我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。 作:ゆーりふり
学園を覆っていた魔力阻害が解けたことに気付いたアイリス・ミドガルは騎士団を連れて学園内へ突入した。一刻も早くテロリストを掃討すべく駆けていたが、時を同じくして学園全体が炎上を始める。
連続して急変する事態に何から手から付ければいいのか判断しかねていると、学園の生徒たちが集団になって座り込んでいるのを見つけた。その一団の中に目立つ金髪の縦ロールが居ることに気付き、声を掛けた。
「ローズ王女、一体何が!?」
「アイリス様。賊に捕らわれていたのですが、マルコ・グレンジャーさんが魔力阻害を解除してくれました。そこにシャドウガーデンを名乗る者たちが乱入して賊との混戦になって……。我々は先に避難をしたのですが、まだマルコさんは講堂に」
ローズの話を聞き、アイリスが目を向けた講堂は激しく炎が燃え盛っていた。
「まだ、あの中にマルコが」
魔力による肉体強化ができる魔剣士であっても、生物として熱と酸欠の影響は免れない。戦闘が継続しているのだとすれば、救援が必要だ。
そう考えたアイリスの目に蒼い光が瞬く。
「これは……!?」
次の瞬間、噴き上げるような魔力が講堂の天井を粉砕し、炎を消し飛ばした。
天へと昇るように散っていく魔力。その色をアイリスはよく知っている。しかし、良く知る相手の全力を遥かに超えた総量に思えた。
天井が消し飛んだ講堂は破壊の余波で壁から崩壊していく。
講堂に残ったままのマルコ・グレンジャーを心配する悲鳴がそこかしこから上がるが、当人はなんでもないように土煙の中から出てきた。
「マルコッ!」
「アイリス様、来てくれたんですね」
「無事でよかった」
アイリスが見る限り、マルコは羽織ったマントが煤けているくらいで大きな怪我はなさそうだった。しかし、賊を撃退したはずの彼の顔には未だ緊張の色が浮かんでいる。
「アイリス様、ひとつお聞きしてもいいですか」
「ええ、なんですか」
生徒たちの姿を一通り確認して、マルコはアイリスへと問いかけた。
「学外へ避難した者の中にルスラン氏とシェリーちゃんはいましたか?」
「いいえ、私が把握している限りでは学外に避難できた人物はいません」
その答えに苦虫を噛んだような顔をして、マルコは学術学園の校舎へと視線を向ける。
「分かりました。アイリス様、学園を襲撃した者たちは全滅したと考えて大丈夫です。怪我をした生徒たちの搬送と現場確認の指揮を任せても構いませんか」
「それはもちろん構いませんが、あなたはどうするのです」
「二人を探しに。まずは副学長室に行ってきます」
そう言って、マルコは転がっていた剣のひとつを拾って学術学園の校舎へと向かっていった。
――――――
「剣が壊れる使い切りじゃ、やっぱり実戦向きじゃないな」
叛逆遊戯のレックスを消し飛ばした一撃は、まだ完璧には程遠い。振り切った後の魔力が制御できず、仕方なく指向性だけは上へと向けて天井だけで被害が済むようにした。バカ魔力を溶け込ませた剣は魔力の量に耐え切れず砕けた。大枚叩いて作ってもらった頑丈な特注品だったのに……。
身体能力の強化、武具の強化。
どちらを行使するにしても、今の俺は魔力量と操作技術の釣り合いが取れていない。
破壊を撒き散らすだけならば問題はない。そういう戦い方をするのなら、俺はシャドウ以外に負けないと思う。けれど、俺の選んだ生き方は騎士だ。悪魔憑きとなったニコレッタと同じく理不尽に虐げられる者を、戦う力を持たぬ者を守れるようになりたくて、ここまで進んで来た。
故にいたずらに被害を拡大するような戦い方は論外だ。
そもそも街中で使えば俺が巻き起こす二次被害の方が大きくなってしまう。だから、戦う時は俺が安全に扱える最小限の魔力だけを使っていた。それでもアイリス様くらいにしか魔力量で押し負けたことはなかったが。
「火の手が上がったときにシェリーちゃんが隠し通路に戻っていくのは確認している。なのに脱出していないということは地下通路で迷っているか、副学長室に戻ったかだ」
地下通路の捜索は俺も迷子の仲間入りをするだけだ。まず確認するなら副学長室。そう考えて、学術学園へと向かっている。
「あれは、副学長室が燃えているのか!?」
学術学園の校舎は火災や延焼が起きていなさそうであったにも関わらず、なぜか副学長室から炎が燃え広がろうとしている。
ルスラン氏やシェリーちゃんが火を付ける訳もない。
しかし、確実に誰かが居る。
急いで校舎を駆け上がる俺の耳に人の声が届いた。
それは、俺が知る女の子の叫ぶような泣き声だった。
「シェリーちゃん!」
副学長室の扉を蹴破った先には絶望的な光景が広がっていた。
全身から血を流し、仰向けに倒れ伏すルスラン氏。
ルスラン氏に縋りつくようにして絶叫するシェリーちゃん。
そして――。
「お義父様っ! いやぁ、お義父様ぁっ!!」
「シャドウッ!!」
俺にとって許せない相手でも、悪ではないと思っていた。
コイツの手によって救われる悪魔憑きが居るのであれば、立場の違いはあれど正義なのかもしれないと考えていた。
だが、それでも。
「なぜ、彼女から奪った!!」
俺はニコレッタを奪っていったコイツが嫌いだ。
奪っていった事情があるのだとしても、やはり嫌いだ。
だから、必ず超えて取り戻してみせると決意している。
けれど、人の死は覆せない。
どれだけ望み努力しようとも、二度とシェリーちゃんの奪われたものが戻ることはない。
彼女に奪われなければならない理由があるのか。
剣に魔力を圧し固める。
せめて一太刀。
彼女の痛みの万分の一でも奴に味合わせなければならない。
そうして一歩踏み出した時、ルスラン氏の横に転がる剣が目に入った。
「あ、れは……」
脳裏に浮かぶ嫌な想像に圧し固めていた魔力がほどける。
柄頭から左右に伸びる装飾が施され、十字のような特徴的な造形をした剣。
その剣を俺は知っている。
全身鎧がマントの内側から強欲の瞳を取り出すとき、腰に差していた。
タイミングがいいなとは思っていた。
すでに効果を発揮している強欲の瞳を、俺たちが講堂に来たときに都合良く取り出して確認するものだろうかとは思った。それでも、強欲の瞳に溜まる魔力量を確認していたのだという理由付けはできたから、然程気に留めはしなかった。
あれは、講堂に来た俺とシェリーちゃんに強欲の瞳があるのは此処だぞと見せつけていたのか?
そもそも、ルスラン氏は今までどこに居たんだ?
テロが起きた時に部屋に居らず、別の場所に潜んで機を見て隠し通路を使おうとし、運悪くシャドウに鉢合わせた?
あまりにも出来すぎたタイミングだし、機を伺うにしてもテロ発生から時間が経ちすぎている。
一度疑ってしまえば、あとは降って湧くように疑問が浮かぶ。
全身鎧と共に姿を消したシャドウはなぜ此処に来ている。
なぜ、ディアボロス教団はわざわざ強欲の瞳を制御装置と分けて保管していた。
なぜ、内通者に証拠を焼き払わせると同時に制御装置だけは奪い返す選択をしなかった。
自分たちでは扱えず、表の研究者には依頼できないからで、このテロに至るまでの全てが予定通りなのだとすれば……。
「シャ、ドウ……」
否定してほしかった。
己の我欲を満たすためにルスラン・バーネットを殺したのだと言ってほしかった。お前が悪で、彼女の絶望と俺の怒りは正当なのだと証明してほしかった。
だが、シャドウは一瞬だけ俺に目線を向け、口元に人差し指を当てた。
そうしてシェリーちゃんを見ながら、呟く。
「お前はなにも知らなくていい……」
飛び去っていくシャドウを追うことも、泣き叫ぶシェリーちゃんを支えてやることも、俺にはできなかった。
――――――
学園を襲撃したテロ事件は解決した。
極めて強引に、解決したことになった。
テロリストの正体はシャドウガーデン。
殺人、監禁、放火を実行した首謀者の名はシャドウ。
生徒の多くが姿を確認している全身鎧の正体は追及されず、シャドウガーデンを名乗る組織同士で争っていた理由なんて誰も気にしていない。
テロリストが強欲の瞳を所持していた理由も不明。
それがミドガル王国が決めた調査の最終結果だ。
強く抗弁することはしなかった。
俺自身が今回の件の真相を推し量れてはいないというのもあったが、裏で蠢く存在の大きさが朧気ながらに見えてきたからだ。
このシナリオを描いた連中は、その気になれば王さえも害する。
ニコレッタを奪われた時に知った世界の闇。それは俺が考えていたよりずっと大きい。どこまでも根深く、暗い支配がこの世界には存在している。
ならば、シャドウガーデンという組織の存在理由は……。
「見送りまでしていただいて、ありがとうございます。マルコさん」
「せめて、これくらいはしないとね」
俺は学術都市ラワガスへの留学を決めたシェリーちゃんの見送りに来ていた。
元々、優れた研究成果をあげていた彼女には留学の誘いが何度も着ていた。病による体調の悪化が度々見られたルスラン氏を助けたいという想いから、それをずっと断っていたが今回は受けることにした。ルスラン氏はもう居らず、天涯孤独の身となった彼女がミドガルに留まる理由はどこにもなくなったからだ。
「マルコさん……」
「なにかな」
新たな門出と言うには、あまりにも澱んだ瞳と声。
引っ込み思案で他者とのコミュニケーションが得意でなくとも、優しさを湛えていた彼女の目には錆びた刃のような殺意が揺蕩っている。
「復讐は無意味でしょうか」
なんと答えればいいのか。
どの立場から答えればいいのか。
ルスラン氏が本当に全身鎧なのだとしたら、どちらにしろ彼は死罪だっただろう。
だが、その確信を得ているのは恐らくシャドウのみ。
真実を語る者はおらず、司法でルスラン氏の罪が暴かれることはもうない。
しかし、仮にルスラン氏が何らかの罪を犯していたとして、多くの愛情を受けて育った彼女が養父を殺した相手に復讐心を抱かないなんてことがあるだろうか。
シャドウガーデンの一員として活動していて、何の罪も犯していないとは言えないだろうニコレッタが何者かに殺されたとき、俺はソイツに殺意を覚えないだろうか。
「分からない。けれど、少しだけ君の気持は理解できる。俺も奪われた経験があるからね」
良識に従って否定することは簡単だ。
シェリーちゃんが他に生きたい理由や目標を持ち合わせているのなら、俺は喜んで嘘を付いて復讐の虚しさを説いただろう。
しかし、今の彼女には生きる理由が必要だ。
「だから、否定はしないよ。個人的にもシャドウの奴は大嫌いだからね」
シャドウ、その名を聞いたシェリーちゃんが唇を噛み、次いで力のない笑みを浮かべた。
「私の母は四肢と心臓を刺し貫かれて殺されたんです」
「それは……ルスランさんの」
ルスラン氏もまた、シャドウによって四肢と心臓を貫かれて殺された。
なぜシャドウがそのような行動に及んだのかは分からない。
殺しの美学とでもいうべき拘りがあるのか。
殺し方としては猟奇的かつ無駄が多い。過去に複数の事例があれば騎士団でも情報を持っているはずだが、そのような珍しい殺害方法が確認された事例を俺は知らない。ここ最近、活動が活発化したシャドウと何年も前にシェリーちゃんの母親を殺したのが本当に同一人物なのかは判断が付かなかった。
「シャドウは、私の大切な人を二人も奪った」
俯いて絞り出される声にはドロドロとした怨嗟が籠っている。
「私は、必ず……」
「ひとつだけ約束してくれないか」
シェリーちゃんの声を途中で遮る。
こちらを向いてきょとんとした表情を浮かべるシェリーちゃんは少しだけ以前の彼女に戻ったかのようだ。
「何時の日か復讐を成し遂げたなら、その後は自分の幸せを追い求めて生きて欲しい。きっと、それを君のお母様もルスランさんも望んでいるはずだ」
復讐の正当性だなんて問題に俺は答えを出せない。
それでも復讐だけで終わってほしくはなかった。
「いまは、考えられそうにないです。でも、覚えておきます」
また力なく俯いてしまった彼女になんとか元気になってほしい。
ちょっとでもいいから明るいなにか与えてあげたい。
「それと……早い者勝ちでいいかな」
「え?」
「俺もシャドウを超えて倒すことを目指しているんだ。だから、俺が先に倒しちゃっても許してほしい。代わりに俺を復讐相手にするのはやめてね?」
「あははっ、マルコさんにそんなことしませんよ。……それじゃあ私たち仲間ですね」
仲間……仲間か。
同僚でも、友人でもなく仲間。
「そうだね。シャドウを倒したい仲間だ」
ほんの少しでも彼女が笑顔になってくれてよかった。
「……それじゃあ、私はこれで」
「ああ。すぐにミドガルを出るのかい?」
「シド君にだけ、挨拶をしていくつもりです」
よかった。
全てを失ってしまったかに思えた彼女だけれど、シド君という友人は残っている。
俺も頼りなくはあるだろうが彼女の仲間になれた。
「それは大切だね。折角だ、これっきりじゃなくて文通でもして交流を続けるといい」
少しでも彼女のこれからに安らげる時間を。
そう願って、去っていくシェリーちゃんを見送った。
聖地リンドヴルム編も一通り書いてから投稿するので時間空くと思いますん。いまマルコ君が女神の試練を受けているとこなので4割くらいしか書けてないです。
学園テロ編はこれで終わりだけど明日だけ投稿あります。
●誰も気にしてなさそうな原作(かげマス)設定との違い
・シャドウ様の魔力は本来は紫ではなく青紫
・ニューの髪色は本来はブラウンではなくダークブラウン