【完結】スカー・リバイバー『世界渡り』による救世活動に関する報告   作:新川翔

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スカー・リバイバー ②

 

 死は怖くない。

 怖いのは無になること。

 

 

 俺の世界は死後の世界だ。

 死者が訪れる、安寧と裁きの世界だ。

 大きな天秤が白い炎と黒い炎を乗せて左右に揺れている。

 その様子をボロボロな身なりの男が見つめている。

 ぎぃ、ぎぃと音を鳴らしながら、天秤は黒い炎へと傾いた。

 

 

「うん、禁固刑276年だね」

 

 俺は首から上で燃える青い炎で辺りを照らしながら、目の前にいる、天秤を見上げていた男に判決を言い渡した。

 

「嘘だろ……」

 

 黒い服、黒いローブ、黒い靴を着た俺が座るのは禍々しい玉座、男は不潔でボロボロな服装で四つん這いになっている。

 辺りは最低限の明かりで照らされていて、目を凝らしても部屋の全貌を伺うことは出来ない。

 紫色の石畳、禍々しいトーチ、赤紫のカーペットが必要以上にこの世ならざる不気味な雰囲気を醸し出していた。

 というか、そのように俺が設計させた。

 

「嘘じゃないよ。はい、次の方」

 

 四つん這いの彼は自身の判決に不服なようだ。

 

「待て、待ってくれ!ただ、身寄りのないガキを引き取っただけだ!なんでそんなに檻に入ってなきゃいけないんだ!?」

 

 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、課せられた刑の重さを訴えている。

 

「良い風に言わないでね。君がやったのは保護じゃなくて売買だ。それを生涯に渡ってね。どアウトじゃない?」

 

 まだまだ、俺には案内すべき死者が残っている。それにこの後、会合もあるのだから、業務をぐだつかせる訳にはいかない。

 

「こうなったら……」

 

 このままでは途方もない時間を牢屋で過ごすことだけは避けたかった男は一か八かの逃走を図ろうとしていた。

 

 だがその計画は実行するよりも早く阻まれることとなる。

 

「こうなったら、なんだ?」

 

 芯の通った低い声が響くと同時に、影から人影がぬるりと現れ、刃を下手人の首元に当てた。

 

「墓守の一族……存在していたのか……!?」

 

 男は首から血を垂らしながら自身の置かれている状況を冷静に把握していた。

 

「一応、説明しておく。ここは死後の世界。魂に報酬を与える場所だ。ここで死んでも肉体的な死は訪れない。だが、魂は深く傷つく。首を飛ばされたという精神的な痛みを一生体験することになるぞ。無駄な抵抗はしないことだ」

 

 その男は今の俺、カバナキタケルの顔をしていた。

 

「その通り。さて、とっとと連れて行こうか」

 

 俺はすぐに指を鳴らすと、彼の背後の闇から巨大な狼が現れた。

 あの子は俺のペットだ。忠実で仕事のできる、少し甘えたがりの家族だ。

 

「う、止めろ。やめろ。やめろ。やめてくれ!!!!!」

 

 ここに狼がいることを知らなかった彼の悲鳴に応える者はおらず、漆黒で毛並みの良い狼はパクリ、と男を咥えてその場から去っていった。

 

「助けてくれ、助けてくれー!!!!」

 

 口の中から男の助けを請う声が響いている。

 

「はい、次の方~」

 

 この世界における死は、魂と肉体の別離を意味する。

 

 病、戦い、寿命、様々な要因で死んだ肉体から葬儀を通して魂を取り出し、その魂に対して評価を下す、『死者への審判』を行っていた。

 

 数時間後、俺は冥府での仕事を終えてとある会議場に入る。

 

「ラー、お疲れ様」

 

 約束の時間よりも3時間程早く着いたのにも関わらず、そこには先客がいた。

 車椅子に乗った鷹の顔、人間の胴体を持つ老人は、円卓に七つある椅子の内の一つ座って紙に何かを書いていた。

 

「おつかれ。ハーデス。会合まではまだ時間があるようだけど」

 

 彼はこの星の日光及び光の管理を担当する神である。

 

「……まぁ、暇だったので。貴方は?ここで仕事ですか?」

 

「私は、老いぼれだからね。動きが遅い分、早めに動かなくちゃならないのさ」

 

 この星における神とはそれぞれのシステムを司り引き継ぐ者のことである。

 

「そうですか……」

 

「ほっほっほ。ただの自虐だよ。引かないで。そういえば、君は後継者を連れていないよね。まだ決めていないな?どうしてだ?そろそろだぞ」

 

「……そうですね」

 

 目を逸らして答える。

 俺はまだその問いに答える覚悟が出来ないから。

 

「もうじき私たちは死んでしまうんだから、この星のためにも、システムを司るニンゲンを育成していかなければならない」

 

「…………」

 

「どうして言い淀む?」

 

 意味当たり前の言葉を口にできない。

 

「迷っているだけです。墓守の一族のみんなは優秀だから」

 

「……そうか、しっかり悩むといい」

 

 俺は早足で席に着いて鞄から書類を取り出した。

 

「ちょっと、判決後の処理をやらせてもらいますね」

 

「どうぞどうぞ」

 

 会議が始まる時間まで互いに無言で作業を行った。

 その日の会議の主題は、『神々の死亡後におけるこの星のトップについて』だった。

 

 

 集まったのはこの星に降り立ち、この星の物理法則を作り上げた5柱の神。太陽を司る鳥の頭の日輪卿(ラー)、大地を司る蟻の頭の地殻卿(オオクニ)、水を司る魚の頭を持つ水海卿(カハク)、空を司る雲の頭をした青宙卿(ウラノス)。そして、俺こと死者の世界を司る冥府卿(ハーデス)。俺以外の者たちは後継者となるニンゲンを引き連れていた。

 

 

「ハーデス!」

 

「どうしたの?」

 

 会談が終わると会議場に一人の男、先刻私を守った男が入ってきた。

 

「ハァ、ハァ、とぼけるな」

 

「……お先に失礼」

 

 どうやら、間違った会談の時間を教えたのがバレたらしい。

 仲間たちの前で説教をされるのは恥ずかしいので、すぐにこの会議場から出ることにした。

 

「どうしたんだい?」

 

 扉を出て少し歩いて、会議室の者たちに声が聞こえない程離れたら、とぼけるように彼がここに来た訳を聞いてみた。

 

「ハーデス、オレを会議に出せ」

 

「……」

 

「いずれ、この世のシステムはニンゲンが引き継ぐ。後継者が顔を出さなければ他の神から不安がられるぞ」

 

「……そうだねぇ」

 

 言い返すことが出来ない。

 彼の主張は至極真っ当だ。俺たちはニンゲンたちにその席を明け渡すことになっているのだから後継者を作るのは当たり前のことである。

 

「……やはりまだ。死ぬのが怖いか」

 

 その原因を俺は後継者候補の者たちには話していた。

 

「……ああ、死にたくない。でも、君たちも死んでほしくない」

 

「難儀な性質だな。神とは。オレたちにとっては世界のシステムを作り、道を示す先達であり、それでいて毒だ」

 

「そうだね。嫌だね」

 

 俺は死にたくない。

 

 

 

 (俺たち)の死は完全な消滅を意味するから。

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。冥府卿。タケルさん」

 

 身長の低い銀髪ショートカットのすました顔の女性が僕たちを出迎える。

 

 彼女は冥府卿後継者候補の内の一人、カバナキだ。

 

「カバナキ。留守をすまなかったな」

 

「いえいえ、もとより、冥府の仕事くらい私一人でできるものですよ。ぶいぶい」

 

 彼女は両手でピースを作りながら自身が冥府卿に能力的に見合っていることをアピールしてくる。

 まだ『後継者』が決まっていないだけで、『後継者候補』は『カバナキ』と『タケル』の二人に絞れているのだ。彼らは墓守の一族として俺に仕えていて、代々、名を継承している。

 確かに、俺はまだ覚悟は決まっていない。ただ、だからといって後継者の選定を一切行わないつもりはなかった。

 

「いや、オレの方が早くて正確だ」

 

 そのアピールにタケルは対抗し始める。

 

「む、傲りですね。それはメ、です。タケルさんは傲りが過ぎます。相変わらず『タケル』の名を継ぐ者は傲慢ですね」

 

「いいや、事実だ。事実を言うだけで傲慢とは、馬鹿馬鹿しい」

 

「はいはい。それじゃあ、いつも通り(・・・・・)、競争しようか」

 

 俺はいつも通り、何百回はした提案をする。

 

「「なるほど、ルールは?」」

 

 待っていましたと言わんばかりに、二人は息ぴったりでその内容を聞こうとしている。

 

「制限時間は1時間。種目は事務処理と判決の精査。採点は私がするね」

 

「「よし!」」

 

 

 

 

 場所は玉座の間に移り、玉座の前には書類の山で満たされた二つの机が設置されている。

 壮麗な山に挑むのはカバナキとタケル。

 これはどちらがその山を早く、正確に制覇することが出来るか、といった内容の勝負である。

 

「はい。終わりました」

 

 先に勝負を終えたのは、カバナキだった。

 

「それじゃあ、採点するね」

 

 俺は書類を精査して彼女の処理が最適かどうか採点し始める。

 その様子を見ていたタケルはペンを動かす速度を速めていた。

 

「今日は、カバナキちゃんの勝ち、だね」

 

 そしてしばらくした後、勝敗は正式に決した。

 

「いぇい。これで、283勝ですね。一歩リードです」

 

「いや、いや、あまりにも小さい一歩だ。俺はお前に282勝しているんだ」

 

 プルプルしながらタケルは悔しがっている。283回の負けを経験しても彼にはまだ悔しさが残っているようだった。

 

(ああ、ニンゲンはいいなぁ)

 

 その二人を見て、まだここに残っていたいという思いは深まるばかりだった。

 

 

 

 俺たちの死はこの世界の死ではない。

 まず、この世界の人間の死とは肉体と魂の決別だ。

 肉体は様々な葬儀を通して灰になり、抜け出した魂は冥府に届けられて人生を通した功罪を評価される。

 

 そして神の死とは虚無へ身を投げ入れることだ。

 

 神の魂は冥府には行かない。

 

 

 どこでもない場所へと投げ込まれるのだ。

 

 

「む。神の気が立ち込めてきましたね」

 

「……コレが消えるまで地上に戻っていよう」

 

「そうだね。じゃあね」

 

「「お疲れさまです」」

 

 神の気を吸うことを嫌って二人は玉座の間から去った。

 

「ふぅ…………」

 

 神の気とは、神の肉体が漏らす特殊な気体であり人間における毒である。

 その毒はゆっくりとニンゲンを蝕み、遺伝子に傷を与えて数千年を経て、生物の寿命をゼロにするという形で死に至らしめる。

 だからそんなおぞましい気体がこの身から発生していることが分かった神々は、いずれこの身を引くことを決意した。

 だが身を引く、隠れるということは死ぬこと、消滅することを意味する。

 

 彼らが苦しむことは避けたい。

 でも俺は死にたくない。彼らの行く末を見届けたい。

 苦しい板挟みだ。

 

 

 

 一人になった部屋で、玉座に座りながら、どうすべきかを天秤にかける。

 今まで迷っていた私はどちらも(・・・・)出来るように動いていた。私だけが生き残り、どこかへ逃げる手段を立てていた。

 ただ、期限が迫っている。我々が定めた神が死ぬ日、『神去の日』は2か月後、そろそろどちらに着くかを決めなければならない。

 暗闇の中で天秤に乗せる。

 

 傾いたのは、彼らの命の方だ。

 重視すべきは彼らのいつかの、数十世代先の命だ。

 

 次の会議からはタケルを連れていくことにした。

 カバナキには申し訳ないが、彼はあらゆるものに対して冷徹な判断ができる。彼女では情に深すぎるのだ。

 

 

 

 

 

 神去の日まで残り1ヵ月半。

 異議のない会議が進んでいく様をただ眺めていた。

 後悔はない。疑問もない。だから、眺めている。

 俺の天秤は揺るがない。

 

 残り1ヵ月。

 さて、余命を宣告されると、どうしても意識してしまう。

 死んだあと、私はどうなるのだろう?

 この魂は一体どこへ向かうのだろう?

 この世界の死を一番に触れていた神だからこそ、目の前に在る何かを理解できない。

 天秤は揺らぎ始めていた。

 

 残り三日。

 死ぬのに抗いたくなった。

 何故なら気づいてしまったからだ。

 俺が逃げて、彼らの営みを遠くで見ていればいい。

 しかし、懸念点が一つ。

 その選択がどんな影響を及ぼすか分からない。

 

 天秤の傾きは無くなっていた。

 

 

 当日。

 神去の日にて、俺たちは大きな墳墓の前の中にある一室にいた。

 俺たちの目の前には人一人が丁度入れる棺桶が佇んでいる。

 

「さて、行こうか」

 

 それぞれがすんなりと棺桶に入っていく中、俺は動けずにただ立ち尽くしていた。

 

「冥府卿……いや、ハーデスどうした?」

 

 まだ迷っている俺にラーは声をかけている。

 その目は俺を試すように鋭く光っている。

 

「私は───」

 

 そんな日に限って、厄災は訪れる。

 墳墓がうねるように揺れた。

 

「なんだ?」

 

 ラーは天井を見上げて何か起きたことを察知したが、それでも動かない。

 彼の役割はここで退場することだからだ。

 

「……」

 

 そうだ。俺の役割もここで退場することだ。

 もう、何があってもここで死ぬことが任された……。

 

「見てきます」

 

 なんでもいい。今は、彼らの無事を確認しなければ。

 

「待ちなさい」

 

 3歩程踏み込んだその時に、俺はラーに呼び止められた。

 

「止めるつもりですか?悪ですけど俺は」

 

「いや、そうじゃない。私たちが行いたいのは後押しだ」

 

 

 

 

 

「なんだ、あのバケモノは」

 

 空から、星が降ってきている。

 

 『後押し』を託された俺は墳墓に出てこの星に迫っている厄災を目視で確認した。

 正体は、分からない。恐らく、俺たち神とも関係ない存在だ。

 その星は巨大な球体で、中央には丸く汚い口があってその辺りを歯並びの悪く、禍々しくて刺々しい歯が並んでいる。さらに球体からは何本もの触手が蠢いていた。

 彼らの常識ではこんな正体不明の怪物。

 

「だが────」

 

 

 

 

 

 

「殺せない訳じゃない」

 

 背後に4つの棺桶が現れる。

 

 俺は昔のことを少し思い出しながら、『後押し』を再び使用することにした。

 

「借りるぞ」

 

 すると、カバナキの頭は燃え始めて、冥府の神は在りし日の姿へと回帰していく。

 ブラックホールとは重力の奔流だ。

 人の手では負えない、光でも逃れられない奈落。

 だがしかし、今回のものは攻略できる。

 

 アレは自然発生したブラックホール(理不尽)ではない。

 

 攻略可能なただの障害物であり、本物とはほど遠い紛い物だ。

 今まさにカバナキタケルがその地で踏ん張っていることがその証明だ。明らかに重力が弱い。だから、目の前の物は対処できる。

 

 次々と背後の棺桶が開いて、パーツのようなものが飛び出してきた。

 

 大地の神の台座は地面に深々と突き刺さる。

 太陽の神の球体はその姿を弧に変えて台座に収まり、

 水の神の糸は弧に弦をひいて、

 空の神の雲は矢を作る。

 最後に矢じりへ、冥府の青い炎を灯した。

 

「神弓 ガイア・ピナーカ」

 

 すぐに飛ばされた矢はすぐさまブラックホールへと吸い込まれていった。

 

 いくら紛い物であるとはいえ、ブラックホールには常識は通じない。

 

 

 だから常識を通せるようにする。

 

 彼ら(神々)は星に降り立ち、システムを作った。

 彼らには物理法則を作り出す力がある。破壊不可能のモノを破壊可能へと変えることも可能だ。

 だから、ブラックホールの中心部、重力の井戸の底、『特異点』へ焼却可能であるというルールを付与する。

 

 すぐにブラックホールは青い炎を呑み込んで、飲み込まれた。

 

 そして天変地異の脅威は灰になって崩れ去る。

 

 

 

 頭で燃え盛る青い炎が消えると、彼の遥か昔の記憶が呼び起される。

 ハーデスにとってつらいのはこの決断以降のことだったのだ。

 

 

 

 彼は大好きな人間たちを何万、何億と見送っていく立場となったのだ。

 

 

 

 ベッドには老婦人。

 その傍にはタケルの姿をしたハーデスがいた。

 

「ありがとうカバナキ、遺言通り、その名は俺がもらう」

 

 彼女の息が絶えた後、彼はそう言って名を引き継いだ。

 

 残念なことに、神の肉体がある以上、神の気を制御することは不可能だった。

 よってハーデスが星への定住は諦めどこか遠くへ行こうとしたその時、当代のタケルによる肉体の譲渡が行われた。

 神の気の原因は神の肉体である。だからこそ、その肉体を脱ぎ捨てられれば問題は解決する。

 しかしそこで新たな問題が生まれた。

 

 

 

 彼は死ねなくなった。

 

 

 

 神の魂に影響されたからか、彼の肉体は神の物ではないのにも関わらず老いなくなった。

 そして彼の圧倒的な実力により死ぬことなどはなく、ただ、彼の大好きな人間を見送り続けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お前はどんどん弱っていくな。魂があるとはいえ、人間の肉体で権能の行使をすればこうもなるか」

 

 ブラックホールの破壊を果たしたカバナキタケルのもとへサタナエルが戻ってきた。

 カバナキタケルは膝をついて肩で息をしており、明らかに疲れている様子だった。

 

「さっきから輪っかを狙っていたようだが、それは無駄な選択肢だ。自爆覚悟で殺しておけばどんな未来でも最低限目標は達成できた。でもお前は、段階を踏んで生きて私を倒すことを選んだ。」

 

「……うるさい。まだ、俺は死んでないぞ。早く回せよ。ルーレットを、それがなきゃ倒せないんだろ?」

 

 余裕を見せながら選択の間違いを嘲笑うサタナエルへ彼は挑発で返した。

 

「1番起動!」

 

 彼は満身創痍の男を見ながら少しだけ苦笑いをして厄災を起動させる。

 

「……!?」

 

「驚いたな?簡単なことだ。1番は人工の厄災。つまり技術だ。ならば再現することなど容易い」

 

 そうして彼はブラックホールを掴めるくらいの大きさにして手元へと引き寄せた。

 

「これで殺す」

 

 そして漆黒の玉は剣の形へと変形する。

 

「権能の連続使用は不可能だ。だからこの厄災は対処できない」

 

 必ず殺せる道具を手に、最大の障害へ手を下そうとにじり寄っていく。

 すると突然、サタナエルは何かに気づいたかのように足を止めた。

 

「危ない危ない。カウンターを仕掛けようとしていたのか」

 

「…………」

 

 答えを見透かされたカバナキタケルはその問いには答えず、ただ膝をついていた。

 

「待ちの戦法を取っているようだが、それでもいいのか?既に世界の再構成は始まっている。時間はもうないぞ?」

 

「は?」

 

 どんな未来を選んでいるのか悟らせないための無表情が、訳の分からない言葉によって崩される。

 

(世界の再構成が、もう始まっている?)

 

 奴は既に彼女が生きている世界の創造を始めている。ならば今すぐにそれを止めなければならない。

 

霊葬(れいそう) 異界参詣(いかいさんけい)朽果(くちはて)あぜ道!」

 

「急いたな!」

 

 放たれる死の道。波紋のように広がる黒い地面を、サタナエルは穴を足に通すことで回避しそのまま剣を最大の障害へと突き刺した。

 

「がはっ」

 

 全身の内臓が重力でねじ切れる。

 

「っ………!」

 

 彼はブラックホールの出力を上手い具合に調整してカバナキタケルをゆっくり殺すように攻撃している。

 

「ははははっ、ははっ、ははははははははは!!!!!!」

 

 堕天使の高笑いが誰もいない神殿に響く。

 

「ついに、ついに、殺してやったぞ!気に食わなかったんだ。お前は!お前に感情などない!ウリエルが死んだときも、まぁ、澄ました顔で眺めていたもんな!」

 

 その時、体の内側がズタズタだった理事長は意地だけで男の胸倉を掴み睨みつけた。

 その目は闘志が宿っているように見えて、その実は暗く濁っている

 

「ほう、道連れか?読めてい─────」

 

 サタナエルはその行為に意味を見出したその時、

 

 

 失敗に気づいた。

 

 

「俺の未来を見すぎたな」

 

 彼の頭上の光輪が黒い穴に呑み込まれていった。

 これはクロノ・ノーデンスの穴だ。

 

「このタイミングか!その程度の策、読めていないとでも?俺とお前の力は同じものだ。穴の中に穴を────」

 

 サタナエルが勝利宣言を続けようとすると、光輪に違和感を覚えた。

 

「厄災の輪が、分解されている?有り得ないその未来を選ぶのか!?」

 

「お前は万能じゃない。まず、その未来視ではお前自身の未来は見えない」

 

 驚くサタナエルのことなぞ無視して、カバナキタケルは未来視について看破していく。

 

「そして、未来視で分かるのは未来で起きる事実だけだ。動機までは理解することは出来ない。故にどうしてその未来に到達するのか、その全てを理解できないのだ」

 

「今、ウラガノは女王陛下が直々に説得されてカタヴァルスの殲滅をしている。これにより、多少の猶予は生まれた」

 

 その場に現れたのはクロノ。ノーデンスではなくラズ・ライトだった。

 彼の手にはサタナエルの光輪の一部があった。

 

「回答には感謝しよう。今、協会では世界の崩壊の兆しを探し当てた」

 

 残った一部を分解しながら、ラズは敵がどのような未来を見ているのかを知るために半分嘘の情報を語っていた。

 

「それがどうした?もう、実行しているんだぞ。手遅れだ」

 

「いいや、手遅れではない。何故なら、お前がそこにいるから」

 

 科学者は事件の謎を解明する探偵のように推論を語り始める。

 

「もし、『世界の再編成』が不可逆なものならば、戦うというリスクを冒す必要はない。あとは姿を隠せばいい。待っていれば目標が達成されるから。では、何故そうしない?それは時間稼ぎが必要だからだ。この世界の再編成は前回同様、実行しただけでは終わらない。待つ(・・)時間が必要であり、その途中で再編成をキャンセルすることも可能だということだ」

 

「生意気な後輩だな」

 

 世界の再編成の仕様に当てられたサタナエルは当てられたかどうかの情報は明かさずに冗談で返した。

 

「貴方は先輩ジャない……敵だ」

 

 そこに、もう一人理事会の天使が現れる。

 メデュエルは理事会の穴を通してこの空間に現れた。

 

「なるほど、そちらにはクロノと後任のウリエルが行ったか」

 

 その様子を見た堕天使は今歩んでいる未来を確定させた。

 

「今度は僕たちが足止めをする番だ。理事長はいったん下がっていてくれ」

 

「ああ、任せたよ」

 

「理事長、お疲れさま」

 

 更にもう一人の天使が戦場に足を踏み入れる。ラファエルは座り込むカバナキタケルの背中を後ろから支えて傷の治癒を始めた。

 

(サタナエル、私に感情がないのではない。何も感じなくなってしまったんだよ。それを、どの未来の俺はも言わなかったようだね……)





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