生涯勝ち続けた武士の延長戦 作:常世さん
真田幸村、後藤又兵衛、長曾我部盛親。
この三体の蟲人と蟲奉行所を中心とした江戸の戦力によって発生した江戸・冬の陣。
多くの命が失われ、多くの被害を受けたものの、その結果は江戸の、つまりは人間の勝利によってその幕を閉じた。
その戦の最中、最も功績を挙げたとするならば。敵の総大将にして大阪五人衆の一人である真田幸村を一対一で下した一人の武士だろう。
名を、月島源十郎。月島流剣術の当主を務め、まず間違いなく人蟲問わず最強クラスの男。
その剣術の腕、身体の剛力、精神力。どれをとっても一級品であり、他の追随を許さないほど。
そんな男の最期は、最愛の息子にして、自身の跡継ぎの目の前で行われた一騎打ち。
左肩から心臓に向けて大きく切り裂かれ、即死してもおかしくない様な手傷を負い、その上で勝ちをもぎ取った。
最後の最後まで勝ち続けた男なのである。
*+*
「―――――…………む」
目を覚ます。生きている人間ならば時間はどうあれ、眠れば目覚めるというもの。
だが、こと今目覚めた彼にしてみればおかしいのだ。
「…………なぜ、ワシは生きている?」
彼、月島源十郎は生涯一の大敵とも言えた真田幸村より、致命傷を負いその上で勝利し、そして天命を全うしたはずなのだから。
だが今、目覚めた。それも、どことも知れぬ森の中で。
身を起こせば、やはりどこかも分からない。少なくとも、源十郎には周囲の光景に関して身に覚えなど何もなかった。
「ここが、冥土……いや、違うな」
一瞬、あの世であると当たりを付けた彼だがすぐにそれを否定し
「む………これはいったい、どういう事だ?」
立ち上がり、源十郎は気づく。
彼はとある過去の一件により左足の腱を切っており、立って歩くことにすら添え木による補助が無ければ苦労するような足だったのだ。
それが今はどうだ。傷など一つも見当たらず、袴の裾を捲り上げてもそこにあるのは鍛えられた足があるのみ。
それどころか、
「…………この湧き上がる力………まるで、若返った様な…………」
全身にみなぎる活力。足のケガだけでなく、患っていた肺の違和感もなくしかも体が若返っているオマケ付き。年齢を当てはめるならば二十に差し掛かったぐらいだろうか。
死んだときと同じ、浅葱色の着物に群青色の袴。そして、その体格に見合った一振りの日本刀。
唯一の違いは、その体の肉体年齢のみ。
源十郎は左手を刀の柄へと添えて、右手を顔の前で握った。
「―――――ガハハ!ここがどこかは知らんが、ワシは生きている!ならば、目指すはただ一つ…………」
立ち上る気迫。
「日の本一の武士!死ぬまで勝ち続ける武士になるだけだ!」
*+*
時は大正。江戸時代より進んで数十年ほどの時が経った時代。
武士、というか士族は廃刀令によって廃れてきており、その代わりに台頭してきたのが商人や貴族たち。
この時代の大きな出来事といえば、第一次世界大戦だろう。
いつの時代もそうだが大きなうねりは戦争とともにやって来る。いや、正確には戦争によって既存の基礎が破壊されて、更地になった場所へと新しく文化や政策という礎を築くと例えた方が良いかもしれない。
一次大戦で破壊されたのは、王政に対する考え方。その代わりに出てくるのが共和制などの考え方というもの。
日本もそれは同じくだ。この国には天皇がおり、王政の打倒はそのまま天皇制度の廃止に繋がり、それは共産主義革命へと繋がるという事なのだから。
そこで制定されたのが、治安維持法。これにより、多くの活動家などは封殺されてきた。
そんな激動の時代。光ある所には影あり。人知れず、しかし人の為に動く者たちが居た。
名を、“鬼殺隊”。文字通り、夜陰に紛れて鬼を殺す部隊。政府非公認の組織である。
彼らが目指すのは千年以上前より、闇を跋扈する鬼、鬼舞辻無惨を倒す事。
だがしかし、鬼は強く強大で、狡猾な上に残忍。主食は人間であり、食えば食うほどその力を増していくという特性を有していた。
如何に鬼殺隊の隊士であろうとも任務は常に命がけ。体の一部が帰ってくれば御の字であるほど。
そして、鬼の中でも特に強力な個体を十二鬼月と呼ぶ。
上弦六体、下弦六体に合計十二体。その中でも、上弦はここ百年以上討伐の成功が上がらないほどの強敵。逆に下弦に関しては、鬼殺隊の一定のラインとして定められる程度には討たれていたり。
*+*
夜。草木も眠る丑三つ時。この時間こそが、鬼の時間。
彼らは、太陽に呪われている。日光を浴びれば、その体は容易く崩壊し塵へと変わるのだから。
「うーん…………それ以上頑張るのは、俺としては勧められないなぁ」
「ッ、ヒュー…………ヒュー…………」
向かい合うのは男と女。
男の方は金色の髪に血を被った様な赤が差しており、その手には二つの金属製の扇。瞳には上弦、そして弐の文字。
女の方は一振りの刀を持ち、蝶の髪飾りを付けており歳は少女と女性の中間か。
劣勢なのは、彼女の方。呼吸の音が明らかにおかしく、その体から流れたであろう血は文字通り凍り付いていた。
「苦しいだろう?肺胞が壊死しているからね。俺の血鬼術はそういう代物なのさ」
「ッ、ゲホッ!?」
「ああ、ああ、喋らない方がいいよ。苦しいだろう?辛いだろう?よしよし、俺は優しいからすぐに楽にしてあげようじゃないか」
男はそう言って、笑みを浮かべる。
対して、女は最早動ける状態ですらなかった。
鬼殺隊として、そして“柱”として死ぬ覚悟はできていたつもりだ。だがしかし、それが心残りが無いという理由には繋がらない。
(しのぶ…………カナヲ…………)
息をするだけでも苦しい状態で頭をよぎるのは、最愛の妹たち。
彼女らを置いていくなど、女には出来ない。だがしかし、この状況を打破する方法が無いのもまた事実。
なぜなら相手は十二鬼月。それも上弦の弐ともなれば、実力は上から数えて弐番目。上弦最弱とされる(数字上)上弦の陸ですらも討伐報告が上がっていないというのに、単身で勝てる道理もない。
これから間もなく、彼女は死ぬだろう。鬼に食われて死ぬだろう。
だからこそ、生を諦めきれない。
時間にすれば、一時間から二時間。それだけ経てば、東の空が明るくなるはずなのだから。
(死ねるわけ、ないじゃない…………!)
「おや?諦めないんだね。うーん、これは困ったなぁ」
抗おうとする女に対して、男の瞳はガラス玉のように無機質だ。
言葉は甘く、瞳は冷たく、心は凪ぎ。男の言葉には、心の重みと温かさが一欠けらだって感じられない機械染みた無感動さだけがあった。
かといって、構図は何も変わっていない。死に掛けの女と、鬼の男が向かい合っているだけ。
これから先の未来は変わらない―――――その時までは。
「うん?誰だい、君」
気が付いたのは、男。無防備にも振り返る事から、最早目の前の女を脅威とみなしていないことがありありと分かる態度だ。
男が向いた先に居たのは、一人の大柄な男。
「某、月島源十郎と申す。貴殿は、このような時間に何をしておられるのか」
男、源十郎は厳しい目をして頭から血を被った様な男を睨みつけていた。
彼にしてみれば、その男は婦女子を暴行している様にしか見えないのだ。そして、そんな相手を見て見ぬ振りが出来るほど器用ではなかった。
「うん?そうだね……俺は今から、この子を
「救う?」
「そうさ。どうせ死ぬなら極楽に行きたいだろう?」
口元に閉じた扇を添えて、男はそんな事を宣う。
その言葉には、一切の重みが無い。ふわふわと漂うような薄さであり、一切の芯が無かった。
対面する源十郎もそれには気づく。気づくゆえに、目の前の男は異常であると判断し腰の刀へと添えた左手は鯉口を切っていた。
「ワシには分らん。だが、」
スラリと抜かれる太刀。月光を反射するソレは、さしずめ地上の月のようだ。
「少なくとも、他者から与えれる死に極楽など存在せんわ!」
「ふーん……」
中段に刀を構える源十郎に対して、男は開いた扇で口元を隠すと目を細める。
男、童磨は他人が分らない。共感性と言うか、感受性と言うか、人間性と言うか、人としてあるべき要素が欠けているのだ。
それは、現代医療では精神疾患の一つとして扱われる。だが、この時代では違った。
彼を諭す者は居なかったし、諭されても彼には分からないのだから。
そして、分からないなりに目の前に立つ源十郎の瞳に宿った感情を感じ取ってもいた。理解はできていないが。
「まあ、良いよ。男はあんまり美味しくないんだけど。俺が
「貴様に救われるほど、ワシは落ちぶれておらん!」
*
童磨は初見で目の前の男が、鬼殺隊ではないことを理解していた。そして、その腰に差した刀が日輪刀ではないという事も。
単なる剣客かぶれならば、相手ではない。そもそも、呼吸法によって身体を強化した鬼殺隊隊士ですらも真面に相手にならないのだから。
それ故に、
「月島流―――――」
「正面から来るのかい?まあ、俺は構わないけど―――――」
「―――――富嶽鉄槌割り!!!!」
正面から突っ込んでくる源十郎を軽視した。
振り落とされる形で振るわれた刀を受け止めようと扇を持ち上げて、
「あ………?」
受けた直後に、童磨の体は真上からまるで巨大な鉄槌に叩き潰されたようにして押しつぶされ、叩き切られていた。
アッサリと殺し、しかし嫌な予感がぬぐえなかった源十郎は直ぐに、側で死にかけている女性の元へ駆け寄った。
「ご無事か、ご婦人」
「……あな…………たは…………」
「ワシは…………いや、それはまた後としよう」
倒れた彼女の無事を確認した源十郎は、すぐさま立ち上がり振り返った。
そこでは、ついさっき頭の先から文字通り叩き潰した童磨が無傷の状態で立っているではないか。
「物の怪か」
「いやー、驚いたよ。あんな風に頭の先から爪先までぐっしゃり潰されたのは、初めての経験だった」
驚いたような様子を見せる童磨だが、その目は欠片も笑っていない。
日輪刀ではないのだから、彼が殺される可能性は殆どない。強いてあげても朝まで粘られて日光で焼かれる可能性位である。
だがそれは、この場限りの話。
油断していたとはいえ、彼は上弦の弐に位置する鬼。幾人もの鬼殺隊の隊士を退け逆に食らい、宝を伸ばしてきた存在だ。
そんな彼が、一太刀で脳天から爪先まで叩き潰される。呼吸も、日輪刀も使わないただの侍にだ。
「―――――少し、本気だそうかな?」
扇がれる扇子。
視認できないが、彼の振るう扇子の風に乗り微細な氷の粒が混じっているのだ。
吸い込めば、肺の細胞を壊死させ隊士の生命線でもある呼吸を封じることが出来る彼の初見殺しの技。
―――――血鬼術 粉凍り
通常の戦闘ですらも、呼吸を制限するのは自殺行為なのだ。何よりこの技、真面に肉眼で視認できない。
現に、源十郎も見えてはいなかった。見えてはいなかったが、彼には今までの戦闘経験がある。それも、膨大なモノでありそれは対人のみならず、化け物の様に巨大な蟲なども含まれていた。
「月島流―――――」
下段に刀を構えてからの踏み込み。
「―――――富嶽山嵐!!!!」
振り上げられた刃は、風を巻く。
元々は、相手の刀を絡めとり受け流す返し技であったが、ここに相手の“流れ”を読み切る目が合わさる事で破壊力が劇的に跳ね上がる。
そもそも、源十郎の振るう月島流剣術は、純粋なまでの殺人剣。その中でも、“富嶽”を冠する技の数々はその主眼を鎧武者百人との混戦に対して刀一振りでどれだけ多くの敵を死に至らしめるか、としているのだ。
例えば、先程放った鉄槌割り。これは相手を押し倒して斬るという二つの動作を一つに集約して破壊力を増した代物。
渦を巻いて嵐のように突き抜ける暴風を受けて、童磨は口元を腕で庇いつつ目を細めた。
似たような技を扱う呼吸法が存在することを彼は知っている。知っているが、目の前の侍が放ったソレは規模が違った。
粉凍りは跡形も無く吹き飛ばされ、周りの家屋の一部も捩じ切られるようにして風に巻き込まれて吹き飛ばされている。
「月島流―――――」
潰された視界の中、声だけが響く。
「へぇ…………」
「富嶽
舞い上がる粉塵を突く抜けるようにして放たれた螺旋を纏う突き。
技名叫んで放つのだから童磨でなくとも、この不意打ちには対応できるだろう。
問題は、その破壊力だ。
防御に回した扇子はそのまま貫かれ、彼の体の上半身七割を抉り穿つ。
勿論、鬼である彼は逆再生の様にその体を再生させる。させるのだが、カウンターを合わせて切りつける事すらできないのは初めての経験だった。
文字通り、高速で振るわれる二つの扇子。それを、源十郎は真正面から刀一振りで斬り合いを制していた。
当然だ。源十郎は、前世と言うべきかこの時代に来る前に、人外より人の領域ではない剣を振るうといわれた男。修羅神仏の領域に到達しているのだから。
人外だろうが、人を薄紙の様に殺す化け物だろうが、敵ではない。
何より、上記の評価は彼が肺を患い、尚且つ左足の腱を断ち切った状態でのもの。文字通り、肉体が最盛期で尚且つ一切のハンデが無い状態ならばその腕前は加速するというもの。
「……」
童磨は目を細めた。
相手が日輪刀であったなら軽く二桁は殺されている。上弦の弐でもある己が、だ。
しかもこの男、鬼殺隊のように呼吸による自己強化を行っていない。
にもかかわらず、鬼神の如し強さだ。今も真正面から真っ二つにされ、再生しながら後退を余儀なくされる。
その一方で、源十郎もまた膠着状態を余儀なくされている。
押せるが、押し切れない。相手の再生は限度が無く、氷の技の数々も対処可能だが大本が潰しきれない現状、徒労にしかならない。
(死ぬまで殺し続ける、は現実的ではないか)
相手の持久力が分からない以上長期戦に持ち込む事は、自殺行為でしかない。
そしてこの場のもう一人、花柱である胡蝶カナエはその光景に目を見開いていた。
鬼殺隊における常識は、呼吸をもって鬼を討つ。
必要なのは、全集中の呼吸への適正と、それから特殊な金属によって造られた日輪刀。これらを合わせて鬼の首を刎ねる事により打倒できる。
しかし、現在進行形で上弦の弐を押している男にはどちらも当てはまらない。当てはまらないうえで、鬼に迫る、ないしは凌駕する剛力と剣術の腕前だけで押していた。
「連撃必殺!富嶽鉄槌割り!!!」
「ぎっ……!本ッ当に分が悪いなぁ……!」
初太刀に見舞った技の、名前の通り連続で放つ攻撃を前に童磨の身体は挽肉もかくやと言わんばかりの有様に変えられ、どうにか再生を果たす。
だが、ぶっちゃけ童磨は逃げ出したくなっていた。というか、今すぐにでもこの場を立ち去りたい。
「黒死牟殿でも厳しい?何なんだろうね、君」
「ワシが、逃がすとでも思うのか?漸く体も温まってきたというのに」
そう言って源十郎が刀を一振りすれば、それだけで道に亀裂が走った。
童磨の頬が引き攣る。ただでさえ歯が立たないというのに、そんな相手が
ただ、それでもまだ童磨には逃げる隙がある。
如何に押していても、月島源十郎には
だからこそ、
「ゲホッ!!こ、れを……!」
「!」
最後の力を振り絞り、投げられるのは薄赤紫色の刀身を有した刀。
反射的に源十郎はそれをキャッチ。同時に、童磨の頬が引き攣った。
説明はない。だが、研ぎ澄まされた感覚が源十郎の背を押す。
七尺の背丈に迫る彼にとっては少々丈が足りない代物だが、自身の愛刀を鞘へと納め右手で受け取った刀を構えた。
「むっ?」
ただ握ったつもりではあった源十郎。だが、彼は
受け取った刀、日輪刀にはとある性質がある。
色変わりの刀と呼ばれ。一定以上の力量を持つ剣士が手に取ると、その刀身を修めた流派の色へと変えるというもの。
そしてもう一つ。こちらは知られていないが、その刀身は宛ら熱せられた鉄の様に紅く染め上げ、鬼への特攻を得るとされる。
その現象が、今まさに月島源十郎の手で起きていた。
受け取った刀の刀身が紅く染まり、火と紛う程の熱を発しているではないか。
「そ、れは……」
童磨の記憶。より正確には、彼に血を与えた存在に深く深く刻まれた恐怖の記憶。
反射的に硬直する体。その隙を、源十郎は逃さない。
「月島流!」
「っ!?不味――――」
大上段に構えられる赤熱した刀。童磨が気付いた時には、源十郎は目の前に居た。
赫灼のギロチンが振り落とされる刹那、不意に響くのは琵琶の音。
童磨の足元に開かれた襖が現れて、彼の身体はその中へ。
咄嗟に源十郎は振り下ろす刀を加速させたが、それでも一歩遅かった。
「……
大地を円形に叩き潰し、一段低くなったその中央で源十郎は苦みを堪えるように呻いた。
油断をしていたつもりはなかったが、それでも相手の戦力を見誤ってしまったことは確か。
東の空が白む頃、複数人の足音が近づいてきていた。