「そういうわけにもいかない。君たちに手を貸すには私の手は些か汚れすぎているからな」
中将はそう言っていつものように笑い、そして会話はこれで終わりだった。
その後はいつものように帰還して、おしまい。
彼が言ったように本当に何事もなく、まるで私が何も知らなかった頃のように、帰還して、ただそれだけ。
結局私には、中将の語った言葉の真偽が分からなくて。
だけど私は、彼が彼自身の思いを語った時の、いつになく熱が籠った感情的な瞳が忘れられなくて。
常に表情を変えない中将が初めて私に見せたその色は、とても激しく煮えたぎっていて、否応なしに私の心を焚き付けた。
なんの根拠も無いけれど、きっと大丈夫だと、そう思うことが出来たから。
この人は、私がやろうとすることに強い信頼を置いていると確信することが出来たから。
「──中将は、大丈夫。協力は断られたけど、きっと邪魔はしないよ」
「そうか。そいつは僥倖だ」
最近はようやく信用を得られてきた気はするけれど、それでも団の皆が私の話を信じるのには一悶着があった。
当然だ。
皆が憎み、そしてひっくり返そうとしているのは、諸悪の根源の国のトップ、すなわち軍の最上層。
そして、情報は出てこないにせよ、中将がその域に深く食い込んでいることには違いない。
だからこそ私は、そんな中将が放った言葉に驚いたのだし、皆も私の報告を信じ切れなかったわけで。
まぁそれも、オーハの「
中将がその気ならば私たちを泳がせておく理由は無い。
そして彼の能力が私たちを簡単に潰してしまえることは、想像には難くない。
でも、そんなことももう関係ない。
私たちが長い時間をかけて研いできた牙を、ようやく剥く時が来たんだから。
その『時』が迫り、皆が次第に殺気立って行くなか、ある日にオーハが私に言った。
「良かったのか」
「なにが」
「中将だ」
頭はよく回るくせにいつだって愚直なオーハは、私と同じように中将の言葉を全て信じている唯一の人だった。
「革命とは民衆の総意の発露だ。俺たちの私情は些事で、大きなうねりは変えられない」
「つまり?」
「我々と志を同じくするであろう中将も、革命の対象ということだ」
オーハは優しすぎる。
革命なんて血なまぐさいことをしでかそうとしているのに、敵方にいる会ったこともない誰かを心配しているのだ。
しかしその懸念は、私も同じように抱いているものだった。
協力は出来なくとも応援はしていると、中将は言った。
頑張れなどと、配属されて初めて激励の言葉を受けて、ポンと背中を叩かれた。
しかし、民草は朗らかに笑った彼のことも認めないだろう。
群衆の不満はもはや爆発寸前だ。
彼の存在が露呈すれば首を切れ、吊し上げろという言葉が出るはずだ。
きっとその言葉が私にも向くであろうことを見越して、オーハをはじめ何人かは予め手を打つために動いてくれているけれど。
ともかく、このままでは中将は無事にはいられないだろう。
だからこそ中将は私たちとの合流を拒んだのだろうけれど、少なくとも私は同じ理想を抱く人に刃を向けたくないと、そう思う。
「どうにか、したいな」
「そうだな」
彼の能力が特筆すべきものであることは、言うまでもない。
単純な戦闘能力もさることながら、諜報能力、あるいは作戦指揮であっても、中将の能力は捨てるに惜しい。
革命の後、大きく揺れ動き、それ故に他国からその隙を狙われるであろう皇国の行く末を考えるならば、中将を拾っておくに越したことはない。
「亡命か、影武者か」
「影武者が無難だと思う。私たちの部隊はあくまで機密だから、顔も名前も知られていない。何も知らない人たちにとっては『誰が吊るされるか』よりも『処刑が行われるかどうか』の方が重要でしょう?」
その後、いくつかの話し合いを交えて『革命のどさくさに紛れて中将を回収』という作戦を立てた。
私以外の誰も中将の顔を知らないからこそ、私に隔意を持つ人たちにも気付かれないように出来る案。
不思議と、これらの間に新しい任務が下ることはなかった。
もしかして中将が私のためにうまく捌いてくれているのかと考えると、ますます頑張ろうと思えた。
そして、革命が起こる。
初めは、首都の各地で同時に多発した、ごくごく小さな諍いから。
そして次に、各地で小規模の抗議デモ。国の警備機能を飽和させる。
そうすると皇国は制圧のために軍を出してくるから、それを真正面からぶち破るのが私たちの仕事だ。
話も聞かず、主張を無為にし、武力で強引に民草を押し潰そうとする軍を真正面から下して、地に膝をつかせて、そして私たちの旗を立てる。せっかくだから皇国の公共放送、配信機能も活用して、国民に蜂起を呼びかけるのだ。
溜まりに溜まった不満はそっと優しく撫でてあげるだけでいとも容易く爆発する。
後は、私たちがその爆発に指向性を与えて、よりよい方向に導いてあげるだけ。
状況は面白いぐらいに単純に進んで、私たちの想像した通りの結果が次々とやってきた。
要人の確保。軍部の数々の不正の発見。悼ましい人体実験の研究室を発見し、捕らわれていた人の生存を確認。……どうもなかなか酷い様子だったみたいだけど、生きているなら、生き証人だ。
そうやって事態は進み、国の各地に火の手が上がり、私たちは進軍する。
革命だ。国が変わる。世界が変える。
私たちが変える。
街で暴虐を尽くした男が吊るされた。
略奪の限りを尽くしたグループが燃やされた。
若い
人が人を殺している。
彼らがどれだけ虐げられてきたかと考えても、それでもそれはとても醜くて、とうてい許すことの出来ない所業で……それでも私は、今は必要だからと目を瞑る。
真に民に寄り添うことが出来る善良な軍人は、私たちに寝返って共に戦ってくれている。だから、良いのだ。
やがて、責任を取る日がくるだろうと、言い聞かせるように自身に誓って。
捕まった軍人、殺された者たちの名前を報告させる。
知った名前もあった。知らない名前も多かった。
大物ほど恨みを買っていたようで、将校の名前が多く挙がる。逃げ出したところで、複雑極まりない皇国のスラムを知り尽くした民の手は止まらない。
誰かの名前が報告される度に、私は言いようのない悪寒を感じる。
暴走する民は、真に味方の軍人を手にかけてはいないだろうか。
私に親しくしてくれていた人が、どこかで吊るされてはいないだろうか。
……本当の名前すら知らない中将が、知らぬ間にどこかでひっそりと殺されているのではないだろうか。
革命のさなか、火の手が皇国を覆い尽くす中で、私は中将を探した。
もちろん優先順位は違えない。
私の役目は司令塔、あるいは象徴。
力強く構え、鼓舞し、私に課せられた役目は完璧にこなしてみせる。
中将にそう教えられたから。
それでも。
志を同じくする人を助けたいと、そう思ってしまう私は、一人の軍人として、甘いでしょうか?
火の手が回る。
そこかしこで勝鬨が響く。
しかし──いくら進んでも、中将の姿はどこにもなかった。