書記と幼馴染の男の子の日常風景   作:今井綾菜

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第七記録 膝枕と昔話

 

 

「疲れた」

 

「今日は一段と疲れてますね。帰宅も22時を超えてましたし」

 

「仕方ないとはいえ16時を超えてから当日処理の追加書類を持ってくるのは流石にどうかなと思うんだよね」

 

役職が書記とはいえ、やればいい仕事は記録だけではない。

生徒会処理の書類の処理がメインで生徒会室にすし詰め状態で時間と書類に追われるのがほとんどなのだ。

 

とはいえ、自宅に帰って食事をするも何も22:00を超えているのは流石に疲労感がすごい。

大人、先生ならともかく自分たちはまだ学生だ。

自治が認められている各学園がある中でもD.Uにあるユスティティアは特に忙しい学園であることは自認しているがそれにしたって限度はある。

 

現在時刻は23:49分。

もう日付が変わろうとしているところで、普段ならばノアと雑談をしながら就寝前の紅茶を飲んでいるところなのだが……

 

「今日はいつものルーティンすら無理かもしれない」

 

「ふむ、では今日はこのままお休みになりますか?」

 

「そうしようかな。明日もエデン条約絡みの申請書がかなり多くて」

 

「もう少しですもんね」

 

「うん、エデン条約さえ終わればしばらくは落ち着ける筈だからもう少しの辛抱だ」

 

大きくため息をしてソファに深く身体を沈ませる。

隣に座るノアの吐息と自分の心音だけが耳に響く。

時折ノアのほうから紙を捲る音が聞こえて、どんどん意識が遠くなっていく感覚。

 

「…………えいっ」

 

そんな小さな掛け声と共に左肩に細い腕が回されてそのまま身体がノアの方に倒される。

ぽすんっと柔らかい太ももに頭が乗る形になり、左肩に回されていた手が頭の上に置かれていた。

驚きのあまり遠のいていた意識が一瞬で覚醒する。

 

「そのまま上を向いて、お腹の方を見てはいけませんよ?」

 

ぽん……ぽん、と優しく赤子をあやすようにノアの手が頭を何度も撫でる。

 

「膝枕やハグには高い安心感をえてオキシトシンという幸福ホルモンが分泌される効果があるそうです。不安であったりリラックス効果があると科学的にも研究が進んでいるものなんですよ?」

 

「えっと、それ自体は俺も聞いたことはあるけど」

 

「絶賛お疲れのミナトくんは幼馴染の膝枕ではリラックスできませんか?」

 

「何がとは言わないけど見ていい景色なのかは疑問が残るかな」

 

視界いっぱいに広がる山脈を凝視していいものか悪いものか。

その問いかけに解答を得る前に頭を撫でていた手が眼を塞いだ。

 

「……えっちなのは、めっ!ですよ?」

 

「下心はない……といえば流石に嘘になるけどそういう欲があるかないかといえば健全な男子としてはある」

 

「…………今日はその、ダメな日なので」

 

「…………………………」

 

日付が変わりそうな深夜のリビングに気まずい沈黙が流れる。

 

「で、でもこうして膝枕はしてあげられますから!」

 

慌てたようなノアの声が塞がった視界の外から聞こえる。

ソファの上で半ば拘束されているような状態から復帰できずに先ほどの発言を忘れるように後頭部に伝わる太ももの柔らかさに集中する。

 

(………いいや、それもダメだろう!)

 

代わりに集中しようとしたノアの太ももの感触。

視界が塞がれていることでそっちの感覚が敏感になっているせいか一度気にし始めたらもうそのことしか頭に入らない。

しかし、疲れている俺を気遣って善意で膝枕をしてくれたのは間違いない。

そんな彼女に邪な感情を向けるのはいくら恋人で幼馴染でも失礼だろう。

集中するのは後頭部の柔らかい感触ではなく眼を隠すように置かれているノアの温かな手の温度だ。

 

呼吸が落ち着いて、跳ね上がるような鼓動の回数がゆっくりになっていく。

 

「懐かしいな、昔はこうやって膝枕をたくさんしてくれてたっけ」

 

「足が痺れる前に交代して1日そうやって過ごしたこともありましたね」

 

「何をするわけでもなく、ただこうしてただけだったよな」

 

「私にとってはとても楽しい時間でしたよ?」

 

「俺にとってもそうだよ。よく考えたら今はお互いに忙しすぎてこんな時間はなかったかもだ」

 

小さい頃はお互いに膝枕をして読書をしたりただ雑談をしたり。

そんなことばかりしていたと、久しぶりに思い出す。

“忘れることができない”2人ではあるけど“思い出す”ことが無いわけではない。

いわゆる引き出しにしまったものをいつになっても的確に覚えているというだけで意識していないことは見えないものなのだ。

 

それはどうだっていいけれど、この状態じゃなければ話せないことだってあるだろうと口を開く。

 

「こうして身体が大きくなって心が成長するとさ、昔やっていたようなことが恥ずかしく感じて」

 

「私はこうやって甘えてくれると嬉しいんですよ?」

 

「男の子はそうはいかないんだよ。甘えるのは苦手になるし、好きな子の前ではカッコつけたくもなる」

 

「難儀なものですね」

 

「おまけに一度こうなったら余計なことまで話す口もセットときた」

 

呆れるような声音でそう口にすればノアは「ふふっ」と軽く笑って目隠ししていた手を再び頭の上の方に移動させる。

 

「ミナトくんは覚えていますか?私が幼稚園でひとりぼっちだったときのこと」

 

「覚えてるよ。ずっと読書してたけどみんなの輪に入りたくて視線が何度もそっちに向いてた」

 

「そうです。あの時の私は自分の“とくべつ”が怖くて“みんな”の中に入れなかった……おんなじ“とくべつ”だったミナトくんは友達もたくさんいて楽しそうで……羨ましかった」

 

思い出されるのはテーブルの上に何冊目の絵本をおいて一日中絵本を眺める幼き日のノアの姿。

ノアにとってそれは一種の現実逃避だった。

人よりも記憶力が高いノアにとって同年代の子どもたちは幼く見えた。

流れてくるニュースの内容、一度見た絵本の物語、カードを使ったゲームをはじめとする遊びのルール。

たまたま聞こえてしまった誰かの悪口、聞きたくもない大人の事情。

絵本の世界を知り尽くしてしまっても、彼女はそこに自分の居場所を求めていた。

 

でも、ノアだってどれだけ“とくべつ”な子であっても幼稚園児。

同年代の子供達と一緒に遊びたかったし、いつだって誰かが声をかけてくれないかと視線を楽しそうに遊ぶ同い年の子達に向けていた。

 

そして、生塩ノアにとっておなじ“とくべつ”を持った子が声をかけたのだった。

 

「“一緒に遊ぼう”と声をかけられたあの時、私は本当に嬉しかった。暗闇の中にいた私を引き上げてくれる光みたいで……」

 

「そんな大袈裟な」

 

「大袈裟じゃあありませんよ?あの出会いがなければ今こうして2人でいることがないんですからね?」

 

そう、あのノアに声をかけた日。

あの日から俺はこの白い少女と共にいることが当たり前になった。

家も近かったし、休日も遊ぶことが増えた。

さっき話していた膝枕もそうだし、お互い知識を増やすためにいろんなところに出かけたりした。

 

自分たちの“とくべつ”な記憶力について告白するのもそう時間はかからなかったし、互いに特別な気持ちを抱くまでにも時間はかからなかった。

 

「あの出会いは、私にとって人生のターニングポイントだったんです」

 

「俺にとってもそうだな。あの時ノアに声をかけてよかった」

 

「私も、ミナトくんに声をかけていただいて本当に良かったです」

 

嬉しそうなノアの声が耳に届く。

普段はお互いにこんなこと話さないけれど、昔を思い出すような懐かしいシチュエーションのせいなのか、それとも深夜の魔力なのか。

 

そんな昔話に花を咲かせてぽつぽつと言葉の数も少なくなっていく。

覚醒していた意識が再び微睡の中に落ちていくのを自覚しながらも優しく撫でられる手の温かさに安堵感を覚えながらゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膝の上にある彼から規則正しい寝息が聞こえ始める。

幼い頃からの話を数十分続けたところで彼は疲労の限界から眠りの世界へ旅立ってしまった。

 

「お疲れ様です、ミナトくん」

 

撫でていた手を止めて優しい顔で眠りにつく彼の顔を覗き込む。

最近は帰ってくるのが遅くて寝不足気味だったこともあって目の下にはうっすらと隈が出来ていた。

 

ゲヘナとトリニティ間の平和条約である『エデン条約』。

このキヴォトスの司法を司る大学園であるユスティティア司法学院からこの条約の担当に選ばれたのはその特殊な記憶力を携えたミナトくんだった。

連日トリニティとゲヘナに足を運びそれぞれの学園の生徒会長との会談をこなして、ついに再来週に調印式というところまでやってきた。

 

当日は私もセミナーを代表して現地に赴いて調印式を見届ける予定だ。

調印式を終えたらトリニティのカフェや繁華街でデートの予定であるし、ここのところの疲労を労えたらと思っている。

 

だけどまずは……

 

「このままゆっくり眠ってくださいね」

 

幸いにも明日は私もミナトくんも休みだ。

私はこのままもう少しだけ大好きな幼馴染の寝顔を見てから夢の世界へ旅立つことにしよう。

 

 

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