中将。私の上司。
特殊部隊の長で、私が今までに見てきた軍人の中でもトップクラスの腕利き。
私が知っているのは、たったそれだけ。
素性を秘匿するうちの部隊の都合上、名前を知らないのは当然だ。
だけど跳ねっ返りの私は自分の上司の個人情報を調べようとして……何も、見つけられなかった。
正確に言うと、何も見つからなかったわけではない。
むしろ逆で、見つかりすぎたんだ。
名前。生まれ。出身校。両親。配偶者。息子、娘、孫、養子、同居人、庶子、友人に幼馴染、その他なんでも。
まるで思いつく限りありとあらゆるものを詰め込みましたと言わんばかりの物量は、それだけでマスクデータ足りうる。
徹底的に隠匿された情報の数々の守りを突破することはあまりに難しくて、結局私は中将の個人情報を何も把握することが出来なかった。
情報戦には心得があったし、私はこの国でも有数の実力者だという自負があった。
だから「何も分からない」という結果を認めるのには些か苦労したけど、それと同時に私の上司の恐ろしさを痛感したものだ。
私が知っているのは、彼が中将と呼ばれていることだけ。
それが本当に彼の身分を示しているのかも、分からない。
彼はいつだって穏やかな笑みを浮かべていて、動じない。
敵を追い詰めた時も、諜報任務中も、裏切り者を拷問する時も、彼はずっと、微笑んでいる。
正直に言うと、中将は得体が知れない。
彼はその薄い笑みの下に何を考えているのか誰も知らないし、どういう意図で生きているのか分からない。軍人として忠誠心を持っている可能性もあれば、実はとんでもない腹黒の可能性も考慮できる。
何も分からないからこそ、彼のことが怖い。
穏やかな顔で私に話しかける中将が、怖い。
良い人、優しい人なのだろう、とは思うんだけど。
だからこそ、その日の出来事は、とびっきりの驚愕の中に、だけど一抹の納得をもって受け入れることが出来た。
「──
いつもと変わらない柔和な微笑みで、いつもと同じの穏やかな語り口で、中将は初手から核心に切り込んできた。
背信行為。たった四文字の言葉が示すものは、こと軍人においては重大な意味を持つ。
聞き間違いかと思ったし、何か違うことを言っているのかもしれないと期待したけれど、すぐに私は私自身の愚かな想像をかき消す。
だって、相手は中将だ。
決して失敗しない、全く間違えないこの人が、何の意味も無しにこんなことを言うものか。
そもそも私生活すら一切窺わせず、事務的なこと以外は一切話しかけてくることのない中将が私を呼び止めたこと自体、立派なイレギュラーだ。
「…………意味がよく分かりません」
引き攣る頬を抑えきれていたか、私にはまるで自信がない。
誰にも知られていないという確信はあったし、細心の注意も払っていた。
それが、考えられる限りでは上位5人に入るレベルで知られてはいけない人に知られていたという事実を突きつけられたのだから、仕方の無いことではあるかもしれないけれど。
「ははは、そうかそうか」
私がどうにかそう返すと、やはり中将は笑った。
決して剣呑な雰囲気を見せず、朗らかに、どこにでもいそうな気のいいお兄さんのように。
「知らないならそれで構わないから、聞くだけ聞いてくれ。上司との雑談に付き合うと思ってさ」
どの口が、という悪態が喉元まで差し掛かって、それでもどうにか飲み込んだ。
例えどんなに状況が悪かろうと、そこに追加で確実に私よりも強い中将の不興を買うことは避けたかったから。
「君のその行為は……あぁ、そうだな。素晴らしいものだ。多くの人に夢を与え、生きる希望を授けるもの。しかしまた、そこに潜むリスクも計り知れない」
身分の露呈、情報の漏洩、あとはまぁ、『放送』事故。
具体的な中身を語らずとも、つらつらと懸念事項を語る中将が何についてを言及しているのか、理解することは難しくない。
それは同時に、彼は私が志す『革命』について完璧に把握しているということの何よりの証左でもあった。
「君の姿は、人によっては尊いものとして見られるのだろう。しかし、君はそこに潜む危険性を正しく把握しなければならないのだよ」
分かるかね?
どこか剣呑な光を宿した視線を向ける中将は、まるで諭すかのようにそう言った。
「………………よく、分かりませんが。ご忠告、痛み入ります」
私はただ、そう返すだけで精一杯だった。
◆
「オーハ!」
隠れ家の扉を開く。
スラムの奥深く、何十もの偽装と認証を経て、更にその上で魔術まで用いた全力の防壁システムを搭載し、軍の施設よりも強力に要塞化した場所。
私たち革命団の隠れ家のうちのひとつは、そんな場所だった。
「アリア! どうしたんだ、そんなに慌てて」
「ヴァーチェを呼んでちょうだい!」
何やら机に向かって筆をとっていた黒髪の青年が私の姿を認めて、驚いたように立ち上がる。
私はこれでも、二足の草鞋を履きこなす冷静沈着な凄腕軍人というイメージで通っている。
これは軍人でありながら革命団に寝返った私を疑問視する人たちへのアピールという面が大きいのだけれど、ともかく私は普段なら決して声を荒らげないし、扉を全力で押し退けて部屋に飛び込んだりしない。
だからこそ、革命団の長──オーハは、私が何かを口にするよりも早く、事態の重大さに気がついたようだ。
「今ならコンもいる。すぐに招集しよう」
「──それで? エリート軍人のアリアさまは、みすみすウチらのことを知られちゃったってワケ?」
「あまり急くな、コン。情報は確定していない」
オーハは、いつもの冷静さで獣耳が特徴の金髪少女──コンを諌める。
短気で気が強い彼女は、しかしオーハにだけは従順だ。
昔にスラムで命を救われたからだとかなんだとか聞いているけれど、今はともかく話を共有したい。
しかしまた、状況を聞いて一瞬だけ瞑目し、それ以降は一切調子を崩さずに場をとりなすオーハの冷静さも、私がやらかしたと断定して非難の目を向けてくるコンのせっかちさも、混乱する私にとっては有難いものだった。
「状況を整理しよう。つまりアリア、君は君の上司の『中将』なる人間に、我々革命団との繋がりが露呈した……そういう認識で合っているな」
「えぇ、そうよ」
青い髪の女はメガネを指で押し上げ、その下の鋭い視線が私を射抜いた。
私はその瞳をよく知っている。
軍の参謀と同じ、眼前の存在が自分たちにとって損害になりうるか、切り捨てるかどうかの勘定をしている顔。
「心当たりは?」
「無いわ、ヴァーチェ」
私はヴァーチェを薄情だとは思わない。
誰に対しても常に冷酷で損得勘定でしか動いていないように思える彼女が、だけど誰よりも革命団を、そしてオーハのことを想い、強い覚悟の上で生きていることを知っているから。
私たち革命団の存在はこの国の上層部にとっては障害でしかないから、一歩しくじると全員の命が危うくなる。
あらゆる場面において最悪を考え、その上で最善策を用意しようとするヴァーチェの周到さを、誰が責めることが出来るだろうか。
「どう思う、ヴァーチェ」
「……ボクたちの知るものだけだと情報が少なすぎる。結論を出すには早いよ、オーハ」
「結論もどうもこうもないでしょ! アリアはやらかした、敵に気付かれた! ならもうやることはひとつじゃん!」
コンが喚く。
彼女はかなり複雑な出生で、私たちの中でも特に皇国への憎悪が強い。
だけど、ヴァーチェは極めて冷静な様子で猛るコンを諌めた。
「諜報からはその情報が入ってこない。精査が必要だ」
「しかしアリアの能力も確かなものだ。ヘマをしたとも考え難い」
革命団は、決して子供のお遊びではない。
主導者はオーハ、未だ若い一人の男だ。
だけどその下に立って正義を叫ぶ人たちは老若男女関係なく、あらゆる場所に賛同者がいる。当然、軍の中にまで。
「『中将』が情報を止めている、と?」
「結論を出すには早い、と言ったよ」
ヴァーチェはかつて、軍の人体実験で生み出された。
非道な実験を経て、数多の悲劇を越えて作り出された彼女の能力は、しかし彼女を助け出したオーハのために使われる。
あらゆる制約を無視して広域通信を可能にする彼女の能力は、軍の秘匿通信なんて障害にはなり得ない。
「じゃあその中将とやらが何故か黙っていてくれることに期待してウチらはこのまま静観してろって? 冗談じゃない!」
コンの母親はかつて奴隷としてこの国に連れてこられた狐人らしい。
人を遥かに超越した身体能力と、才に溢れた魔法技術は、ただ母を残酷な運命に引き摺りこんだ皇国への復讐に向けられる。
単体で皇国の軍の5分の1を相手出来ると豪語する能力に、遜色は無いと思える。
「ヴァーチェの能力は信頼している。しかし、コンの言葉も一理ある」
オーハ。
不思議なひと。気高いひと。
英雄っていうのはこんな人のことを指すんだろうなと思わされる、強い人。
私と同じ理想を掲げ、一度はへし折れた私の理想を肯定して、共に行こうと言ってくれた人。
彼は迷わない。彼は曲がらない。
だから、彼の元に付いたコンも、ヴァーチェも、革命団の皆も、そしてこの私も、同じように迷わないで進み続けることが出来る。
「アリア。直接確かめて来てくれるか」
オーハ、コン、ヴァーチェ。
私の同胞たる彼らがその全てを賭けて戦うのならば、私もそれ以上のものを賭けて戦おう。
例え中将が敵に回ろうと、私は決して止まらない。他の薄汚れた軍人どもと違って、不正やら着服みたいな汚い話は全く聞かない中将に切っ先を向けることは、少しだけ心苦しいけれど。
「任せて」
私は、やってやる。
アリア:えりーと
ヴァーチェ:かしこい
コン:つよい
オーハ:すごい
ありあ「
まぬけ「『オハコンバチハ』!? 配信者だ!!」