魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十一話 幻影(1)

 二日前 巴マミ マンション

 佐倉杏子

 

「あなたは、過去に二度呉キリカと戦い、そのいずれも相打ちになった」

 

 暁美ほむらは冷徹(れいてつ)に言い放った。別に腹を立てたりはしない、なぜならば、それは、佐倉杏子の質問に対する答えだからだ。何度も同じ時間軸を繰り返したのなら、一度や二度、自分とキリカの戦いは発生したはずだ。情報源としてほむらに(たず)ねた。

 

「相打ちなんだな? 負けたんじゃなくて」

「そうよ」

 

 どうやって相打ちになったか聞きたいところだが、その前に、呉キリカに勝てる方法を知りたかった。

 

「ほむらは……あいつに勝ったか?」

「ええ、時を止められたからね」

「そうか……」

 

 美国織莉子が、ほむらを“悪魔”と呼ぶ理由が分かる気がした。考えうるに、時を止める魔法少女には打つ手がない。あらゆる策は、時間停止により無効化されてしまう。もしも、ほむらが敵であったなら、自分は闘うことを放棄していたかもしれない。

 

「他には?」

「巴さんが……一度だけ」

 

 名前を出された巴マミ自身が一番驚いていた。

 

「私?」

「おだてるつもりはないけど……あなたは天才よ。思いもよらない策略で呉キリカを倒した」

「それって……おだててるんじゃないかしら」

 

 そうは思っても喜んでしまうのが巴マミという人物だ。良いか悪いかはケースバイケースだ。今回は彼女の良い性格として捉えよう。

 

「杏子……速度を遅くされるというのは、超高速とは訳が違う」

「分かってるよ……」

 

 ほむらが言いたいのはこういうことだ。相手の速度が二倍三倍でも、予測や誘導で対応できるだろう。しかし、こちらの速度が遅くなるのなら、予測しても対応が間に合わない。

 

「さやか……呉はどんな性格だ?」

「あんたによく似てるね」

「……どういう意味だよ?」

「他人の目を気にしない。行き当たりばったりの行動をする人よ」

「なにぃ」

「待ちなって、まだ続きがあるんだから」

「……」

 

 バカにしたりからかったりしている様子ではない。美樹さやかは、杏子が残したマミ手製のクッキーを一個つまんで話を続けた。

 

「その反面、キリカさんは恐ろしく冷めている。織莉子さんが言うには、戦いでもそうだって。冷静に、相手の力を見極めてから倒す」

「そうね、呉キリカの能力なら、慌てる必要はない。たとえるのなら毒蛇みたいなものよ。一度噛んで、毒が回ってから仕留める。だから、とても厄介なの」

 

 さやかとほむらの警告に、杏子は頭を悩ませる。

 

(さやかは……あいつに勝てるのはあたししかいないって言ってた)

 

 だからといって、さやかに『どうやったら勝てる』と聞くほど自分は愚かではない。なぜ『勝てる』と思ったかの答えは、さっき聞いていたからだ。

 

(あいつは……美国織莉子に依存していると言ってたな。なるほど、似てると言えば似てるか……あたしも依存してるからな)

 

 杏子が依存しているものは、取り戻した信仰だった。つまりは、佐倉杏子は神に依存していたのだ。

 

 

 

 決戦当日 11:30 見滝原ショッピングモール

 佐倉杏子 

 

 なぜ巴マミが仲間を必要としているか? その理由は、彼女のテリトリーに、この巨大ショッピングモールがあることだった。地上三階建てで、施設内には200を超える店舗が(のき)(つら)ね、 5000台以上の駐車スペースがあり、多い時には1万人以上の人間が集まる。その中には、負の感情エネルギーを溜め込んだ者も多数おり、連日魔獣が発現する。

 マミは休むことなく魔獣を退治していたが、だれの目から見てもオーバーワークだった。そこに佐倉杏子が加わり、美樹さやかと暁美ほむらが加わり、四人チームとなった。マミは三人行動を基準として、大きな事件(大型魔獣や今回の美国織莉子事件のようなもの)以外は必ず一人は休めるシステムにした。

 

(マミ……あんたは、今が幸せなんだよな)

 

 巴マミが美国織莉子戦に積極的なのは、この充実した環境を破壊されたくないという思いもあっただろう。それを軽蔑したりはしない。杏子は、マミと二人だけで、毎日魔獣狩りをしていた過酷な日々を知っているからだ。

 

 全国でも有数の大きさを誇る見滝原ショッピングモールは一階だけでも一周すると1km近くなる。学業を放棄していた杏子は、魔獣狩り以外でも、よくここにきていた。目的は食事かゲーム遊戯が大半だった。まもなく、自分は、ここで呉キリカと殺し合いをしなければならない。そんな杏子が向かったのは行き慣れたゲームエリアだった。

 

 杏子はここにあるダンスゲームを好んだ。教会で生まれ育った杏子には歌や踊りが身近にあった(一部プロテスタントでは日曜礼拝で歌や踊りを行う)。そのため、リズム感には自信があった。初めてのプレイで高得点を出し、その後数回でパーフェクトプレイヤーになった。やがて杏子のプレイにはギャラリーが集まるようになったが、そんなことはどうでもよかった。このゲームには、かつて杏子が持っていた喜びがあった。指示された事を正しく実行することによって高い評価を受ける。それは、優しかった父親からの教えに類似していた。

 

 杏子がステージに上がり、コインを投入しようとしたところ、隣のステージに白いブラウスにスパッツと短めのスカートを合わせた少女が上がった。

 

「杏子、ボクと勝負しないかい?」

「いいけど、あんたには勝ち目がないよ……呉キリカ」

「キリカでいいよ」

 

 呉キリカに名前で呼ばれることに嫌悪感はなかった。不思議なことに、初めて話すはずのキリカに、旧友のような親和性(しんわせい)を感じてしまった。

 

「2回勝負にしない? それぞれ得意な曲を選ぶんだ」

「あたしが勝ったら?」

「織莉子じゃないけどさ。予言してあげるよ」

「……」

「結果は引き分けさ。結局は殺し合うことになる」

「美国織莉子がそう予言したのか?」

「話を聞いていなかったの? これはボクの予言だよ」

 

 なんとも楽しそうに笑うものだ。キリカはコインを投入した。

 

「杏子から先にどうぞ」

「あんたはいいやつだなキリカ。でもな、これは遊びじゃない。負けたら命をもらうよ」

「いいよ。だから、キミも本気を出したほうがいい」

 

 自分が笑っていることに気が付いた。そうだ、自分もキリカも狂っているのだ。だから、命をベットしたゲームすら楽しく思える。

 

 杏子もコインを入れて、最も得意で最高難易度の邦楽をチョイスした。この曲は後半に回転を伴う高速ステップがある。そこで差をつける。

 

 曲が始まり、画面にステップ位置を示す矢印が目が痛くなる数量で落ちてくる。杏子とキリカはそれを“PERFECT”のタイミングで踏み続ける。

 

 素晴らしい身体能力と躍動感だった。キリカは本職のダンサーのようにリズムと身体が一体化し、“PERFECT”を連続している。時折(ときおり)、彼女と目が合いけん制し合う。なんという楽しさだ。杏子は、命を賭けていることを忘れ、対戦ゲームの楽しさを満喫していた。

 最高難易度の箇所だ。回転しなければ物理的に不可能なステップを要求され、その後、高速ステップが連続する。杏子はすべて“PERFECT”だったが、キリカは2箇所“GOOD”判定だった。それが、勝敗結果につながり、1回戦は杏子が勝利した。

 

「キリカの番だよ」

「いい勝負だったね杏子。まずは汗を拭こう」

 

 と言われて、キリカからハンドタオルを渡される。本当に凄い汗をかいていた。キリカも同様で、ショルダーバッグからもう一つタオルを取り出して額の汗を拭いている。

 

「準備は?」

「いつでもいいよ」

 

 キリカにタオルを返そうとしたが後ろに置けというので、杏子は振り返り、設置されているバーにタオルを掛けた。

 

「油断大敵だよ、杏子」

「なに」

 

 その隙に、キリカに次の曲を選曲された。杏子の位置からでは、それが確認できない。

 

「杏子のやりこみ度は確認できたからね。すこしハンデをもらうよ」

「命がかかってるんだ……それぐらい大目に見るよ」

「うん。キミの弱さを見たよ」

「どういうことだ?」

「勝っても負けても自分の腹は痛まない。そういう損得勘定(そんとくかんじょう)だろう?」

「……あんたなら」

「逆の損得勘定かな」

「……」

「楽に佐倉杏子を殺せるのなら……意地でも取りにいくよ」

「なんとでも言えるさ。もう不可能な話だからな」

「キミに当て嵌めてるのさ」

「楽に……呉キリカを殺せるんなら?」

「そうさ、ラストチャンスかもだよ」

 

 杏子はコインを入れてキリカに八重歯を見せた。

 

「望むならそうしてやるよ」

「それじゃあ……やろうか」

 

 キリカが選んだ曲は、比較的スローな洋楽だった。なるほど、こちらのことは調べつくされているらしい。よほどやりこむか、天性のリズム感がなければ、タイミングを取るのが難しい。それに杏子はあまりこの曲をプレイしたことがなかった。

 

 それならばと思い、杏子は動体視力を研ぎ澄まし矢印がポイントに達するタイミングでステップする。なんのことはない。スローな曲ならばこれでも対応できる。

 

 比較してキリカは、視力よりも聴覚を優先しているような動きだ。足運びも完璧で、杏子にプレッシャーをかけ続けていた。

 

(しまった!)

 

 一か所“GOOD”を出してしまった。しかし、リズムを乱してはならない。失点を最小限にすることが逆にキリカへの威圧になる。杏子は、慎重にステップを踏み続ける。

 

「キミがそうだったように……ボクはミスしないよ」

「……そうかい」

 

 互いの声を弾ませての心理戦だ。実力伯仲(はくちゅう)のスポーツ同様に相手のミス待ちの展開になった。こうなるとどっちが有利かとは言えなくなる。

 

「パーフェクト」

「……」

 

 その言葉どおり、呉キリカはパーフェクトでプレイを終えた。

 

「予言的中だな」

 

 杏子はバーにかけてあったタオルで汗を拭った。顔だけではない全身汗だくになっていた。

 

「ほっとしてる顔だね」

 

 まるでテニスが1ゲーム終わったかのようなさわやかさでキリカが言った。そのとおりだよ呉キリカ。自分たちの命は、ゲームでやりとりするようなものではない。正当な殺し合いで取引しようではないか。

 

「織莉子の約束の時間まで十分あるよ。それまでに準備をするんだね」

「あんたもな」

「もちろん。“幻影”の魔法少女と戦うには、こっちもそうするよ」

「あんた……愛を信じるか?」

「もちろん。愛は、永遠で無限だよ」

「奇遇だな。あたしもそうさ」

 

 二人はステージから下りて、安全な距離を確保した。

 

「キリカ……ただし、一つだけ異論がある」

「言ってみてよ」

「愛は……永遠に一方通行なのさ」

「……ボクは違う」

 

 両者の笑顔が消える。“愛”への認識の違いが戦闘開始の合図だった。それぞれ人込みの中に消え、相手を殺害する最適なポジションを探す。

 

(キリカ……愛は綺麗(きれい)なものじゃない。人間は愛という名の罪を犯す生き物だ。あたしも……あんたも……その人間だったんだよ)

 

 魔法少女はもはや人間ではない。だが、自分たちはその記憶や感情を持ち続けている。いわば、自分たちは、人間の姿を借りた生ける屍なのだ。

 




次話:幻影(2)
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