魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十六話 対価(3)

 見滝原中学校

  暁美ほむら

 

 暁美ほむらは、勝手を知っている母校を美国織莉子との決戦の場に選んでいた。地形は戦いにとって重要なファクターだ。たとえ、浅古小糸のフォローがあったとしても、ほむらは、自分の優位性は揺るがぬものと確信していた。ところが、織莉子は、それを予知により(くつがえ)してしまった。

 

(二階もひどいわね……)

 

 見滝原中学校は五階建てで、二階は巴マミたち三年生の教室がならんでいるべき場所だった。今は、どこまでが通路で、どこからが教室かの区別もつかなかった。

 

 ほむらは盾の砂時計を確認する。残り時間は30分もないと経験が教えていた。30分とは、時間停止の残り時間ではない。時間をとめられるリミットを指している。つまりは、織莉子との勝負は30分以内に決着する必要があるのだ。

 

 小糸がここまで関与してくるのは予想外だった。過去の時間軸では、姉である浅古小巻の喪失により自滅していった小糸だが、今回は、冷静かつ執拗(しつよう)にほむらの妨害をしていた。

 

(これまでの経験が通用しない……慎重にいかなくては)

 

 ほむらは崩れ落ちた階段ホールを見上げる。先ほど“オラクルレイ”による奇襲はあったが、織莉子本人は最上階の五階にいるだろう。破局点を予知していたのだから、様々な罠を張り巡らせているに違いない。罠を承知で一気に五階まで駆け上がるか? それとも、定石通り一階ずつ潰して行くか? ほむらはジレンマに陥っていた。

 

(……時間を優先すべきね)

 

 織莉子の仲間である呉キリカ、浅古小巻、優木沙々は、自分の仲間と相打ちになった。浅古小糸も1時間以上は動けない。ならば、この結界内には織莉子しか存在しない。罠があっても時間停止で対応可能だ。ほむらはそう判断して、二階、三階の確認を簡単な目視だけとし、四階まで移動した。

 

(時計?)

 

 結界内は通常の空間から隔絶されており、もともとその場にあった時計ならば停止していなければならない。それなのに、ほむらの立っている階段ホールには時を刻んでいるデジタル時計が掛けられていた。

 

(私の行動を予知するためね)

 

 時計は一個だけではないはずだ。五階には多数の時計が設置されていることが予想される。美国織莉子が持ち込んで、ほむらがいつ時を止めるかを判別するために設置した。用意周到ではあるが、罠としては失敗だ。トリックは分かってしまえばなんということはない。

 

(時を止めるタイミングを予知される。それは過去のあなたとの戦いで経験済みよ)

 

 ほむらは、再度、砂時計を確かめる。残りは20分ほどだろう。急がねばならない。五階への足場が完全に無くなっているので、約7m先の壁面を蹴って上ることになる。無防備になるその瞬間を織莉子は見逃さないだろう。

 

(まどか……この戦いにどんな意味があるの?)

 

 昨日、ほむらは、鹿目まどかと邂逅(かいこう)した。そこで、彼女から、この改変世界は失敗だと宣言された。そんなはずはない。まどかが、自分を犠牲にして創り上げた世界は尊いもので、それを守ることがほむらの存在意義そのものになっていた。しかし、まどかは、インキュベーターの抹殺こそが、ほむらの存在意義だと言っていた

 

(この織莉子戦がタイムリミットなのはなぜなの?)

 

 百歩譲って、インキュベーター支配からの解放が最終目的だとしよう。では、なぜ、巴マミや美樹さやか、佐倉杏子が犠牲にならねばならないのか? なぜ、美国織莉子との戦いがインキュベーター抹殺と関係があるのか? それがほむらには分からなかった。

 

 ほむらは盾を触る。まどかは、『時間を巻き戻すことはできない』と言っていた。

 

(また……一人になったのね)

 

 改変後の世界で、ほむらのよき理解者であった巴マミ。この時期特有の悩みを抱えていた美樹さやかも、同級生として、友人として、ほむらを迎えてくれた。考え方は異なるが、佐倉杏子とも良い信頼関係も築けていた。だが、彼女たちはもういない。たとえ、織莉子戦に勝利しても、これからは一人で戦い続けなければならないのだ。

 

(そんなのは……慣れているはずよ)

 

 ほむらは、弱気になっている自分を恥じた。そうだ、これまでも自分は一人で戦ってきた。感傷的になっている暇はない。まどかがそうしろと言うのなら、そうすべきだ。“悪魔”と呼ばれたってかまわない。美国織莉子を倒し、この世界の秩序を再構築することが、現状の最優先事項だ。

 

 ほむらは、軽く助走して、抜け落ちた階段ホールを飛び越え、崩れかけの壁面に足を掛けて再度ジャンプする。織莉子がいるはずの五階の床面に着地し、身を低くして警戒する。

 

(……)

 

 天井が抜け落ち、仲間たちとよく行った屋上が見えている。天井の残骸と(おぼ)しき瓦礫が散乱し、まともには通路を進めない。そして、予想通りと言うべきか、あちこちにデジタル時計が置かれていた。その数は100個以上ありそうだ。

 

 ほむらは、盾から拳銃を取りだした。準備期間が短すぎたので、グロック2丁と予備弾倉を6本、それに手榴弾を4個しか用意できなかった。せめてグレネード等の範囲攻撃が可能な武器があれば、もっと楽になったはずだが、とにかく時間がないので、前に進むことにした。

 

 一つ目の部屋。ここは視聴覚室であった場所だ。大きなモニターやスピーカーが落下して、ただの金属ゴミになっていた。机や椅子も、めちゃくちゃで、何かを学ぶ場所とは思えない有様だ。

 

(……意外とオーソドックスね)

 

 おそらく、美国織莉子は、最も奥にある化学室にいるのだろう。そこまでの部屋を警戒させて時間を稼ぐ。織莉子の立場ならば、スタンダードな戦法と言えた。

 

(!)

 

 その予測が、ほむらの警戒心を緩めていた。視聴覚室を出た途端に、織莉子の“オラクルレイ”の一つが高速でほむらに向かってきた。

 

(これで、残り一つ)

 

 ほむらは、盾を回転させて時を止めて“オラクルレイ”に向けて弾丸を発射した。これで、織莉子の使える“オラクルレイ”は一つしかなくなる。しかし、その思惑は完全に外れた。

 

 時は止まっていなかった。

 

 織莉子の“オラクルレイ”は、ほむらが発射した弾丸を避けた。そして、複雑な軌道を描き、ほむらの右脇腹に命中した。

 

(……肋骨(ろっこつ)が)

 

 その質量攻撃により、肋骨が折れたのが分かった。幸い、肺には異常はなさそうだが、身動きが取れなくなったのは確かだ。

 

(次の攻撃が来る……)

 

 ほむらは、うずくまりながらも拳銃を構え、“オラクルレイ”の行方(ゆくえ)を確認する。それは、ほむらから遠ざかり、通路の奥に向かっていた。

 

(美国……織莉子)

 

 目が痛くなるような真っ白な装束に身を包んだ美国織莉子が、遠くからこちらに向かって歩いてくる。“オラクルレイ”は彼女の脇で浮遊し、次の攻撃命令を待っていた。

 

 ほむらは、再度盾を回し、時間停止を試みる。

 

(時間は止まっている……でも、彼女には効果がない)

 

 織莉子に向けて銃弾を連射する。彼女は、それを難なく(かわ)し、あいかわらずゆっくりとした歩調で接近してくる。

 

(オラクルレイの破片……それしか考えられない)

 

 二階で破壊した二球の“オラクルレイ”の破片、あるいは粉末が自分の体に付着し、時間停止を無効化している。“オラクルレイ”は織莉子の体の延長であり、現状、ほむらと織莉子は繋がっていることになる。

 

 ほむらは、手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いた。それと同時に、美国織莉子から2撃目が放たれた。ほむらは、手榴弾を屋上に向けて投擲(とうてき)した。そして、拳銃を構えて“オラクルレイ”に弾を発射した。どうせ、予知されているので当たりはしない。しかし、軌道は変えられる。なんとか致命傷は回避しなければならない。

 

(!!)

 

 美国織莉子の2撃目はソウルジェムを狙ってきていた。無論、それは予測できたので、盾を利用して、それを防いだ。とはいえ、その強烈な質量攻撃により、ほむらは吹き飛ばされ、視聴覚室の壁に激突した。倒れながらも、ほむらは、織莉子から目を離さなかった。

 

 美国織莉子は無表情で、完全なる殺意を持って接近してきていた。手を小さく上げて、二球目の“オラクルレイ”を出現させた。二つ同時ならば躱すことは不可能だ。

 

 絶体絶命の危機ではあったが、ほむらも無策ではなかった。投擲済みの手榴弾が爆発した。ほむらが狙ったのは屋上にある貯水タンクだった。それが破壊され、五階に大量の水が押し寄せた。ほむらは、それに飲み込まれ、階段ホールに流され落下した。三階の床からはみ出していた鉄筋につかまり、強水圧のシャワーを浴び続けた。やがて、貯水タンクの水が枯渇し、ほむらのシャワータイムは終了した。反動をつけて三階によじ登った。体中から水が滴り落ちており、長い髪でほむらの視界は塞がれていた。それを手でかき上げ、階段ホールを見上げる。

 

(美国織莉子……どこまで予知している?)

 

 これで時間停止は可能になるはずだが、懸念点もある。それは、美国織莉子がこれも予知していた可能性があるからだ。まあいい。何しろ時間がない。それは直に対峙して確かめよう。

 

 ほむらは、決着をつけるべく、五階まで跳躍した。

 




次話:対価(4)
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