美樹さやか失踪事件の数か月前
白羽女学院 放課後
白羽女学院は私立の中高一貫校であり、高額な学費であることからお嬢様学校などと
白羽女学院は自由度の高い校風だが、カースト的なものが存在していた。いわゆる“良家組”と“成金組”の身分制だった。それを決めるのは生徒ではなく親の在り方であった。たまたま親の事業が成功し、富裕層となった“成金組”を、地域、あるいは全国で名を知られている“良家組”は蔑んでいた。
美国織莉子の父親の美国久臣は市議会議員であり、祖父の修一郎と叔父の久秀は国会議員だ。当然、織莉子は“良家組”に分類され、同じカーストで4人のグループを作っていた。中学時代の校内グループとはある意味絶対的なものだ。校内の行事はすべてグループ主体で考え、他のグループとの関わりは一時的で浅いものでなければならない。その点では“良家組”も“成金組”も変わりはない。
織莉子自身はそれをくだらないものと考えていたが、父親の期待に応えるためには学校生活で波風を立てられない。
幼い頃、織莉子は事故で母親を亡くした。その時から織莉子は、父親に
しかし、運命はその内側から崩壊することになった。
美国久臣は国政進出を目指していたが、経費等の不正疑惑が持ち上がり、それを苦にした久臣は、自宅で自殺をした。
その日から、織莉子をとりまく環境は一変した。汚職代議士の娘として冷ややかな目が彼女に
優秀な成績を修め、人望も高めてきた織莉子ではあったが、“美国織莉子”という個人は、なんの価値もない存在だと気づかされた。自分は、ただの“代議士美国久臣の娘”でしかなかった。
父親の葬儀終了後、叔父の美国久秀から後のことは心配するなといわれた。気持ちの整理がつかないまま、織莉子は白羽女学院に復帰した。グループは健在だったが、明らかに“仲間”と呼ばれる3人の態度が違っていた。それでも織莉子はそれを受け入れるしかなかった。
みじめだなと思った。本当にみじめだなと思った。
そんな時にあいつが現れた。
「君が美国織莉子だね?」
「……」
織莉子の隣を真っ白な猫のような生物が歩いている。いや、生物と言って良いのかは分からない。ここは学校の通学路上で周りには何人か白女の生徒がいた。驚くことに、彼女たちにはこの生物をいないもののように扱っている。というか、実際に見えていないのだろう。
「どうして答えないんだい?」
猫の質問を無視して、織莉子は途中にある小さな公園の中に入った。他者に見えていない者との会話は、単なる独り言だ。だれもいない公園の少々汚れたベンチに織莉子は座った。猫はその横に座り、それこそ猫のように毛をグルーミングしている。
「あなたはなにものなの?」
「ぼくはキュウべえ。君と契約をしに来たんだ」
キュウべえと名乗る生物は能面のように表情が変わらない。だが、会話には感情的なアクセントがある。警戒心の強い織莉子は、キュウべえの言った契約をまともなものと
「契約? どんな契約なの?」
「君に魔法少女になって欲しいんだ。そのかわりに、ボクは君の願いを一つだけなんでも叶えてあげるよ」
「なんでも?」
「そうだよ、どんな奇跡だって起こすことができるよ」
キュウべえは言葉を発するタイミングで目が点滅する。おそらく人工的に作られた機械だろう。一般人には見えないことといい、
「魔法少女とはなにをするの?」
「魔獣を倒してほしいんだ」
「魔獣?」
「説明するより見てもらったほうが早いよ。織莉子、君の肩の上に乗るけどいいかい?」
「ええ」
キュウべえが織莉子の右肩の上に乗った。重さはまったく感じない。そして、織莉子の視界が一変した。通常とは別の世界が見えていた。
「織莉子、あそこのビルを見てごらん」
キュウべえの声は、この至近距離にもかかわらず大きさが変わらない。つまりは音声会話ではないのだ。織莉子はこの謎の生物に少し興味を持ち始めていた。
「あれは人間の負のエネルギーが生み出した怪物なんだ」
ビルの周囲空間が
「ずいぶん大きいわね。どうやって倒すと言うの?」
「だから魔法少女なんだよ。現実にはありえないことを魔法と言うのだろう? 魔法少女は魔獣を倒せるほど強いんだ」
「……魔法少女はどうやってその力を得るの?」
「そこから先は魔法少女になってからじゃないと教えられないね。じっくり考えてみるといいよ。決まったらいつでも僕を呼んでおくれよ」
「契約するわ」
「……」
「どうしたの?」
「普通は結構迷うものだよ。願いは一つだけだしね。人によっては半年かかることもあるからね」
自分らしくないのは分かっている。かといって破れかぶれになっているわけでもない。織莉子が契約すると言ったわけは、キュウべえの提案の中に、織莉子が心から求めてやまないものが含まれていたからだ。
「魔法少女になったら、私の質問になんでも答えてくれる?」
「もちろんだよ織莉子。君はどんな願いで魔法少女になるんだい」
「意味が知りたい……私は、自分が生きる意味が知りたい」
「それが君の願いかい? いいよ、君の願いは叶えられる」
織莉子は幽体離脱に近い体験をした。もちろん、イメージとしてのものだ。上空から自分を
実に都合の良い解釈だが、一連の体験は、そう思わせる説得力があった。
そして、美国織莉子の魂の洗浄が終わり、元の身体に復活した。
「それが君のソウルジェムだよ。大切にしてほしい。絶対に無くしたり壊したりしないように。それは織莉子そのものだよ」
台座に乗った白い卵状の宝石。織莉子はそれを手にしていた。これが自分だとキュウべえは言った。よく意味が分からないが、それでもいい。あまり変化は感じられないが、どうやら魔法少女になったようなので、契約前の約束を守ってもらう。
「キュウべえ。答えてもらうわよ。魔法少女の仕組み、目的、そして、魔法少女はどのような最期を迎えるのか? すべて答えてもらうわよ」
「いいとも。質問にはすべて答える。それがボクたちの使命だからね」
キュウべえも
美国織莉子は欲していた。本当の“生きる意味”を、喉から手が出るほど欲していた。
キュウべえと別れて織莉子は家に戻った。それなりに大きな家だが、今は、織莉子が一人で住んでいる。
(『今日から魔獣狩りに行ったほうがいね。君の予知能力は魔力をかなり消費すると思うよ。グリーフキューブを切らさないことだね』)
キュウべえからそのように忠告されたが、織莉子は真っ直ぐに帰宅した。魔法少女にも変身してみたが、闘うというイメージがわかなかった。第一、予知能力がどのように発動するかさえも分からない。ただ、幻影のようなものがたまに見えた。これがそうなのかと考えたが、見えたことが現実にはならなかった。
少なくともなんらかの力があることは事実だ。落ち着いてその正体を見極めたら良いだけだ。そう思い、織莉子は通常ルーチンである食事、入浴、学習、睡眠でその日を終えた。
それは不思議な夢であった。
織莉子はどこかのビルの屋上に3人の“仲間”と思われる魔法少女といた。一人は知っている人物だった。クラスメイトの浅古小巻だ。彼女は青い騎士のような装束を身につけており、ロングアックスを手に持っている。もう一人は全身黒ずくめの魔法少女で、右目に眼帯をつけている。最後の魔法少女は鳥をイメージした帽子とマントを身につけており、小巻に寄り添っていた。
「織莉子……だめだ、止められなかった」
黒い魔法少女が言った。
屋上からは見滝原市が一望できた。突然、空に黒いしみのようなものが現れ、急速に範囲を広げ始めた。
「美国、あれは防ぎきれない。私たちは負けたんだよ」
小巻が振り返り織莉子に告げた。負けたとはどういうことかと思った。自分たちはなんと闘っていたのだ。
「お姉ちゃん……」
鳥の魔法少女がおびえている。小巻を姉と呼んだので、彼女の妹だろう。
暗黒が音もなく迫ってくる。鳥の魔法少女でなくても恐怖を覚える光景だ。核兵器のような絶対的な破壊ではなく、暗黒に飲みこまれたものは完全なる無として消滅している。
「精一杯やったよね……織莉子」
黒い魔法少女が
「キリカの言ったとおりだ。これでいいんだよ」
「そうだね、織莉子さんは頑張ったから……」
なぜかは分からない。分からないが、夢の中の織莉子は泣いていた。母が死んでから泣くことを止めた織莉子にとっては、それは禁じられた感情だ。しかし、渦のように押し寄せる幸福感が、織莉子に涙を流させた。
そして、織莉子たちは暗黒に飲み込まれ消滅した。
織莉子が目を覚ますと、ベッド脇に置いていたソウルジェムが白色に光輝き、その後、色が少し濁った。キュウべえが説明した
そして、今見たばかりの夢を振り返る。
(これが……予知だというの? 浅古さんとその妹……キリカという少女。彼女たちが、私の“仲間”?)
次話:【美国織莉子】(2)