す異空間とは違っていた。地面は柔らかく空気も淀んでいる。これは魔女化システムの(きざ)しではないかと疑ってしまう。そんなはずはない。魔女化システムはまどかが身を犠牲にして消滅させたはずだ。

 

 ほむらは、沙々を探した。なんとしてでも倒さねばならなかった。インキュベーターが気づく前に悪しき芽は摘み取っておく必要がある。

 

「少し冷静さを欠いているのではないのかね? 暁美ほむら君」

「……浅古小巻(あさここまき)

 

 異様な色彩が消え去った。そうか、これは幻影だったのだ。浅古小糸が形成したほむらにしか見えない幻影だった。

 

「さやか!」

 

 妙な言い方ではあるが、通常の異空間である人気のない路地裏に、浅古姉妹と優木沙々が並んで立っていた。その隣には魂を抜かれたように美樹さやかが(たたず)んでいる。

 

浅古小糸(あさここいと)に呪縛されている……いえ、もしかしたら沙々に洗脳されたのかも)

 

 物理的なディフェンスを得意とする姉の浅古小巻は、背が高く黒髪の長髪で、引き締まった顔をしている。精神的なディフェンス能力の浅古小糸が姉に寄り添っていた。姉妹らしくよく似ているが、妹はかなり小柄で、髪を左側でまとめていた。

 過去の事例では、この姉妹が織莉子に絡むと(ろく)なことにはならなかった。

 

「美樹君が心配かね?」

「あなた……本当に浅古小巻なの?」

 

 ほむらの記憶にある小巻は、口調が乱暴で非常に短気だった。姿形こそ一致しているが、話し方や性格面では違和感を覚えていた。

 

「……おかしな質問をするね。まあいい。それでは、妹に聞いてみることにするよ。私は浅古小巻かな?」

「うん、お姉ちゃんだよ」

「これでいいかね?」

「さやかをどうしたの?」

「ずいぶんとせっかちだな。美国が話した印象とは異なるが……」

「美国織莉子……これも彼女が予知したの?」

 

 小巻が妹や沙々と顔を見合わせている。そして、表情を緩めてほむらに向き直った。

 

「訂正をさせてもらう。やはり君は、美国が言ったとおりの人物だね」

「どういう意味かしら?」

「理由は不明だが、君はすべてを知っている。私のことも、美国織莉子のこともね」

「それで? 私を殺すつもり?」

「勘違いしないでほしい。私は、美国の代理で謝罪に来たのだ。美樹君もすぐに解放する」

 

 小巻は、妹にさやかの呪縛を解くように指示を出した。見る見る生気(せいき)が戻り、さやかの意識が復活した。辺りを見回し、ほむらを見つけたようだ。

 

「ほむら……助けにきたの?」

「ええ」

 

 さやかが浅古姉妹や沙々を警戒しないのが気になった。沙々に洗脳されているのか? あるいは織莉子に意識操作されているのか? そんな疑問を持ってしまう。

 

「美樹君、迷惑をかけたが許してほしい」

 

 と、言って、小巻が軽くさやかの背を押した。

 

「いいえ、織莉子さんによろしく伝えてください」

 

 美樹さやかがこちらに歩いてくる。心なしか表情に余裕があるように見えた。

 

「大丈夫なの?」

「うん。心配かけてごめん」

 

 このまま終わるとは思えない。ほむらのあらゆる記憶情報がそう叫んでいた。ここは、駆け引きをしなければならない。場合によっては記憶操作の力も使う。

 

「もう普通にあなたたちに近づいても良いのかしら?」

「それは困るね。私たちはある特殊な目的で動いている。だから、君たちには関わってほしくない。心苦しいが優木からの提案を受け入れてほしい」

「沙々は私たちを抹殺したいようだけど?」

「私たちには余力がなかったのだ。君たちを抑制(よくせい)するために、優木に助力を求めるしかなかった。理解してほしい。君たちさえおとなしくしてくれたら、優木はだれも殺さないし、なにも起きない。それは保証するよ」

「なぜさやかを拉致(らち)したの?」

「ようやく本題にたどり着けたようだね。ほら、謝罪の件だよ」

「……」

 

 小巻と小糸が魔法少女に変身した。小巻は青色を基調とした騎士のような装束で長斧を持っている。小糸は鳥をモチーフにした装束で、羽のようなマントをはおり、大きな帽子をかぶっていた。

 

「君が変身しているのでこちらも準備させてもらう。謝罪は必ずしも受け入れられるとは限らないからね」

「盾は分離しているのね。障壁(しょうへき)でも造るつもり?」

「ふむ、知られ過ぎているのは、なかなか気持ちが良いものではないね」

「本題を話して」

 

 ほむらの想定どおりに、小巻はドーム状の障壁を発生させて自分たちを防御した。このドームはどんな手段でも破壊できない。そのため、過去においては、織莉子よりも小巻の排除を優先しなければならなかった。

 

「美樹君を利用して誘い出したのは佐倉君ではない」

「……」

「君だよ、暁美ほむら君」

「……なぜ」

「織莉子が予知した世界を滅亡させる魔法少女の姿が、君によく似ていた。でもね、昨日の魔獣戦を観て疑いは晴れた。だからそれを謝罪したい」

 

 浅古姉妹が揃って頭を下げるが、沙々は知らん顔をして笑っていた。

 

「杏子の件は、そこにいる沙々が暴走したとでも?」

「どうか情状(じょうじょう)を考慮してあげてほしい。優木は佐倉君に私怨(しえん)があったようだね。もしも、佐倉君が単独ではなければ、優木も手を出せなかったはずだ。幸い、佐倉君も無事なようなので、ここは水に流してもらいたい」

「そんな話を……私が信じると思う?」

「思わない。けれど、一旦手打ちにするのは最良の選択だと思うよ」

「安全にこの空間から出られるのなら……ね」

「私が約束する。これも信じないとは思うが?」

 

 ほむらは、さやかを(かば)いながら後ずさりをする。

 

「私たちが脱出するまでドームを解かないで。妹にも精神干渉をしないように指示して」

「承知した」

 

 さやかを前方の目にして、ほむらは後方の小巻たちを警戒しながら脱出を図った。

 

「暁美君、織莉子の予知した魔法少女が気にならないかね?」

「……」

「黒髪の長髪で紫の装束を(まと)っている。私たちは絶対に君だと思った」

「なぜ違うと判断したの?」

「決定的な違いがあったからだ。織莉子の予知した魔法少女は、丸い盾を左腕につけているが、君はそうではない」

「……」

 

 小巻の唇の右側がわずかに上がった。そうか、知っているのだ。織莉子が世界を滅ぼすと予知した魔法少女と、ほむらが同一人物であることを知っている。では、なぜ解放するのか? 鹿目まどか殺害を企てた美国織莉子は、手段を選ばない人間だった。異空間に捉えた自分を、あえて逃がす理由が、ほむらは思いつかなかった。

 

(まさか……織莉子は、インキュベーターと取引しているの?

 




次話:【暁美ほむら】(3)
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