『配信者』という概念がこの皇国に生まれたのは、割と最近のことであると記憶している。
読んで字のごとく、配信魔法を用いて不特定多数に配信を行う者のことである。
皇国の一般家庭に広く普及している情報端末からアクセスすることができ、視聴者はコメントなどを通じて配信者とコミュニケーションを取ることも出来るし、存在を匂わせずにただ眺めるだけも出来る。
双方向のやり取りを必ずしも要さない、もしくは最低限にすることができ、それでいて場所を選ばないこの行為は、その垣根の低さから広く民草に受け入れられ、今では皇国を代表する一大文化として数えられている。
この『配信魔法』、元は皇国の軍部が開発した広域情報共有魔法まで遡る。
便利だからとインフラに適応した結果、巡りに巡って娯楽のひとつになるのだから不思議なものだ。
娯楽。
そう、配信とは娯楽なのである。
仕事で疲れた時、冬の寒気に耐えられない時、理不尽な仕事に嘆く時、悲しみを忘れたい時、配信は人を癒す。あるいはそうでない時ですら、配信は人に娯楽を提供し、その暇に潤いを与える。
配信者は、そうやって不特定多数に娯楽を提供し、暮らしに彩りを与えて生活の質を上げ、その代価に金銭を得る。得ないこともある。
素晴らしいことだ。面白みのない軍属の公務員として、大道芸人にしてもピエロにしてもチンドン屋にしても、人に幸せをもたらす仕事は尊敬できるから。
かくいう俺も、仕事終わりにはいつも配信を見て、時にスパチャを投げたりもして──って違う違う。
大尉、大尉である。
……俺は知っている。
配信者は、視聴者にその名前を覚えてもらい、何度だってリピートしてもらう為に、得てして特徴的なキャラを作る。
そのやり方は人によって異なり、十人十色と言っても過言ではないぐらいに個性が出る。話し方、動画スタイル、時には、挨拶でも。
そんな俺だから、すぐに分かった。
大尉は確かに「おはこんばちは」なる挨拶を宣ったのだ。
これは恐らく、「おはよう」から「こんにちは」、そして更に「こんばんは」まで全てを内包した挨拶。生活スタイルの多様化により朝に起きる人間もいれば夜に起きる人間もいるこのご時世で、いついかなる時でも相手に対して適切な言葉を投げかけるために編み出された洗練された言葉だろう。
人目を警戒し、誰もいない路地裏に潜み、そこで誰彼とも皆目見当のつかない何者かに向かって、洗練された挨拶を投げる。
これが配信者の姿で無くてなんと言うのか。
そこまで悟った瞬間、俺は大尉に気付かれないようにその場を後にしていた。
大尉は人気のない場所を探していたのだ。
あの路地裏は、大尉にとっての
家に帰ってすぐ、俺は手を洗うことも忘れて愛用の情報端末を開いた。
起動するのは、もちろんお馴染みの配信ソフト。
今この瞬間にも俺の推しが配信を行っているが、今だけは他に優先するものがある。
検索欄にカーソルを合わせ、そこでようやく俺の手が止まる。
「チャンネル名が分からないな……」
俺が何をしようとしているかなどすぐに分かるだろう。
彼女が配信者と知ったのだから、そこにお邪魔するのである。
当然ながら妨害行為や荒らしなんて無粋極まりない極刑に値する愚行を犯す意図は無く、現実でからかったり、揺する意図もない。
いち視聴者として、尊敬できる一人の配信者の娯楽を享受しに行くのだ。
配信のとき、視聴者は徹底的に己を隠すことが出来る。
どれだけ底辺でも、あるいは国のトップでも、大量殺人者でも、他国のスパイでも、配信を見ている時だけは有象無象の視聴者の一人になれるのだ。
己の衝動のままに、俺は文字を打ち込む。
チャンネル名が分からないのならば、推測すればいい。
そうだな……もし、もし仮に、仮にだ。仮にだよ? 例えば、大尉の名前が『アリア』とかだったとしよう。もちろん本名は機密だから俺は大尉の本名なんて知らないけれど、仮に大尉の名前がそうだとすれば、チャンネル名は「ありあちゃんねる」とか……違うか。ならば「Aria.ch」とか……これも違う……「アリアの部屋」も違うか……
しばらく試しても目的のチャンネルが見つからなかったので、アプローチを変えることにした。
ここまで来ると大尉は名前を出さないタイプの配信者だと思われるので、ならば身体的特徴で調査するのだ。
「配信者 銀髪」
「配信者 銀髪 クール」
「配信者 クール」
「配信者 女性 銀髪」
「配信者 女性 高身長 銀髪」
「配信者 女性 高身長 銀髪 かっこいい」
「配信者 挨拶 おはこんばちは」
「配信者 検索サイト」
「配信者 見つからない」
「配信者 アリア」
「配信者 大尉 銀髪」
「配信者 軍人系」
み、見つからねぇ……!!!
なんてことだ、軍の大規模諜報作戦にも参加した実績があるこの俺が、配信者ひとり見つけられないなんて……
とりあえず質問サイトに配信者探しのコメントを投下し、失意のままに端末を閉じる。
風呂だ、風呂に入ろう。今日は寒かった。このままではテンションの急直下で風邪を引いてしまう……
魔法で風呂を沸かし、ブクブクと泡を吐く。
皇国の冬は寒いからな。こうやって体を芯から温めることで軍人として完成するんだ。
そうやってしばらくお手軽湯治を堪能していると、体が温まるにつれ、こんな考えが頭に浮かび上がってくる。
──軍人が配信行為って、ぶっちゃけあんまり良くないよな?
こう、コンプラ的に。
一応俺たち公務員みたいなもんだし。
そもそも大尉って国の最重要機密の特殊部隊に所属してるんだから、余計に、なぁ。
そう考えてしまうと、ネガティブな思考がどんどんと浮かび上がってくるもので。
軍の上層部は頭の硬い老害と頭のおかしい軍国主義者と男尊女卑とその他もろもろの思いつく限りのロクデモない要素が蔓延る魔境の地だから、仮に配信者であるとバレたら処罰どころじゃ済まないよなぁ、とか。
身分を明かさないなら俺は別に良いとは思うけれど、このご時世だし何があって機密情報が漏れるか分からないからなぁ、とか。
もしこれが明るみに出て方々からバッシングを受けて、貴重な配信者の一人が引退しちゃったら嫌だなぁ、とか。
ぶっちゃけこれ上司の監督責任の範疇だろうから俺にも責任の所在が及ぶだろうなぁ、とか。
ぶくぶくと泡を吐くこと3時間、悩みに悩んだ俺が達した結論は、誠に苦渋の決断ながらも「流石に良くないからそれとなーく諌めよう」というものだった。
本当に、本当に!! 不服ではあるんですけども!! ね!!!!
後日。
作戦で同行することになった、その帰り。
「あぁ、大尉。一ついいか」
極めて事務的な連絡をいつも通りに終え、解散となった時に、俺は彼女の後ろ姿に声をかけた。
「……? はい、なんでしょう」
俺から大尉に声をかけることは滅多にないから、彼女も無表情ながら訝しげに俺を見る。
長い銀髪を翻す彼女は、やはり美しい。
配信者になれば映え間違いなし、万バズを連発する素質をいくつも兼ね備えている。
他の連中はいない。
これは彼女の個人的な事情に触れることだから、人払いは完璧に済ませておいた。
あー、緊張する。
でも、色々と忙しいであろう大尉をながながと待たせるのも悪い。
俺は意を決した。
なるべく威厳のある声で、なおかつ穏やかで親しみのある調子で。
「──配信行為とは、あまり褒められたものではないな」
どこか遠くを眺めつつ、言い切る。
少し間を置いてから、チラッと大尉の顔を覗き見た。
「────ッッッ!!!!!!」
あぁぁぁぁぁぁ、やっべーーーーーー!!!!!