魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第四話 【暁美ほむら】(3)

美樹さやか救出後 16:30

 

 

「さやか、変身できる?」

「どうして? もう出口が見えてるじゃない?」

 

 優木沙々の造り出した異空間の出口が通常空間(ビジネス街路地裏)として見えていた。残り30mほどだ。美樹さやかが懸念するように、過剰な警戒かもしれないが、暁美ほむらには、このまま脱出できるとは思えなかった。

 

「巴さんに無事を連絡してほしい。約束どおり浅古小糸が通信妨害を停止しているのならできるはずよ」

「そんなのは変身しなくてもできるよね」

「念のためよ」

「疑り深いなあ……まあ、今回は助けてもらったし、言うことを聞くよ、転校生」

 

 さやかが水色のコスチュームに身を包んだ。これで、ここにいるさやかは本人に間違いはない。ただ、佐倉杏子と同じく彼女のソウルジェムの色に違和感を覚えた。

 

「織莉子さんに浄化してもらった」

 

 こちらから聞くまでもなく、さやかが穢れのないソウルジェムの説明をしてくれた。この時期の美樹さやかは、必ずと言ってもよいほどに固有の悩みを抱えている。上条恭介と志筑仁美に関する問題だ。そして、多くの場合は自滅的な最期が待っていた。

 

「巴さんとの連絡をお願い。私は浅古姉妹を見張っているから」

「……分かった」

 

 今、さやかを刺激してはならない。おそらくは美国織莉子に折伏(しゃくぶく)されたか、沙々に洗脳されたかだろうが、ひとまずそれは無視して、ここからの脱出を優先する。

 

 さやかと表裏でじわじわと出口を目指す。それにしても分からないのは、浅古小巻と優木沙々に動きがないことだ。

 

(まさか、本当に脱出させるつもり?)

 

 小巻はドームを維持したままだった。それは攻撃の意思がないことを示していた。だが、油断は禁物だ。沙々の操る魔獣は、小巻のディフェンスドームとは無関係かもしれない。

 

「ほむら……どうしてあんたは織莉子さんを目の敵にするの?」

 

 さやかが出口目前で歩行速度を緩める。どうやら、美国織莉子のカリスマに魅了されているようだ。言葉を選んで慎重に答える必要がある。

 

「……彼女は危険な存在になのよ」

「私はそうは思わない。あの人は守りたいだけなんだよ」

「守る? 彼女が守りたいものは何?」

「仲間だよ」

「……」

 

 それは的外れな答えではなかった。過去において、美国織莉子は、鹿目まどかの魔女化によって滅ぼされる世界を救おうとしていた。それを“仲間を守る”に言い換えたとしても、本質的な部分は変わりない。

 

「そうかもしれない。でもね、彼女はそのためには手段を問わない。だから危険なのよ」

「ほむら……」

 

 さやかが立ち止まって振り返る。その表情は明らかに混乱していた。なにを信じてよいか分からない。そんな心情が浮かんでいた。

 

「あんたは……織莉子さんが予知した“悪魔”なの?」

「悪魔?」

「そうだよ。織莉子さんはそう呼んでいた」

「その答えは……ここを出てからよ」

 

 わずかの沈黙の後、さやかは異空間から抜け出し、ほむらも後に続いた。

 振り返ると、異空間の入り口は完全に閉じてはおらず、相変わらず強い瘴気が漏れ出している。沙々の提案どおり、織莉子に近づく場合はこのルートを通過するしかなさそうだ。

 

「ほむら、さっきの答えは?」

「……」

 

 声に緊張感があった。返答次第では戦闘に発展するかもしれない。かといって、さやかに嘘を言うわけにもいかない。どのように説明したらよいか悩んでいたほむらに、タイミングよく助け舟が現れた。

 

「さやかー!」

 

 佐倉杏子と巴マミが駆け寄ってくる。美樹さやかの肩の力が抜けて、小さな溜息をついた。そして変身を解除する。これで少しは時間を稼げる。

 ほむらも変身を解いて、四人共普通の少女に戻った。

 

「杏子、マミさん。心配かけてごめんなさい」

「本当に……心配したんだからな」

「……」

「その……だから、悪かったよ」

「なにが?」

「だから……坊やのことで口出ししてさ」

 

 美樹さやかが当惑した顔でほむらを見ている。『これってどういうこと?』とでも言いたそうだ。

 

「杏子も色々あったから」

「そうなんだ」

 

 さやかは、すっかり角が取れてギスギスした感じがなくなっていた。これは良くない傾向だ。獅子身中の虫にならねば良いが。

 

「杏子、大丈夫だったの? 一人で異空間に入ったりして。私が追いかけた時もういなかった。まさか魔獣にやられちゃったんじゃないでしょうね?」

「……さやか、なにを言ってるんだ?」

「え? まあ、私もすぐに浅古姉妹に捕まってしまったから、大きなことは言えないけどね」

「ふざけるな! 私はさやかの――」

「――待って! 話が噛み合わないわ。いま議論してもしかたがない。明日、私の家で話し合いましょう。とりあえず美樹さんは家に帰って。一日も空けたのだから両親も心配していると思うの」

 

 巴マミの仲裁にさやかが慌てている。

 

「そうだ……なんていいわけしよう。まさか警察に……」

「警察沙汰にはなっていない。私が巴さんの家に泊まっていると親御さんの記憶を改ざんしたから」

「……そうか。あんたには結構面倒かけてるんだね。いいよ、さっきの答えは明日まで待つことにするよ」

「ええ」

 

 さやかが笑顔で頷いた。そして杏子に向き直り、彼女の手を握った。

 

「私こそごめん。あんなにムキなったりして」

「いや……まあ、無事でよかった」

「そういうところ、嫌いじゃないよ」

「うん、ゆっくり休めよ」

 

 杏子とマミは一応笑顔ではあるが、少しぎこちなかった。さやかのサバサバとした感じに驚いている様子だ。

 

「それじゃあまた明日」

 

 と言って、さやかが走り去る。10秒ほどで路地裏から抜けて、彼女の姿は見えなくなった。

 

「美樹さんは……大丈夫なの?」

 

 さやかの不安定さを知っているマミは、その質問の機会をうかがっていたのだろう。あのさやかを見たら、その質問はしたくなるものだ。

 

「美国織莉子とはそれほどのものなのよ。心の弱みにつけこむのがうまいの。多分、さやかは彼女に魅了されていると思う」

「こちらを分裂させるつもりかしら?」

「それは分からないわ。私も無事にあそこから出られたのが信じられないもの」

「一筋縄ではいかない相手のようね」

「二人とも用心してほしい。織莉子の予知能力はとても厄介なのよ」

「とりあえず、明日私の家に集まって戦略を練りましょう」

「ええ」

 

 中学生がたむろしているような場所ではないので、三人はメインストリートまで移動した。

 

「ほむら、さやかはどこにいたんだ?」

 

 杏子が歩きながら質問する。さやかとの話の食い違いが気になっているらしい。

 

「浅古姉妹に物理的にも精神的にも封鎖されていた。脱出は不可能だったと思う」

「さっき、さやかが変なことを言ってたよな? 私を追いかけたとかさ」

「……本当に変よね。あなたが追いかけたのでしょう?」

「そうだな……なにかがおかしい。あんたに分るかい?」

「いいえ。でも、考えてみる。明日まで時間をちょうだい」

 

 考え込んでいる杏子を見て、ほむらは大事なことを思い出した。これは、すぐに伝えなければならない。

 

「杏子……良くないニュースがあるのだけど」

「良くない? 言ってみなよ」

「優木沙々が生きているわ」

「……そんなはずはない」

 

 ここまで狼狽える杏子を見るのは初めてだった。怒りよりも焦りが彼女を支配していた。

 

「優木沙々って……前に佐倉さんが言っていた魔法少女?」

「ああ……あいつのソウルジェムは私が砕いた」

 

 マミが杏子と沙々の件を知っていることは意外だったが、この世界ではそれなりの信頼関係にあるらしいので杏子が話したのかもしれない。

 

「優木沙々はもうひとつの魔法少女の行く末なのかも」

「暁美さん……それ、どういう意味?」

「円環の理を拒否した魔法少女……そう考えるしかないわ」

「ほむら、回りくどい言い方は嫌いだ。はっきり言えよ」

「優木沙々は魔獣と融合した魔法少女……だから、ソウルジェムを砕かれても生きている」

「……」

 

 マミと杏子が青くなって立ち止まる。通りのど真ん中で通行人の迷惑になっていた。ほむらは、二人を車道側に誘導する。

 

「沙々は織莉子側よ、私たちが織莉子に近づこうとしたら、一般人を殺害すると警告されたわ」

「相変わらずのドクズだな……」

「でも、それじゃあ、私たちは美国さんに手出しできないということ?」

「さっきの異空間は彼女が造ったものよ。美国織莉子に近づくにはあそこを通るしかない」

「わかった。私がもう一度殺してやる」

 

 殺意をむき出しにして杏子が来た道を戻ろうとした。

 

「佐倉さん!」

 

 巴マミが杏子の右腕をがっしり掴んでいる。絶対に離さないという意思が見えた。

 

「離せ! マミ。あいつはリナを殺した。だから、報いは受けてもらう」

 

 杏子が言った『リナ』とは人見リナのことだ。風見野をテリトリーにしていた魔法少女で、その誠実さに杏子は共感していたのだろう。

 しかし、と、ほむらは思う。

 

(人見リナは魔女化によって自滅したはず……この世界では、優木沙々に殺されたことになっているの?)

 

 リナが沙々を追って見滝原にきたのは、ほむらの記憶とも一致している。だが、仲間を沙々と呉キリカに殺されたことによる絶望で、彼女は魔女化したはずだ。

 

「なにもわからない状態で闘うつもり? あなた、少し頭を冷やしなさい」

「また説教かよ。私は、もうあんたの弟子じゃないんだからな」

「そうよ、自立している佐倉杏子なら、闘いのTPOは理解しているはずよ」

「……ちっ、分かったから離せよ」

「嘘じゃないわね?」

「マミ……あんたは、昔とちっとも変わらないな」

「誉め言葉として受け取って良いのかしら?」

「そんなわけあるか。バカにしてんだよ」

「ふふふ」

 

 よく分からない茶番劇に見えたが、少なくとも杏子の冷静さは取り戻せたようだ。

 

「二人とも、くれぐれも冷静にね。まだ分からないことだらけだから」

「美国さんはなにをしようとしているのかしら」

「巴さん……それならばはっきりしているわよ」

「……」

 

 マミや杏子を巻き込んでも良いものだろうか? ほむらはそう考える。もしも、織莉子の目的がさやかの言ったとおりならば、自分一人で闘うことも視野に入れなければならない。だが、織莉子の仲間は非常に強力だ。ほむらだけでは手にあまる。最強魔法少女であるマミと杏子が仲間になってくれるのなら、対等に闘うことが可能だ。

 

(そうね、真実を話すべきだわ……拒絶されるのなら、それもしかたがない)

 

 マミと杏子が無言で答えを待っている。ほむらは軽く深呼吸をした。そして、冷静かつ淡白に、美国織莉子の最終目的を告げた。

 

「美国織莉子の目的は、私を殺すことよ」

 




次話:【暁美ほむら】(4)
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