この国の上層部は、腐り果てている。
傷んでダメになっちゃった果物みたいにグズグズと腐食していて、誰がどう見ても食べられないって言っちゃうような状態。
そのくせして、外面だけは立派な殻で覆って腐敗を見せないんだから、タチが悪いったらありはしない。
私が生まれたのは、そんな軍国である皇国の、とある高名な軍人の一族だった。
原因がかつての大戦だかなんだかは知らないけれど、建国以来、この国の主導権は軍の人間が握りしめたまま手放そうとしない。
そんな軍の価値観が旧態依然とした男尊女卑で権力主義で拝金主義で汚職贈賄なんでもござれな目も当てられない有り様なのだから、ちょっとでも良識のある人間ならば改革を叫びそうなものだけど、この国はそんな声すらも握り潰してきた。
上の様相は下にも現れるようで、おかげさまで皇国の貧困層の暮らしは酷い有様。
スラム街のそこら中に転がる死体、死体、死体。そもそもスラムが城壁の外にあるせいで魔物が侵入してきても防ぐ術はないし、治安は良かったことが一度もないし、お腹を空かせた子供たちを狙う人攫いが跋扈しているし、極めて中毒性の強い薬物が流通しちゃって、もうダメ。オマケにその薬物の製造には軍の上の人間が一枚噛んでるとか言うんだから。
酷いことになっているのは何もスラムに限った話ではない。
首都も田舎も関係なく、蔓延する人の悪意は病魔のように国全体を蝕んでいて、だけどお医者様はどこにもいない。だって国が率先してお医者様のクビを切っちゃうからね。
敢えて言うよ、カスであると。
国の頭が今のままだと、この国はいつかダメになる。
正確には、もう既にダメになってるものが、取り返しがつかなくなる。
断っておくけど、私は決してこの国が嫌いなワケじゃないし、ましてや立派に務めを果たしてきたお父さんやお母さん、そして私自身の一族も嫌いじゃない。
私は誇りを持って自分に流れる血を受け入れているし、だからこそ、未だ漂う男尊女卑の風潮に真っ向から抗うように、真っ向から軍門を叩いたんだから。
どんなに厳しい任務も、どんな汚れ仕事もやった。
幸いなことに私には軍人としての才能があったから、やろうと思えばなんだって出来た。
収賄とか枕とか、その手の要求は絶えなかったけど、そういったものは片端から切り伏せた。
とんだ跳ねっ返りのアバズレ女だ。
私の評価は最悪だったんだろうけど、生憎なことに私は常に実力を示し続けた。
想定外だったのは、そんな私に同調してくれる人がたくさんいたこと。
この国の軍人は階級が上がるにつれてまともな奴が減っていくけれど、それでも真面目に国のことを思って軍に入り、そして腐った上層部をどうにかしたいと思う人がこんなにいたんだって感動した。
嘆き悲しんだことだって一度じゃない。
助けられなかった人、私の腕の中で息絶えた子供、単純にめちゃくちゃ厳しい上官、泥と土塗れの強行軍。
それでもきっと、私はこの国を変えられるんだって信じてた。
このまま、真っ当なやり方で、この腐り果てた組織を、内側から。
そして示すんだ。私はやってやったぞ、と。私の目指したものがここにあるぞ、と。
そんな私が夢見た未来は、志半ばで挫けることになる。
ある、大規模作戦が終わった頃のことだった。
遥か昔から皇国の脅威として数えられていた、北の山脈に潜む雪の魔物。
幾度となく討伐隊が組まれ、幾度となく敗走し、その度に国に尋常ではない被害を生み出してきたその化け物に、私たちはついに勝ったのだ。
最前線を駆け抜けた私は、まず間違いなく勲章ものの活躍をしたという自負があった。
更なる昇進、日毎に増していく名声と名誉。
いい調子だと、私の道は完璧に舗装されていると、喜び勇んで帰国してすぐ。
私の両親が、『事故』で亡くなった。
呆然とする私をよそに、後処理は粛々と進んだ。
軍人の一族の私の一族でも、両親は特筆して優秀な人材だったようで、退役した今でも軍の人とは交友があった。
だから両親を慕う人たちが葬儀や相続の手伝いをしてくれたのだけど、その時にこんなことを言われた。
曰く、これは『警告』なのだと。
目障りな美辞麗句を並べ立て、分かりやすく反抗を露わにする私に対する、上層部が指示した私への『罰』と、そして私に賛同する人たちへの警告も、ついでに。
理解できなかった。
お父さんもお母さんも立派に軍で勤め上げて、ずっと貢献してきたのに。それを、こうも簡単に、切り捨てるの?
あなた達だって腐っても軍人のはずなのに、かつては志を同じくした同輩だったはずなのに、どうしてこんなことが出来るの?
失意の中で、更なる不幸が私を誘う。
それは、皇国の特殊部隊への移籍辞令。
はじめ、私は聞いたこともないその部隊の名前を受けて、冷遇された人間が送られる名ばかりの左遷用の部署かと勘ぐった。
しかし私に辞令を伝える上官は、やけに興奮した様子で、しきりに栄転だと私のことを褒め称える。まるで訳が分からない。
しかし命令は命令。
私は大人しく荷物を纏め、先の功績で昇進し新しくなった大尉の階級章と共に元いた部隊を後にする。
──そこは、正真正銘の特殊部隊だった。
軍上層部が直々に運用する、諜報偵察暗殺強襲なんでもござれの、選りすぐりのエリートが選出される部隊。
なるほど、栄転だ。
これは軍人として私の能力が認められたことの何よりの証明だし、仕事の難易度に比例し……それどころか指数関数的に待遇が向上した。
飴と鞭のつもりか?
両親の『事故』で上層部に怨恨にも似た感情を抱いていた私は、その辞令にどうしようもない苛立ちを覚えたが、やがてその真意を悟って愕然とさせられたのだ。
特殊部隊。表向きには、その存在は機密でなければならない。
だから部隊の私たちは互いを階級というコードネームで呼び合い、互いの名も、経歴も知らない。
そして、どれだけ華々しい功績を挙げようと、軍内部はともかく、公には公開されない。所詮は噂程度に収まり、当然のことながら、私の名前も顔も、決して広まることは無い。
つまり──どれだけ私が国のために活躍し、そして軍内部で改革を叫ぼうと、その声はほとんどの人には届かない。
上層部は、私を特殊部隊というしがらみに縛り付けてその言動に蓋をし、その上でせいぜい私の能力を国のために生かして働けと、そう言っているのだ。
屈辱だった。
名誉とか地位とかそういうものに興味はなかったけど、革命のためには必要だと思ったから、頑張ったのに。
私ならやれるという確信があったから、ここまで来れたのに。
ちっぽけな小娘の策略は、真正面から嫌らしい悪意によって叩き潰されたのである。
何度辞めようと思ったことか。
しかし、生まれてこの方軍人としての生き方しか知らない私が、どうやって市井に紛れて生きていけるのだろうか?
そして何より、代々軍人として勤めを全うし、誇りを貫いてきた私の血が、ちっぽけなプライドが、どうしてもリタイアという選択を認めないのだ。
失意のまま生きる私に、しかしある時、転機があった。
ある日の任務終わり、その帰りである。
スラム街に潜む王国の間諜の抹殺の任を受け、そしていともたやすく達成した、その帰路。
私と同年代ぐらいの青年が複数人を相手に単騎で喧嘩をしていて、それがどうも幼い少女を庇ってのように見えたから、なんとなしに加勢した。どっちが正義だとかそういったものは気にせずに、ほんの気まぐれで青年の横に並んだ。
あるいは、青年の情熱的な瞳に浮かぶ色が、かつて私も宿し、そして今はどこかに隠れてしまったものに近しいものだったからかもしれない。
私にとって、大の男であろうとスラムのチンピラ程度なら簡単に転がせる雑魚にすぎない。
何の苦もなく撃退して、捨て台詞を聞き流しながら無傷の青年と少しだけ言葉を交わして──その時は、すぐに別れた。
別の日、私は任務でとある軍人の家にいた。深夜に。
この国の上位の軍人はほとんど貴族みたいなものだけど、それでも武官の類であることは間違いない。
だと言うのに私に任された任務は護衛だと言うのだから笑わせる。
あんまりに情けないこの国の軍人のあり方に呆れつつも話を聞くと、どうやら皇国にはきな臭い革命団なる集団が存在し、それがこの軍人の家を襲撃しようとしているという情報が入ったらしい。
普段は護衛なんてしない特殊部隊に所属する私に声がかかったのは──より強い戦力を求めて、金にものを言わせたから?
あまりに情けない理由すぎて笑うことすら出来なかったが、任務は任務である。
さっさと終わらないかな、なんて思っていたが、案の定襲撃は行われたのだ。
それ自体は驚きでは無かったけれど、肝心なのはその襲撃者のうちの一人。
先日スラム街で遭遇し、ちょっとだけ手助けしただけの青年──オーハだった。
お互いに驚いたけど、その程度で怯むわけも無い。
そして襲撃してくる方が悪なのだから、容赦なく叩き潰すつもりだった。
負けた。
魔法さえ使い、本気で挑んだけど、私はあの青年に勝てなかったのだ。
あるいは──瞳に強い正義の光を抱いた彼に、私がへし折られたものを持つ彼に、引け目があったのかもしれないけれど。
そしていくつかの問答をした後、何を思ったかオーハは私を連れて護衛対象の軍人の家を突き進み、そして私に『現実』を見せたのだ。
そこはまるで監獄のようで、凄絶な光景と、胸が苦しくなる匂いでいっぱいだった。
誘拐された女性。買われた奴隷。遊びで連れてこられ、散々『実験』された人たち。
具体的なことは、今でも思い出したくはない。
彼らは、革命家だ。
内側からこの国を変えようとした私と違って、外から腫瘍を切除しようとする者たち。
貧窮極まるスラム街に生まれ、毎日命を繋ぐだけでも精一杯なのに、それでもなお国を変えたいと思った人たち。
彼らは結局、助けられる人は助け、間に合わなかった人は丁重に弔い、そして屋敷の主を殺し、屋敷に火をつけた。
使用人や家族諸共炭にしてしまうやり方は過激だったけれど、これしかない、とも思った。
燃やしてしまわないとならないんだ。
腐ったものを元に戻すことは出来ない。だから、一度綺麗さっぱり焼き払わないと。
当然のことだけど、上流階級の出身で、おまけに富と権力の象徴の現役軍人な私を革命団の彼らが受け入れるには相当な一悶着があった。けど、それはもう終わったことだ。
私は、特殊部隊の大尉という仮面を被りつつ、革命団のアリアとして生きる。
もう一度、この国を変えるのだ。
そうやって二足の草履を履いた私は、しかしある日戦慄させられることになる。
「──背信行為とは、あまり褒められたものではないな」
他ならぬ私の上司──中将の一言によって。
皇国:ありとあらゆる不正と汚職が蔓延する軍国。大尉ことアリアちゃんが目にしたものはあくまで一端。
革命団:結成までに大きな困難を乗り越えてきたしアリアちゃんの加入でも一悶着あった。アニメで言うと1クールぐらい。