魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第八話 【美国織莉子】(3)

 美樹さやか失踪事件の数か月前

  美国織莉子:魔法少女3日目

 

 浅古小巻と呉キリカを仲間にした夜、美国織莉子の終末予知は大きく変化した。織莉子は、これまでの傍観者(ぼうかんしゃ)としての立場から、反逆者へと昇格していた。しかし、抵抗の対象が何者なのかはまだ示されていなかった。

 

 予知の概要はこうだった。

 

 織莉子は魔法少女に変身していた。窓ガラスが割れた校舎と思われる建物内部で、必死にだれかを探していた。周囲には水晶玉のような球体が、衛星のように回っている。おそらくは自分の戦闘アイテムだろう。

 

「どこにいるの?」

 

 自分が発した声ではあるが、その意味は不明だ。なぜかは知らぬがとてつもなく焦っていた。口内に強い苦味を感じた。これは恐怖によるアドレナリンの味だろうか?

 

 遮蔽物(しゃへいぶつ)を慎重にクリアして行き、体育館と(おぼ)しき場所で、ようやく敵を発見した。ただし、それは完全なシルエットになっており、顔や衣服は確認できない。かろうじて、その形状から髪の長い女性と判断できるだけだ。

 

「オラクルレイ!」

 

 その言葉の意味も分からない。だが、回転していた球体が、かけ声とともに敵に向かって超高速で移動していく。

 敵は素早く回避行動をとるが、球体はそれ以上の速度で追尾している。逃れられないと悟ったのか、敵は完全に停止した。そして、敵をロックオンした球体は、息の根を止めようと突入する。

 織莉子は勝利を確信していた。ところが、その瞬間、織莉子の視界は暗転した。

 

 ――織莉子はベッドから飛び起きる。そして、頭を抱えた。震えている。予知が示した未来に恐怖しているのだ。

 

(私は……殺されたのね)

 

 そう考えるしかなかった。何者かと戦闘を行い、自分は敗北した。しかも、一瞬で殺害されたのだ。その未知の能力に織莉子は恐怖していた。

 

(でも……未来は変えられる)

 

 未来は不変ではない。それが分かったことは光明(こうみょう)だった。しかし、このままでは自分は殺される運命にある。ならば、そうならない道を探すだけだ。

 

(オラクルレイ……預言者の……光? 予言ではなく預言なの?)

 

 その言葉には違和感を覚えるが、とりあえずは保留にしておく。優先すべき課題は自分の武器である“オラクルレイ”の威力、精度を向上させることだ。それが正しいかなど分からない。結果としてどのように予知が変化するかを確かめたい。急がなければならないが、慎重さも必要な考察だ。最適解(さいてきかい)を見つけるために、これから大いに悩むことになるだろう。

 

 

 ――美国織莉子の校内生活はこれまでと変わりなかった。いつもの“良家組”四人と行動し、浅古小巻と会っても、無視か軽い会釈のみだ。クラスの違う呉キリカとは滅多に会わない。たとえ会ったとしても、無視することを決めていた。

 

 だが、放課後は別だった。小巻とキリカは、織莉子の家に集まっていた。

 

「攻撃の仕方を教えろ。だって?」

 

 小巻もキリカも白羽女学院の制服のままだ。二人は家に戻らず、直接ここにきていた。

 

「そうね、攻撃なんて考えていなかった。小巻さんやキリカはどうしているの?」

「……」

 

 二人がバカを見るような目で織莉子を見ている。初めての経験ではあったが、それほど腹立たしくはない。自分で考えてもバカな質問をしたと思うからだ。

 

「オリコはなにができるのさ?」

「なにって……護身術なら習ったことがあるかな」

「ふーん」

 

 キリカが近づいて織莉子の肩をつかもうとした。この場合はその手をキャッチし、逆関節にひねると教わっていた。しかし、キリカにそれを読まれ、逆に腕をとられて背後に回られてしまった。

 

「接近戦はムリだね。もっと、相手を近寄らせない方法を考えないと」

 

 決められた腕をキリカが解放した。手加減されていたので、痛みはまったくないが、落第点を出された屈辱感はあった。

 

「美国、予知に何か変化でもあったのか? 自分が攻撃をしなければならない状況でも見たのか?」

 

 織莉子は溜息をつき、そうだなと思った。詳細の説明なしに仲間からなにか得ようとする行為は、実に無礼だ。

 

「お茶でも飲みましょうか? キリカ、なにがいい?」

「オリコが入れてくれるならなんでもいいよ。でもジャムを入れてよ」

「ジャム?」

「うん、砂糖もたくさんね」

「キリカ、それじゃあ、もう紅茶とはいえないよ」

 

 小巻が呆れた顔でキリカをたしなめた。

 

「巻巻はどうするのさ? また大人ぶってストレートとか?」

「少なくともお前よりは大人だと思っているよ。反論は認めるがね」

「誕生日はボクが一番早いよ」

「でも身長はキリカが一番低いよ」

「ムムム……」

 

 本気の言い合いじゃないことは分かっているが、ここは止めたほうが良さそうだ。

 

「キリカ、ケーキはなにがいい?」

「いちごが乗っているやつ」

「小巻さんは?」

「キリカと同じものでいい。デサートの趣味は一緒だよ」

 

 本当に小巻は人が変わったと思う。以前ならば、こんな配慮ができる人間ではなかった。

 キリカも変っている。拒絶していた他者の善意を反発することなく受け入れていた。

 

「それじゃあ、そこに座って待っていてね。テーブルの上のリモコンは自由に使って構わないわ」

 

 二人がダイニングセットに座り、エアコンやテレビのリモコンをいじっている。織莉子は少し離れたキッチンに移動し、ティーポットにお湯を注ぐ。

 

(仲間か……)

 

 織莉子は、これまでの経験上、仲間や友人というものに懐疑的(かいぎてき)であった。所詮は他人であり、血の(つな)がりのある親兄弟とは比較にもならないと考えていた。だが、織莉子の現実は、その血の繋がりに束縛されていた。母の喪失後、心を許せるものは父親を含めて誰もいなかった。親族にいたっては織莉子を不良債権のように扱っていた。叔父が後見人になり、織莉子にこの家を相続させたのは、いわば損切のようなものだ。

 

(浅古小巻……呉キリカ……二人に肉親以上の愛情を(いだ)くのはなぜ?)

 

 まだ知り合ってから数日しか経過していないが、織莉子は二人を信頼し、心を許せる存在だと思ってしまった。それが憧れや初恋に似た一時的な感情であることは分かっている。だが、今の織莉子にはなによりも大切なもので、失いたくないものであった。

 

(この世界を守って見せる……そのためには、悪魔の正体を見極めないと)

 

「手伝うよ、オリコ」

「……」

 

 なにげないキリカの笑顔が、織莉子の心に安らぎを与えた。そうだ。絶対にこの世界を消滅させてはならない。

 

「それじゃあ、そこのケーキを持っていってくれる」

「オリコのためならなんでもするよ」

「どうして?」

「だって、オリコはボクを必要としてくれたからね。だから僕は愛で応えるよ」

「愛か……いい言葉ね」

「うん。愛は永遠で無限だからね」

 

 キリカが嬉しそうにケーキを運んでいる。その光景が織莉子の感情を揺さぶった。この仲間たちを悪魔との死闘に巻き込まなければならない。全員が生き残れるとは限らない。キリカを、小巻を、闘いで失うことになったら、自分は正気を保てるだろうかと考える。

 

(私は目的を見失っているのかな……)

 

 悪魔を倒すことと仲間を守ることを同時に行うのは不可能だった。いや、不可能とは言い切れないが、その選択をすると両方達成できないように思えた。

 

(今の私には理想は邪魔者でしかない……目的を絞って、冷徹に示された道を進むしかない)

 

 自分がなんのために魔法少女となったのかを織莉子は思い出していた。選択を誤ると死ぬしかない道を進んでいるのだ。これはゲームではない。リセットなどは不可能だ。

 

 

 ――少々遅いティータイムを織莉子は満喫(まんきつ)していた。クラスメイトの話などを三人で談笑した。ただ、くつろぎの時間はここまでにしなければならない。

 

「私たちの倒すべき敵は、髪の長い女性よ」

 

 織莉子は今朝見た改変された終末予知の話を始める。小巻とキリカの表情も引き締まる。

 

「見たのか?」

「ええ、でもすぐに殺されたけど」

「……だから、闘い方を教えろと?」

「そうよ」

 

 小巻がカップに残っていた紅茶を一気に喉に流し込み、大きな音を立ててソーサーに置いた。

 

「美国、ソウルジェムを見せてみろ」

 

 織莉子のソウルジェムを見て、二人が驚いた顔をしている。

 

「変身していなくも魔力を消費するの?」

「いつ予知が現れるかが分からない。私はまだ能力をコントロールできていないの」

「24時間消費するということか……それならそれで話が早い」

「え?」

 

 小巻が膝を叩いて立ち上がる。性格が穏やかになったのは良いことだが、少々おばさんぽくなったのはいただけないなと思った。

 

「お前のソウルジェムは濁りすぎている。これから魔獣を狩りに行くぞ」

「闘い方もボクと巻巻が教えてあげるよ」

「まずは実戦ということ?」

「論理よりも認識が優先だよ。まずは戦闘とはなにかを知ることさ」

「大丈夫。必ず守るから」

 

 心が揺らぎそうだった。仲間を想う気持ちが、どんどん強くなっていく。

 

 

 ――美国織莉子にとって二度目の異世界進入だった。前回は単独だったので、かなり心細かったが、今回は変身もしていて、仲間がそばにいる。それが織莉子の気持ちに余裕を持たせていた。

 

「瘴気が弱いね……魔獣はあそこにいる一体だけだよ。オリコ、その“オラクルレイ”ってのを出してみてよ」

 

 呉キリカが当たり前のように要求している。織莉子は困り果てた。それができるのなら教えてくれと頼みはしない。

 

「落ち着け、美国。イメージできているのなら、それを自然なものと思えばいい。できて当然。手や足と同じものと考えるんだ」

 

 浅古小巻のアドバイスに織莉子は頷き、両腕を広げ、その先端にオラクルレイをイメージする。

 

(腕の一部……オラクルレイは指の延長でしかない)

 

 しかし、どんなに頑張っても、オラクルレイは出現しなかった。

 30分ほど経過して、小巻とキリカが顔を見合わせて頷いた。

 

「美国、これからキリカが変身を解いて、あの魔獣に接近する。お前が助けないとキリカは死ぬかもしれない」

「待って小巻さん! もう少し時間があれば……」

「オリコ、これは時間の問題じゃないよ。キミには闘うことがイメージできていないんだ」

「……」

「ボクは言ったはずだよ。キミには愛で応えるってね。だから心配しないでいいよ」

 

 キリカが変身を解除して制服姿に戻った。そして、チラリと織莉子をみて、魔獣に向かって歩き出した。

 

「小巻さん……いざとなったら助けてくれる?」

「実はね、お前がいない時に、キリカと話し合っていた。これは荒療治が必要だってね」

「……」

「私は助けないよ。キリカがそう望んだからね」

「……」

「行くんだ美国。キリカを助けられるのはお前だけだ」

 

 キリカの“愛”と呼ぶものは、織莉子には理解できなかった。だが、その行為に対する対価は必要だ。キリカが死を覚悟して自分の能力発動をサポートするのなら、その期待を裏切ることはできない。

 

「魔獣は距離を優先する。キリカから10mぐらい離れて接近しろ」

「ええ」

 

 作務衣(さむえ)を着たような魔獣。大きさは7,8mだろうか。ビルの脇に立っており、頭は二階の窓を超えていた。

 キリカは魔獣を無視して近づいている。一般人の振りをしても無駄だ。魔獣は、魔法少女を識別できるのだ。それは、先日の件で実証済みだ。

 50mほどにキリカが接近した段階で、魔獣の防衛システムが作動した。それ以上近づくなというように、形状がはっきりしない手から光線をキリカに発射した。

 

「!」

 

 キリカは変身しなかった。生身の呉キリカのままで光線をよけている。とはいえ、いつまでもよけられるものではない。急がなければキリカがダメージを受けてしまう。

 

(なぜ……? なにが足りないの?)

 

 人生最高と言えるほどの集中力でも“オラクルレイ”は出現しなかった。織莉子の焦りは極限に達していた。魔獣の光線がキリカの右腕に直撃したからだ。

 

「キリカ! 変身して」

「ダメだよオリコ……これがボクの愛だからね」

 

 血だらけの腕を押さえながら、キリカは魔獣へと再接近を(こころ)みる。織莉子は辛抱できなくなった。走ってキリカとの距離を詰めて、彼女の盾になろうと思った。

 

「う!」

 

 魔獣の光線がキリカの腹部に命中した。もんどりうって倒れるキリカに駆け寄る。

 

「キリカ!」

「ボクに構わないで……オリコ……魔獣を倒して!」

 

 織莉子は不足していたものを理解した。それは、美国家の娘として禁じられていた感情だった。

 

(憎しみ……そして怒り! キリカを傷つけたお前を! 私は消滅させる)

 

 大きく広げた腕の先端から、白い光を発する二つの球体が出現した。これは織莉子の怒りの(しるし)であり、殺意として具現化したものだ。なんのことはない。織莉子は球体を自在に操ることができた。あとは、その殺意を対象にぶつけるだけだ。

 織莉子は大きく息を吸って、これまでに出したことのない大声を発した。

 

「オラクルレイ!」

 

 球体が白い光の帯となって魔獣に突入した。

 

(これが……私の力)

 

 目を開けていられないほどの閃光とともに魔獣は爆散した。

 

「キリカ」

「……」

 

 信じられないものを見るように、キリカは消滅していく魔獣を眺めていた。

 織莉子はキリカを抱えて起こした。口から少なくない血が流れ出ており、腹部の傷も深い。

 

「大丈夫?」

「オリコ……グリーフキューブを拾ってきなよ。穢れを浄化しなきゃね」

「でも……」

「平気だよ……魔法少女は、ソウルジェムを割られないかぎり死なない。……でしょ?」

「……ええ、そうね」

 

 織莉子はキリカを静かに横たわらせた。小巻もそばにきており、キリカと同様に早く行けと合図している。

 

「キリカをお願いね」

「まかせておけ」

 

 織莉子がグリーフキューブを取りに行こうと立ち上がったところ、小巻とキリカに呼び止められる。

 

「美国……必殺技の名前を叫ぶのはちょっとな」

「中二病だよね。ボクたちはもう中三なんだから」

 

 つまりはバカにされたのだ。織莉子はその行為に心地よさを感じてしまった。家の権威、人としての品格。織莉子が至上(しじょう)として教えられた価値観では、決して受け入れられないものだ。でも、そんな価値観は、もう、どうでもよかった。

 

「二人とも……あとで覚えていなさいよ」

 

 思いもよらぬ織莉子の反撃に、二人が笑っている。なんといういい笑顔なのだ。この小巻とキリカの笑顔を、自分は生涯忘れることはないだろう。

 だれかは忘れたが、“真の友人とは極限の状態でしか得ることができない”と言っていた。今ならばそれが真実だと思える。浅古小巻と呉キリカは、織莉子の真の友人と呼べる存在だ。

 

 

 ――その夜、終末予知は更に変化した。

 シチュエーション自体は同じだった。廃校内で敵と闘い敗れる。しかし、前のように即死することはなかった。織莉子は、心臓を銃弾らしきもので打ち抜かれ、肉体的な死を迎えようとしていた。

 

「殺さないの?」

 

 自分の言葉だ。同時に、ぼやけつつある視界に、オートマチック拳銃が映し出され、織莉子のソウルジェムに狙いをつけている。

 悪魔は魔法少女の仕組みを知っているのだ。

 

「殺すわよ、でも、その前に質問に答えて」

 

 高くもなく低くもない声質で、どこか冷酷さを感じる声だった。その、悪魔が、意外な質問をする。 

 

「なぜ、私を殺すの?」

 

 どういう意味だろうと思う。少なくとも殺し合いをしている相手の質問ではない。ただ、そんな疑問よりも、もっと大事なことがあった。この悪魔の正体を見極めなければならない。

 織莉子は最後の力を視力に集中する。

 

(これが……悪魔)

 

 その者は、紫色の衣装に身を包んでいた。左腕に円形の盾を装着し、右手に拳銃を構えている。二方向に別れた長い髪に鋭い目つき、歳は自分と同じぐらいだろう。

 

 答えても答えなくても自分は殺される。ならば、選択は一つしかない。

 

「あなたが……悪魔だからよ」

 

 その答えに満足したのか、悪魔が織莉子に止めを刺した。

 

 

 ――織莉子はゆっくりと目を開けた。この予知をはっきりと記憶に残すように、何度もリフレーンした。

 

(悪魔め……お前の思いどおりにはさせない)

 




次話:美国織莉子(4)
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