ブルーアーカイブ〜楽園より愛を込めて〜 作:透き通る世界のシミ
エデンの設定→異世界適正◎
教授→先生でもある
子供(生徒)好き→漏れなく「先生」適正◎
銃火器の扱いに異様に詳しい→キヴォトス適正◎
20代で教授とかいう高スペック→アロナサポートあれば指揮系統でちょっとくらい盛っても問題ない(?)
結論、オリバー先生は先生だった…?
ということで見切り発射で書きました。
窓の外を流れるのは摩天楼。
低い建造物を探す方が難しいくらいに景色を埋めるビル、ビル、ビル。
その隙間を高速道路が絡み合うように建ち並ぶ。
街のライトに照らされた夜の中、光の軌跡を描きながら滑るように高速で通過する車の
複雑で立体的な都市のごく日常的な夜は、しかしまるで一つのショーの如くキラキラと煌めいていた。
そんな近未来都市と呼ぶに相応しい、遥かな銀河を地上に落とし込んだような夜景を、男は手に持つ本から視線を外し何の気無しにチラリと見遣る。
そうして、車窓に映った己の眼と視線が重なった。
「…ふぅ」
何処か己自身に咎められていたような気がした男は、誰も居ない車両で一人疲れを吐き出すようにため息を
目を伏せ眉間をマッサージするように抑える彼は片目を開けて活字を覗くも、じんわりと蝕むように広がる疲労を感じ取りパタンと本を閉じた。
本をしまい、小さく乱れた特徴的な緑のスーツを正し、逆にストライプ柄の入ったネクタイを軽く緩めると再びため息を吐いた。
「…日本までは…まだ、掛かるかな」
そう、ポツリと呟く。
彼の言うようにこの電車が向かっているのは日本。
日本海と太平洋が東西に渡って広がる小さな島国である。
ならば、順当に考えれば彼が今現在居るこの場所は日本と地続きとなった地形の先にある外国ということになるのだが…残念ながら、当然島国である日本へと電車で直行できるような国は存在しない。
ではこれが彼の疲れから生まれた世迷言なのかと言われればそんな事はない。
この電車が向かうのは間違いなく日本である。
尤も、答えを言うのであればこの電車が走るのは外国でも…ましてや海でもない。
「…明日の予定だけでも確認しよう」
———
それがこの都市の名である。
地球から見れば異世界と言える此処では、今彼が乗っている電車———転移装置を用いて異世界へ渡る技術が確立されているのだ。
「…着いたらまずホテルにチェックインして…うわぁ、そっか今回砂漠だったなぁ…」
眠い目を擦りながら今後の予定を確認している彼は此処エデンの住人であり、若くして大学にて教授を務めつつ研究に励む賢才ある青年だ。
現在の彼は、明日ゼミ生と共に向かう予定のフィールドワークのため日本へと移動しているところであった。
「…このくらいでいいか」
携帯端末に保存していた資料や予定を確認する彼は、文字の羅列を眼に通すとシャットダウンした。
それをポッケにしまうと、癖なのか態々腕時計を除いて時間を確認する。
「…少しは睡眠も取らないと…」
筆で流し描いたような綺麗な垂れ目を眠そうに細め、うつらうつらと首を垂れる。
そうして腕を組み、彼は夢の世界へと直行したのだった。
《……我々は望む、七つの嘆きを。》
《……我々は覚えている、ジェリコの古則を。》
『接続パスワード承認。』
『「シッテムの箱」へようこそ、———先生。』
———私のミスでした。
そんな呟くような声に、青年はうっすらと目を開ける。
———私の選択、そしてそれによって招かれたすべての状況。
———…結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るなんて。
寝惚け眼で見る世界は質の悪いフィルターを通したようにぼやけ、しかし夜とは到底思えない程の眩い日差しが差し込んで来る。
———今更図々しいですが、お願いします。
そして、その光を背後に、己の向かいに座る少女を視界に収める。
辛うじて口元は見えるものの、その全体像は景色に溶け込んでどうにもハッキリとしない。
———きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。
———何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから…。
———ですから…大事なのは経験ではなく、選択。
———あなたにしかできない選択の数々。
電車の中には己と向かいの少女以外の乗客は見当たらない。
青年と見知らぬ少女の二人だけである。
———責任を負う者について、話したことがありましたね。
———あの時の私にはわかりませんでしたが……今なら理解できます。
———それが意味する心延えも。
青年は彼女の独り言のようなその言葉一つ一つに覚えはなかった。
だが何故だか、不思議とそれが他でも無い己に向けられているものだと理解できた。
人違いでも、勘違いでもなく、きっとこの子は自分に何かを伝えようとしているのだろうと。
———………ですから、先生。
淡々と、それでいて強く感傷を込めた声音で彼へと思いの丈を伝えていく少女を前に、青年はただじっと言葉を待った。
無関係であるはずの事を、そうでは無いと切り捨てられない彼女の想いを。
———私が信じられる大人である、あなたなら。
———この捻れて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。
———そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。
…。
理解はできない。
何のことなのかは見当もつかない。
だがやがて再び遠のいて行く意識の中、彼は何となく、そして心から…
———だから先生、どうか……。
…その声に応えてあげたいと、そう感じた。
「———い」
「———先生、起きてください」
「———先生!!」
その鋭い声に青年は再び意識を覚醒させた。
呻きにも似た重い声を漏らしながら、彼は形の良い眉を顰めてゆっくりと目を開く。
「…ぅ、ん」
その視界に映るのは知らない天井である。
寝起きということもあってかその事に思考が停止した彼は、とりあえず声がした方へと視線を遣す。
「……どうやら、相当お疲れだったみたいですね」
そこに居たのは艶のある黒い髪を伸ばす、眼鏡をかけた理知的な印象を持つ少女であった。
少女はどこか呆れた様子を見せつつ、ため息を飲み込み切り替えるように口を開く。
青年はその自然な対応につい謝罪をしてしまう。
「…あぁ…ごめんね、最近あまり寝れていんだ———じゃ、なくてッ!!」
と、その瞬間、己の今日の予定を思い出した彼は途端に困惑と焦燥を織り交ぜた表情を浮かべ思わずといった風にそんな大声を発した。
勢い良く起き上がり、首が取れそうな勢いで周囲を見渡した。
「え、此処どこ!?さっきまで電車で予定を確認してて、それで…」
エデンから発した電車にのっからの記憶を辿るように口に出す彼に、少女はとうとう飲み込んだ筈のため息を吐いて再度口を開く。
「……混乱されているようですが、手短に、改めて今の状況をお伝えします」
まさか何処かで酒でも飲んで酔い潰れでもしたのだろうかと、あり得なくもない可能性が脳裏を過り血の気が引く。
もしそうであれば、自分は日本についてからフィールドワークもゼミ生も放り出して酒に入り浸った事になる。
特に砂漠の調査など専門家だって呼ぶと言うのに…。
サッと顔を青くする彼の隣で、少女がそう切り出した事に青年は身を乗り出すように食い付く。
そんな彼に対し少女は務めて冷静に説明を行う。
「まず、自己紹介を。私は七神リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。そしてあなたが件の『先生』…と伺っていますが…」
七神リンと名乗る少女は簡潔にそう語った。
それを静かに聞いていた聞く青年は先程までの困惑や焦燥は何処へやら、「学園都市『キヴォトス』」という聞いたこともない地名が出たところで顎へ手を遣り、彼女の方を向いたまま俯いて冷えた思考を巡らせる。
「(…学園都市、キヴォトス…)」
そんな地名などエデンどころか地球にも存在しない。
彼は専攻する分野は「文化人類学」であり、エデンは勿論、よく訪れる地球の地理にも詳しいつもりだ。
だが、そんな彼でも学園都市キヴォトスなどと言う都市は記憶を遡れど遡れど見当たらない。
と、なれば———
「(異世界…かな)」
可能性は高いだろう。
と言うか、ほぼ確定である。
よく異世界へと訪れる彼であるからこそ、そこまで疑うこともなく可能性の一つとして数えることができる。
彼は再度少女へと視線を向けるとベットから立ち上がり、確証を得るべく疑問を晴らす。
立ち上がったのは単に自分だけ座っているのが忍びなかっただけである。
「…リンくん、でいいですか?まず…私はオリバー・エバンスと申します。今の状況について幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論」
「では…貴女は『地球』をご存知ですか?」
「…いいえ」
不思議そうな顔で首を振るリン。
オリバーは己の推測を確固たるものにする感覚を得つつ、質問を続ける。
「なら、『エデン』は?」
「…申し訳ありませんが」
「いえ構いませんよ。此方も確認が取れましたから」
手で制するようにしてそう言う彼はやはり、と確信する。どうやら此処は異世界と思っても問題なさそうである。
彼の中で重要な事実確認をしたという小さな小さな達成感と、大ごとになってしまったという億劫な気持ちが混ざり合う。
今までも何度が面倒ごとに巻き込まれた経験はあるが、流石に世界を超えて遭難したことなど初めてである。
彼は心の中で大きなため息を吐いた。
しかしそこで、だとすると、と新たな疑問が湧いて来る。
「…ところで、『件の』というのは…?」
聞き逃しそうになったが、先程少女は己を『先生として呼び出した』と言っていた。
確かにオリバーは大学の教授ではあるが、何故無関係であろう異世界の人間———人間、なのか分からないが———がその事を知っているのか。
更には『呼び出した』といことは此処へやってきてのは事故などではないと言うこもでもある。
彼は恐る恐るといった風にそう尋ねた。
すると、少女は人形のように整った顔立ちを少し困ったように小さく歪めて答える。
それは決して不快感を露わにしているのではなく、むしろ彼に対して謝意を込めいるように見えた。
「…そのことも含めご説明させていただきます。…それと、大人である先生が生徒である私にそう畏まった態度は取らなくても良いかと」
「…あまり年齢で上下を決めるのは好きじゃないんだけど…そう言ってもらえるのなら、甘えさせてもらおうかな」
気を使わせてしまったと反省するオリバー。
態度が砕けた彼に変わらず丁寧な物腰で接するリンは仕切り直すように一つ咳払いをすると、説明を続ける。
「…実は、私も先生が此処に来られた経緯を詳しく知らないのです。先生を呼び出したのはまた別の者であり…私はその案内として参りましたので…」
「…」
青年は内心で「えぇ…」と困惑するも、質問ばかりしていては話が進まないと黙って続きを促す。
「このような状況になってしまったとこと、大変遺憾に思います。ですが、今はとりあえず私に付いて来て頂いてもよろしいでしょうか」
「…分かった、よろしく頼むよ」
「此方です」と背を向けるリンにオリバーは追従する。
此処で事情も知らないまま馬鹿正直に付いていくのも中々に危険ではあるが、しかしこのまま動かなければ何も情報が得られないのも事実。
諸々の疑問は後回しにして、彼女の言うようにとりあえず付いて行くしかないだろう。
何かあったらその時はその時である。
リンが乗り込んだエレベーターへと乗り込めば、無機質な扉が左右からスライドし、閉じる。
部屋の物とは違う、開放感のある透明なガラスから差し込む自然の光が己と隣の少女を照らす。
上へと動き出したことで特有の小さな重力が体に降りかかった。
「…改めまして…キヴォトスへようこそ、オリバー先生」
そう歓迎の言葉を送る少女を視界の端に、オリバーは目の前に広がる世界に目を奪われる。
それは表すならば「青」。
晴れ渡る空は勿論、無機質な筈のビルやタワーマンションも、何故だか透き通るような青色を思わせる。
摩天楼は遠くの方にはまで続いており、己の暮らしていたエデンや日本の大都会を想起した。
———綺麗だ、と素直にそう思った。
「キヴォトスは数千の学園が集まって出来ている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります」
そんな事を思っていると彼女がそう付け加える。
数千、とはこれまたとんでもない数だ。
確か日本の全国高校の数が一万にも満たなかった筈なので、日本中の高校をギュッと一箇所に固めた感じなのだろうか。
もしそれが本当ならこの「キヴォトス」は相当な規模の都市なのではないだろうか。
———と、そこまで考えた彼は彼女のとある言葉にまたも引っ掛かりを覚える。
「きっと先生がいらっしゃったところとは色々なことが違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが———」
「———ちょ、ちょっと待って……え、働く…僕が…?」
人目も憚らず———とは言っても相手は一人だが———困惑を露わにするオリバー。
思わず乗り出すように素で問いかけてしまうが、無理もないだろう。
何せ、自身が全く知らない間に全く知らない土地で働くこととなっているのだから。
「は、はい…そのように伺っておりますが…」
彼女も戸惑いつつそう答える。
…どうやらこれは本気で酔っ払っていた可能性も捨てきれなくなって来たのではないだろうか。
それとも己の預かり知らぬところで異世界への転勤の話でも進んでいたのだろうか。
「……」
「せ、先生…?」
「…いや、何でもないよ。遮っちゃってごめんね、続けてもらっても良いかな?」
腕を組んで盛大に顔を顰める彼はそこで考えるのをやめた。
もうここまで来たら自分だけで考えても仕方ないだろうし、きっとこの子に聞いても分からないのだろう。
先程ただの案内役だと聞いたばかりではないか。
そもそもエデンと繋がりがあるかどうかも不明な今は何よりも情報を得ることが先決である。
そう無理矢理思考を冷やした彼は表情筋を緩めて彼女に向き直った。
「で、では———」
そうして、気を取り直して彼女が口を開いた時だった。
———。
ベルを鳴らしたような小粋の良い音がエレベーター内に響く。
「…着いたようですね。では此方へ。因みに先生を呼ばれた方に関して———」
「———代行!見つけた、待ってたわよ!」
スー、と僅かな軋みも感じかせず扉が両傍へスライドし、彼女に従ってフロアへと足を踏み出した時、唐突にそんな声が聞こえて来る。
そうして二人の正面へと一人の少女が躍り出た。
深海を思わせる藍色の髪をツーサイドアップにした、スーツにも似た…恐らくは制服を着た彼女はツカツカと苛立ちを滲ませた歩を此方へと進める。
「首席行政官、お待ちしておりました」
続けて視界の端からやって来たのは巨大な黒の翼を携えた黒髪の少女である。
隣の少女とは違い此方はセーラー服に似た物を着ており、裾の長いスカートには最早スカートとしての機能を果たしているのか疑いたくなるようなえげつないスリットが入っていた。
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
最後に来たのは黒縁の眼鏡をかけた少女。
ミルクティーのような色の髪の毛先を両サイドで結び、シンプルな白のブラウスに黒のミニプリーツスカートを履いた彼女は、腕に分かりやすく「風紀」と書かれた腕章を携え此方———というよりリンへと問いただす。
そして、そんな三人からの襲撃に遭ったリンはと言えば———
「…あぁ…面倒な人達に捕まってしまいましたね」
表情が語る感情を余す事なく口に並べていた。
先程までのオリバーに対する懇切丁寧な雰囲気とは真逆の…まるで散らかった部屋を片付ける直前のような、そんな倦怠感を思わせる様子である。
「こんにちは、各学園から態々ここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん」
「こんな暇そ———大事な方々がここを訪ねて来た理由はよく分かっています」
「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うため……でしょう?」
鋭い、余りにも鋭い皮肉がジャックナイフの如く放たれる。
和かな顔でそんな事を言う彼女に、隣に居たオリバーも思わずギョッした。
しかしその事自体は特に気にしていないのか———あるいはいつものことなのか、藍色の髪の少女が変わらぬ調子で噛み付く。
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!」
「数千もの学園自治区が混乱に陥っているのよ!この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
どうやら彼女の言い分を聞く限り、連邦生徒会とやらは学園都市全体に強い影響力を持っているらしい。
少なくとも、都市全体の責任を問われる程には。
…というより混乱とは一体何なのだろうか、とオリバーは純粋な疑問を抱く。
当たって欲しくはないが、己が此処へ連れてこられた理由と無関係ではない…気がする、と。
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱走したと言う報告もありました」
眼鏡の少女がそう言う。
脱走、とは中々に穏やかではない。
「スケバンのような不良達が登校中うちの生徒達を襲う頻度も最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
いつの間にかやって来ていた純白の羽を思わせる髪をサイドテールにした少女が付け加える。
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
そもそも学園都市なのに何故1%でも当たり前の如く兵器が流通しているんだろうか。
彼の中で正常な学園生活とはそんな物騒なものとは縁が無いはずである。
というか、そんなことよりもオリバーには気になることが一つあった。
「(その銃何に使うの…?)」
今やって来た数人は何故だか各々が異なる銃を持っているのだ。
地球においても国によっては自己防衛を目的として銃の携帯が認められているし、エデンでも中央区にもなれば致死級の事件など茶飯事であり、天気予報があっても良いくらいには銃弾の雨が飛び交っている。
だが、言うように此処は学園都市。
しかも制服を着ていることから、おそらくら彼女達は現在普通に登校して来た後だと思われるのだが…兵器も含め、なぜ当たり前のように銃を携帯しているのだろうか。
「(それくらい危険な世界ってことなのかな…)」
世界が違えば常識も異なる。
当たり前のことかもしれないが、面食らってしまうのも仕方のない事だろう。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」
と、そうオリバーが密かに顔を顰めていたところ気になる単語が耳に飛び込んで来た。
「(連邦生徒会長…?)」
どうにも緊急時であるようなので口を挟まぬよう何とかその疑問を心の中に押し留める。
生徒会長というからには連邦生徒会の最高権力者、ないしはそれに準ずる存在なのだろう。
確かリンは連邦生徒会の幹部だと言っていた。
ならば、恐らくは彼女の上司であろう生徒会長は己を呼び出した存在について何か知っているのではないだろうか。
あるいは召喚した本人かもしれない。
目の前で問いただす少女程ではないが、オリバーも是非ともその生徒会長と話をしたいところだった。
しかしその希望もリンの次の言葉によって儚くも崩れ去ってしまう。
「……連邦生徒会長は今席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「ッ!?」
「…えっ!?」
「…!!」
「やはりあの噂は…」
驚く少女達。
そしてそれ以上に驚くオリバー。
どうやら唯一…なのかは分からないが、大きな手がかりとなりそうな人物は現在消息不明らしい。
というか彼女達と同年代の子供が行方不明とは、かなりの案件なのではないだろうか、と彼はどうにもリンとの温度感の差を感じる。
だがリンは涼しい顔をして続ける。
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者が居なくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」
「認証を迂回できる方法を探していましたが…先程までそのような方法は見つかっていませんでした」
『サンクトゥムタワー』とやらが何かはわからないが、どうやら今のキヴォトスは全域がほぼ無法地帯のようになってしまっいるらしい。
当たり前のように銃火器が流通している世界でそれはなんとも恐ろしい話である。
そう戦々恐々としているところ、彼は彼女の発言に小さな引っ掛かりを覚えた。
「(…『先程まで』…?)」
「それでは、今は方法があると言うことでしょうか?」
大きな翼を持つ長身の少女がそう尋ねる。
どうやら同じところに違和感を感じたらしい。
その言葉を受け取ったリンは「はい」と小さく頷くと、此方を指すように手を翻し視線を遣す。
そうして───衝撃の発言をする。
「───この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
「………エッ!?」
「!?」
「!」
「この方が?」
彼女の発言によりその場にいる全員の視線が集中する中、彼は驚愕の声を漏らしてしまう。
「ぼ、僕が…?」
思わず己を指差し戸惑いを露わにリンへと問う。
「ちょっと待って。そういえばこの先生は一体どなた?どうしてここにいるの?」
「キヴォトスではない所から来た方のようですが…先生だったのですね」
「はい。こちらのオリバー先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
そんな彼を他所にリンはそう説明する。
「(…なんだか凄い事になってきちゃったなぁ…)」
しかしここまで来たらもう引き下がれないだろう、とオリバーは静かに前にでると一つ息を
「…彼女の言う通り、これからここで働くオリバー・エバンスです。お世話に…なるかはわからないけど、よろしくね」
「こ、こんにちわ。私はミレニアムサイエンススクールの───って、今は挨拶なんてどうでもよくて…!」
「そのうるさい人は気にしなくて良いです。続けますと───」
「───誰がうるさいって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいてください、先生!」
先程から切れ味が落ちないリンの言葉の数々に苦笑いを浮かべるオリバー。
「勿論。よろしくね、ユウカくん。正直、僕も現状をあまり理解していなくてね…。リンくん、結論を急ぐようで悪いんだけど、結局僕は何をしたらいいのかな?」
「え、先生もご存知ないんですか?」
「うん。何せ今日来たばかりで…」
「先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げたある部活の担当顧問としてこちらに来る事になりました」
「部活…」
ここまで仰々しく持ち上げられている割に与えられる肩書が部活の顧問とは。
オリバーは肩透かしを食らうとともにそんな疑問を抱く。
リンはそんな彼の心の声を知ったか知らずか、続けて口を開いた。
「はい、それこそが───連邦捜査部『
「単なる部活ではなく一種の超法的機関。連邦捜査のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒達を制限無く加入させることすら可能で、各学園の自治区で制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」
「…それ本当に部活なの?」
「はい、勿論。…私も何故これだけの権限を持つ機関を連邦生徒会長が作ったのかはわかりませんが…」
どちらかと言うと部門や部署…もっと言えば省庁の方がしっくりと来る肩書である。
しかし確かにキヴォトス全域の学園を取り纏める組織である連邦生徒会の部活とは、則ち国で言う省庁に近い存在と言える…かもしれない。
「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます」
「その『とある物』っていうのは?」
「…申し訳ありませんが」
「いや、言えないなら良いんだけどね」
「…ありがとうございます。…そして此方の役割としましては、先生をそこへお連れすることとなっています」
言葉を濁しているのはそれ程重要な物なのか、あるいは単に内容を知らされていないだけなのか。
今までの傾向からして後者の方が可能性は高そうではあるが、どちらにしても無粋な発言だったかと反省する。
それに、冷静に考えれば此処で直接渡さず態々本拠地の地下に安置している辺り、機密性が求められる物でもあるのだろう。
そんな一人反省会をしている彼を横目に、リンは耳を澄ませるように手を当てると誰かへ語りかけるように声を発する。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど…」
まだ出会って数分程度であるが、砕けた口調の彼女は何処か新鮮に感じる。
オリバーが取り止めも無くそんな感想を抱いていると、突如として目の前に桃色の髪をツインテールにした少女を模ったホログラムが映し出される。
彼女が「モモカ」なのだろう。
モモカはスナック菓子を片手にリンへと応答する。
『シャーレの部室?……ああ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?』
「大騒ぎ…?」
『矯正局を脱走した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』
「…うん?」
『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?』
オリバーは本日数度目の驚愕を体験した。
元の暮らしでも十分に慣れていたと思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。
まさか子供が銃どころか戦車を持ち出すような世界とは…嬉しくない新情報である。
これではおいおい散歩もできないかもしれない。
なまじ技術力が高いのもタチが悪い。
『それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど?』
「……」
『まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!』
そうして何とも軽い理由で通信が切断される。
余りにも、余りにも緊張感のない彼女の様子に反して、与えられた情報はとても笑えない内容であった。
「……」
『戦場になってるよ〜』辺りから既に怪しかったが、オリバーは今のリンを直視することができない。
しかし視界の端でプルプルと震える彼女に、どうにも居た堪れない気持ちになる彼は恐る恐る声をかける。
「だ、大丈夫…?僕でも理解できるくらい不味い状況みたいだけど…顧問みたいだし、出来ることは協力するよ…?」
「…大、丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
大嘘である。
問題に問題が重なる辛さというものはよく理解している故、オリバーは彼女に深く同情した。
「……!」
そうして怒りに震えながらも何とか冷静さを保つ彼女は、はたと抑え込むように俯いていた顔を上げる。
その視線の先には───ユウカ達抗議組が居た。
「…?」
「な、何? どうして私たちを見つめてるの?」
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
「……えっ?」
…成程、とオリバーは彼女の言わんとしていることを察した。
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう、先生も此方へ」
「ちょ、ちょっと待って!? どこに行くのよ!?」
先程の通信切断もかくやと言わんばかりに一方的に自己完結したリンは、そのままエレベーターへとスタスタと乗り込んで行く。
未だいまいち状況を理解しきれていないユウカ達はそれを追いかける形で着いて行った。
「(はぁ…本当に大変な事になったなぁ…)」
オリバーは言われるがまま足早な彼女の後ろを歩くが、その表情は既に何処か疲れているように見えた。
兎に角教授と生徒の絡みを書きたい