美樹さやか失踪事件翌日 16:00
暁美ほむらは気が重かった。これから巴マミの家に行き、今後の対策を話し合うのだ。そこで、なぜ美国織莉子が自分を殺害しようとしているのか? あるいは、なぜ自分が悪魔と呼ばれているのかを説明しなければならない。はっきり言えば、ほむらにもそれは分からない。しかし、それを推理できるのもほむらだけだった。
(あの盾がどこかにあると言うの……)
最も深い謎がそれであった。あの盾の役割は終了していた。特定の時間軸の砂時計と一体化しており、砂の流れを止めたり巻き戻したりすることで時間操作が可能だった。すべては鹿目まどかを救うための機能で、その目的が失われた今、たとえあったところで無用の長物にしかならない。
(私が悪魔? なぜ私は世界を滅ぼすの?)
織莉子の予知能力は結果を観るという意味では正確そのものだった。かつて織莉子は世界を破滅させる魔女化したまどかの存在を予知した。ほむら自身も魔女化したまどかが世界を壊滅させたのを何度も見たことがあった。しかし、魔女システムが排除されたこの世界では同様なイベントは発生しえない。
だが、昨日からの異常な現象が、ほむらを不安にさせていた。
(タイミングが合い過ぎる……杏子がまどかに会い、魔獣と合体した沙々の存在……だれかがこの世界を変えようとしている)
それは許されない行為だ。まどかが身を挺して再構築したこの世界の秩序を守ること。それは、ほむらが決めた自らの存在意義だ。そう考えなければ、自分がなぜこの世界にいて、なんのために魔獣と闘っているのかの説明がつかない。
(でも……私が死んだらどうなるの?)
永遠とも思える時間軸の中で、ほむらが魔法少女でいられるのは一瞬でしかない。おそらく自分は長生きできないだろう。だとするならば、限られた時間のなかでなにができるかを仮想するのは正しいことだ。それを悪魔的思想と考えるのなら、織莉子の予知も正しいことになる。
(私は、この世界ではイレギュラーな存在。悪魔的な発想だって除外しない)
――背後から強烈な殺意を感じた。遠くもなく近くもない絶妙な距離感でほむらの後をつけてくる。
(知っている感覚……呉キリカね)
呉キリカのものと思われる殺意が接近してくる。ほむらは振り返り、視覚映像として呉キリカを確認した。
「なにしにきたの?」
キリカは立ち止まった。5mほどであろうか、キリカの得物(かぎ状の爪)の間合いに入る前に止められたのは幸運だった。
「糸巻とささささが悪魔の顔を見たっていうし、織莉子は予知で悪魔の顔を知ってる。私だけ知らないのは不公平だと思ってさ」
「隙があれば殺すってこと?」
「織莉子から“まだ殺すな”って言われてるよ」
白色のブラウスにタイトスカート。桃色のネクタイを装着し、アームベルトを着けている。ほむらの記憶にある呉キリカそのものだ。
「信用できないわ」
「うん、まあ、その、あれだ。事故ってこともあるからね」
事もなげな様子で、キリカは魔法少女に変身した。右目に眼帯をつけて、全身黒づくめの衣装だ。手首が隠れるほど長い袖の中には鋭利なかぎ爪が隠れている。ただ、彼女の恐ろしさは速度低下の能力にあった。彼女の前ではほむらの行動速度は激減する。現状の距離は決して安全とは言えない。
ほむらも魔法少女に変身した。状況が許せば、この場でキリカを抹殺する覚悟だ。弓を出現させてキリカに向ける。
「悪魔は盾を持っていないの?」
その質問には答えず、ほむらは矢をつがえた。キリカは不満げな表情で腕をだらりとさせた。現状のほむらを、敵と認められない様子だ。
「やめた」
「変身を解くとあなた死ぬわよ」
「……悪魔は撃つつもり?」
「ええ」
「当たらないよ」
「逆よ。あなたは避けられない」
キリカの表情が一変し、戦闘態勢に復帰した。
「……やってみなよ」
言葉と同時に、キリカが猛チャージをしかけてくる。奇襲攻撃は予想どおりだ。ほむらは弓を引いて矢を射る。放たれた矢は一本だが、すぐに無数に分裂し、キリカに矢のシャワーを浴びせる。この範囲攻撃を避けることはできないはずだ。
(!!)
ほむらの矢は、キリカの前に出現したシールドにすべて弾かれた。
「悪魔の本領発揮かな? キリカには戦闘意欲がなかったはずだが?」
「そんな信頼関係を築いた覚えはないわ」
「心外だな。私たちは昨日謝罪したはずだよ?」
「見せかけの謝罪ね。あなたも自覚しているはずだけど」
「誤解だね暁美君。君はまだ美国の予知した悪魔ではない」
「……まだ? どういう意味?」
浅古小巻が持っていたバッグからなにかを取り出そうとした時、ほむらの背後から巴マミが現れた。マスケット銃を構えて小巻に照準を合わせている。
「動かないで!」
小巻は動きを止めたが、薄笑いを浮かべていた。自分のシールドに絶対的な自信を持っているらしい。
「これはこれは、最強魔法少女のお出ましかな?」
「この黄色いのが?」
「そうだよキリカ、彼女が巴マミだ」
「ふーん。でも、織莉子よりも弱そうだな」
マミがほむらの横に立ち、テレパシーで語りかける。
(佐倉さんと美樹さんもすぐにくるわ。時間を稼いで)
マミはマスケット銃をもう一丁出現させて空中に浮揚させる。その銃口はキリカに向けられている。
「
「巴君。君の銃はなんの脅しにもなっていない。暁美君から聞いていないのかね」
「あなたこそ自分の力に自信を持ち過ぎよ」
「……なに?」
ほむらは改めて思った。巴マミは戦闘だけなら天才だと。
(そんな手があったの……)
小巻のシールド内にマミのマスケット銃が2丁浮かんでおり、小巻たちに狙いをつけていた。なにものをも通さない小巻のシールド。だが、すでに通っていたものならば話は別だ。マミは、気づかれないようにリボンを小巻に巻き付けていたのだ。
小巻の顔が歪んだ。自慢の能力を破られたショックによるものか、怒りが顔に現れていた。
「さすがは巴マミだ。だがね、君の弱さも把握できたよ」
「議論の余地はないわ。すぐに撤退して」
「君は、人を信じすぎる。それを弱さと知ることだ」
「……」
「小糸! 閉鎖しろ」
浮かんでいたマスケット銃が落下し、元のリボンに戻る。どこにいるかは判らないが浅古小糸の閉鎖魔法により、マミの意念が遮断されたのだ。
「そこにいる悪魔なら……迷うことなく撃っていた。違うかね暁美君?」
「……さっきの答えを聞かせて」
「いいだろう。巴君、少し動くが良いかな?」
「ゆっくり動いてもらえるかしら?」
「了解した」
小巻がスローな動作でバッグの中から見覚えのある盾を取り出した。
「なぜ……あなたがそれを持っているの?」
あまりの衝撃にほむらは言葉が詰まってしまった。ありえない。あの盾は、世界再構築の瞬間に消滅したはずだ。それが、なぜ完全な形で残っているのか? それに、なぜ浅古小巻が持っているのか?
「美国から預かってきた。これは君のものだろう? だから返そうと思ってね」
「……」
小巻が盾をキリカに渡した。
「武装解除したまえ。これからシールドを解除してキリカが暁美君に盾を届ける」
テレパシーが遮断されているので、マミが小声で確認をしてくる。
「暁美さん……あれは本当にあなたのものなの?」
「ええ」
「そう、それじゃあ武装解除するわ」
「ごめんなさい」
マミがマスケット銃を消し、ほむらも弓を消した。約束どおり、小巻もシールドを解除し、キリカが盾を持って歩いてくる。
「これでほむほむは正真正銘の悪魔になるわけだ」
「条件がそろったはずよ、私を殺さないの?」
「殺すよ。今じゃないけどね」
「あなたは織莉子の忠実な犬というわけね」
キリカが笑顔で盾を差しのべる。ほむらが受け取ろうとすると、キリカはそれを離さない。
「いけないかい? 織莉子を
「黒の魔法少女の本性がでたわね」
狂気に満ちた顔だった。呉キリカは病的なまでに織莉子に依存しており感情は不安定極まりない。逆に言えば、それが彼女の弱点でもある。
キリカが手を離した。狂った笑顔でほむらに宣戦布告をする。
「今度会ったら殺すよ」
「だったら殺される覚悟もするのね」
正直、今なら
「どうやらお仲間がきたようだね。目的も果たせたことだし、私たちは失礼するよ」
「美国さんはいらっしゃらないのかしら」
「巴君は美国に興味があるのかな?」
「ええ、とても」
「ならば、いつでも会いにきたまえ。ただし、必ず優木が造った空間を通ってもらう。残念ながら優木沙々は美国でも制御できない。ありていに言えば、仲間にしたことを後悔している」
「嘘がお上手ね」
「嘘も方便と言うだろう? 結果が良ければ何事も許されると思うよ」
小巻は再びドームを発生させてゆっくりと後退する。
佐倉杏子と美樹さやかが駆けつける。危機的状況を察したのか、二人共魔法少女に変身済みだった。
「あれが……浅古小巻か?」
杏子が息を切らしながら言った。
「黒い人は呉キリカだよ」
さやかの呼吸は乱れていない。スポーツ万能の健康中学生と
「マミさん。なにもなかったようだけど、小巻さんたちはなにしにきたの?」
マミは答えにくそうにほむらを見た。
「暁美さん……」
さやかには真実を告げなければならない。彼女が敵になるか、味方になるか。あるいは中立的な立場になるのか。それをはっきりさせなければ、美国織莉子とは闘えない。
「浅古小巻は、これを私に持ってきたのよ」
ほむらは円形の盾を見せた。さやかは一歩後ずさりして身構える。
「ほむら……あんた、やっぱり」
「そうよ、織莉子が予知した悪魔は、私に間違いない」
次話:美国織莉子