【完結】スカー・リバイバー『世界渡り』による救世活動に関する報告 作:新川翔
瞳に魅せられ、蘇る
歴史の中で、『素晴らしい』とされるものは、意外とあっけなかったりする。
それは俺が、並行世界の安土桃山時代の安土城の上で、白衣をたなびかせながら、ホットドッグを食べた時に浮かんだ感想だ。
(さて、面倒ごとになる前に逃げよう)
「貴方、クロノ・ノーデンスですね?」
「え?」
声のする方へ向くと、時代に合った質素な和服を着た白髪で赤目、水色のインナーカラーを入れたミディアムボブの少女が鯱に座って、俺に話しかけていた。
「……人違いです」
俺は焦りと共に、すぐに空に黒い穴を作って飛び込んで、別の世界へと逃げ出した。
穴の先には、特殊な水晶を光源とした地底の世界が広がっている。
(テキトーに選んだが……危険はないな)
安全を確保するために辺りを見回していると、先ほどの世界にいた白髪の少女が、俺の目の前にいる。
「あの、人違いではないですよね。その力を単独で行使できるのは、貴方だけなんですから」
別世界に逃げて一安心、とはいかないようだ。
(今までの現地人とは話が違うようだな)
「……」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。『多次元宇宙安全保障理事会』のウリエルです」
彼女は戸惑う俺に構わず名刺を差し出してきた。勿論、そんな組織は知らない。
「は?」
俺は彼女の意味不明な行動を目の当たりにして唖然としていた。
その様子見た彼女自身も困惑し始めている。
「貴方の故郷の日本ではそういった風習があると聞いていましたけど」
「あぁ、そういう。いや。……クソ!」
情報を処理しきることができなかった俺は、再び逃げるように穴を出現させて飛び込んだ。
そして広がるのは、青い空に二つの太陽、そして白い砂が広がる砂漠の世界。
「まぶしっ!」
眩しい日差しの中、うっすら目を開けると……。
そこにも、あの白髪の少女がいた。
ただ、服装だけが、直射日光をできるだけ防ぐような肌を見せぬ恰好に変わっていた。
「逃げられませんよ。とりあえず話だけでも」
「……」
彼女への返答は保留にして、考えを巡らせる。
(どういう訳か、彼女は世界の移動ができる。簡単には、逃げられないか)
「……ああ、分かったよ。ここは熱い。場所を…移そうか」
とりあえず、今は彼女の話を聞かなければならない。
そう考えた俺は2020年代の東京のカフェにて彼女の話を聞くことにした。
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
世界を移動した彼女の服装はTシャツにオーバーオールといった現代のファッションに代わっていた。
「そうだな。まず、お前の目的について教えてくれ」
「そうですね。追いかけまわしたのですから、とーぜんです」
彼女はコホンと、咳ばらいをしてから説明を始めた。
咳ばらいをした彼女の眼差しは、『一世一代の賭け』でもしているかのような鋭いものとなっていた。
その眼差しは俺のとある記憶を呼び覚まさせるので、思わず目を逸らしてしまう。
「貴方には、私たちと共に全ての宇宙を守ってほしいのです。私たちは全ての多次元宇宙の危機を救うために活動しています。貴方は知っているでしょう。この世には宇宙が数えきれないほど存在することを」
「……まぁ、俺も移動している訳だしな」
「私たちの組織『多次元宇宙安全保障理事会』は、滅亡の危機に瀕する様々な宇宙や惑星を救っています。例えば、その世界では処理できない『厄災』、依頼によるその世界の問題の解決も行っています。とにかく、世界を救うことなら色々しているわけです。そして、貴方は、我々の特権である、別の宇宙、星への移動ができますよね?」
(一応、縛りはあるがな……)
「……ああ、そうだな」
「その力をもって私たちと協力して、全ての宇宙をより良い方向へと進める手伝いをして欲しいのです」
「……すごい活動だな」
思わず、彼女の気迫に押されて称賛してしまった。
注文したコーヒーはまだ手を付けられずにいる。
「具体的な業務内容としては、実際にその問題のある星や宇宙に出向き、私と共にその問題を排除していただきます」
先程から、彼女の放った世界を救うというワードを引き金に黒い走馬灯がよぎり始めている。
「ハァ、ハァ、ハァ」
俺は炎の中を走って逃げていた。
育ててくれた義理の両親。同期の実験体。研究員の職員。みんな、別の世界の名も知らぬ男によって理不尽に焼かれて死んだ。
あれだけ澄んだ目で世のために身を粉にしていた者たちは、全てを嘲笑うような男に殺された。
「ハァ、ハァ」
臓物と、尊厳が踏みにじられたあの地獄は、俺の脳裏にいつも焦げ付いている。
悲鳴と憎悪に彩られた音が耳元で鳴り響いている。
「ここなら、逃げられるな……」
炎で高温となった扉をいくつも開けてから能力が使える場所まで逃げてきた。
この時から、俺の逃走劇が始まった。
今の俺には、義理の両親が俺を逃がす際に放った『人を救え、そのためにお前は生まれてきた』という言葉だけが燻っている。
「もちろん、ただで、とは言いません。私と契約をすれば様々なサポートが付きます。例えば身体能力の向上であったり、理事会からの物資の支援も──」
「……」
その走馬灯を『失礼なことはだめだ』という教えが遮って、俺は現実に戻ってきた。
そして、思考する。
『俺は彼女の話に乗るのか、それとも断るのか』
俺の感情は動かない。俺にはそんな正義感はないようだ。
あの言葉も燻っているだけで、燃え上がってはいない。だが──。
いや、そもそも、あの時から今まで、逃げて、逃げて、さらに逃げてきた人生だった。
今更、俺の足が動くはずがない。
──そうやって自分自身を縛り続ける気か?
「ウリエルだったな。説明ありがとう。それと、先ほどまでの失礼な態度を詫びさせてくれ」
それでも、彼女が真剣に説明していたことだけは俺に伝わった。
もしこれが演技なら、彼女は素晴らしい役者になれる。
「いえいえ、私も結構強引に攻めたので、謝られる程のことでは」
「あー、すまない。ちょっと、お手洗い」
「どうぞ。ここで待っています。クロノさん」
「ああ、失礼」
彼が席を立ってから数十秒後、クロノ・ノーデンスの反応がこの世界から消滅する。
「な───!」
「少し、冷静になろうか」
いくら顔を洗っても負の感情は消えない。
「クソが……」
今は少しでも感情を整理しなければならない。
混沌とした精神状態で彼女の勧誘への答えは出してはならないと、あの目を見ていたらそう感じてしまった。
「……気分転換でも、しようか」
いつものことだ。
別の世界の空気を吸ってから考えよう。
「あ……」
焦りや迷い、心ここにあらずの状況で別の宇宙への移動を行ったツケがここで来てしまった。
どんな宇宙でも世界でも、生命体が存在している以上、凄惨な出来事は起きてしまう。
眼前に広がるのは青い空に緑の草原と、100m先の村と炎と人と災害。
人間の顔に二つの首、二つの大きな翼を持つ体長18メートルのドラゴンが、逃げ惑う人間たちを貪っていた。
『『オイシイ。おうしい。うまい。うまい』』
あの時のような、臓腑と尊厳が踏みにじられた光景が広がっている。
「………」
ただ、呆然と立ち尽くしてしまう。
俺が彼女の誘いに乗れない理由はこれだ。
俺にはあの光景が枷となり、使命を果たせないでいる。
『ン?』
その時、二つの頭の内の一つがこちらを向いた。
『がば』
そしてそのまま、口から炎を吐き出し俺を焼いた。
身体は軽いやけどで済んだが、心は再起不能であり、俺はその場に立ち尽くしている。
「どうし……ケガしてる!?」
貴族の礼服のような服装となったウリエルが、俺の様子を見て驚いている。
その瞬間、彼女の腕時計がビーー、と警報音を鳴らす。
その腕時計の表示を見た彼女は、警戒度を高く上げる。
「執行権を行使、します。戒災礼装、解放」
彼女は頭上に輪っかを浮かべ、背中からは翼が生えている。
さらに、どこかともなく無骨な剣を取り出す。
その姿はまるで、絵画における天使のようなものだった。
「クロノ、交渉の途中ですが、仕事です。そこで待っていてください」
どうやら彼女は仕事の時間らしい。
ただ俺は彼女の言葉など聞こえず、ただ一人、心の中でどうすべきかを考えていた。
天使のような姿となったウリエルは、生き残っている人間を背にドラゴンを相手に立ち回っている。
彼女は彼女の使命のままに、逃げ遅れた者を庇いながら戦っている。
それをただ見ている俺。
───本当に、本当に気に食わない。
トラウマくらい、自分で乗り越えて見せろよ。
(でも体がう(うっせぇな。ぶち殺すぞ)
(ここで足踏みする馬鹿がいるかよ!)
(もう、あれから何年過ぎた?)
(今目の前で、戦っている奴がいるんだよ)
(託されたことは、果たせ!)
「ウリエル!契約だ!」
足を一歩一歩踏み出して、ウリエルの方へ歩み寄る。
あの人たちのような、ウリエルのような。
───あんな目で使命を果たしたい。
俺の声に反応し動きを止めた彼女に放たれた炎は、俺が穴を作ってどこかに飛ばした。
そして、すぐに彼女の目の前へワープする。
丁度、俺がウリエルと対面し、ドラゴンには背中を向けるような形となっている。
「で、契約ってどうするんだ」
「……いいんですね?色々と説明、飛ばしてますが」
「構わない。やろう」
俺の背には二頭のドラゴンの放つ炎と雷が迫っているが、それらは全て穴を介してドラゴン自身に返した。
どうやら、奴は奴自身から見て右の頭が火炎を、左の頭は雷を吐き出すことができるらしい。
「それでは手を。握手です」
「分かった。よろしくな」
彼女の手を握った途端、俺の足元に魔法陣のようなものが光を放ちながら現れる。
その光を浴びている内に、俺はたった今結んだ契約の内容を理解させられた。
「クロノ・ノーデンス。貴方を理事会の特使として任命します」
「拝命、承った。ウリエル、逃げ遅れている人間を守ってくれ。俺はあのドラゴンを倒す」
「一人で大丈夫?」
「ああ、任せてくれ」
俺が今できる精一杯の笑顔をウリエルに向けてから、二頭のドラゴンの方へ振り返る。
自身の一撃を受け、呻いていた奴は俺個人に殺意を向けていた。
『『オ、オマエ。ユ…ユルサナイゾ』』
「そうか、それでいい」
(傷が深そうには見えない。防御力が高いな。厄介だ)
火を放つ頭が俺を丸呑みにせんと迫るが、それをひらりと躱し上から頭を殴打する。
重く大きな音を響かせながら炎の頭は地面に叩きつけらクレーターを作った。
さらに迫撃してくる雷の頭の噛みつきもワープでかわして、胴体へと移動しアッパーを放つ。
流石に吹き飛ばすほどの威力はないが、怯ませることはできた。
ウリエルと契約をした際に脳に流れ込んだ情報通り、俺の膂力が数段上のものになっている。
その後はすぐにドラゴンの背後へワープした。
「戒災礼装、解放」
そう唱えると、目の前に時計の長身のような棒が現れた。
その棒の矢印の反対の箇所には、拳二個分ほどの直径を持つ輪が装着されている。
輪の部分を右手で持つと、その武器の持つ情報が自然と理解させられた。
(なるほど、こんな感じか。俺の性質に合う武器、とのことだったが)
念じると輪の部分が直径1m50cmほどにまで広がり、その円周には矢印が鋭利な棘となってずらりと並んで、通称『チャクラム』と呼ばれるような形状となった。
形状変化の完了を確認すると、すぐに左手方向へそれを投げた。
対して俺は右手方向の竜のすぐ近くの穴を出現させる。
二頭の竜に左右それぞれの方向へ注意を向けさせ、その隙に奴の胴体へとワープして回し蹴りを入れる。
よろめいた竜は翼をなびかせ大空へ飛ぶ。
恐らく、距離を取って炎と雷で攻撃するつもりだろう。
奴が飛んでいる間に俺の手元にチャクラムが戻ってきたので、それを、俺を睨む奴に向けて力強く投げて命中させる。
『『ギャァァ!イッテェ!イッテェヨォ!』』
ドラゴンが苦しみ悶えている間に、跳ね上がったチャクラムを空中で掴み、ハンマーのように柄を生やしてそのまま振り下ろし、奴を地面に叩きつけた。
すぐにワープで奴の目の前へ降り立つ。
『『ググぐ』』
ドラゴンの呻き声を聞きながら、ハンマーを最初の長針に変形させて様子を伺う。
(思ったより硬いな。これでも決定打にはならない。だが、ダメージはある。まだ襲ってくるなら、コツコツと削っていこう)
(それにしても……)
俺はその右手に持つ武器の性質を実感した。
(万変の俺の戦い方に適応した自由に形を変える武器。銘はチック・タック・ロット、か)
「貴方、かなり強いですね。今の状態で私よりも強い」
敵を観察していると、ウリエルが隣まで移動して俺の強さを称賛してきた。
「そうか?」
「ええ、普通の人間が契約で強化されただけではこうはなりません」
彼女のすぐ後ろには逃げ遅れた子供とその母がいる。
『『ヴヴ、オマエは、誰だ』』
連続の攻撃に苦しんでいた竜はゆっくりと体勢を起こし始めている。
『『ダレなんだ!オマエは!』』
「それじゃあ、自己紹介だ。神野宇宙研究所、実験体第5号、クロノ・ノーデンスだ」
『『カンノ……ナガイナ!』』
「ウリエル、神野科学研究所、知ってるか?」
俺は思ったより知能が低いドラゴンの発言を横目に、ウリエルに確認を取った。
「ごめん。分からない」
(どうして俺の名前は知っていて、俺の出身は知らないんだ?まぁ、この発言が嘘である可能性もなくはないが)
「そうか。まぁ──」
──絶望が顕現している。
ウリエルと契約をした際に視力も強化されたからか、それとも冷静になって視野が広がったのか、とんでもないものが見えてしまった。
脳裏によぎるのは故郷を滅ぼしたあの男の歪な笑顔。
純然たる破壊衝動を肌で感じられる。
「ウリエル!その腕時計!警報機か!?」
「そうだけど……まさか!」
直後、目にも留まらぬ超スピードの刃が彼女の首へと飛んで行った。
俺は長針を持つ右手だけを穴に通して、微かに捕捉できた刃に合わせる。
それでどうにか敵の攻撃を防ぐことができたが、俺はウリエルに抱き着かれるような姿勢と突き飛ばされる。
「───なんだ。あれは」
『一部だけ』を除いて容姿は普通の人間とは変わらない。
ただ、その一部が目を疑うほどに規格外だった。
その男の背中には、三角錐の底面に戦闘機のジェットと見紛うようなモノが着いている巨大な翼が生えていた。
さらに、よく見れば彼の持っているものもやや不可解なものである。
「……刀か?あれは」
(たまたま同じ文化が育った、と見ていいのだろうか)
俺とウリエルは体勢を立て直しながら、次にすべきことを考える。
「ウリエル、あの親子をできるだけ遠くに避難させてくれ」
「もちろん。避難が終了したら合流します」
「ああ、頼む。俺一人じゃ勝てるとは言い切れない」
俺は一番扱いやすい長針の形態を構えて矢印の先をその男に向け、左手には穴を展開しておく。
『『イテェ、イテェよぉ。竜神サマぁ!』』
それに対してジェットのような翼を持つ男は、双頭の竜の傷の心配をしていた。
「ああ、ダード。かなり消耗したな。里に帰ってゆっくり休め」
『『デ、デモ、竜神サマはドウスルンダ?』』
「君を痛みつけたクソ野郎を殺す」
『『へへ!ソイツはイイナァ!』』
「クロノ、この腕時計、私たちが倒すべき『厄災』を検知する装置なんだけど。反応しているのはあの男の方だったみたい」
「そうか、本来の仕事がアレってことだな」
俺はウリエルの言葉から、あの男への警戒度をより高める。
「しかも現時点で超国家級の厄災。気を付けて」
「ああ、そっちも頼むぞ」
ウリエルはその言葉を聞いてから、怯えている親子に向かって走り出した。
「おい!移動の魔法を使う君!」
ウリエルが離れたすぐ後に、男が大きな声で話しかけてきた。
どうやら親子やウリエルには興味がないらしい。
「あ?なんだ?」
「君の名前を教えてくれ!」
「クロノ・ノーデンスだ!」
「クロノ・ノーデンス!君を殺す!」
「そうか!返り討ちにされても知らねぇぞ!」
突然殺害予告を行う男に向かって、俺は俺自身を奮い立たせるために、怒鳴るような声で啖呵を切った。
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