魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十話 天秤(2)

 白羽女子学園 校庭

 巴マミ

 

 左指の骨折は完治したが、失った右腕は現状対応できない。そのため、巴マミは左腕のみで浅古小巻のシールドに攻撃を加え続けていた。ドームの周囲を自在に動き回り、小巻に一切の移動を許さない連続した攻撃をしていた。

 

 自分の限界をこえた機敏な動きだった。それを可能にしたのは怒りの感情だ。ただし、その対象は浅古小巻ではなくマミ自身であった。

 

(私が……美樹さんを魔法少女にした)

 

 なぜ美樹さやかは死なねばならなかったのか? 巴マミはそれを考え続けていた。さやかが魔法少女になるきっかけは、魔獣に感情エネルギーを食いつくされようとしていた彼女を助けたことだ。無論、助けなければ、さやかは死んでいたかもしれないので、そのことには後悔していない。問題はその後だった。

 

(魔法少女は決して幸福になれない……私は……それを教えなかった)

 

 自分はさやかに魔法少女のシステムを教えてしまった。彼女の抱えていた問題解決には、その奇跡が必要だったのだ。佐倉杏子と喧嘩別れして、孤独に苦しんでいたマミは、深く考えることなく、キュウべえにさやかを紹介した。

 

(病的なまでの寂寥感(せきりょうかん)……それが(あやま)ちの根源)

 

 自動車事故により、マミは生死の境目をさまよった。そこにキュウべえが現れ、『生きること』を願い契約した。そして、マミは研鑽を積み重ねて最強魔法少女となった。しかし、その称号は孤独と引き換えのものだった。寂寥感に苦しんだマミは強烈に仲間を欲した。

 結果、杏子を家族崩壊に(おとしい)れ、さやかを死なせてしまった。マミは愕然としていた。自分の『生きること』という願いが、仲間を破滅させていた。

 

(私は生きるべきではなかったのね)

 

 マミのソウルジェムが急速に(にご)っていく。それでもいいと思った。この戦いで息絶えることに躊躇(ためら)いはなくなった。しかし、もう一人の仲間である暁美ほむらのために、目の前にいる浅古小巻は倒さなければならない。

 

 マミの攻撃は止まらなかった。小巻に位置を特定させない高速機動をしながら、矢継ぎ早に複数のマスケット銃を出現させて銃撃を加えている。その熾烈(しれつ)な連続攻撃に、小巻は防御に徹していた。

 

 どうやら頃合(ころあ)いのようだ。マミは残る魔力をすべて投入し、マスケット銃数百挺を三列に出現させ、三段撃ちを実行した。一段目の一斉射撃で、小巻の視界を(さえぎ)り、その間にティロ・フィナーレ用の大型砲を出現させる。二段目の射撃時に、マミは、シールドギリギリまで接近した。そして三段目の射撃時。アリが這うような速度で砲口をシールドに押し込んだ。

 

(通った……)

 

 マミは、そのまま視界がクリアになるのを待った。恐らく殺すことになる浅古小巻の姿を、目に焼き付けておきたかった。どちらが死ぬにしても、相手のことを決して忘れないこと。それが、小巻との戦いの礼儀だと思っていた。

 

「あなたのことは……決して忘れない」

 

 小巻は覚悟を決めたように口を結びマミを見つめている。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 マミは、一度だけ(まばた)きをして、必殺技を口にした。

 

 発射されたのは砲弾ではない。あらゆるものを破壊する強力なエネルギー波だ。しかし、それは、シールドの内側に展開されたもう一枚のシールドに弾かれた。

 

(空間装甲……)

 

 すべては浅古小巻の罠だった。スペースド・アーマー。彼女は二重のシールドを張っていたのだ。これで、謎が解けた。なぜ、必要以上に大きなシールドを展開していたのか? なぜ、シールドの弱点を教えたのか? それは、マミに、この攻撃を誘導するためだった。

 

 密閉空間に充満したエネルギーは突破点を探し当てた。そこは、マミが造りだした破孔だった。

 

「!!」

 

 魔獣を一瞬で消滅させられるエネルギー波が自分を襲った。大型砲を盾にして、足先を破孔に向けて、被害面積を最小にした。だが、ティロ・フィナーレはそれしきのことで防ぎきれるものではなかった。マミの装束は引き裂かれ、帽子にあるソウルジェムにも大きな亀裂が生じていた。

 

(これまでかな……)

 

 ソウルジェムが割られ、力が入らなくなったマミは、枯葉のように空中を漂っていた。

 

(暁美さん……許して)

 

 地上が目の前に迫っているがマミにはどうすることもできなかった。そのまま、うつ伏せで落下し、完全に動かなくなった。

 

 

 白羽女子学園 校庭

 浅古小巻

 

「なんという破壊力……小糸……これはお前の想定以上だぞ」

 

 妹の浅古小糸から(さず)けられた対巴マミ戦の秘策。見たところ、それは成功した様子だ。ただ、こちらも魔力を使い果たしてしまい、これ以上の戦いは実質不可能だった。 

 

(巴さん……)

 

 小巻は辛抱強く待った。マミが本当に死んだかどうかを確認する必要がある。20メートル先に横たわっている最強魔法少女は、5分経過し、10分経過してもピクリとも動かなかった。

 

(美国……どうやら勝てたようだ)

 

 自分は命を落としても構わない心積(こころづ)もりで戦った。それに対し、巴マミには生への未練が感じられた。その覚悟の違いが勝敗を分けたのだと思う。

 

 小巻は、最終確認をすることにした。直接目で見て、触れて、巴マミの死を確かめなければならない。

 

 ゆっくりと、慎重にマミに近づく。その悲惨な有様に目をそむけたくなった。自分が切断した右腕はもとより、巴マミは全身傷だらけであった。装束がはがれて腰から背中まで肌が露出していた。しかも、そこは、重度の火傷のように赤くただれている。特徴的だったマミの帽子は、焼け焦げて、近くに転がっている。当然、ソウルジェムも無事ではない。黄色の光を失い、4分割されて散乱していた。

 

「どうぞ……安らかに」

 

 せめて最後の姿を覚えておかなければと考え、小巻は、マミを仰向けにしようとした。

 

 しかし――

 

「あなたなら……絶対に来ると思った」

 

 巴マミは自分の意志で仰向けになった。額に大きな傷があり、流れ出た血が彼女の右目を塞いでいた。右脇腹にも負傷があり装束に大きな血のシミを作っていた。戦闘などできる状態ではない。だが、巴マミは最強魔法少女であった。どんなに劣勢に立たされても、決して勝負をあきらめたりはしない。

 

「命の天秤……」

 

 巴マミの左手には、彼女の最後の一撃になるであろう大型銃が握られていた。それは、小巻に狙いを定め、どう動いても避けられそうになかった。

 

「私は……生きることを欲しました……」

 

 巴マミが倒れた時、自分は、生き残ったことに安堵したのだ。また妹に会える、美国織莉子にも、呉キリカ、優木沙々にも、そして親友たちにも会えると思った。生と死の天秤は、完全に生側に傾き、小巻から戦う意思を奪い去っていた。

 

「生きるということは…………尊いものよ。だから、恥じる必要はない」

 

 マミは吐血しながらも、小巻を気遣(きづか)った。そうだなこれでいいのだ。こんな気高い人と相打ちになるのなら。本望(ほんもう)と言えよう。

 

「マミさん……あなたが……相手で良かった」

「行きましょう…………小巻さん」

 

 浅古小巻が最後に目にしたものは、巴マミの慈愛に満ちた笑顔と、左腕の(まばゆ)いばかりの光だった。

 

 

 

 

 巴マミは、真っ白な空間に立っていた。どうしてこんな場所にいるのかと思った。直前の記憶ははっきりしている。自分は浅古小巻と戦い、相打ちになった。その際、右腕を失い、衣服は破れ、全身が傷だらけになったはずだ。

 

「どういうことなの……」

 

 ところが、マミの身体は新品同然になっていた。恐る恐る帽子を脱いでソウルジェムを確認する。

 

「これも……」

 

 信じられないことに、砕け散ったはずのソウルジェムは、まったく曇りのない黄色に輝いていた。そういえば、佐倉杏子から似たようなことを聞いた。魔獣と戦い、大ダメージを負ったが、鹿目まどかという少女に会ったら、それが無かったかのことのように消えたと。

 

「ここが……円環の理?」

 

 魔法少女最後の希望であるはずの円環の理。自分はそこにいるのではないかとマミは考えた。しかし、今、マミの心を支配しているのは、不安しかなかった。

 

 天空から、小さなぬいぐるみが降ってきてマミの肩に当たり、境目の解らない地面に落ちた。いや、あれはぬぐるみではない。なにやらもぞもぞと動いている。

 

「だれ!」

 

 マミは、マスケット銃を出そうとした。しかし、ここではそれができなかった。得物を持てないマミは、体勢を低くして身構えた。

 

「マジョマ パルミジャーノ!」

「ええ?」

 

 桃色の大きな頭に、左右色の違う目、極端な甘え袖になった服を着た50センチにも満たない生き物が、意味不明な言葉を発していた。

 

「あなただれなの?」

「マスカルポーネ!」

 

 そのぬいぐるみのような生き物は、短い脚で懸命に走り、飛びついてきた。マミはその姿に愛着を感じてしまい、抵抗なく生き物を受け止めた。

 

『マミ! 好き!』

 

 言葉が通じたことに驚いた。推測するに、身体が触れていると会話が可能になるのだろう。

 

「あなた、名前は?」

『べべ』

「べべ? 赤ちゃんなの?」

『べべはマミが好き!』

 

 マミはべべを抱きしめた。そして、なぜかは分からないが、大粒の涙を流し続けた。この可愛らしい生き物の言葉が、マミに心の安らぎを与えていた。

 

『マミ、まどかに会いに行こう』

「べべが案内してくれるの?」

 

 べべは、マミの胸から飛び跳ね、前方に走り出した。

 

『マミ! こっち!』

「待って!」

 

 あっという間に追いついて、マミはべべを拾い上げた。べべは肩によじ登り、マミの頬に身体をくっつける。

 

『べべはチーズが好き』

「気が合うわね。わたしも大好きよ」

 

 表情がないはずのべべが笑ったように見えた。マミは嬉しさのあまり、べべに頬ずりをした。べべもそれに応えるように、短い手足でマミに抱きついた。

 

「さあ、べべ、鹿目さんに会わせて」

『行こう!』

 

 マミは、べべを肩に乗せて歩き出した。もう自分は一人ではない。それがなによりも嬉しかった。なにを追い求めて『生きる』ことを願ったのか? マミは、ようやく、その答えを見つけた。

 




次話:「幻影」
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