魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第三十八話 対価(5)

 見滝原中学校

  美国織莉子

 

 時間にしてみれば2秒にも満たないであろうか? 美国織莉子は経験のないほどの葛藤(かっとう)に苦しんでいた。自分の周りを旋回している“オラクルレイ”を、暁美ほむらの左手にあるソウルジェムに叩き付けることが最終目的であったはずだ。織莉子の願いの“自分の生きる意味”とは、世界を破滅させる“悪魔”を倒すことだからだ。その信念に同調し、呉キリカ、浅古小巻、優木沙々は戦い、散っていった。だから決して迷ってはならない。

 

(まどか……なぜ、あなたは答えなかったの?)

 

 躊躇(ちゅちょ)しているのは、織莉子が予知できなかった“かなめまどか”との出会いがあった。彼女は、暁美ほむらがインキュベーターの殲滅の切り札だと言っていた。ほむらが死んだら次の機会は何百年何千年と待たなければならないとも言っていた。だから織莉子は、自分が暁美ほむらを殺しても良いかと、まどかにたずねた。しかし、彼女は微笑みと沈黙で答えた。

 

(なぜ……あなたは抵抗しないの?)

 

 織莉子に組み敷かれているほむらは、死を受け入れているようであった。彼女にとって“かなめまどか”こそが“自分の生きる意味”なのだろう。

 

 ほむらと目が合った。殺すなら早く殺せと言わんばかりの生気のない目だ。そうするべきであり、それが正しいことなのは間違いない。しかし、織莉子は、その選択は違う意味での暗黒をもたらすかもと考えてしまった。“かなめまどか”の言う『インキュベーターの支配』の継続だ。

 

(キリカ……小巻さん……沙々……あなたたちは、私を許してくれる?)

 

 “自分の生きる意味”。それはとっくに見つけていた。美国織莉子の生きる意味とは、信頼できる仲間を見つけることだった。代議士の娘として生まれ、その期待に応えるように振る舞い、演じてきた。そのため、織莉子の周囲には大人、同世代を問わず、損得勘定(そんとくかんじょう)を伴う人間ばかり集まっていた。白羽女学院でも“良家組”のトップとして生徒会長にまでなった。ところが、汚職疑惑で父親が自殺すると、織莉子にも白い目が向けられ、自分を慕っていた人々が手のひら返しをしていった。

 

「暁美ほむら……もう終わりにしましょう」

 

 ほむらが、光の無い目で、一度(まばた)きした。『お前の提案を受け入れる』という意思表示かもれない。だが、自分は“悪魔”の望むべきことを提供できるほどお人好しではない。

 

 織莉子は、周囲を旋回している二つの“オラクルレイ”を加速させた。残っているすべての魔力を注入された“オラクルレイ”は超高速になり、白色の光輪に変化した。そして、その天使の輪が変形し、“オラクルレイ”は、織莉子の胸にあるソウルジェムに次々と突入し、破壊した。

 

(驚いているわね……いい気味だわ)

 

 暁美ほむらが驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている。それを見られたことを、この戦いで得た対価としよう。

 

急速に意識が遠のいていった。織莉子は身体に力が入らなくなり、その場に倒れ伏した。

 

「美国織莉子……教えて、まどかは、本当に私を殺せと命じたの?」

 

 もう何も見えていない。しかし、声だけは聞こえた。ほむらが質問しているようだ。なるほど、それはそうだろう、彼女のアイデンティティにかかわる問いかけだ。だから正直に答える必要がある。

 

「かなめまどかは……」

 

 そこまでだった。それに続く『そんなことは言っていない』を言うことができなかった。せめてもの(つぐな)いに、美国織莉子は、“悪魔”に対して慈悲の笑顔を贈ることにした。最も、暁美ほむらが、それを額面通り受け取るかは不明だが。

 

 

 

 美国織莉子の意識は、あのビルの屋上に飛んでいた。すでに暗黒の拡張が始まっていた。呉キリカ、浅古小巻、浅古小糸が、その方向を見つめている。

 

 織莉子は、そのヴィジョンがこれまでとは違うことに気が付いた。予知夢でのヴィジョンでは不鮮明だったものが、まるで現実の映像のように鮮明に見えていた。

 

 一番前方にいたキリカが振り返る。これまで表情が分からなかったが、今回ははっきり見える。キリカは微笑んでいた。(あきら)めともとれる笑顔だが、後悔している様子はなかった。

 

「オリコ……だめだ、止められなかった」

 

 その左側にいた浅古姉妹の小巻も眉を下げてキリカに同意した。

 

「美国、あれは防ぎきれない。私たちは負けたんだよ」

「お姉ちゃん……」

 

 予知夢ではおびえているように見えた小糸だが、そうではなかった。小糸は、姉の言い過ぎを(いさ)めているようだ。

 

 三人が織莉子を囲むように集まってきた。

 

 キリカが両手を織莉子の肩に乗せる。

 

「精一杯やったよね……オリコ」

 

 小巻も、キリカの左手の上に手を重ねる。

 

「キリカの言ったとおりだ。これでいいんだよ」

 

 背の低い小糸は織莉子の左腕を抱きしめた。

 

「そうだね、織莉子さんは頑張ったから」

 

 予知夢ではここで目が覚めてしまう。しかし、今は、その続きが可能だ。

 

「ごめんなさい! 私は……みんなの期待を裏切ってしまった」

 

 それは心からの謝罪だった。“悪魔”を殺せる最大のチャンスを逃し、自殺の道を選んでしまった。決して「精一杯」やってもいないし、「頑張って」もいない。だからこそ絶叫した。許してくれなどとは思わない。軽蔑(けいべつ)罵倒(ばとう)されるのが当然だ。だが、仲間たちはそうはしなかった。なぜだろう。なぜ、彼女たちは自分を許すのか? それが、織莉子には分からなかった。

 

 呉キリカが織莉子を抱きしめる。大柄な浅古小巻は、妹の浅古小糸とキリカを包み込むように手を回した。

 

「オリコの“生きる意味”はね……ボクたちの“生きる意味”でもあったんだよ」

 

 そのキリカの言葉で、織莉子の涙腺は崩壊した。

 

「私の“生きる意味”は……みんなと出会うことだったの」

 

 小巻の手に力が入った。妹の小糸も織莉子の腕を強く抱きしめている。

 

「そうさ……私も、キリカも、小糸も……優木だってそうだよ」

 

 美国織莉子の願いは成就(じょうじゅ)された。“自分の生きる意味”をはっきりと確信した。それが、死をもって終わることになろうとも、織莉子は永遠の幸福を手に入れた。

 

 それを打ち消すように、“悪魔”の発生させた暗黒が、織莉子たちを消滅させた。

 

 

 

 生きているのか死んでいるのかが分からない状態が続いていた。今度、織莉子が導かれたのは、純白の空間だった。立っているのが浮いているのかが不明になるほど白い空間だった。織莉子は新品のような魔法装束に身を包み、ソウルジェムも曇り一つない真珠色に輝いていた。

 見覚えのある場所だった。ここは、円環の理だ。

 

「まどか! いるの」

「織莉子ちゃん、ここだよ」

 

 天使のようにまどかは浮遊していた。彼女の微笑みが、織莉子の心を落ち着かせた。

 

(やはり、自分は死んだのね。さっきのも……きっと幻想よね)

 

 そんな都合の良い話は無いなと思った。呉キリカも、浅古小巻も、優木沙々も、自分を許すはずがない。そして、それは受け入れなければならないことだ。

 

「まどか……これで良かったの?」

 

 まどかは、その質問には答えなかった。その代わり、ゆっくり右手を上げて、遠くを指さした。

 

「幻想じゃないよ。みんな、織莉子ちゃんを待っているよ」

 

 織莉子は振り返り、まどかの指さす方向を見た。そこには三人の人影が立っていた。

 

「……あれは?」

「行ってあげて」

 

 まどかに優しく背中を押された。それに従い、織莉子は人影に向かって歩き出した。

 

 三人が織莉子を見つけて手を振っている。手前の背の大きい少女は浅古小巻だった。真ん中のショートカットの少女は呉キリカ、その隣の特徴的な髪型の少女は優木沙々だ。なんと、彼女の目は、何事もなかったかのように普通に戻っていた。全員魔法少女の装束ではなく、白羽女学院の制服を着ていた。気が付けば、いつの間にか、織莉子も制服になっていた。

 

織莉子は戸惑いながら近づく。笑顔で迎えているようにも見えるが、自分は彼女たちに背信したのだ。仲間に加わる資格がなかった。

 

「オリコ! ここだよ!」

 

 今朝聞いたばかりのキリカの声だが、何年かぶりに聞いたようにも思える。

 

「美国! 早くきなよ」

 

 いつもの小巻の半ギレ声だ。なぜかとてつもなく懐かしく感じた。

 

「織莉子さん! また一緒ですよう!」

 

 沙々の励ます声に、織莉子の歩調が速くなった。そして、織莉子は駆け出していた。

 

「キリカ! 小巻さん! 沙々!」

 

 その叫びに、三人も走り出した。

 

(ここが……私の帰るべき場所。いいのよね? こんなに幸せでいいのよね?)

 

 織莉子は、三人に受け入れられた。溶けるような幸福感が織莉子を包んでいた。そうだ、願いを叶えられた者には幸福という褒美(ほうび)が与えられる。それが、神からでも“かなめまどか”からでも、織莉子にとってはどうでもよかった。なぜならば、それこそが、織莉子の“生きる意味”だったからだ。

 




次話:最終回 閉鎖
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