魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第六話 【美国織莉子】(1)

 美樹さやか失踪事件の数か月前

 白羽女学院 放課後

 

 白羽女学院は私立の中高一貫校であり、高額な学費であることからお嬢様学校などと揶揄(やゆ)されていた。とはいえ、県内有数の進学校であり、多くの著名人を輩出した伝統校に、富裕層の信頼は厚かった。

 

 白羽女学院は自由度の高い校風だが、カースト的なものが存在していた。いわゆる“良家組”と“成金組”の身分制だった。それを決めるのは生徒ではなく親の在り方であった。たまたま親の事業が成功し、富裕層となった“成金組”を、地域、あるいは全国で名を知られている“良家組”は蔑んでいた。

 

 美国織莉子の父親の美国久臣は市議会議員であり、祖父の修一郎と叔父の久秀は国会議員だ。当然、織莉子は“良家組”に分類され、同じカーストで4人のグループを作っていた。中学時代の校内グループとはある意味絶対的なものだ。校内の行事はすべてグループ主体で考え、他のグループとの関わりは一時的で浅いものでなければならない。その点では“良家組”も“成金組”も変わりはない。

 織莉子自身はそれをくだらないものと考えていたが、父親の期待に応えるためには学校生活で波風を立てられない。

 幼い頃、織莉子は事故で母親を亡くした。その時から織莉子は、父親に相応(ふさわ)しい娘となるべく“子供”であることから脱却した。だから、事の分別はすべて自らの意思で決定していた。

 

 しかし、運命はその内側から崩壊することになった。

 

 美国久臣は国政進出を目指していたが、経費等の不正疑惑が持ち上がり、それを苦にした久臣は、自宅で自殺をした。

 その日から、織莉子をとりまく環境は一変した。汚職代議士の娘として冷ややかな目が彼女に(そそ)がれることとなった。

 

 優秀な成績を修め、人望も高めてきた織莉子ではあったが、“美国織莉子”という個人は、なんの価値もない存在だと気づかされた。自分は、ただの“代議士美国久臣の娘”でしかなかった。

 

 父親の葬儀終了後、叔父の美国久秀から後のことは心配するなといわれた。気持ちの整理がつかないまま、織莉子は白羽女学院に復帰した。グループは健在だったが、明らかに“仲間”と呼ばれる3人の態度が違っていた。それでも織莉子はそれを受け入れるしかなかった。

 みじめだなと思った。本当にみじめだなと思った。

 

 そんな時にあいつが現れた。

 

「君が美国織莉子だね?」

「……」

 

 織莉子の隣を真っ白な猫のような生物が歩いている。いや、生物と言って良いのかは分からない。ここは学校の通学路上で周りには何人か白女の生徒がいた。驚くことに、彼女たちにはこの生物をいないもののように扱っている。というか、実際に見えていないのだろう。

 

「どうして答えないんだい?」

 

 猫の質問を無視して、織莉子は途中にある小さな公園の中に入った。他者に見えていない者との会話は、単なる独り言だ。だれもいない公園の少々汚れたベンチに織莉子は座った。猫はその横に座り、それこそ猫のように毛をグルーミングしている。

 

「あなたはなにものなの?」

「ぼくはキュウべえ。君と契約をしに来たんだ」

 

 キュウべえと名乗る生物は能面のように表情が変わらない。だが、会話には感情的なアクセントがある。警戒心の強い織莉子は、キュウべえの言った契約をまともなものと(とら)えなかった。

 

「契約? どんな契約なの?」

「君に魔法少女になって欲しいんだ。そのかわりに、ボクは君の願いを一つだけなんでも叶えてあげるよ」

「なんでも?」

「そうだよ、どんな奇跡だって起こすことができるよ」

 

 キュウべえは言葉を発するタイミングで目が点滅する。おそらく人工的に作られた機械だろう。一般人には見えないことといい、途轍(とてつ)もなく高度な技術だなと思った。

 

「魔法少女とはなにをするの?」

「魔獣を倒してほしいんだ」

「魔獣?」

「説明するより見てもらったほうが早いよ。織莉子、君の肩の上に乗るけどいいかい?」

「ええ」

 

 キュウべえが織莉子の右肩の上に乗った。重さはまったく感じない。そして、織莉子の視界が一変した。通常とは別の世界が見えていた。

 

「織莉子、あそこのビルを見てごらん」

 

 キュウべえの声は、この至近距離にもかかわらず大きさが変わらない。つまりは音声会話ではないのだ。織莉子はこの謎の生物に少し興味を持ち始めていた。

 

「あれは人間の負のエネルギーが生み出した怪物なんだ」

 

 ビルの周囲空間が(ゆが)んでいるように見え、座禅を組んだ修行僧のようなものがいた。ビルの屋上にいる修行僧。ありえないシチュエーションだった。しかも目視で確認できるのだからサイズも規格外だ。

 

「ずいぶん大きいわね。どうやって倒すと言うの?」

「だから魔法少女なんだよ。現実にはありえないことを魔法と言うのだろう? 魔法少女は魔獣を倒せるほど強いんだ」

「……魔法少女はどうやってその力を得るの?」

「そこから先は魔法少女になってからじゃないと教えられないね。じっくり考えてみるといいよ。決まったらいつでも僕を呼んでおくれよ」

「契約するわ」

「……」

「どうしたの?」

「普通は結構迷うものだよ。願いは一つだけだしね。人によっては半年かかることもあるからね」

 

 自分らしくないのは分かっている。かといって破れかぶれになっているわけでもない。織莉子が契約すると言ったわけは、キュウべえの提案の中に、織莉子が心から求めてやまないものが含まれていたからだ。

 

「魔法少女になったら、私の質問になんでも答えてくれる?」

「もちろんだよ織莉子。君はどんな願いで魔法少女になるんだい」

「意味が知りたい……私は、自分が生きる意味が知りたい」

「それが君の願いかい? いいよ、君の願いは叶えられる」

 

 織莉子は幽体離脱に近い体験をした。もちろん、イメージとしてのものだ。上空から自分を俯瞰(ふかん)するヴィジョン。自分が地べたに倒れ込む姿。その前にはキュウべえもいる。まるで、古い自分が死ぬ儀式のようだ。そして、(まばゆ)い光に包まれる。だとするならば、これは再生の儀式だ。

 実に都合の良い解釈だが、一連の体験は、そう思わせる説得力があった。

 

 そして、美国織莉子の魂の洗浄が終わり、元の身体に復活した。

 

「それが君のソウルジェムだよ。大切にしてほしい。絶対に無くしたり壊したりしないように。それは織莉子そのものだよ」

 

 台座に乗った白い卵状の宝石。織莉子はそれを手にしていた。これが自分だとキュウべえは言った。よく意味が分からないが、それでもいい。あまり変化は感じられないが、どうやら魔法少女になったようなので、契約前の約束を守ってもらう。

 

「キュウべえ。答えてもらうわよ。魔法少女の仕組み、目的、そして、魔法少女はどのような最期を迎えるのか? すべて答えてもらうわよ」

「いいとも。質問にはすべて答える。それがボクたちの使命だからね」

 

 キュウべえも辟易(へきえき)するような質問責めで、織莉子は魔法少女が詐欺商法に近いものであることを知った。はっきり言ってしまえば、美国織莉子の人生はこの瞬間に終わっていた。だが、織莉子はそれを悲観しなかった。求めるものが得られるのなら、それでもよかった。自分はなぜ生きているのか? それは、人間の根源的な疑問なのかもしれない。しかし、織莉子の求めるものは、哲学的な意味ではなく、これまでの“生きる意味”が空疎(くうそ)であることを実感したからだ。

 美国織莉子は欲していた。本当の“生きる意味”を、喉から手が出るほど欲していた。

 

 キュウべえと別れて織莉子は家に戻った。それなりに大きな家だが、今は、織莉子が一人で住んでいる。

 

(『今日から魔獣狩りに行ったほうがいね。君の予知能力は魔力をかなり消費すると思うよ。グリーフキューブを切らさないことだね』)

 

 キュウべえからそのように忠告されたが、織莉子は真っ直ぐに帰宅した。魔法少女にも変身してみたが、闘うというイメージがわかなかった。第一、予知能力がどのように発動するかさえも分からない。ただ、幻影のようなものがたまに見えた。これがそうなのかと考えたが、見えたことが現実にはならなかった。

 少なくともなんらかの力があることは事実だ。落ち着いてその正体を見極めたら良いだけだ。そう思い、織莉子は通常ルーチンである食事、入浴、学習、睡眠でその日を終えた。

 

 それは不思議な夢であった。

 

 織莉子はどこかのビルの屋上に3人の“仲間”と思われる魔法少女といた。一人は知っている人物だった。クラスメイトの浅古小巻だ。彼女は青い騎士のような装束を身につけており、ロングアックスを手に持っている。もう一人は全身黒ずくめの魔法少女で、右目に眼帯をつけている。最後の魔法少女は鳥をイメージした帽子とマントを身につけており、小巻に寄り添っていた。

 

「織莉子……だめだ、止められなかった」

 

 黒い魔法少女が言った。

 

 屋上からは見滝原市が一望できた。突然、空に黒いしみのようなものが現れ、急速に範囲を広げ始めた。

 

「美国、あれは防ぎきれない。私たちは負けたんだよ」

 

 小巻が振り返り織莉子に告げた。負けたとはどういうことかと思った。自分たちはなんと闘っていたのだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 鳥の魔法少女がおびえている。小巻を姉と呼んだので、彼女の妹だろう。

 

 暗黒が音もなく迫ってくる。鳥の魔法少女でなくても恐怖を覚える光景だ。核兵器のような絶対的な破壊ではなく、暗黒に飲みこまれたものは完全なる無として消滅している。

 

「精一杯やったよね……織莉子」

 

 黒い魔法少女が安寧(あんねい)の表情で言った。

 

「キリカの言ったとおりだ。これでいいんだよ」

「そうだね、織莉子さんは頑張ったから……」

 

 なぜかは分からない。分からないが、夢の中の織莉子は泣いていた。母が死んでから泣くことを止めた織莉子にとっては、それは禁じられた感情だ。しかし、渦のように押し寄せる幸福感が、織莉子に涙を流させた。

 そして、織莉子たちは暗黒に飲み込まれ消滅した。

 

 織莉子が目を覚ますと、ベッド脇に置いていたソウルジェムが白色に光輝き、その後、色が少し濁った。キュウべえが説明した(けが)れというやつだろう。

 そして、今見たばかりの夢を振り返る。

 

(これが……予知だというの? 浅古さんとその妹……キリカという少女。彼女たちが、私の“仲間”?)

 




次話:【美国織莉子】(2)
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