美樹さやか失踪事件の数か月前
美国織莉子:魔法少女4日目
その日の放課後も、美国織莉子の家に浅古小巻と呉キリカは集まっていた。織莉子の父親が接客対応をしていたリビングルームは、一般のそれと比較しても二倍以上の広さがあり、調度品も豪華なものが揃えられていた。壁全面の大きな窓と、その隣にある暖炉では父親の好みであったクヌギがパチパチ音を立て燃えている。
“成金組”である小巻とキリカは、そんな環境が珍しくない様子で、自分の家のようにくつろいでいた。
「そんな人物は知らないね。もしかしたら巴マミのチームにいるのかもしれないよ」
小巻は、織莉子の話した“悪魔”についての感想を言った。なるほど、やはり魔法少女は経験がものをいう世界らしい。知らない名前がどんどん出てくる。
「巴マミ?」
「見滝原の中心部をテリトリーにしている魔法少女だよ」
「それならボクも知っているよ。最強魔法少女だよね。いつか八つ当たりしに行こうと思ってた」
小巻が片眉を上げてキリカを見ている。『まったくこいつは』と言わんばかりの表情だ。
「バカはやめときなよ。最強の肩書は嘘じゃないよ」
「小巻さんはその人に会ったことがあるの?」
その質問に小巻はすぐに答えなかった。紅茶を一口飲んで、ティータイムアソートのチョコレートをつまんでから口を開いた。
「魔法少女になりたての頃、魔獣を追って彼女のテリトリーに入ったことがある」
「へえー。それでマミマミに怒られたの?」
「逆だよ。ピンチになって彼女に助けられた。
「……」
「とても優しい人だったけど規律には厳しい。別れ際に『秩序を守って、お互いに信頼を築きましょう』と言われたよ」
「バカバカしいね。巻巻はそれを承諾したの?」
バカにしたようにキリカが小巻を挑発する。普通ならば怒るところではあるが、小巻は少し考えこんで――
「……なるほどね。キリカなら相性がいいかも」
――と言った。なかなか気になる発言だった。織莉子は巴マミという魔法少女にも興味がでてきた。
「キリカなら最強魔法少女にも勝てるの?」
「なんにでも相性はあるものだよ。巴マミは手数の多い魔法少女だけど、キリカの遅延魔法なら封じことができる」
「小巻さん。あなたなら?」
「勝てないだろうね。ある程度は防ぐことはできるが、手数で圧倒されると思う」
キリカが奇妙そうに織莉子を見ている。
「オリコ。キミが撃たれたのはマミマミじゃないの?」
「ええ、私が撃たれたのは普通の拳銃だったわ」
どこからともなくキュウべえが現れた。いや、どこからともなくは不正確だ。キュウべえは“悪魔”の手がかりを求めて織莉子がよんでいた。
「やあ、織莉子、ようやく仕事にとりかかってくれたみたいだね。早速グリーフキューブを回収させてもらうよ」
織莉子が三個のグリーフキューブを放ると、キュウべえは背中の蓋を開けて器用に回収した。
「それで? ボクに用ってなんだい?」
「魔法少女の情報をもらえるかしら?」
「名前ぐらいなら大丈夫さ。その子の願いや能力への質問には答えられないけどね」
織莉子は予知でみた魔法少女の外観をキュウべえに伝える。
「その情報に部分一致するのはほむらだね」
「ほむら?」
「そう、暁美ほむら。マミと一緒に行動しているよ」
キリカが腕組みをしてキュウべえを問いただす。
「部分一致ってどういうことさ? 暁美ほむらは“悪魔”じゃないの?」
「ほむらは拳銃なんて使わないよ。彼女は弓で魔獣を倒すんだ」
「……」
これは振り出しに戻ったのかなと織莉子は考える。暁美ほむらという人物が“悪魔”に近い魔法少女だとキュウべえは言うが、織莉子が射殺された拳銃を所持していないらしい。念のために、織莉子はもう一つの“悪魔”の特徴を伝えた。
「キュウべえ……その暁美さんは左腕に盾をつけている? そうね、盾としての役割を果たさないぐらい小型で円形の」
「……盾だって?」
珍しいこともあるものだ。あのキュウべえが言葉につまっている。
「織莉子、その盾の形を説明してくれないかい? できれば何かに描いてほしいんだ」
「え?」
戸惑っている織莉子に、キリカが自分のカバンからノートとシャープペンシルを取り出して渡してくれた。
織莉子は白紙のページを開いて、記憶にある盾の絵を描いた。
「真ん中に陰陽のマークがあって……その上下には小さな円形模様があったような」
「……」
キュウべえは沈黙した。小巻もキリカも言葉を発さない。暖炉の
「織莉子、小巻、キリカ……明日、同じ時間にここに集まってほしいんだ。今日はこれで失礼するよ」
「……」
こちらの返事を聞かずにキュウべえは猫のようにどこかに消えた。
(手ごたえがあったと言うこと? 暁美ほむら……それが“悪魔”の名前?)
キリカが立ち上がって背伸びをする。
「待ってもしょうがないよね。ボクはこれからほむほむを調べてみるよ」
「キリカ。まだ動かないで」
「どうしてさ? 調査するなら早いにこしたことはないよ」
「慎重にいきましょう。“悪魔”はね、まったく分からない能力をつかうの」
「だから、それを調べるんだよ」
小巻も立ち上がり、落ち着けと言うようにキリカをなだめる。
「あの盾になにか謎があるんだよ。美国が待てと言うのだから待った方がいい。それともお前は、美国の言う事を聞けないのかい?」
「バカ言わないでよ。ボクはオリコのためなら何でもするよ」
『じゃあそうしろ』とばかりに小巻がキリカを無言で見ている。
「しょうがないね……今日はおとなしく帰るよ」
照れくさそうにキリカが笑う。
「美国、今日の魔獣狩りは中止にしよう。私も妹に怪しまれているんだ。キリカじゃないが、おとなしく帰るよ」
「小糸ちゃん?」
「私が夜遊びしていると疑っている。まったく誰に似たのか」
「お姉さんにそっくりって言ってほしいの?」
「そうだよ。自慢の妹だからね」
織莉子は後ろめたさを感じながらも二人を笑顔で見送った。小巻の“自慢の妹”を、この闘いに巻き込まなければならない。仲間として友人として罪悪感を覚えるのは当然のことだった。
(理解してほしいとは思わない。軽蔑されてもかまわない。でもね、小巻さん。四人そろわなければ、あの“悪魔”には対抗できない。今日のキュウべえの態度からそれが分かった。私たちは……とんでもない者と闘うことになる)
――翌日の同時刻。キュウべえは約束どおりに訪れ、織莉子たちに場違いな質問を浴びせた。
「君たちはオーパーツって知っているかい?」
「おーぱーつ?」
そのような話に適性が無い小巻が疑問の声をあげる。質問に答えたのは、不思議少女であるキリカだ。
「当時の文明では存在してはいけない物。地上絵とかでしょ?」
「よく知っているね。でも、そのほとんどはオーパーツではないんだ。ボクたちの認識では、オーパーツは一つしかない」
そう言って、キュウべえは背中の謎空間から円形の盾を取り出した。
「織莉子、手に取ってよく見てごらん。君が予知で見た盾はそれに間違い無いかい?」
信じられないことであった。“悪魔”が装着しているはずの盾をキュウべえが持っているとは思わなかった。
織莉子は、その盾を手に取り、記憶と照合する。
「間違いない……でも、どうしてキュウべえが持っているの?」
「それがオーパーツだからだよ」
まったくわけが分からない。“盾”“悪魔”“オーパーツ”それぞれの言葉が独り歩きしていた。
「ボクたちは、何千年も前からその盾の持ち主を探していた」
「何千年も前? どういうことさ?」
「言葉どおりだよ、キリカ。ボクたちがこの星に来た時点でその盾は存在していたんだ」
「……これはなんでできているんだ?」
たまりかねた小巻の質問だ。まずはなぜ“オーパーツ”なのかを探ろうとしていた。
「素材は鉄だよ。石器時代のはるか前の話だよ。紛れもないオーパーツじゃないのかい?
それにね、その盾は決して錆びないんだ。何らかの魔力で守られているようだね」
「あなたが知らない魔力なんてあるの?」
「……織莉子。ボクたちに協力するのならその質問に答えるよ」
キュウべえが織莉子を見ている。その無表情さに織莉子は
「そんな駆け引きはやめてちょうだい。まずは、“協力”の内容を話すのが先よ」
この話はキュウべえ側にとっても重要なのだろう。しばしば言葉を選ぶ傾向にある。
「……暁美ほむらは魔法少女に間違いは無いよ。だけどね、ボクたちは彼女と契約をしていない」
キュウべえが長い沈黙を経て話し始めた。織莉子との取引を決断したようだ。
「この星には、ボクたちが定めたプロトコル以外のものがあるんだよ」
「プロトコル? 魔法少女システムのこと?」
「そうだね、でも、もう一つ、ボクたちが預かり知らないプロトコルもあるんだよ」
「……」
「口伝で伝わっていると思うけど“
「……知っている。魔法少女の救済システムだね。あれはキュウべえが造ったんじゃないのか?」
小巻の本質に迫る質問だ。その返答にもキュウべえはやや時間を要した。
「暁美ほむらはね……円環プロトコル側の魔法少女だよ」
織莉子は、予知でみた“悪魔”と暁美ほむらが同一人物であると確信した。だが、大きな疑問が生まれていた。円環プロトコル側とはなんであろうか? 暁美ほむらと言う存在に他者の意志が働いているということだろうか?
(今は、自分の目的を優先よ……円環の理は後で考えよう)
織莉子も決断せざるをえなかった。世界が消滅する運命を見過ごすわけにはいかない。たとえ、邪悪な取引であっても“悪魔”は倒さなければならない。
「キュウべえ……あなたは私の質問に答えていない。私たちはなにを協力したらいいの?」
「織莉子の予知内容をボクたちに報告してほしい。そして、可能ならば暁美ほむらを観察させてほしい」
「観察……殺すなということ?」
「それは場合によりけりだね。織莉子が危険と思うのならそうしてもいい。でもね、これはボクたちの悲願なんだよ」
「悲願?」
キュウべえは生物ではない。ゆえに感情は持ち合わせていないはずだ。しかし、『悲願』という言葉が、キュウべえの感情回路を刺激した様子だ。
「そうさ。ボクたちは円環の理の謎を解かなければならない」
目を高速で点滅させながら。キュウべえは数千年越しの『悲願』を語った。
次話:「浅古小糸」