魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十三話 幻影(3)

 決戦当日 12:15 見滝原ショッピングモール駐車場

  佐倉杏子  

 

 

 広大な見滝原ショッピングモールの駐車場は、幅5mほどの車用通路と、幅1m強の歩行者が行き来する通路が交互に配置されていた。佐倉杏子と呉キリカが距離4m弱で対峙しているのは、幅の狭い歩行者用の通路だった。大型の車が多数駐車しており、完全に魔獣からは死角になっていた。

 

 杏子は槍を中段に構えて、キリカを睨み続けている。キリカも同様に両腕のかぎ状の爪をだらりと下げたまま、杏子から目を離さない。

 

(先に動いた方が負けか……)

 

 この幅では、杏子の槍は突くことしかできない。しかも、距離的に一歩踏み出さなければ攻撃が届かない。当然、初動を察知され、キリカは容易(たやす)く躱すだろう。そうなると彼女に後の先(ごのせん)を取られてしまう。

 

 それならば、フェイントで攻撃をして、引きの動作で攻撃してはどうか? 二等辺三角形の槍の穂先は、引きでも強力な攻撃力を持っている。キリカのソウルジェムは腰にあるので、破壊することは可能だ。

 

(いや……あんたの瞬発力じゃあ……自殺行為か)

 

 キリカの身体能力ならば、初撃を躱すと同時に突進される。二撃目など間に合うはずがない。

 

 杏子の額から汗が流れ落ちる。それを見たキリカが、八重歯を見せて笑う。

 

 キリカが半歩前進する。杏子はそれに合わせて槍をやや下げる。直接攻撃可能な距離まで近づくキリカに、杏子も攻撃の意思を見せる。どちらも、威嚇(いかく)の動きでしかないが、緊張感は異様なまでに高まった。

 

 二人は、そのまま20分ほど、ピクリとも動かず対峙した。どちらが先に()れるかの我慢比べだ。キリカが少し姿勢を低くしたので、杏子は半歩下がった。これで、最初の距離に戻った。その行為により、キリカの焦らし戦法が無効化された。

 

 杏子は抜かりなく左右も確認していた。向かって左側は車間がやや広く空いている。隣の車道に移動できたら、杏子の攻撃オプションは劇的に向上する。だが、それができるかどうかは別問題だ。

 

「やってみる価値はあるよ……杏子」

 

 キリカが額に汗を浮かべながら言った。なるほど、想定はしているが100%の勝算は無いということか。確かにやってみる価値はあるが、杏子はそれを行わない。焦れているのはキリカも同じなのだ。ならば、待ち続けたら良い。これではっきりと分かった。我慢比べならこちらに分がある。

 

「価値は……あんたが決めるもんじゃない」

「いいや、ボクが決めるんだよ」

 

 キリカは両腕を下げて無防備のままゆっくりと接近する。攻撃するか、車道に逃げるかの選択を杏子に迫っていた。しかし、杏子は、そのどちらも選ばなかった。キリカが前進した分だけ後退し、4m弱の距離を維持し続けた。

 キリカが、その駆け引きを諦め立ち止まる。彼女の額に浮かんでいた汗が一点に集まり滴り落ちた。今度は逆に、杏子が八重歯を見せて笑った。

 

「キリカ……これで終わりか?」

「さすがだよ杏子……だからね、ボクはキミを無視することにした」

「……」

「利用価値があると思って生かし続けてたけどね……」

「魔獣か?」

「ボクはあれを倒しに行くよ……追撃するかどうかは、キミの自由さ」

 

 キリカが大きくジャンプして魔獣に向かう。当然、発見されたキリカに魔獣の攻撃が降り注ぐ。杏子は、『自由』を委任された『追撃』を選択した。キリカの背後に隠れ、攻撃の機会をうかがう。正面と背面に敵を抱えるキリカが圧倒的に不利になっている。

 

(何か策があるのか……)

 

 魔獣まであと200mほどだ。この速度なら10秒もかからない。そして、魔獣の攻撃を躱しながら進むキリカとは違い、杏子は直線的に追っているので彼女よりも優速だ。まもなく背後からの攻撃が可能になる。そんなことはキリカだって承知しているはずだ。だからこそ、杏子は策略を疑っている。

 

「もう後だぞ! キリカ!」

 

 警告は与えた。だが、キリカはそれを無視して、魔獣を倒すべく大きく両腕を振りかぶる。

 

(魔獣を倒すまで待ってやるし、あんたのソウルジェムも狙わない……だがな)

 

 杏子は片腕の一本はもらうつもりでいた。それは、我慢比べの勝者として当然の権利だ。キリカが落下速度を利用して、魔獣に両腕の爪を突き立て、クロスに切り裂いた。見事のまでの攻撃で、魔獣は断末魔にも似たノイズを発生し、一瞬でブロック化した。杏子の穂先がキリカの左の肩甲骨に迫っている。着地したキリカは、即時に左にサイドステップして杏子に向き合う。

 

 予想どおりの行動だった。杏子はスルーされた穂先をわざと地面に打ち付け、その反動を利用し、槍を脇抱えにして、左に振りぬく。想定外の速度に、キリカの防御が遅れ、左腕に深く食い込んだ。

 

 キリカかがその場に倒れる。腕は繋がってはいるものの、しばらくは使いものにはならないだろう。杏子は、穂先をキリカに向けながら、慎重に近づく。

 

「あいかわらず甘いね……どうしてソウルジェムを狙わないんだい?」

「次は狙うさ……」

 

 キリカが奇妙な行動をとっている。殺し合いをしているにもかかわらず、杏子の目を見ていなかった。彼女が見ているのは杏子の背後にある何かだ。しかし、それを確かめている余裕はない。

 

「次が……あるかな?」

「……」

 

 キリカが瞬時に立ち上がり、上空からの攻撃を狙う数メートルの跳躍をした。こちらがつきあう必要はない。空中攻撃は奇襲としては有効だが、滞空中はほぼ無防備だ。そこを槍で迎撃したら良いだけだ。右腕だけで襲い掛かろうとするキリカに、杏子の槍が照準を定める。

 

 止めをさそうとした刹那、地面が激しく振動し、杏子は大きくバランスを崩した。

 

(!)

 

 キリカの爪が目の前に迫っている。槍はあらぬ方向を向いており、防御には間に合わない。残念ながらこちらも左腕を捨てるしかなさそうだ。胸のソウルジェムを狙うキリカの爪の前に、生贄(いけにえ)のように左腕を差し出す。四本の爪が杏子の左腕をバラバラにした。激痛と大量の出血に耐えながら、杏子は槍を右腕だけで抱えて、戦闘態勢を維持した。

 

 キリカが呆れた顔で見ている。

 

「まだやるつもり?」

「これでイーブンだろ?」

 

 杏子は隙をみて振り返った。

 

(時計……時計だと? あの地震は予知されていたのか?)

 

 呉キリカが見ていたものは屋上駐車場にある大きな時計だった。だとすると、杏子が足をすくわれた地震の発生は、美国織莉子に予知されていたことになる。

 

「あの地震は……美国が予知していたのか?」

「そうだよ……その発生源もね」

「発生源?」

「この閉鎖空間に地震なんてあるわけないよ。誰かが時空振動(じくうしんどう)を発生させたのさ」

「……」

 

 杏子の心臓が激しく鼓動していた。恐怖と不安がミックスされた感情。それは、めまいや吐き気を伴い、経験したことのない気持ち悪さだった。

 

「だれかって……だれだ?」

 

 もしかとは思う。いや、ほとんど確証になっていた。だが、認めたくない。認められないのだ。

 

「キミの愛する人だよ……沙々も一緒にね」

「……」

 

 究極の悲しみは、簡単に個人を飲み込んでしまう。家族を失い、独りぼっちなってしまったあの時も、杏子は、悲しみを別のものに変化させた。それは、信仰していた神への裏切りと、唯一の理解者であった巴マミへの叛逆だった。後悔すべきことではあるが、あの時は仕方がなかった。そうしなければ、自分は絶望の(ふち)に落ちていた。

 

(キリカ……あんたには恨みはない。けどな、この戦いを始めた美国織莉子には落とし前をつけてもらう)

 

 他責思考(たせきしこう)であることは分かっている。では、どうしたらよいと言うのか? たとえ原因を追究したところで、美樹さやかが帰ってくるわけではない。だから、この深い悲しみは、怒りに変換するしかないのだ。

 

 杏子は槍を脇抱えにして、右手だけで構える。そのまま、防御態勢のキリカに突入する。寸前でキリカは穂先を右側に躱して回転しながら杏子に突っ込んできた。凶悪なる爪が杏子の顔面に迫る。攻撃範囲の広いキリカの爪は、しゃがんでは()けられない。そのため杏子は加速してキリカとの距離を一気に詰めた。そうなると二人にできることは限られている。

 

 互いの膝蹴りが、それぞれの腹部に食い込んだ。キリカと杏子は、よろめきながらも、二の太刀(にのたち)を繰り出した。キリカは、右腕を引いて、爪を杏子のへ背中に食い込ませ、引き裂いた。杏子も槍を引く。狙うのは、背中ではなく足だ。穂先でキリカの左足の大腿動脈(だいたいどうみゃく)を切断した。これで彼女の俊敏な動きを封じる。とはいえ、自分も、背中を裂かれたことにより、右腕の能力は半減した。

 

 今度は、互いに前蹴りをして距離をとる。足にダメージのあるキリカが吹き飛ばされた。

 

「杏子……これからボクは……キミのソウルジェムを狙って攻撃するよ」

「ああ……あたしもそうする」

 

 キリカが大量出血する左足をかばいながら立ち上がった。決意を固めたその凄絶な姿は、杏子でも恐れを感じるほどであった。杏子は槍を短く持ち、連結を解除した。

 

(ほむら……やっぱりだよ。あたしが、彼女を倒すには……相打ちしかない)

 

 キリカが、最後のダッシュをした。彼女の全身全霊の突撃は、防御などする暇のない凄まじい速度だった。爪が杏子のソウルジェムに迫る。短く持った杏子の槍も、キリカの腰のソウルジェムを破壊しようとしていた。そして、それぞれの得物が、その目的を果たした。

 

 杏子とキリカは抱き合い、膝をついている。ソウルジェムを割られた二人は、もはや戦う力など残ってはいなかった。

 

「キミは……幻影と戦っていたのさ」

「……幻影」

「実は……織莉子が予知したのは……さっきの地震だけなんだ。……ボクは、最初から……相打ちを狙っていた」

「奇遇だなキリカ……あたしも……そうだよ」

 

 二人は崩れ落ち、そのまま互い違いで仰向けで横たわった。

 

「杏子……ボクたちは……死力を尽くして戦ったよね?」

「ああ……もう、1mmも動けない」

「織莉子に……ほめてもらえる……よね」

「……そうだな」

 

 『愛は永遠で無限』。キリカはそう言っていた。今ならば、それが分かる気がする。自分は美樹さやかのためになにができるのばかり考えていた。そうではなかったのだ。何もしなくて良い。キリカのように、愛する者のそばにいるだけで良いのだ。

 

「なあ……キリカ」

 

 しばらく待ってもキリカからの返事はなかった。杏子の目から涙が溢れた。

 

「バカ野郎……逝っちまったか」

 

 杏子は、最後の力をふり絞り、天に向かって絶叫した。

 

「なぜですか……なぜあなたは……私の好きになった人を……奪い続けるのですか?」

 

 和解したはずの神への疑念。そのあまりにも酷い境遇に杏子は、呪詛(じゅそ)にも似た訴えをした。

 

「私の罪は……それほど重いものだったのですか? それならば、いっそのこと……私を、地獄に落として下さい」

 

 杏子は目を閉じた。心残りは沢山ある。だが、ここで、神を呪いながら死ぬのも自分らしくはあると思った。

 

(杏子ちゃん……)

 

 聞き覚えのある声だった。この声は、鹿目まどかだ。

 

(まどかか?)

(そうだよ、もう、十分だよ)

(……ほむらの……役にたったか?)

(そうだね、だから、私と一緒に行きましょう)

(……キリカは?)

(キリカちゃんも、もう、迎えた)

(そうか……さやかもだよな?)

(もちろん)

 

 なんだこの安らぎは? さっきまでの神への恨みや、美国織莉子への恨みがすべて消えている。杏子はゆっくりと目を開けた。そこには、まどかのものと思われる白い手が伸びていた。

 

携挙(けいきょ)……主よ……感謝します」

 

 杏子は震えながら右手を伸ばし、まどかの手をつかんだ。そして、杏子は、そのまま天にひきあげられた。

 




次話:「対価」(1)
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