魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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最終回 閉鎖

 見滝原中学校

  暁美ほむら

 

 ほんの数秒前までは、動いてもいたし、話してもいた。それが、突如、全く動かなくなってしまう。そして、その者は、どんなに願っても、再び動き出すことは絶対にない。暁美ほむらは、その瞬間が大嫌いだった。浅古小糸には、『もう慣れた』と強がっては見たが、決して慣れることはできない。

 

 崩壊状態の見滝原中学校での戦いは終了していた。自殺した美国織莉子は、微笑みながら目を開けて横たわっていた。ほむらは、手をかざして彼女の目を閉じさせた。映画などでは簡単に閉じるように描写されているが、実際はある程度力を加えなければならない。

織莉子は、ほむらの質問に答えようとして事切れたようだ。口に浮かべた微笑みがどのような意味を持つのかは、永遠に解らなくなった。

 

「あなたは……なにを伝えようとしたの?」

 

 答えが得られるはずのない織莉子への質問。まったくもって無意味だ。しかし、ほむらにしてみれば、その答えは、是が非でも知りたいことだった。自分は、鹿目まどかが創り上げたこの世界を守るためにこれまで戦ってきた。そのまどかが、自分の殺害を織莉子に命じるはずがなかった。

 

 やるせない思いでいっぱいになったほむらは、この場を立ち去ることにした。結界内で死んだ魔法少女は、永久に行方知れずとなってしまう。だから、織莉子や呉キリカだけではなく、巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかも、現実世界では行方不明者として扱われる。その真実を知るものは、自分と浅古小糸しかいない。

 

(浅古小糸……)

 

 そう言えば、小糸の負傷もそろそろ回復する頃合(ころあ)いだ。今、彼女とは会いたくはない。ほむらは、そう考えて、変身を解こうとした。

 

「ほむらちゃん」

 

 圧倒的に違和感を覚えた。鹿目まどかが、見滝原中学校の制服を着て5mほど先に立っていた。髪を“あのリボン”でツインテールにまとめていた。

 

「どういうつもり?」

 

 ほむらは、腹立たし気にまどかに言った。いや、こいつはまどかではない。“あのリボン”は自分がつけている。

 

「私だよ、まどかだよ」

 

 盾の中から予備の拳銃を取り出し、銃口を偽物の“まどか”に向けた。

 

「浅古小糸……それ以上ふざけると、私は手加減しない」

「あなたに……鹿目まどかを殺せるわけがない」

「あなたは浅古小糸よ!」

「それならば早く撃ちなさい」

 

 おそらく自分の脳内からイメージを抜きとったのだろう。“まどか”の表情は、ほむらの記憶にあるものと寸分の違いもなかった。ほむらのイラ立ちはピークに達していた。まどかの姿を模してほむらを挑発する小糸には怒りしか感じない。なのに、彼女が言い放ったように、拳銃の引き金を引くことができなかった。

 

 銃口が震え、歯がすり減るほど噛みしめても、対象がまどかだと、なにもできなかった。そこで、ほむらは、小糸の記憶層に侵入し、まどかの記憶を消し去ろうと試みた。

 

(完全にブロックされている……この子は……もう手が付けられない)

 

 戦闘だけならば巴マミは最強と言えた。また、予知能力を持つ美国織莉子は戦略戦術では最強だろう。だが、直に対峙して戦うとなれば、相手の意思、感情を読み取り、幻影を操る浅古小糸こそが最強だ。もう、自分は時を止めることはできない。小糸に向けている拳銃も発射できないただの脅しだ。小糸ならば、そんことはお見通しだ。

 

「わたしは……後悔している。さっき、あなたを殺さなかったことをね」

 

 手詰まりになったほむらに、“まどか”が責めるような表情で畳み掛ける。

 

「なぜマミさんやさやかちゃん、杏子ちゃんは死ななきゃならなかったの?」

「……」

 

やめろ。その顔、話し方。それはまどかそのものだ。ほむらは、拳銃を落とし、後ずさりした。

 

「美国織莉子との戦いは……避けられなかった」

「どうして? ほむらちゃんが生き延びるため?」

「ちがう! 自分のためじゃない! 私は……この世界を守りたかった」

 

 結界内が変化していった。時空振動によって破壊された見滝原中学校は消滅し、まるで世界滅亡後のような徹底的に破壊された空間が出現した。見覚えがある。これは“ワルプルギスの夜”に破壊された見滝原だ。何度もまどかの死を見届けた場所だ。

 

「あなたの盾は、虚無が封印されている……それは完全なる無であり、無限の闇」

「どういうこと?」

「この結界は、盾の封印が解除され具現化したもの。見なさい、この荒野に何の意味があるというの?」

「これは原点よ! 始まりでもあり終焉でもある! 私は……」

 

 言葉に詰まるほむらの前で、“まどか”が両手を広げた。そして、その手をゆっくりと顔の前に移動していく。まるでなにかを圧縮するように。

 

「違うわ、これは、あなたの殻よ……私は、あなたを、その殻の中に閉鎖する」

「殻……?」

「暁美ほむら……無限地獄で苦しむがいい」

 

 ほむらが最後に見たものは、顔の前で手を組む“まどか”の姿だった。

 

 

 暁美ほむら結界内

 浅古小糸

 

 廃墟となった都市をイメージさせる結界。閉鎖されてもなお、暁美ほむらの結界は存続しつづけていた。浅古小糸は、瓦礫(がれき)の上にとまる小鳥のように立っていた。その隣には、まとわりつく猫のようなキュウべえもいた。

 

「凄まじい魔力だね」

「でも、この結界には穴がいくつもある。あなたたちなら観察できるでしょ」

 

 小糸はキュウべえを見ずに、やや右下方に目を向けた。そこには、大きな石のベッドの上に、あお向けて寝ている暁美ほむらがいた。

 

「小糸、君には感謝しているよ。これで円環の理の謎が解けそうだよ」

「約束は守りなさいよ」

 

 小糸がキュウべえと交わした密約。それは、自身の願いと密接に結びついていた。『すべてを知ること』それが、小糸の願いだった。だから、自分はすべてを知らなければならない。キュウべえにはそれを保障してもらう。たとえ歳をとっても、小糸は生き続けて、なにが起きたかを見届ける。

 

「君の『すべて』とは、小巻や織莉子に関することだと思っていたよ。でも、こんなに範囲が広いとはね」

 

 実際はそうではなかった。小糸が望む『すべて』とは、美国織莉子が予知したもう一つの終末。暁美ほむらが発生させた闇が全世界を覆いつくす未来が現実化するかどうかを見届けることだった。それがいつになるかの手がかりないのでキュウべえと取引をしたのだ。

 

「むだ話は止めにしてくれる? それに、お姉ちゃんや織莉子さんの話はこれっきりにして頂戴(ちょうだい)

「どうしてだい? 小巻たちの存在意義を知る人間は、君しかいないよ」

「その存在意義はだれにも話すことはできない。それにね……」

「……」

「私は、もう、人間ではないから」

 

 これ以上この害獣を見ていると殺意を抑えられなくなる。小糸は、鳥のように両手を広げて、瓦礫の上から飛び降りた。ほむらに撃たれた傷は完全に治っておらず、着地時に相当な痛みを感じた。

 小糸は、ほむらに近づき、彼女のソウルジェムを確認した。ほぼ黒と言ってよかった。(けが)れが極限まで溜まっていた。だが、ほむらは死んではいない。自分が閉鎖しているだけだ。

 

(あなたは……悪魔なの? それとも、救世主なの?)

 

 小糸は織莉子に心酔していた。その喪失感の埋め合わせを、苦労して倒したほむらに求めてしまっている。この場に留まってはいけない。この戦いの幕を下ろさねばならない。

 

「あとは、あんたに任せるわ」

「小糸」

 

 背を向けた小糸を、キュウべえが呼び止める。

 

「マミもほむらも、織莉子もいなくなった。君は最強の魔法少女になったんだよ」

「だからなに」

「これからどうするつもりだい?」

「……日々を生きるわ」

 

 美国織莉子、浅古小巻、呉キリカ、優木沙々。彼女たちは、年間少なからず発生する行方不明者として、いずれは忘れ去られてしまう。しかし、自分が生きている限り、彼女たちの誇り高き精神は生き続ける。だから、自分はその想いとともに、日々を生き続ける。

 

 奇妙そうな目で、キュウべえが見ている。お前たちに何が分かるというのだ。お前たちなど――暁美ほむらに滅ぼされたらいい。

 

 

 某所

 

 そこは、立体的にも平面にも見える白い空間だった。そこに四人の少女が立っていた。彼女たちは、やや下方をじっと見ていた。

 

「まどか……あんた、これを予測していたの?」

 

 左から数えて3番目の少女は、青い衣服を着ていた。その少女が「まどか」と呼んだ2番目の白いドレスのような衣服を着た少女が答える。

 

「予測じゃないよ。これは、織莉子ちゃんが予知したんだよ」

「あんたはそれを信じたのか? 無茶するよな」

 

 右端にいる赤い衣服を着た少女が言った。その口の悪さに、青い少女が肘でつついている。

 

「織莉子ちゃんの予知は外れたことがないから」

 

 しばしの沈黙。

 

「これからどうするの?」

 

 右端の黄色い衣服を着た少女が言った。彼女は左肩にぬいぐるみのような生き物をのせていた。

 

「ほむらちゃんを助けに行かなかきゃ」

 

 まどかが下を向いたまま答えた。ほかの三人もそのまま小さくうなずいた。

 

「みんなの記憶を消さなきゃいけないけど……協力してくれる?」

 

 奇妙な動作があった。黄色い少女の肩に乗っているぬいぐるみと、青い少女が、ちらりとまどかを見ていた。そして、目を下方に戻し、まどかの質問に答えた。

 

「いいよ」

 

赤い少女も返答する。

 

「ああ……今度こそ、だよな」

 

 黄色い少女がぬいぐるみを触りながら言った。

 

「暁美さんを、救いましょう」

 

 四人の意見は一致していた。あとは、そのタイミングを見定めるだけだった。

 

 




断続的ではありますが、およそ二年半で完結することができました。辛抱強く読んで下さった皆様には本当に感謝しております。数あるまどかスピンオフ作品のなかでオリコ編が最も好きでした。ただ、原作のように、織莉子、キリカの狂気を書くことは、自分には不可能でした。とはいえ、叛逆の物語までの“間”埋める話の一つとして完結できたことを喜んでいます。
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