【完結】スカー・リバイバー『世界渡り』による救世活動に関する報告 作:新川翔
目の前に広がるのは、赤い血で染まった海、沈みかかっている太陽。そして海に浮かぶ肉塊。
夕暮れに照らされ、砂浜に男が二人、立っている。
その他の積み上がっている物体は大体、命だったものだ。
互いの手も、顔も服も赤く染まっている。顔の血を拭おうにも袖も血で濡れている。
シーオリトンにおける全ギルドを巻き込んだ大抗争。国全体を巻き込んだ大きなカオスを引き起こすと考えられていたこの争いは、なんと一日で幕を閉じてしまった。
何故ならアレムとクアラが敵勢力に一つ一つカチコミを行い、ぷちり、ぷちりと虫を潰すように殲滅していったからだ。
まさに、戦いは一方的なものだった。全てのギルドがアレムに対する同盟を組めば話は別だったのかもしれない。しかし、複雑な利害関係と敵対関係が絡み合うあの港では、そんな絵空事が叶うことはなかった。
故に、この抗争は一日で終焉を迎えた。
男たちは海を眺めている。
片方は水平線と夕日辺りを。
もう片方は赤い海を。
赤い海はどこまでも広がっている訳ではない。水平線の辺りは、暖かいオレンジ色の海が見えている。水平線の辺りを見ている男は、そこに焦がれていた。互いにその血から逃れた海を見つめているが言葉は紡がない。
ただ、小波の音だけが響いている。
「ハァ───ハァ───ハァ───」
俺はウリエルから帝国勢力との戦闘に勝利したという報告を聞いてから、血を吐きながら、再び会談場に戻って来た。俺は仰向けで大の字となり、ゆっくりと呼吸をしながら辺りの様子を観察する。
俺が化け物たちを倒しに向かった時よりも崩れている箇所がいくつもある。それにウリエルとサイコルは傷だらけになっている。どうやら、かなりの激戦だったらしい。そして、会談場にいた帝国の者たちは、キャプラの鎖で椅子に拘束されており、それを全身に鎧を装着したマイケルが監視している。
彼が無言で右の小手を解いてサムズアップしてきたのでこちらも同じように返した。
「宝玉を使います」
キャプラは俺の容態を見ると、すぐにその手に持つ直径15cmほどの
すると、みるみるうちに俺の傷は修復されていく。魔法の糸が俺のあらゆる傷を結って修復しているようだ。さらに、足りないモノは魔力で作り上げて修復している。一回きりということが納得できるほどの修復力だ。
「そういえば、あっちはどうなったの?」
うーん、と背伸びをして一仕事した後のような爽やかな表情をしているサイコルが、俺にアレムについての状況を聞いてきた。
「俺が出る頃にクアラとの戦闘が始まった。もう少し時間がかかりそうだし、会談がギリギリだったから、こっちに来た」
『ドラガ、まだ終わってないよな?』
俺はここに来た理由を説明しながら、アレムとクアラの戦いを観察しているドラガに連絡する。
『やり合っている。すぐに戻ってこい』
『ああ、すぐ戻る』
ドラガの催促を受けて、立ち上がって手首と足首をプラプラと振りながら、体調の万全さを確認する。
「応援、しているよーああ、そう終わったら何がしたい?」
するとサイコルが笑顔で俺の右手を強引に握り握手をして、耳元で囁いてきた。
「ははは」
その笑顔は人を騙すつもりなのかというくらい、胡散臭い屈託のない笑顔だった。
正直、こういうのは苦手だ。どう反応すれば正解なのか分からない。正解の分からない問答は嫌いだ。
なので、できる精一杯の笑顔で答えた。究極のノーコメントだ。不細工なものになってなければいいが。
ただ、俺の笑顔を見てサイコルの笑顔が綺麗になっている。
「あのすいません。私、どういう目で見ればいいんですか?」
そこにウリエルが腰に手を当てながら口を挟んでいる。どうやら彼女の行動を迷惑に思っているらしい。
「大変ですよね……」
するとキャプラは、遠巻きにこちらを見ているネゴシに宝玉を渡してから、俺に同情してきた。
「いつもこんなんなんですか?」
「まぁ、はい。こいつは気に入った奴に、ちょっかいかけることを生きがいにしていますから」
などと、キャプラは俺に質問に申し訳なさそうに答えた。
「なるほど、えっと……時間はかけられません。すぐ、行ってきます」
サイコルの手をゆっくり払って強引に話を終わらせて穴を開ける。
「また後でねー」
「ああ、また後で。ウリエルに、マイケル、それにキャプラも」
「ちょっと待って」
穴に入ろうとするとウリエルが呼び止めてきた。その呼びかけに止まった瞬間に、バチンと背中を強めに叩かれた。
「……えぇ。なんで?」
あまりにいきなりのことなので驚いてしまった。
「え?ごめん。強すぎた?応援のつもりだったんだけど……?」
「いやいや。びっくりしただけ。ありがとう」
俺は礼を言ってから決死の決意を胸に暗い穴の中に飛び込んだ。
何しろ相手は超大陸級。どんなことになっても不思議ではない。
時は会談開始直後、クロノがアレムを石の森に連れて行った時間まで遡る。
誘拐されたアレムは降り立ったその場所で、すぐさまクロノを殺すつもりだった。しかし、目の前にいた、彼にとっては意外な人物によって、その衝動的な滾るような殺意も一瞬で冷めてしまう。
「クアラ、だな。残念だ」
「10年ぶりだな。……残念とは、どういうことだ」
アレムは、彼の唯一の友人であるクアラが湖の上に立って敵意を向ける姿に驚き、そして落胆した。
「おまえのことだ。お前は……いわば死亡を前提とした斥候なんだろう?」
自身の考えを見透かされたクアラは動揺しながらもその感情は押し殺し、一切顔に浮かばせなかった。
「お前の考えそうなことだ。……そうだな。少し、思い出話をしようか」
感情を悟られまいとしているクアラのことなどお構いなしに、皇帝は十年前とは違う明るい声色で話しかけている。
「どういうことだ?そんなおしゃべり好きな性格だったか」
何とか感情を平静に戻してから、アレムの言葉に応える。
「心外だな。これから10年会っていなかった友人を殺さなければならないんだ。少しくらい言の葉を交わしたいと考える。それに、ここは会談の場所とそれほど離れてはいないからな。……オレにとっては」
(そこは、変わっていないのか……!)
クアラは、アレムの『どんな人間でも理由さえあれば躊躇なく殺せる点』は変わっていないことを確認しながら、感傷に浸っているアレムに、もやもやと気持ち悪く感じていた。
「そうか。俺からは言うことはない」
そして、当初の目的通りに目の前の化け物を殺す役割を果たさんとするため、会話を拒否した。
「……困ったな。オレは会話が苦手なんだ」
アレムは無表情で、それでも声色は残念そうな反応をする。
「あ?」
ここでクアラはっきりと嫌悪感を自覚した。そして、それを自覚した瞬間、その嫌悪感の理由を理解する。
「てめぇ、随分と気持ち悪くなったな。10年前は感情なんてない、なんて面をしていただろ?」
クアラは明らかに語彙を汚くしながらアレムに問いかける。そうなった経緯を理解するために。
「……。10年経てば、人間は変わる。まぁ、これはお前がオレに使命を気づかせてくれたからって部分と繋がる」
「使命?そんな大それたものを与えたつもりはないが」
「まぁ、そうかもな。だが10年前のあの時、あの海でお前は俺に理想を見せてくれた。あの時は生きている中で一番、楽しかった」
彼は演説でもしているかのように両手を広げてその喜びを表現し始めた。
「これが人の道というヤツから外れているのは分かってる!でも、なんだろうな。力で倒して次に進むっていうのが楽しかった!倒して殺して倒して殺して倒して殺して倒して殺して倒す!積もっていく感覚が……この上なく。楽しかった!それを教えてくれたのはお前だろ?」
その言葉を受けクアラは、フリーの傭兵だったアレムを専属として雇った際のことを思い出していた。
当時の彼がアレムを雇った理由は、あまりに強すぎるのに適当な仕事をしている人間にもシーオリトンの平和な海の景色を見せたいと、そう考えたからだ。例え、その平和が武力による仮初のものだとしても。
「あぁ、俺のせい、だな」
(俺はただ、などという言い訳はやめよう)
そんなことを言っている場合ではないことを、彼は十分に理解していた。今すべきは卑下ではなく、殺意の洗練だ。クアラは話を続けていると10年前のことを思い出して、自分の中の決意が緩まりつつあることを感じ取っていた。
その自分と決別するために、言葉を通してアレムの怪物性を確認しようと試みている。
「分かってくれたか?」
「ああ、あの海での戦いの後、勝手にどっか行って、2、3ヶ月したらワ―サイトを乗っ取り始めた理由が理解できた。お前は、制覇する楽しさを理解したんだな。だから、適当な言い訳つけてバカみないたことをしている訳だ」
「そう、そうだな。きっと、そうなんだろう。それではこちらからの問いだ。どうしてオレを殺そうとしているんだ?」
アレムの問いに、クアラは過剰な殺意を込めて答える。感情のスイッチを強引に切り替えるために。
「ケジメをつけるために決まってるだろ、アホンダラ!俺はあの時、お前に役割を、建前を与えてしまった。結果がこれだ!だからここで、ケジメを取って、お前をハジかなきゃならねぇ!」
高らかに殺害を予告した。一人の男の後悔による慟哭が、石の森に響き渡っている。
「オレは……感謝しているんだがな。お前がこの方法を教えてくれなければ、この大陸を制覇するなんていう、楽しい夢を見ることは出来なかったんだから……」
「それは、俺の見たい景色じゃない」
皇帝の理想を、男は否定する。彼はここでバチン、と完全に殺意を研ぎ澄ませた。後続がいる、なんてことは考えずにただ目の前の後悔を潰すための殺意を投射する。
「オレは見たいんだ。あの景色をもう何十、何百、何千回も!……だが、待て」
互いの衝動が高まり衝突しそうになったその時、アレムが待ったをかけた。
「今度はなんだよ馬鹿野郎!」
「詠唱をしろ」
「は?」
皇帝らしい覇気をもって、アレムはこれから戦う者に対して無礼な、侮っているとしか思えない発言をした。魔法を万全に発動させるための詠唱。それを許すということは、いわば、ハンデをくれてやることと同義である。
「オレと戦う時のために入念な準備をしてきたはずだろう?それを今、ここで、全て出せ。オレに生き方を、本能を気づかせてくれた礼だ。そのくらいはしないとな」
(舐めやがって)
激情を口に出さず、それも殺意に変える。それを口にしたところで意味はない。口だけでは怪物を傷つけることは出来ないのだから。
「安心しろ。詠唱は要らない、もう済ませてる」
かといって、彼は詠唱をしなかった。既に装填詠唱で詠唱を済ませているからだ。
すぐにそれらを解放すると、彼の立つ湖から大きな水柱が現れて彼を包み込む。
その水柱は湖にある以上の水を吐き出し続けて辺りを10㎝浸水させた。
(……海水?)
アレムは溢れ出た水を浴び足に漬けながら、懐かしさと物足りなさを感じていた。やはりここに、臓物のにおいは混ぜておきたい。
そしてしばらく水柱が水を吐き出し終わり、柱が消え失せると体長8メートル程の一匹の化け物がクアラの背後に雄大に佇んでいた。
それは、ウリエルが観測した、服従状態だった超国家級厄災。
シーオリトンでは遥か昔に何十もの船を破壊し、その後勇気ある船乗りに倒されたという伝説の海の獣。ディーオリトン。
その姿は地球のもので例えると、人魚が近いだろう。肌は青一色。上半身は筋肉質な男のように屈強で、下半身は魚のように鱗を持ち、尾ひれを持つ。ただ、人魚と違うのはその首から上だ。本来頭のある部分はバッサリと無くなっており、断面から金色の三叉槍だけが生えている。
「伝説の怪物、だな」
アレムもその姿には見覚えがあるような反応をしていると、彼の足元に、彼の身の丈程の巨大な片刃の大剣が突き刺さる。その剣の様々な場所にマグマのような赤い液体が流れており神秘的な文様が描かれている。
その銘を神器『ナスカ・ライへ』。7年前のワ―サイト転覆によりアレムが獲得したこの大陸において最強の剣。
その剣は常に高温を発しており足元にある半径5メートルの水は全て蒸発している。
【なんと、アレがアレムか】
ディーオリトンは実物のアレムを見て、その覇気に今までにいない敵であると考えていた。この獣には発声器官はないが、連絡魔法を使って意思疎通を行っている。
「ああ、そうだ。『紺青の具足 装着』」
クアラがそれに同意した上で湖の上で片膝立ちになり、右手を湖の水面にゆっくり置く。
すると、辺りの水が波となって彼を襲った。そして波が引き、現れたのはフルフェイスの水の甲冑。
兜に三本の槍の剣の装飾を備えた曲線の多い細身の甲冑が顕現する。この鎧はディーオリトンの住む深海の神殿に鎮座されていた、オルトがキャプラに渡したネックレスの
その鎧を持つ者に、比類なき防御と海のように大きな魔力を与える。
「まさか───」
それを見たアレムは、明らかに伝説の獣を見た時よりも目を見開き驚いていた。
「切り札の一つが同じ形だとはな。『獄炎』」
すると彼も突如、炎の鎧を身に纏った。
斧の刃のような装飾を一つ備えた兜、そしてめらめら燃える直線的で威圧的なフォルムの鎧。
「それでは、準備は整ったな。殺し合うぞ。クアラ」
クロノ「厄災が仲間になるって有り得るのか?」
ウリエル「えっと……ないわけじゃない。時々よくあるくらい?」