我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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学園テロ編の暗い終わり方で区切りにしたくなかったので、これだけ投稿。


聖地リンドヴルム編幕間

 アイリス・ミドガルとアレクシア・ミドガル。

 ミドガル王国の王女でもある姉妹は今日、揃ってミツゴシ商会へと足を運んでいた。

 目的はアレクシアの旅支度だ。

 

「ようこそおいでくださいましたー」

 

 そんな二人は混雑する店内の先にある、セレブ専用の落ち着きがある個室へと案内された。

 二人を先導したのは()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()店員だった。

 

「聞いていた通り盛況なのね」

「あら、流行に疎い姉さまがご存知なんて珍しいですね」

 

 特に馬鹿にした様子もなく、アレクシアは姉が流行音痴であると言い放った。

 

「王都中で話題になっていれば、流石に耳に入ります。それにマルコがよく利用しているらしいの。先日もチョコレートをもらったわ」

 

 ミシリと、部屋に軋むような音が鳴った。

 なんだろうと訝しむ二人だったが、特に異変はない。

 

「申し訳ございませんー。なにぶんお客様が多いものでフロアに重さが掛かりすぎると軋んだような音が鳴ることがあるんですー」

 

 案内を終えたあとも傍に控えている店員が弁明する。なぜか額に青筋が浮かび、背景が歪むような気迫を感じるが気のせいだろうか。再び王女たちが首を傾げていると、部屋のドアがノックされた。

 

「失礼いたします。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、当商会の会長をしておりますルーナと申します」

 

 藍色の髪の美しいエルフが現れ、挨拶をする。

 

「あなたがルーナさんですか。マルコから話は聞いています」

「まあ、マルコ様にはいつも御贔屓にしていただいておりまして、有難いことです。アイリス様も是非気に入られるものがないかご覧になっていってくださいませ」

 

 ルーナと共にやってきた店員によって机にティーセットが並んでいく。

 皿の上には茶請けとして一口大の茶色く丸い食べ物が乗っていた。

 

「こちらは先日発売されたばかりの新商品『トリュフ』でございます。どうぞ召し上がってみてください」

 

 なめらかな口当たりと濃厚な甘みに王女たちの頬がほころぶ。

 

「これ買うわ。他にも新作があったら見繕っておいて」

「アレクシア、私たちは旅支度に来たのですよ」

「旅支度……ということはご旅行でございますか?」

 

 ルーナもといガンマは最初からその行先と目的を知っていながらも、あえて尋ねた。

 

「ええ、聖地へね」

 

 アレクシアの目的地は女神ベアートリクスとその教えを崇める"聖教"が管理する土地のひとつ、聖地リンドヴルム。そこで毎年開催される女神の試練と名付けられたイベントにかこつけた聖教の監査である。リンドヴルム周辺では孤児が不可解に失踪する事例が多くあり、聖教が汚職に手を染めているという噂もある。それ故、両王女は聖教に対して疑念を抱いていた。

 

「ああ、それで……」

「どうかされたのですか?」

 

 なにやら得心がいったという様子のルーナにアイリスは問いを返した。

 

「ええ、先日いらしたマルコ様も似たようなご要望をされたので気になっていたのです」

「ああ、彼って素材はいいのにその辺が無頓着よね。最近は良い物も身に着けているなと思ってたけどミツゴシで買ってたんだ」

「私たち紅の騎士団は質実剛健を旨としているだけです。決して疎い訳ではありません」

 

 紅の騎士団を率いる王族の自分と次いで名声に富んだマルコ・グレンジャーが揃ってお洒落下手という評判はいかがなものかと思ったアイリスはムッとした表情で否定をする。

 

「ふふ、マルコ様はいつも困った様子で勝手が分からないと頼ってきてくれるものですから、我々もついつい色々なものをお勧めしてしまいます」

「あ、お勧めと言えば旅行は関係ないんだけど服を二、三着見せてもらえないかしら?」

「パーティー用のドレスなら、もう何着か発注したでしょう?」

「そういうのじゃなくて…‥こう、普段使いというかカジュアルな感じで」

 

 過度な奢侈(しゃし)は許容できないとアイリスが妹を見やるが、アレクシアは明後日の方へ視線を逃がして誤魔化すように言った。

 

「では、こういったものはどうでしょう?」

 

 ルーナはアレクシアがなにを求めているのか理解しているといった風に笑みを浮かべた。

 店員に指示を出すと、人体の腰部分の模型に纏われた色とりどりの布が運ばれてくる。

 

「女性用の下着でTバックという商品です」

 

 アイリス・ミドガルの体に雷でも落ちたかのような衝撃が走った。

 確かに形だけなら女性用下着に見えなくもない。だが、あまりにも布面積が少なすぎる。これでは尻の肉がほとんどはみ出してしまう。ただでさえ少ない布もところどころ透けていて、本来の目的から逸脱しているように思える。

 

(こ、こんな下着がこの世に存在していいのか)

 

 ある種、冒涜的でさえあると本気でアイリスは思った。

 

「男性の方は、こういったデザインをとてもお喜びになるとか」

「男性ぃ!?」

 

 またもやアイリス・ミドガルは驚愕する。

 己のよく知る男性と言えば紅の騎士団に所属している騎士たちになる。

 あの真摯で誠実な者たちが、心の中ではこういった下着を身に着けた女性を求めている。そんな現実を受け止められずいた。

 対してアレクシアは興味深そうにTバックを凝視している。

 

「アレクシア、あなたまさか!?」

 

 自分の妹が、ミドガル第二王女がこんな破廉恥な布切れに興味を示している。

 それはつまり、喜ばせたい意中の男性がいるということか。

 

「姉さま……。私、お尻の形には自信があるのです!」

 

 鬼気迫る表情でアレクシアが布切れを鷲掴みする。

 

「いけません! 未婚の女性が過度に肌を晒すようなものを身に付けるだなんて! ましてや私たちは王族なのですよ!」

 

 そもそもアイリスの中で尻の形に自信があることとTバックを履くことが繋がらない。

 

「晒しませんよ、下着なんだから。……勝負のとき以外は」

「勝負ってなんのです!?」

 

 驚愕して問い詰めるアイリスに対してアレクシアはずいっと顔を近付ける。その表情には妙な迫力があった。

 

「姉さま。羞恥心を感じるのは分かります。けれど、姉さまも言ったように私たちは王族です。その使命はなんでしょうか」

「えっ、それは……国家と国民の安寧を守ること?」

「その通りです。ですが、私たちは女。国を維持繁栄させていくために、もうひとつ重要なことがあります。そう、世継ぎです」

「よ、世継ぎ……ッ!」

 

 確かにそれは大切だと、アイリスは気圧されながも納得した。

 

「その時、殿方をその気にさせる。そのために必要なのですTバックがっ!!」

「そ、そんな……筈は……」

 

 アイリスは人生で初めてアレクシアに敗北しようとしていた。

 

「男も一皮剥けば大きな違いなんてない。女性が可愛い下着を身に着けて自分に見せてくれるのを嬉しいと思わないはずがない。マルコだって同じですよ」

「なぜ、そこでマルコの名前が出るのです!?」

 

 彼は全幅の信頼を置く部下にして友人だ。異性ではあるが、互いの関係性にそういった要素が入り込んだことはない。むしろ、彼は自分のことを脳筋と思っている節があり、そのような対象として見てはいないだろう。

 

「でも姉さま、マルコ以外の男性と結婚するのイメージできます?」

 

 不思議そうな顔でアレクシアは聞いてきた。まるでマルコとの婚約が既定路線のように言っているが、そのような話が正式に持ち上がったことなど一度もない。

 

(けれど、私とて遠くない内に結婚をすることは必要だ)

 

 真面目なアイリスは個人の意思とは別に国家繁栄のため結婚することを当然と考えていた。しかし、その相手を具体的に思い浮かべるようなこともなかった。

 そこにアレクシアから指摘を受けたことで、初めてマルコ・グレンジャーを部下でも友でもない存在として意識した。

 

(彼に不満……なんてあろうはずもない。爵位の問題はあるけれど、魔剣士の価値を重んじるミドガルに於いて彼の武功と実力は同世代では抜きんでている)

 

 なにひとつ問題がないとは言わないが、国益を考えた場合に一切考慮に値しない案とまでは言えない。

 

(マルコ以外の男性。だん……せい……)

 

 イメージができない訳ではない。

 軍事はともかく自分が政治的センスに秀でているとアイリスは思っていない。王族としては、そういった欠点を埋められる結婚相手が理想ではある。マルコは超が付く善人だが清濁併せ吞むといった行為はむしろ苦手としているだろう。

 だがしかし、例え伴侶となる相手が誰であろうと自分の後ろにマルコ・グレンジャーという騎士が付き従っていない未来をイメージすることが出来なかった。隣に立つ男の顔は黒く塗り潰されているのに、斜め後ろに控えるマルコの姿は鮮明に思い浮かぶ。

 

(そこまで、依存していたの?)

 

 アイリスの戦闘能力を怖れてはいても、軽んじている貴族や重鎮が居ない訳ではない。信頼という一点に於いて、マルコ・グレンジャーが自分を裏切ることは絶対にないとアイリスは無意識下で思っていた。

 

「あの、姉さま。そこまで本気で考え込まれると私も困るんですが」

 

 はっとしてアイリスの意識が戻ってくる。

 そこに横から声が割り込んできた。

 

「王女たるもの貞淑であるべき。そのお考えよく分かりますー。このフルバックの綿パンツなどいかがでしょうかー。お腹や腰回りも覆うので温かいですよー」

「ああ、体が冷えなくて良さそうですね」

 

 金髪の店員が持ってきたのは生地が厚いベージュ色の下着だった。布面積も申し分ない。ただ、何故か凄まじい握力で握られているらしく下着には深い皺が刻まれている。

 

「そんな色気もへったくれもない下着、ダメに決まっているでしょう姉さま」

 

 受け取って手触りや布面積を確認したアイリスが、そうそうこういうのでいいんだよと安心しているとアレクシアに奪い取られる。

 

「試着することもできますよ」

「あっ、じゃあ何着か試させてもらうわね」

「ま、まちなさいアレクシア!」

 

 幾つかの布切れを掴んで試着室へと消えていくアレクシアをアイリスが追う。

 

「姉さまも履いてみましょうよ。王族が民の作ったものを頭ごなしに否定するなんてダメですよ」

 

 なんだか尤もらしいことを言いながら、アレクシアは眼前にTバックを掲げる。

 

「ほら、青色ですよ青色。マルコの髪色と同じです」

「だからなんだと言うんですか!?」

 

 鮮やかな青は確かにマルコ・グレンジャーの髪を想起させる。その色自体に嫌悪感がある訳では勿論ないが、下着として履くとなると猛烈にインモラルな気がしてくる。

 

「ニュー、抑えなさい! ただの戯言でしょう」

「ですがっ!!」

 

 試着室の外も荒れていた。

 ニューは当初、アイリスに対してさしたる脅威など感じてはいなかった。

 マルコの上司、ただそれだけ。

 だがマルコが彼女とお近づきになるためチョコレートを贈ろうとしていることが分かり、一気に敵視するようになっていた。

 

「姉さま、婚姻は早い者勝ちです。王族特権で奪うのは醜聞になります。決めるなら急いだ方がいいですよ? マルコには毎日のように見合いの話が舞い込んでいるじゃないですか」

 

 マルコ・グレンジャーを狙う貴族の女性は多い。それこそマルケス家と同格の侯爵家からも再三見合い話が持ち込まれている。

 その全てをマルコ・グレンジャーは断っていた。

 彼にとってニコレッタ以外の女が目に入ってないが故の行動ではあったが、貴族の子息として何時までも押し通せるものでもない。いずれは見合いを受けることになるだろう。

 そういった事情を理解しているニコレッタは彼と再会してしまったことで微妙に歯止めが効かなくなっていた。

 

「公爵家も狙っていると聞きましたよ。王族と言えど簡単にはあしらえません」

「ガンマ様、私その公爵家に潜入してきます。汚職や教団との繋がりが見つかったら皆殺しにしていいですよね?」

「ダメよ。あなた、第一王女の脳筋をバカにできないわよ。あと今はルーナと呼びなさい」

「私が脳筋!?」

 

 不倶戴天の怨敵であるアイリス・ミドガルと同系統扱いされ、ニューは愕然とした。

 

「それにしてもマルコ・グレンジャーは実際どんなタイプの女性が好みなのかしら」

「私のような女ですよ、ルーナ様」

 

 自信満々で鼻息荒く答えるニューを見て、ガンマは最近この子のキャラが分からなくなってきたなと溜息をついた。拷問が得意と言うこともあり、どこか冷めた印象が強い子のはずだったのだが、ここまで自信満々で断言ができるとは。

 などと他人事のように評価を下しているが、シャドウを前にした七陰も思考のポンコツ具合では偉そうなことは言えない。

 

「そう言えばニュー、あなたもリンドヴルムへは同行するのよね?」

「はい、丁度よい機会ですので有休消化してきます」

 

 今回、開催される女神の試練にシャドウガーデンはある目的を持って介入するつもりでいた。

 そのメンバーとしてミツゴシの店員をしているニューは選出されていなかったが、アルファから誘いがあって予備の人員として急遽参加することになった。

 

「羽目を外さない範囲で楽しんでくるといいわ」

「ありがとうございます」

 

 優しい眼差しを向けてくるガンマに頭を下げてニューは礼をする。

 彼女が有休を取ってリンドヴルムへいくことを決めた理由。それはマルコ・グレンジャーが女神の試練に挑戦するからだった。




マルコ君は知らないけど彼がミツゴシにお任せで身に着けるもの買いに来たときは全部ニューがコーディネートしてるぞ。
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