魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十四話 対価(1)

 暁美ほむら自宅 11:35

 

 暁美ほむらは、美国織莉子との決戦の場に見滝原中学校を指定した。その理由は極めてシンプルだった。過去の時間軸において、織莉子との戦いは例外なく見滝原中学校が舞台だったからだ。その、経験則(けいけんそく)により戦いを有利に進められると判断した。

 

 ほむらのアパートは、学校に徒歩で通える距離にあった。およそ1kmで、時間にして15分程度かかる。今からだと戦闘開始予定時刻の10分前に到着することになる。本来ならば綿密に下準備をして、確実に勝利できるようにするべきだが、予知能力を持つ美国織莉子の前では、無意味な努力というものだ。

 それに、彼女と、そのサポート役である浅古小糸は、すでに学校でスタンバイしているはずだ。だとするなら、こちらにできることは、せいぜい奇襲をかけられないように用心することだけだ。

 

 ほむらは、私服に白色のものを選ぶ傾向にあった。美樹さやかや佐倉杏子は『似合わない』と言ってバカにしたが、こちらの趣味にとやかく言われたくはない。ほむらは、白色のカーディガンを羽織って自宅を後にした。

 

 学校までは目を閉じてでも行けるような気がする。延べ年数ならば中学生3年間をはるかに超えている。当然と言えば当然かもしれない。

 

 ほむらは、その見慣れた道を速足で歩いてた。曲がり角は4箇所で、すべて左折だった。途中にある良い匂いのするパン屋や、朝は大行列のできるバス停など、ほむらの記憶どおりの行程を進んだはずであった。

 

 しかし、15分後に、ほむらがたどり着いた先は、自宅の前だった。

 

(……いつの間に)

 

 考えられるのはひとつしかなかった。自分はこの15分間、浅古小糸に意識を操作されていたのだ。

 

(なぜ気が付かなかったの……)

 

 過去においても、小糸は精神に干渉してくる厄介な相手ではあったが、ここまでの力は持っていなかった。

 

(いや……この世界の彼女はこれまでとは違うのね)

 

 小糸に意識侵入されているのなら、一度リセットする必要がある。方法は時間を止めることだ。それにより、自分の位置情報や小糸にキャッチされた波長を初期化する。

 

 ほむらは、魔法少女に変身し、盾を回した。砂時計が落ちるのを()めて、時間が停止する。砂の残量がなにを指標にしたものなのか判然としないが、止められる時間は残り少なかった。

 

(まどか……美国織莉子との戦いになんの価値があるというの?)

 

 この能力の復活は、昨日、鹿目まどかから付与されたものだ。そして、残り時間からの推測では、美国織莉子戦のためだけの能力だろう。

 

 あまり時間を無駄にはできない。ほむらは1分ほど歩いて時間停止を解除した。

 

(驚いたわ、どうやったの?)

 

 小糸がまた脳内に侵入しようとしてきたが、意識してしまえば十分防御可能だ。ほむらは、逆に、彼女から織莉子の戦術情報を引き出す心づもりだ。心理戦ならばこちらに分がある。

 

(あなたには二度波長を走査された。うまく同調されたということかしら?)

(……今、正午になりました。あなたは、織莉子さんとの約束を(たが)えたのです)

(だからなに? そんな些細(ささい)なことにこだわるとは思えないわね)

(それを些細と言い切る傲慢(ごうまん)さ……やはりあなたは悪魔なのですね)

(……)

 

 おかしい。これはまったく無意味な会話だ。なんのために小糸はこんなことを続けているのだ。

 

 約束時間を超過していることは承知している。だからこそ、ほむらは閉鎖空間内を移動していた。ここならば、小糸の制御を排除できる。

 

 そのはずであったが――

 

(……これは)

 

 左折を4回行い、視覚情報も間違いなかった。なのに、そこは見滝原中学校ではなかった。

 

(あなたの視覚、三半規管を鏡面にしました)

(そんなはずはない! ここまでの道のりに間違いはなかった)

(ここは閉鎖空間です。それに、学校までに見えるべき風景も先ほど把握できました)

(……あなたが……それを網膜投影したというの?)

 

 小糸の侵入は完璧にブロックしていたはずだが、またもやそれを許してしまっていた。なんという適応力だろうか。過去の浅古小糸とは別人と言えた。彼女の放置は想定外の結果をもたらすかもしれない。

 

(あなたの殺意が見えます。でもね、わたしはもうそれを恐れません)

(いいえ、恐れるわ。今から、それを証明してあげる)

 

 ほむらは再度時間を止めた。これだけのことができるのだ。小糸はほむらの100m範囲内にいるだろう。それを探し出して排除するだけだ。現在位置は見滝原中学校から直線で500mほど離されている。小糸の行動心理を考えると、ここから後方は無視しても良い。彼女は織莉子の援護のために学校に戻る必要があるからだ。

 

 ほむらは二度三度跳躍して小糸を探した。もうすでに3分以上経過している。路上移動している自分に侵入するためには彼女も路上にいるはずだ。

 

(砂時計を消費させるため? いや、彼女たちがその原理を知っているはずはない)

 

 ようやく、公園の藤棚(ふじだな)の下で小糸を発見した。ほむらは、5mの距離で着地し、盾から拳銃(グロッグ17)を取り出して、小糸の左足に狙いを定めて発射した。停止空間では結果は完結しない。弾丸は“鳥の魔法少女”の太もも付近で止まっている。

 

 時間停止を解除する。小糸が叫び声をあげてうずくまる。おびただしい出血を手で抑えている。通常の人間ならば命に係わるが、魔法少女ならば問題ない。ただ、この状態からの回復には1時間以上かかる。

 

「恐れないと言ったわよね」

「恐れません!」

 

 涙声ではあるが、小糸はほむらに敵対すべく叫んだ。しかも、強い意思を持ってだ。

 

「前にも言ったはずよ、私は、あなたを何度も殺したことがある」

 

 威嚇のために、ほむらは小糸のソウルジェムに銃口を向ける。小糸は、歯を食いしばり、ほむらを睨み返す。

 

「あなたこそ……恐れている。織莉子さんをね」

「いけないこと? 敵を恐れない人間は愚か者だわ」

「人間ならば……それは冗談なの?」

「なにが言いたいの?」

 

 突如、激しい、地鳴りとともに、閉鎖空間そのものが振動した。地震でたとえるなら震度7クラスだろうか、ほむらは立っていられず、その場にしゃがみこんで、揺れが収まるのを待った。

 

(これは……時空振動? 杏子? いえ、距離と強さを考えると……美樹さやかね)

 

 揺れが小さくなり、ほむらは立ち上がった。小糸が薄笑いを浮かべながら見ていた。

 

「仲間の死を……悲しむことなく受け入れる非情さ……あなたは、本当に悪魔だ。織莉子さんに滅ぼされるがいい」

「教えてあげる……」

「……」

「私は、仲間の死を数えきれないほど見てきた。だから、悲しむという感情は、とうに昔に捨て去った」

 

 ほむらは、小糸に銃を向ける。彼女の表情に怯えの色が見えた。

 

「私があなたを殺さないと、美国織莉子が予知したと仮定するわ」

「……」

「浅古小糸……それはね、仮定でしかないのよ」

 

 ほむらは時間を止めて、小糸の右脚に向けて弾丸を発射した。小糸が、恐怖に顔を歪めたまま停止している。

 

(恐怖は制御できるものではない。それは私も同じこと)

 

 ほむらは、小糸に背を向けてその場を立ち去った。倒す必要はない。彼女を無力化するだけでよい。これで、残るのは、美国織莉子ただ一人になった。

 

 およそ50分以上遅れて、ほむらは見滝原中学校に到着した。目の前の光景は、過去の時間軸には存在しないものであった。学校は廃墟同然に崩壊していた。かろうじて外観は(とど)めてはいるが、内部はめちゃくちゃになっている様子だ。

 

 ほむらは、眉を寄せて、周囲を観察する。

 

(時を止めて状況を確認すべきか? いや、それが彼女たちの狙いだったのね)

 

 大きく砂時計をロスした。もはや、長時間の時間停止は致命傷になる恐れがあった。ほむらは、慎重に進み、時間停止は危機管理として使用することにした。たとえ、経験則に無い環境でも、織莉子の攻撃パターンは知り尽くしている。

 

 ほむらは、周囲を警戒しながら、生徒入口から内部に侵入する。階段は崩れ落ち、まともには進めそうにない。織莉子は、この障害を利用できる最上階にいるだろう。

 

(この瓦礫(がれき)を登るしかないわね)

 

 ほむらは崩れた階段の残骸に上り、二階の足場にジャンプした。

 

(!)

 

 その瞬間、二つの球体が、目の前に現れた。ほむらは、瞬時に盾をまわして、その球体を拳銃の連射で破壊した。

 

(彼女の球体は、手足の延長でしかない。だとすると残りは二つね)

 

 時を戻す。破壊された球体の破片がほむらに降りかかった。ほむらは、それを払いながらつぶやいた。

 

「美国織莉子……私がいる限り、あなたの野望は達成されることはない」

 




次話:対価(2)
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