この抜けるような青空を、二人で。   作:アキみかん

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量産型殲滅戦

 弐号機と零号機は同時に大地を蹴った。

 上空から自由落下へ切り替えた量産型の一機が迫る。

 両刃の大剣ー諸刃の剣が振り下ろされ、弐号機と零号機は下方を滑るように通過した。大太刀の一撃は大地を揺るがしながら深く地面に突き刺さる。機体へのダメージこそなかったものの、零号機を優先したために、弐号機のアンビリカルケーブルが切断されてしまう。

「ちぃ……!」

 ジオフロントの端まで駆け抜けた二体のエヴァは、そこへ放置された武装まで行き着くと、それらを手にしてようやく白いエヴァの大群を振り返る。

「やるわよ、レイ」

 左手にプログレッシブ・ダガー、右手に長刀ビゼンオサフネを携えた弐号機が腰を落として迎撃体勢をとる。その後方で、中継地点のアンビリカルケーブルへ接続を切り替えた零号機が、ガンマ線レーザーを右手に構えた。

 改修が加えられたレーザー砲は一定のチャージが必要ではあるものの、一撃で使い物にならなくなる心配はなくなった。だが、S2機関を持たないエヴァ零号機に接続する以上、出力を大幅に制限し、アンビリカルケーブルからのエネルギー供給があるとはいえ、無限に撃てる代物では依然なかった。

「ケーブルは?」

「至近距離での陸戦になる。弐号機は無理ね」

 弐号機の内部電源は万全ではなく、すでに三分を切っている

ーさて。

 近接戦闘特化の斬撃兵器と、長距離砲の組み合わせ。狭いジオフロントの中で複数の敵と闘うには、組み合わせがよろしくない。本来、ガンマ線レーザーは超長距離からの狙撃用なのだ。

 援護射撃を活かすためにも、ATフィールドの中和も考慮して、弐号機と量産型は乱戦にならざるを得ない。しかしそうなれば、レイは迂闊に砲撃できなくなってしまう。

「レイ」

 そこで、アスカは恐るべき提案をした。

「でも……」

「大丈夫」

 言い淀むレイに、アスカは快活に言い放った。

「私が射線上にいても、構わずトリガーを引いて。いいわね?」

 

 先方の量産型とエヴァ弐号機が斬り結んだ瞬間、シンジは発令所前方の大型モニターを睨みつけながらギリギリと歯を食いしばった。

「何が目的なんですか……?」

 くぐもったシンジの声は、静かな怒気をはらんでいた。

 ミサトは答えない。

 連絡通路付近には、ミサトが射殺した戦自隊員たちの死体が大量に転がっていた。

 シンジに恐怖はなかった。怒りがシンジ自身を塗り潰し始めていたからである。

「答えてよ、ミサトさん……」

 ミサトは答えない。

 シンジはモニターを凝視したまま、右手の指先を首元のDSSチョーカーへ食い込ませた。

 皮膚が抉れ、チョーカーの下から血が滲む。それに反応するかのように、シンジの首筋から電流のような激しい光が僅かに溢れた。

 ミサトは目を細めて、その光を見つめ続けていた。

 

 ビゼンオサフネと諸刃の剣の切っ先が激突した瞬間、重たい炸裂音と共に巨大な火花が飛び散り、互いの刃を後方に押し飛ばした。

「この……!」

 衝撃と共に、プラグ内のアスカの上体も激しく横へ揺れる。

 パワーとスピードは五分だ。これが九体。後方のレイには近づけさせるわけにはいかないから、押し込んでいくしか手はないが、囲まれるのは避けられない。長引かせるのは具合が悪い。

 アスカが息を吸い込んだ瞬間、呼応した弐号機は地面を抉りながら踏み留まり、未だふらつく量産型の懐へ大きく踏み込んだ。

 下方から上空へ長刀が舞う。諸刃の剣を握り込んだまま肘から両断された量産型の両腕は、上空へ高々と跳ね上がった。

「アインツッ!」

 よろめく量産型の胸元にプラグダガーの追撃が突き刺さる。ニヤついたままの顔が気に入らない。アスカはダガーを素早く抜き取ると、ビゼンオサフネで胴体を斜めに袈裟斬りにした。

 諸刃の剣と両腕が地面に降り注ぐよりも先に、弐号機の両サイドから二体の量産型が迫る。

 アスカは即座に右側を無視してレフトサイドに対応した。右手のエヴァの肩口を、零号機のガンマ線レーザーが貫通していく。致命傷には至らないが、充分だ。

 プログダガーの機動性を活かして、量産型が振り上げた諸刃の剣を振り下ろすよりも先に、弐号機は白いエヴァの喉元に切っ先を深く刺突させた。そのまま真下にダガーを引き裂き、量産型の胴体を掻っ捌く。

「ツヴァイッ!」

 弐号機の背後から、もう一機がワンテンポ遅れて襲いかかる。屈み込んでいた反動を利用して、アスカは振り向き様、飛び上がるようにビゼンオサフネの斬撃を見舞った。

 捻転で加速させた一撃は、量産型の右腕を折り斬り、胸元までその刃を喰い込ませた。コアに到達する直前で停止したのは、量産型が残った左手でオサフネの刀身を握り締めたからだ。

「こいつ……!」

 二機の量産型の正面から、さらにもう一体のエヴァが大刀を中段に構えて弐号機へ突撃した。

 エントリープラグにけたたましい警告音。そのアラートよりも速く、アスカはビゼンオサフネのグリップを起点に、サマーソルトの要領で弐号機を真上へ一回転させた。

 先ほどまで弐号機がいた空間を、零号機の放った二発目のレーザー線が迸り、正面の量産型の胸部コアから背後のダミープラグにかけてを正確に撃ち抜き、遥か後方へ吹き飛ばした。

 回転する弐号機がオサフネの鍔を捻り、量産型のコアを刀身のミキサーで擦り潰す。回転を終え着地した弐号機はビゼンオサフネを真横に振り、よろける量産型の胸部を真一文字に斬り裂いた。

《きゃあッ!》

「……ッ!」

 レイの悲鳴に、アスカは後方を振り返る。

 倒したはずの一体目が、零号機へ襲いかかろうとしていた。両腕のない上半身だけの機体がうねるその様は、さながら蛇のようだった。

「レイ!」

 アスカは咄嗟にプラグダガーを投擲して、大口を開ける一体目の量産機の頭部へ命中させ、沈黙させた。

 それは冷静さを欠いた行動だった。

 レーザー砲のチャージは間に合わないとしても、零号機のウエポンラックにはプログレッシブナイフもある。この局面はレイに任せるべきだった。

「使って、レイ!」

 だが、アスカに後悔はなかった。

 コアとエントリープラグを破壊したエヴァが動いている。

 つまり、この戦闘は、泥沼の死闘になる。

 プラグダガーの譲渡は「次からは助けることができない」という、アスカからレイへのメッセージだった。

 活動限界は残り一分三十秒。内部電源が無慈悲にカウントを減らしていく。

「ヒュ……」とアスカの喉が鳴った。零号機から距離を取るように、弐号機はジオフロントの中央へと駆け、待ち構える五体目のエヴァへ突貫する。

 妙な事態なことが起こった。白いエヴァはまともに対峙することなく、弐号機の横殴りの太刀を受け入れたのだ。

 両断された頭部が宙に舞う。あまりの手応えのなさにアスカの思考が迷ったその瞬間、頭をなくしたエヴァが弐号機の頭部に掴みかかった。

「なに……!?」

 モニターの視界が塞がれる。この距離、長刀のオサフネでは有効なダメージが与えられない。

「舐めるなぁッ!」

 右肩パイロンの七発のニードルガンが、頭部を失った量産型の上半身を零距離で串刺しにした。僅かに開いた隙を逃さず、ニーストライクで鳩尾付近へ追い討ちをかける。

 鈍い音がプラグ内を走り、弐号機の頭部から量産型の右手が外れたが、さらに両腕で弐号機の右手にしがみついてくる。

 その首無しの背後から、六体目の量産型が左側に躍り出た。

「やる……!」

 真横に振りかぶった諸刃の剣よりも、弐号機が右手に追い縋る首無しの量産機を振り回す方が速かった。乱雑に放り投げられた首無しが六体目に激突し、自由を得た弐号機がビゼンオサフネを両手で中段に構える。

ー……ッ!

 アスカの豊富な戦闘経験と野生的な勘が生命危機を知らせた。あるいは惣流・アスカ・ラングレーからの警告が、弐号機を後方へバックステップさせる。

 直後。

 七体目の量産型の諸刃の剣が、折り重なった二機の胸元を後ろから貫き、弐号機へ豪速で迫った。

 バックステップとオサフネによる防御で勢いを殺すが、防ぎきれない。

「ぐぅ……!」

 両刀の側面が脇腹を掠め、アスカはたまらず呻き声をもらした。背中から倒れ込んだ弐号機の上に、死に体となった首無しと六体目がのしかかってくる。

 その奥に、不気味な笑みを浮かべた七体

目が大剣を上段に振りかぶっているのが見えた。

 その動きがピタリと止まる。

 転んでもただでは起きないのがアスカだ。転倒と同時に突き立てたビゼンオサフネの刃が、首無しから六体目を貫通、七体目の下腹部までまとめて串刺しにしていた。

「ああぁぁぁーッ!」

 アスカの怒りが弐号機に爆発的な瞬発力を生み、百舌鳥の早贄のように連なる三機のエヴァを下から上へ薙ぎ払い、蹴り上げる。

「へったくそ!」

 その体位を、シンジ以外に許すつもりはない。

 下腹部から頭部を斬り裂かれた三機分の量産機の鮮血と臓物が弐号機に降り注いだ。

「ッ!」

 弐号機が起き上がるよりも前に、右手から地面を這うように殺気が走り、アスカは咄嗟にビゼンオサフネを肩口へ担いで防御体勢をとった。

「ぎ……ッ!」

 上体を起こしただけの姿勢だ。そのディフェンスには紙切れのような効果しかないことはわかっていたが、視界が歪むほどの衝撃と共に弐号機が中空へ弾き飛ばされたことに、アスカは驚愕する。

 優に百メートルを滑空し、転がるように地面へ着弾する。巨大な土煙を上げながら、弐号機はようやく衝撃を殺しきり、体勢を立て直した。

ー無様ね、アスカ……!

 悪態はつくが、生きているから、反省はしない。

 八体目のエヴァは、直立不動のままこちらを見据えていた。

「ふぅ……」

 アスカは深呼吸を三度、繰り返した。

 こいつは、他の機体とは違う。パワーが段違いだ。

 二機のエヴァの中央を、復活しつつある他の量産型に向けて放たれた零号機のガンマ線レーザーの眩い光線が抜けていく。

 内部電源の残り時間は六十秒を切った。

「フィールド全開」

 ビゼンオサフネの刀身が、赤い焔のフィールドを発生させた。

 

「く……!」

 レイは再起動を起こして弐号機を取り囲もうとする量産型の群れに射撃を繰り返しながら、焦りを感じていた。

 再起動? 再生?

 違う、これはただの接合だ。

 明らかにコアとエントリープラグが破壊されている機体の手足や頭部・胴体が、縫い合わされたように集まって、また動き始める。それは、子供が壊した人形を針で縫い合わせている様子をレイに連想させた。

 量産型から別のものへ変化している機体もある。

 アスカを助けなければ……!

 左舷から迫る一体の喉元に、零号機は左手のプログダガーを深々と突き刺した。崩れ落ちる量産型を尻目に、レイは弐号機と対峙している一機へ狙いを定めた。

ー最大チャージ……!

 だが、倒れたはずの量産型が零号機の足首に喰らいつき、零号機はバランスを大きく崩す。

「しまっ……!」

 ロックオンが外れた状態で、レイはトリガーを引き絞った。

 

 威力は大きいが、無軌道な大振りは他の個体と変わらない。

「なら……!」

 一気に距離を詰めた弐号機と八体目が中央で激突する。

 横殴りの一撃を、アスカはビゼンオサフネの出力を最大まで上げた刃で下方から打ち上げるようにいなした。

 それでもなお、諸刃の剣の軌道を完全に逸らすことはできず、僅かに弐号機の頭部を掠めるに留まったが、両腕の骨格が軋む音をアスカは確かに聞いた。

 ビゼンオサフネが弾き飛ばされ、宙を舞う。強烈なそのエネルギーを利用し、アスカは踏み留まりつつパイロンからプログレッシブナイフを逆手で抜剣、弐号機の体を後方へ三百六十度回転させ、捻転を効かせたバックハンドブローで量産機の背筋にナイフを叩き込んだ。

 エントリープラグの挿入箇所を粉砕されたことも意に介さず、量産型は再度諸刃の剣を大きく振り上げ、振り返ろうとした。

「なんとオォーッ!」

 弐号機が地鳴りを起こして大地を蹴り上げる。その巨体を縦に一回転させ、エヴァの質量の全てを乗せた高速機動の胴回し回転蹴りを、アスカは量産型の側頭部に炸裂させた。

 ズ! ドッ! と白いエヴァの首が折れ曲がり、体ごと吹き飛ぶ。

 アスカは冷静に戦場を俯瞰していた。中空へ投げ出された量産型の上半身を、照準が外れた零号機の極大レーザーが呑み込み、残った下半身の残骸を後方へと吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……」

 致命的なダメージはない。だが、稼働時間はいよいよ三十秒を切ろうとしていた。

 距離をとっている最後の一体を補足する。アスカが正面に捉えた時にはもう、その機体は諸刃の剣をこちらに向かって投擲した後だった。

「くそ……!」

 弐号機が前方に伸ばした左手から発生させたATフィールドと諸刃の剣が、金属のような不協和音を迸らせて衝突する。諸刃の剣の運動エネルギーが零になった瞬間、大剣は赤い螺旋の槍へと変化した。

ーこれが……!

 シンジから聞かされていた、コピーロンギヌス!

 槍はフィールドを易々と突破して弐号機へ迫った。だが、弐号機は上体を捻って頭部への直撃を回避する。

「……!」

 すでに別の角度から、次のロンギヌスの槍が弐号機目掛けて放たれていた。その一撃すらバク転で回避するアスカの操縦技術は、脅威的という他ない。

《だめッ!》

 モニター越しにレイが叫んだ。

 後方倒立の着地を狙って、さらに別のロンギヌスの槍が爆速で弐号機に肉迫していたからだ。

《アスカッ!》

 

「うあぁぁーッ!」

 その瞬間を、シンジは見なかった。

 DSSチョーカーに指を食い込ませ、力任せに引っ張る。

 常人の力で外れる代物ではない。だが、シンジの身体から迸った電流のような不可解なエナジーが、シンジの首からチョーカーを引きちぎらせていた。

 チョーカーを投げ捨てた瞬間、空中で小さな爆発が起こる。同時にミサトを突き飛ばして、シンジは走り出した。

ーアスカッ!

 格納庫へ!

 初号機の元へ!

 一直線に連絡通路へ向かうシンジの背中へ、ミサトはUSPを構えた。

 いい子ね。

 ミサトの口が動いて、シンジの足元へ狙いを定める。

 乾いた銃声が発令所に響いた。

「……………」

 不可解なことが起こった。

 ミサトがトリガーを弾く直前、手首の角度が不自然にぶれ、弾丸はシンジの足元を逸れて地面に着弾した。

 続けて放ったもう一発は、ミドルデッキの側面に弾痕を穿つ。

「ち……」

 ミサトの表情が、初めて不快そうに歪んだ。

 その時、ミサトの肉体にある変化が起こった。

 だが、無我夢中で発令所を抜け、連絡通路へ飛び出したシンジには、ミサトに起こったその事態を目撃することはできなかった。

 

 ロンギヌスのコピーは、矢継ぎ早に弐号機へ向かって放たれた。

 悲鳴を上げそうになったレイは、異変に気づいて目を見開く。無数の槍が突き刺さったその場所に、弐号機がいなかったからだ。

 クレーターのように陥没した巨大な円形の大地だけがあった。

 レイは大口を開けているジオフロントの上空を仰ぎ見た。

 弐号機がパージした両肩のパイロンだけが先に落下し、クレーターの上にオブジェを作る。

 続いて上空から飛来したのは、分厚く巨大なATフィールドの壁だった。九体目の量産型エヴァもまた、頭上にフィールドを展開して相殺しようとする。

 弐号機が放ったATフィールドは、中和も侵食もしなかった。ただ、圧倒的な拒絶の力で量産型のフィールドもろとも白いエヴァを押し潰した。

 ひしゃげた九体目の上に、高速落下した弐号機が全体重を乗せてのしかかった。ジオフロントが震え、舞い上がった砂塵の後の大地に、クレーター状の破壊痕がまたひとつ、できあがる。

 咆哮した弐号機の口部が、喉元まで大きく裂ける。そして、ほとんど原型を留めない量産型の両腕を無造作にちぎり飛ばすと、胸部と思われる部位に喰らいついた。

 背面部分までをクチャクチャと咀嚼した後、丸呑みにする。

「負けてらんないのよ……! アンタたちにぃ……ッ!」

 アスカの中のもう一人の自分が雄叫びを上げた。

 弐号機が、ゆらりと前方に大きく体をたわませる。その姿はヒトではなく、二足歩行の獣だった。

「かかってきなさいよ。この世界が終わるまで、殺し続けてあげるわ」

 獣化第二形態。

 弐号機、S2機関、搭載完了。

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