この抜けるような青空を、二人で。   作:アキみかん

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崩壊

 それは戦闘ではなく、蹂躙だった。

 激しい跳躍と共に、ビースト化した弐号機が手近な距離にいた量産型エヴァに飛びかかる。上半身を折り飛ばしながら大地へ押し倒し、鷲掴みにした頭部を握り潰す。

 超速で接近するコピーロンギヌスを易々と回避しながら、弐号機は飛来するその槍を側面から片手で補足した。僅かに後方へ引き摺られた後、停止したロンギヌスの槍をそのままノーモーションで投げ返す。

 先程とは比較にならない剛速のランスは、投げ込んだ量産型の頭部を撃ち抜き、昏倒させた。

「ああァァァーッ!」

 両翼で上空へ逃れた二体に向かって、アスカと弐号機は咆哮した。

 全身を深く沈み込ませ、跳躍する。突風が巻き起こった時にはもう、弐号機は上空の一体の喉元へ爪を突き立てていた。

 喉を握力で引き潰しながら背中へ回り込み、片翼をもぐ。地上へ失速する量産型の背面を踏み台に、弐号機はさらに上昇。もう一体の背後をとると、首筋まで裂けたバイティングで白いエヴァの頭部を丸呑みにし、そのまま真横へ引きちぎった。

 二体の量産型が墜落していく。離脱した弐号機は地面に深く着地すると、丸呑みにした量産型の頭部を吐き捨て、踏み潰した。

《アスカ! 返事をして!》

 モニター越しにレイが叫んだ。

 アスカは、圧倒的過ぎた。

 彼女がヒトではなくなってしまうと、レイは感じていた。

「はっ……はっ……」

 原始的な破壊衝動に駆られながら、アスカは自我の維持に奔走する。

 殺し、食べ、眠りたかった。

 シンジが欲しい。シンジの頬を、口を、身体を、舐め回したい。二人ひとつになって、どろどろに溶け合ってしまいたい。

 アスカの中で、殺戮と食欲と性衝動が際限なく肥大化していく。

ー違う……。

 意識をつなげ。

 一体、足りないのだ。

 赤く揺れるエントリープラグの無数のロックオン表示を、アスカは歯を食いしばりながら睨みつけた。

 どこだ……!

ーこいつらは、今、八体しかいない!

 

 エントリープラグをLCLが満たしていく。

 足元から肺の中まで、生命のスープが行き渡るのが酷く遅く感じる。

 急げ!

 急げよ!

 シンジは苛立ちながら操縦桿のグリップを強く握り込んだが、初号機は反応しなかった。

ーなんで……!

「動け……」

 アスカを助けなけりゃならないんだ。

「動いてよッ!」

 シンジの内側から、DSSチョーカーを破壊した光のエネルギーが迸り、呼応するようにーあるいは、怯えたようにー初号機は起動した。

 ゼルエルに切断された左腕は修繕されている。

 シンジは周囲を固定している硬化ベークライトを、機体を無理矢理動かすことで破壊した。

 本部全体が断続的に揺れている。

 ミサトが追いかけてこないことを不審に思いながら、シンジは初号機の上体の拘束パネルを引き剥がし、リニアレールから射出レーンへ入った。地上ではなく、ジオフロント内への射出だ。まだ……まだ間に合うはずだ。

 発射までのタイムラグが、シンジにひと呼吸考える時間を与えた。不可思議な光が自身の体から溢れていることに、その時シンジは初めて気がついた。

 何かがおかしい。

〝セントラルドグマ〟

 アスカが言い放った言葉が頭の片隅を掠めた。

 彼女は、何か……。とても重要なことを言っていた。

〝この世界に、神はいない〟

 なら、収縮していくこの世界の中心点ーセントラルドグマにあるものは、なんだ?

「なに……!?」

 本部前方に射出された瞬間、目の前に佇む白い機体に、シンジの呼吸が詰まる。

 ロンギヌスの槍はすでに引き絞られ、狙いを初号機のコアに定めている。

 その機体は、量産型エヴァではなかった。

「が…ぁ……ッ!」

 本部決戦までの実戦経験が、シンジの生死を分けた。シンジの反応速度はロンギヌスの槍の刺突を上回り、体を捻ってコアへの直撃を免れるが、掠めた槍の先端は機体の脇腹を抉り取った。

「このぉぉ……!」

 シンジは機体を貫通する槍を両手で掴み、そのまま相手を内側へ引き寄せる。

 バランスを崩した相手の胸部に膝蹴りを叩き込もうとしたところで、初号機の動きが止まった。

 胸元から露出する赤いコアの中央に、磔刑に処されたキリストのように、葛城ミサトの姿があった。

 ヴンダー艦長、四十三歳の葛城ミサト。

 白い粘菌に、体中を拘束されている。

 ミサトを取り込んでいるその機体は、唯一シンジの記憶の中に存在しない量産型エヴァと使徒幼生体の複合機ーバルディエル・キャリアー。

ーまさか……。

 ある閃きで、シンジは全てを理解した。

 この世界のキャストは一人一役だ。自分やアスカが、この世界の同一人物に上書きされているように。

 バルディエル・キャリアーの中にミサトがいるということは、これまで自分たちと一緒に過ごしてきたミサトは偽物ということになる。

 粘菌で作られた。

 操り人形?

 思い出せ。

 不自然に退場した人物がいる。

 思い出せ。

ー加持さんは殺されたんじゃなくて、ミサトさんと同じように、最初からただの人形だったんじゃないのか?

 サードインパクトを阻止するために死亡した、シンジの世界の加持リョウジの魂が、ネルフ本部が上昇してからもなお、まだ地下のセントラルドグマに残っているとしたらー。第9の使徒と葛城ミサトの意識が混ざり合い、重なっているとしたらー。

ーミサトさんは、この世界のサードインパクトのパワーを僕にリンクさせて、加持さんの魂をサルベージするつもりなのか……!?

 約束の刻が来た。

 この箱庭の世界は、神の領域の記憶を映し出した映写機だ。

 バルディエル・キャリアーー第9の使徒が欲しかったのは、碇シンジが持つ神の力の残滓。幸福からの絶望が、その力の片鱗を引き出してくれる。

ーマズい!

 数ヶ月前、ネオンジェネシスを引き起こしたエネルギーがシンジの体の内側から際限なく溢れ、やがてそれは濁流となった。

 

 レイは、アスカとシンジの三人でショッピングに出かけた日のことを思い出していた。

 数週間前のことが、随分と昔のことのように感じる。

 アスカに自分に似合う服を選んでもらった。その服を着た姿を、シンジに見てもらった。

 何かを楽しいと感じたのは、その時が初めてだったと思う。

 量産型エヴァはその全てが弐号機へと向かった。

 何が起こっているのか、物語の中のレイにはわからない。自分にできるのは、アスカとシンジを助けることだけだ。

 レイは呼吸を整える。

ー移動しなければ。

 初号機と敵の位置が重なっている。ここからでは最大効果は生み出せない。

 必ず撃ち抜く。

 零号機を移動させながら、レイはガンマ線レーザーのリミッターを解除した。

 

《シンジッ!》

 バルディエル・キャリアーが操る量産型エヴァのマリオネットによって、ネルフ本部から離れた場所へ誘導されていたアスカが叫んだ。

「アスカ!」

 槍を軸にバルディエル・キャリアーと組み合う初号機を目撃したアスカと弐号機は、野獣の咆哮を撒き散らし、ジオフロント全体を地鳴りのように揺らした。

《おまえェェーッ!》

 一度ならず二度までも。

 封印柱で何年も眠っていただけの使徒風情が、私の男に手をつけたらどうなるか、思い知らせてやる……!

 アスカの理性的な怒りは、初号機の腹部に槍による損壊を認めた瞬間、憤怒へと切り替わった。

 つまり、キレた。

ー殺す……!

 大地を舐めるほどの前傾姿勢で、弐号機は跳躍した。

 アスカの感情そのままに、蹴り上げた地面が爆発したように数十メートル跳ね上がる。

「うあぁッ!」

 神の力を制御しきれず、シンジは呻いた。

 初号機を通して、終末の光が溢れる。それがネオンジェネシスの再現なのか、サードインパクトの再現なのかを判断する術はない。

 突貫した弐号機がロンギヌスの槍に触れた瞬間、光の激流が二体のエヴァとバルディエル・キャリアーを呑み込んだ。

「アスカッ!」

「シンジッ!」

 その時、ジオフロントの内側まで円を狭めていた黒いスフィア全体が、大きく縦に揺れた。

 ガラスが割れるように、巨大な球体の上部が砕け散り、失われたジオフロント天井部から青空が顔を覗かせる。

《見たかぁッ! おらぁーッ! ……って、なんじゃこりゃあぁぁーッ!?》

 スフィアの向こう側、遠方の駒ヶ岳射撃ポストに鎮座したあかしまから、マリはガッツポーズを飛ばしたが、ギリギリの射角から見える地下ジオフロントには光が溢れ、彼女の場違いな歓声を掻き消した。

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