一発モノなのでマジですぐ終わります。
異世界要素は中編構想の残骸です。
俺の部下が配信者かもしれない。
そんなふうに思うようになったきっかけは、ほんの些細なことだった。
ある日のことである。
俺はいつも通りに国から与えられた仕事をこなし、帰りに甘いもんでも食って帰るかね、なんて思いながら街中を歩いていた。
我が祖国である皇国は、無計画な都市の拡張のせいで表通りの雑踏が尋常ではない。少々肌寒い空気に身を震わせながら、石畳を叩き若干の早足で人混みをすり抜けていると、ふとした拍子に見知った顔を見つけたんだ。
長い銀髪を翻す、美しい女である。
思わず目を奪われてしまうような凛々しい顔つきは、見間違うことなんてないぐらいに、俺の部下である『大尉』のものだった。
ちなみに本名は知らない。俺も彼女も国のとある特殊部隊に所属しているので、機密保持とか諸々のために階級で互いを呼びあっている。俺は中将、彼女は大尉。
ともかく、人混みの中に俺の部下を見つけたのである。
そりゃあ同じ国の同じ軍の同じ部隊で働いている以上、仕事終わりの同輩の姿を目にすることはあるかもしれないが、ところがどっこいこれがなかなかに珍しいことだ。
というのも、彼女の私生活は謎に包まれ、好きなものはおろか食事をしている姿すら見た人物がいないというほどのミステリアスガールだからだ。
恐らく私服だろうが、今日の大尉は黒いロングコートを着込んでいる。頭の上の赤いベレー帽もオシャレじゃないか。黒に銀と赤が映えて素敵。
実は俺、大尉の仕事以外の姿は初めて見たんだ。
いつもは軍服か潜入捜査の為の変装か暗殺任務の時の黒装束ぐらいなもんだからな。
ちょっとだけ見惚れちゃったけど、これぐらいは許して欲しい。
そうやってはるか前方に歩く部下を見つけたのはいいけれど、俺は特に彼女に対して何かしらのアクションを起こすつもりはなかった。
なぜって……今は勤務時間外だぜ? 誰がそんな時に上司に声をかけられて喜ぶんだよ。
俺だって仕事終わりに上司のおっさん連中に見つかったら心の中でめちゃくちゃ嫌な顔をするし、あまつさえ飯にでも誘われたらバレないように悪態をつくね。
気心知れた同僚とかなら後ろから組み付きたいところだが、生憎と特殊部隊なもんでそんな友人いないんだ。
それにほら、相手は女性だし、このご時世に下手にディナーとかに誘っちゃうと……セクハラとかになると困るじゃん?
自慢ではないけど俺は軍でも結構上の方の階級だから、上司ってことを抜きにしても俺の誘いは断られない自信がある。でもそういうのは良くないよね。
皇国の軍は割とパワハラモラハラなんでもござれの古典的体育会系な気質が蔓延しているところではあるけれど、俺はそんな価値観に真っ向から立ち向かえる男なんだ。だって訴えられたら怖いし。
だから今とるべき行動は沈黙! それが正しい答えなんだ。
そう、だから俺は何もせず、このまま家に帰る。
明日、職場で大尉と出会っても「昨日あそこにいたね!」などと声をかけてはいけない。確実に気持ち悪がられるからだ。
何も見なかったことにし、何も知らなかったことにし、今日の出来事は俺の胸の内。
それでいい、それでいいんだ。
……なぁんで俺の進行方向にことごとく進んでいくんですかねぇ?
うっかり今までの作戦で培ってきた尾行能力を使い、気付かれないように動いてしまった俺は悪くないと思う。
だって俺の家あっちの方なんだもん。人混みと休日に尋ねてくる上司が嫌でわざわざ人気が少ない郊外に住んでるのに、なんでそっちに行くの?
悪いけど近隣の住民は全部把握してるから君がこっちの方面に住んでないことは知ってるんだよ?
にしても大尉はしきりに周囲を警戒している。尾行を警戒しているようだ。
やはり大尉ほどの美人さんにもなるとストーカーや不審者に対する警戒が必要なのだろう。大尉は並大抵の軍人なら大の男であろうとも徒手空拳で制圧できるだけの能力はあるけど、それはそれとしてやっぱり嫌なものは嫌なんだろうな。
ケッケッケ、しかしまだ甘い!
上司たるこの俺に限ればその程度の警戒ではあまりに不足、こんなにも容易くストーキング出来てしまうぞ!
ほぅれこんなに人の気配が無くなって来たのにまだ後方から見つめる大男に気付かないのかな〜?
「うぉっ危な」
物陰に隠れる。
油断していたら見つかるところだった。
……というかなんで帰宅しているだけの俺がこんなに警戒しつつストーキングしなければならないんだ。普通に見つかってもたまたま帰宅中に遭遇しただけで、そのまま帰れば何も問題ないだろ。
シミュレーションしてみよう。
俺はこのまま潜伏を解いて歩き出して、そうすれば大尉は俺の存在に気付くだろう。そしてこう言う。
「やぁ大尉、奇遇だな。俺は家に帰るところだよ」
そうすると、彼女は俺に対してこう返す。
「そうでしたか。お疲れ様です、中将」
うぅむ、我ながら完璧な堅物シミュレートだ。
大尉の氷みたいに動かない冷たい無表情から繰り出される心の籠らない鋭利な言葉まで完璧に再現している。
俺たちの出会いはたまたま、それ以上は何もなし。明日からも仕事は頑張りましょう。
よし、これで行こう。
これならばセクハラにも該当しない……ハズ。腐っても互いに軍人だし、こんなことで瑕疵は残らないでしょ。
そうと決まればいざ皇国。
パレードが如く勇ましいグースステップを踏み出した俺は、しかし早速出鼻を挫かれてその場で躓きかけた。
というのも、しきりに周囲を見渡した大尉が、素早い身のこなしで建物と建物の間の狭い路地へと消えたからだ。
「どこ行くねーん」
その裏路地は抜け道でもなんでもなく、かつての適当な区画整理によって生まれたデッドスペースである。狭く暗く汚いその道は三方を壁に囲まれ、複雑に入り組んだ先は全て袋小路。本当に何も無い。こんなところに敵を追い込んだらしめしめ袋のネズミだと笑みを浮かべるような場所だ。
この時期は寒いから浮浪者もおらず、せいぜいネズミとハエとゴキブリがいる程度。
当然のことながら大尉のような見目麗しいエリート軍人女性が用があるような場所ではないことは確かだ。
道に迷った? まさか。
我々のような特殊部隊の人間は皇国はおろか仮想敵国の王国、共和国など近隣国家の地形は全て頭に叩き込んでいる。
裏路地ひとつとっても抜けは無い。
おまけにあの警戒の度合い、何か用があっての行動と考える方が自然だ。
「大尉、いったい何を……」
よもや、
気になったので路地裏の暗がりに近付く。
高い建物に囲まれ、入り組んだ道は奥の様子を窺わせない。
影に紛れ込んだ。
この道は人が滅多に通らないから、多少なりとも埃が溜まる。
その上を無策に歩いたならば、当然ながら足跡が残る。
暗がりも相まって普通の人間ならば見つけられるような跡では無いが、俺ならば分かる。
まだ大尉に教えていない、魔力を用いた高度な追跡術だ。
このような技術を必要とするような局面はそう多くないが、上司たる者これぐらい出来なければ信頼と尊敬は得られぬ。
そうやってズンズンと進むと、やがて人の気配を感じる。
一人。女性。毛髪などの目立つ痕跡は残さないように注意し、声も響かないように抑えているようだ。教えが生きているようで実に結構。
通話。あるいは記録か?
耳を澄まし、彼女の声を聞き取ろうとする。
完全にストーカーの所業だが、お仕事スイッチが入ってしまった俺はそんなこと気にもしなかった。
そして、彼女の澄んだ声が聞こえる。
「──オハ、コンバチハ」
配信者だ!!!!!