本日の天気は快晴。
早朝の自宅で制服に身を包み、同じ玄関から出る2人の男女。
普段なら駅に向かうためにノアとは別れるのだが、今日は行き先が同じだった。
「それにしても各学園から何千人といる中で私とミナトくん2人での当番なんてすごい偶然ですよね」
「本当にそうだね。ノアの提案で弁当も3人分作ってきたし……噂の先生に会う機会がなかったから一緒に行けて助かるよ」
そう、今日はユスティティア生徒会書記長とセミナーの書記ではなく。
ただの一般生徒として連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの当番に2人揃って選ばれたのである。
「しかし、連邦生徒会の建物とシャーレのビルを分ける必要ってあったんだろうか」
「連邦生徒会長の考えることですから私たちには一概に理解はできませんが……与えられた権限を考えれば連邦生徒会とシャーレの癒着を防ぐため、とするのが一番安牌かもしれませんね」
「まあ、それは確かに。俺もうちの生徒会長から話を聞いた時は耳を疑ったよ。まさに超法規的措置、このキヴォトスにおける王様にでもなったつもりか……とは思ったけどね」
「ふふっ、まあまさにそのキヴォトスの頂点とも言える学園がミナトくんのユスティティア司法学院なわけですけど」
「各々の学園にもルールはあるだろうけど、このキヴォトス全体としての法律はもちろん必要だろう?ヴァルキューレ警察学校がこのキヴォトスの治安組織だとすればうちの学校は所謂裁判所のようなものさ」
「ヴァルキューレの警察、ユスティティアの司法、連邦生徒会の行政……問題は立法を司る連邦生徒会長が不在、というところですけど」
「あの人、本当に何を考えてるかわからない人だったからなぁ……。連邦生徒会の書記長に勧誘されたことも一度や二度じゃないけどあの人の誘い文句、俺には響かなくてさ」
当時は司法に特化した事務処理を行うユスティティアの生徒会書記だったわけだが、そこから行政組織の書記長として勧誘してきたのはもはや懐かしい出来事だ。
結局、今の会長に『え?連邦生徒会には行かないでしょ?』とこっちに確認も取らずに毎回勧誘を蹴ったと事後報告を受けていたわけだけれど。
「まあ、あの人のことはひとまずいいだろ。それにしてもシャーレの先生か、巷での評価はかなり高いよなぁ。この間うちの会計長も当番に行って良くしてもらったって言ってたし……」
まあそれはそれとして司法を司る学校の会計長としてだいぶ口うるさく言ってきたらしいが……それは自分たちが気にしなくてもいいだろうと考えていた。
というより、自分とノアを同時に指名してきたということはとんでもない量の書類仕事が待っているのではないかと今から胃が痛いくらいで。
かれこれ自宅からシャーレビルまでは歩いて20分ほど。
ユスティティアに向かうためには走って20分なことも考えると思いの外家の近くにあったんだなと改めて認識する。
ノアが自分のIDカードを入り口の認証端末に通してビルのロックが外れる。
「さあ、行きましょう」と手を握ってシャーレビルの中へと入っていく。
まだ早朝ということもあってビルの中はまだ誰もいない。
ノアやその他の人の話によれば昼過ぎくらいから徐々に人が増えはじめて夕方にはロビーは生徒たちで賑わうんだとか。
おそらく当番を終えて帰る頃にはたくさんの生徒と顔を合わせることになりそうだなと考えながらノアに手を引かれるままエレベーターに乗り、オフィスのある階層までたどり着く。
エレベーターから降りてほんの少し歩いた先。
扉の横に『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』と記されたプレートのある部屋へとたどり着いた。
左腕の時計を確認すれば時刻は8:30分。
少し早いかもそしれないが、早ければ早い分業務も進むだろうとノアの手を離して扉に手をかける。
「失礼します、ユスティティア司法学院生徒会書記長天音ミナトとミレニアムサイエンススクールセミナー書記の生塩ノア、シャーレの当番に……」
「…………あら?」
デスクに突っ伏している1人の男性をみたノアがクスクスと笑う。
「これは、昨晩は徹夜で仕事をなさっていたようですね」
「……見たところそうみたいだ」
デスクに積み重なった書類の山。
どう考えても各学園を駆け回りながらこなすことなどできないであろう紙の束の中に1人の男性が項垂れたように眠っていた。
「…………ひとまず、先生への挨拶よりも先にこの紙の束を片付けてしまおうか」
「そうですねぇ、私とミナトくんでも3時間と言ったところでしょうか」
ジャケットを抜いて入り口近くのハンガーにかけて自身の銃であるデザートイーグルのカスタムをガンラックに掛けておく。
先生のデスクに回って幾つにもできた書類の山を全てノアと自分のデスクの間に移動させて胸ポケットから愛用の万年筆を取り出す。
「何はともあれ、まずは分類分けかな」
「確かこの間会計類の書類はユウカちゃんが片付けたって言ってたので、主にここに残っているのは各学園からの嘆願書がメインになると思います」
「なるほどね、ならまずは学園ごとに分けてしまおう。2人で判断して優先度を落とせるものと優先的なものはさらに分類分けして処理できるものや計算できるものは俺達でやってしまおうか」
「はい、それじゃあ……今日は一日、よろしくお願いします♪」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
隣り合って椅子に座り、書類の山に手をつけたのだった。
****
「ノア、この書類のチェックをお願い。それからこの書類は優先度低いから向こうに置いておくよ」
「はい、わかりました。それからミナトくん、この計算のチェックをお願いします。ついでにこの書類をトリニティの分類に置いておいてもらえますか?」
業務を始めてから1時間と40分。
山のように積み重なっていた書類はもうすでに半分以下にまで減っており、先生が処理するべき書類もそんなに多く残っていなかった。
「ん、あれ…………?」
そんな折り返しを過ぎた頃。
目の前で突っ伏していた男性の意識が覚醒した。
「……っ!?!?今何時……!っていうかごめん2人とも!!!」
文字通り飛び起きた、というべきだろう。
手元にあった書類の筆跡から見てもあまりにも限界を迎えて寝落ちたのは目に見えていたので困ったような笑みを浮かべてノアと顔を合わせる。
「まずはおはようございます、先生。僕達のことは気にせずに先に顔を洗って身なりを整えてきてください」
「きみは……あっ!そうだユスティティアから来てくれた天音ミナトくんだね!はじめまして……と挨拶をしたいところだけど君の言うとおり先にしっかり目を覚ましてくるよ」
バタバタッと洗面所に向かって走っていく成人男性を見送って再びノアと顔を見合わせて、再び書類へと視線を落としたのだった。
そこから10分経たないくらいだろうか。
顔を洗ってスッキリしてきた先生は3人分のティーカップを持って戻ってきた。
「いや、本当に申し訳ない。ミナトには初めて会うからしっかり挨拶をするつもりだったんだけど……」
「いや、全然構いませんよ。幸い、書類の量も僕とノアなら昼前には終わるくらいの量しかなかったですし……なんならそのまま眠ってもらっていてもよかったくらいで」
「あの量を……昼前に……!?」
「ふふっ、私もミナトくんは書類仕事は得意分野の一つでもありますからね。先生に見てもらわなければならない分は……このくらいでしょうか」
分類わけしていたデスクの上からノアが持ってきたのはコミック誌一冊分程度にまで減らした書類の束。
それを受け取った先生はその書類を見てノアと書類の束へ視線を行き来させ
「え……これだけ?」
「はい。そこにあるのは先生に向けた各学園からの嘆願書で、学園ごとに付箋で区切ってまとめてあるので見やすくなっているかと♪」
「あとの雑務というか、優先度の低い書類や連邦生徒会からの書類なんかはこっちで片付けておきました。あと1時間少しやれば今日の分の業務は終われるかなと思います」
「……うっそぉ」
「サクッと終わらせてお昼にしましょう」
「私とミナトくんで3人分のお弁当作ってきました」
「本当!?よぉし!寝坊した分頑張るぞぉ!」
ノアから受け取った書類を手に持って自分のデスクに戻る先生を見て苦笑する。
この人がどうして色んな人に好印象を持たれるかわかった気がした。
そこから約1時間後。
書類仕事を終えてカバンの中から取り出した3人分の弁当箱を前に、お昼ご飯の時間をとっていた。
「美味しいっ!!!」
「それはよかったです」
「本当はシャーレの近くのお店でと思っていたんですけど、ミナトくんがとんでもない量の書類があったらそれどころじゃないって……」
「まあ実際は大した量ではなかったね」
「あの量は大した量だと思うんだけどなぁ」
「先生にとってはそうでしょう。各学園に赴いたあとに熟すにはあまりに多いし、それに……毎日デスクに向き合えるわけではないから溜まっていくのは…」
「連邦生徒会に意見書を出した方が良さそうですね」
お弁当を3人で食べながら話になるのはやはり先生の仕事量だ。
俺やノアは書類仕事こそ本領を発揮できる部分であるし、先生の2〜3日分の量ならば2人でこなせばそれこそ午前中か14〜15時には終わる。
しかし、午後から追加されてくるであろう書類の量を考えると先生にそれを捌くだけの時間はないだろう。
「シャーレに職員は雇わないんですか?」
「うーん、本当は少し考えたこともあるんだけどね」
「でも、結果はやめたんですか」
「うん、ミナトやノアみたいに各学園で忙しい子もいるし……それに、生徒のみんなに連日“アレ”を処理させるのはちょっとね」
処理済みの書類の山を見て、先生は苦笑する。
まあ、確かにそれはそうだろう。
各学園の生徒会やユスティティアのような行政、司法に特化したところでなければそんなものやる必要はないのだから。
「いまは当番の子たちが手伝ってくれているし、ノアやミナトみたいに優秀な子も来てくれるから実は困ってないんだ」
そう言って笑った先生は次の瞬間には再び弁当に目を輝かせながら食事を再開したのだった。
それから数時間後。
午後から追加で舞い込んできた書類を捌き切って『今日は早く帰れるぞー!』とガッツポーズをする先生に苦笑いをしてシャーレの当番は終わりを告げた。
「なんだか、子供っぽいひとだったな」
「でも、やるところはしっかりやるひとですよ?」
「この間はミレニアムでの問題も解決したんだったか。今はトリニティで忙しくしてるみたいだけど」
午後に追加で舞い込んできた書類の山を見て絶望した顔の先生を思い出す。
3人で雑談しながらの業務は効率こそ少し落ちたもののなかなか充実した時間だったと思う。
「それはそれとして、久しぶりにノアと仕事ができて嬉しかったよ」
「ふふっ、私もです♪」
お互いの癖、お互いのやりやすい配置。
息を合わせる、というよりは自然とお互いのための動作をおこなっている。
それがどれだけ仕事のペースを早めることになるのかはわかってきたつもりではあったけれど、やはり実際にやると心地よさすら覚えるような時間でもあった。
「はあ、うちの副書記長がノアだったらどれだけ楽なことか……」
「あら、スカウトですか?」
「そうだったらいいなと改めて思ったんだよ」
「私もミナトくんがミレニアムにいたら、と考えたことは何度もありますよ?」
「似たもの同士かぁ」
「幼馴染、ですから♪」
そんな取り留めのない会話を続けながら2人で帰路に着く。
帰り道にある小さなスイーツショップに寄ってご褒美のケーキなんかをひとつづつ買って、その日は何事もなく穏やかな時間が流れていくのだった。