キーストン   作:If_i_were_you

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ウマ娘 プリティーダービーの二次創作です。

「もしも競走馬のキーストンがウマ娘だったら」という空想のもと書かせていただいています。概ね史実準拠となりますが、ご都合主義の捏造も含まれます。
この話には、一部に生物的な死を想起させるような描写が含まれるため、残酷な表現・死ネタのタグをつけています。
書きたいシーンだけの書きなぐりです。
空気感をなんとなく感じ取っていただけますと幸いです。

⚠️メインは題材ありのオリジナルウマ娘/オリジナルキャラクターにつき、苦手な方はご注意ください。
⚠️デリケートな題材なため、問題が発生した/発生しそうな空気感を察知した場合、予告無く削除させていただく可能性がございます。
⚠️オリジナルトレーナー、実在の競走馬の系譜を元ネタとした「ソロナ家」というオリジナルの家系などのオリジナルキャラクター/要素も登場いたします。

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当方の大好きなキーストンの美しくも悲しいあの一幕があったということを忘れたくなくて書きました。
題名は寺山修司さんのエッセイより拝借いたしました。
ウマ娘が二足歩行である便宜上、怪我の位置やそのときの様子を多分に捏造しています。


Do not hurry, my sunset.

 暮れの阪神、第十レース。そこにあるはずの熱は今年ばかりは全て東――中山へと持っていかれてしまった。

 凍てついた空気を切り裂いて最前を走る。他の追随は決して許してはいけない。当然、己の影さえも。

 夕陽の中をただただ速く、疾く、はやく。このコーナーを抜けて、累計三キロメートルと少しの先にあるゴール板を一番に抜けるため。そしてそのさらに少し先にいる、私の大好きな人にもう一度逢いに行く、そのために。ただそのために。

 最終直線に差し掛かったその瞬間のこと。滾る身体の内から不意に大きな音がした。脚が縺れ、それでも尚時速六十キロメートルを越す慣性が身体を前へと押し込み続ける。

 時間に表せる程の長さもなく、それは私に伝わった。関節がずれ、それがそのまま皮膚を突き破ってくる、鈍く酷い感覚が。次の瞬間には、足元に敷かれた虎バサミに噛み付かれたかのような激痛がもたらされて、あっと気づいたときには脚だけでなく全身が年末の荒れたターフの上に叩きつけられていた。

 痛い、いたい、いたい。

 左脚がどくどくと脈打って全身に訴える。ああ、大変なことになった。初めはそれだけがわかることだった。けれど、観客席の観衆のどよめき、悲鳴、叫び声――『人』の声が、私に一つだけ気持ちを思い出させた。私の小さくて頼りないてのひらがたった一つだけ持っていた、強い強い気持ちを。

 

 ――デビュー戦で十バ身差!? 大楽勝だったじゃないか!! やった……ッ、やったなぁ!! キーストン!!

 ――ごめんな。俺がもっと、もっとちゃんと考えて、もっとちゃんとしてたら……

 ――キーストン! 俺、まだキーストンの担当で居られ……いや、居るぞ!! っそれで、それで君と『日本ダービー』に! 勝つんだ!!

 

 痛い、いたい、いたい、……――あいたい、あいたい、逢いたい。

 あのとき、『私をダービーウマ娘に』ではなく『私とダービーを勝つ』と言ったあの人に、責任感が強くて、勝つたびに私よりも喜んで、負けるたびに私よりも己の手腕を責めてしまう、誰よりも優しく、誰よりもあたたかい、この世界でただひとりだけのあの人に――逢いたい。

 横たわっていた身体は、気づけば起き上がっていた。フラフラの足に力が入っていた。同時に、意識が飛びそうなほどの激痛が走る。左脚は地面に着くのもままならず、当然前に出せもしないが、そんなことはもう関係ない。血の噴き出す片脚を引き摺って、ゴール板へ、その先で待つあの人の元へそれでも進む。『逢いたい』というただ一つの強い気持ちだけを糧にして。

 マーブルを描いて揺れ動き、ぼやける橙色の視界の先から、ぞろぞろと救護と書かれた白いゼッケンのウマ娘たちが走って出てくる。何をしているんだろう、ここは左回りじゃないのに、なんてどこか遠い視点から眺めるように朧気な頭で思っていたら、橙がかった白いゼッケンたちに混じって妙に全身が黒っぽい人が、まとわりつく周囲を振りほどきながらこちらに向かって走ってくるのを捉えた。見知った出で立ち。それは今ただひとり、逢いたいと願うその人‪――‬トレーナーさんだった。

 そう思ったのも束の間、救護のウマ娘たちに取り囲まれ、周りがよく見えなくなる。けれど、夕陽に照らされた黒い人が何度も躓きながら動きにくそうに走って来るのだけは、はっきりと目に入っていた。

 ついに、救護のウマ娘たちによたよたとした私の進みを止められる。いろいろと言われて、聞かれているけれど、今は何も耳には入らない。この人たちに口にすることもない。

 聞きたいのは、あの人の声。見たいのは、あの人の顔。――逢いたいのは、あの人だけ。

「触らないで!!」

 張り上げた大きな声を力に、私に取り付こうとする救護隊を火事場のバ鹿力のごとく強引に振り払う。

 ねえ、待って、まだ待っていて。今、あなたに逢いに行きますから。

 黒っぽい人の姿が大きくなっていく。ダービートレーナーとなった彼を祝い、ソロナ家で一緒に案を出して仕立ててもらったスーツとネクタイを乱して、ヒトの脚ながらも一心不乱に走る彼の表情は涙と焦りと絶望、そんな暗い色で苦しげに歪んでいて、ああ申し訳ない、そんな彼の口癖のような言葉がふと思い出された。

「キーストン! キーストンッ!!」

 息を切らしながら必死に名前を呼び、こちらに向かって走る彼がその胸に飛び込んだ私を抱きとめるのと、先の私の怒号に呆気に取られ乱された救護隊が再び私を捕まえるのは、ほぼ同時だった。

「キーストン!!」

「……やっと、あえ、た……」

「ッ……! キーストンッ!! もういい、いいから、早くしてやってください!! 早く!!」

 糸が切れたように力が抜けて倒れ込んだ私を抱き、取り乱す彼が救護のウマ娘たちに叫ぶ声が聞こえる。ありがとうだとか、落ち着いてだとか、彼に伝えたいことはたくさんあった。けれどもう、ここでその全てを伝えることはできそうにないらしい。身体のどこにも力が入らないのだ。意識が、感覚が遠のいていく。あの人の顔が見えなくなっていく。

「キーストン! キーストン……!!」

 それでも、これだけは伝えたかった。これを逃したらもう二度と彼には伝えられない、そんな気が強くなっていく。大粒の涙をぼろぼろと零しながら必死になって私の名を叫ぶ彼を見上げながら、どうか届いて欲しい、声になって欲しい、伝わって欲しいと願い、力を振り絞る。たとえもう私に残されていなくても、あらん限りの全力で。

「なかない、で、……まって、て」

 ――トレーナーさん。

 最後は音になったかどうかも分からない。もう何も見えなく、聞こえなくなって、きちんと伝わったかも確かめられない。けれど、意識が途切れる直前、急激に真っ暗になった視界の真ん中には、涙と汗と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら橙色にそれらを光らせ、何度も大きく頷いて笑ってみせる、私の大好きな彼の姿があった。

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