我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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聖地リンドヴルム編②

『女神ベアートリクスは魔人ディアボロスを退けるため、英雄オリヴィエに力を授けました』

 

 大司教代理となったジャック・ネルソンから聖地リンドヴルムの言い伝えが語られると共に女神の試練が開始しようとしていた。その表情と声に突然の死を遂げた大司教ドレイクを慮る色は一切ないように見える。

 

「ちょっとは喪に服してみせなさいよ、あのハゲ」

 

 その演説を聞くアレクシア様の顔は不機嫌そのもので、どうやら彼女の鬱憤は温泉であっても流しきれるものではなかったらしい。東国の文化が流入してきたものらしいが、俺にとっては馴染みのある様式で懐かしさを感じるとともにリラックスできたんだけどな。

 

「マルコさんは下で開会式には参加されないのですか?」

「ええ、まあ。ここが襲撃されるなどということは万が一にもないでしょうが、私はアレクシア様の護衛役も兼ねていますので。挑戦するとき以外は此処にいようかと」

 

 本来なら女神の試練中は参加者側に徹する予定だったのだが、大司教の殺害した下手人の目的も分かっていない。聖教の大物を殺すことが目的なのであれば、ネルソン司教が公の場に姿を現す試練中も安心できないため、アレクシア様の傍に控えていることにした。

 そんな俺のことが気になったらしく声を掛けてきたのはローズ王女様だ。彼女もミドガル魔剣士学園がテロによって破壊された影響で暇を持て余していたらしく、オリアナ王国からの来賓としてリンドヴルムに来ていた。アレクシア様とは見知った仲ということもあり、こうして俺たちと共にVIP席から観戦をしている。

 そして、アレクシア様とローズ様の二人に並ぶ形でもう一人、注目を浴びる美しいエルフの女性が来賓席にいた。

 

『ナツメ先生ー!』

『応援してまーす!』

 

 その人物の名はナツメ・カフカ。新進気鋭の若手小説作家であるらしい。

 物書きという職種はどうしても不摂生で身体へ良くない負担が掛かってしまうものだが、ナツメ先生はそういった要素を一切感じさせない。なんというか、もの凄く男受けする人だなという印象だ。実際、会場へと手を振る彼女の様子は新人とは思えない程に場慣れしている。そこかしこから聞こえてくる応援の声は大半が男性のもので、彼女の作品というよりは彼女自身に興味関心があるといった様子だ。

 美人過ぎる〇〇みたいな感じと言えばいいだろうか。

 

「応援ありがとうございまーす!」

「なに鼻の下を伸ばしているのよマルコ。姉さまにチクるわよ」

「伸ばしてませんし、アイリス様にチクってなにか意味あるんですか?」

 

 品行方正たるべき騎士が婦女子に厭らしい視線を向けるなという意見は同意だが、そもそも俺はニコレッタ以外に異性としての興味なんぞない。美人は顔が美しいと思うし、巨乳は胸がデカいと思うがそれだけだ。特段趣味でもない美術品を見ているのとさして違いはない。アレクシア様の勘違いを正したいところだが、不特定多数にニコレッタの名を出すのはよくない。困ったものだ。

 

「マルコ・グレンジャー様ですよね! お噂はかねがね伺っています」

「初めましてナツメ先生。恥ずかしい失敗談がお耳に入ってなければいいのですが」

 

 どうしたものかと悩んでいるとナツメ先生がいきなり俺の手を握ってキラキラとした目で話しかけてきた。俺の噂をよく聞いているらしいが、いったいどんな内容なのやら。悪い話ではないといいんだが。

 

「そんなまさか。マルコ様の数々のご活躍、作品の題材にしたいくらいですもの! そうだ、是非女神の試練が終わったら二人っきりで取材をさせていただけませんか?」

「ありがとうございます。そう言っていただけると励みになります」

「ちょっと、なにあっさりハニートラップに引っ掛かってんのよ!」

「初対面の方に対して失礼ですよ、アレクシア様」

 

 ハニートラップて……。

 女神の試練が終われば特に関わり合いもなくなる相手に仕掛けてなんの意味があるんだ。

 

「どうせ取材にかこつけて騎士団の機密でも聞き出そうとしてるに決まってるわ」

「そんな、私はただマルコ様の活躍を本にしたため、沢山の人に知ってもらうことで勇気と希望を与えられたらと思っただけなのに……」

 

 そういってナツメ先生は悲しげな声を出して目元を拭う。

 

「騙されちゃダメよマルコ。嘘泣きなんだから」

「それは言われなくても分かりますが」

 

 その俺の発言を聞いたアレクシア様とナツメ先生が驚いたような顔でこちらを見てきた。

 

「なんですか?」

「マルコってこういうの絶対騙されるタイプだと思ってたわ」

「失敬な。ナツメ先生が嘘泣きなのも私のことを異性としてなにひとつ意識していないことも承知していますよ」

 

 俺はそこまで女のことを理解していないと思われているのだろうか。これでも数年間、泣き落としや既成事実で婚姻を結ぼうとしてくる婦女子の皆さまを躱し続けてきた身だ。女の武器の恐ろしさも対処方法も理解しているつもりだ。

 もっとも、ナツメ先生ほどの美人であれば俺なんぞに粉を掛ける必要もあるまい。作品の題材というかネタが欲しくて取材をさせて欲しいという部分は本音なのかもしれないが。

 

「マルコ様から見れば私のような田舎エルフではお眼鏡には適わないということなのですね」

「まさか。エルフの姫君と言われても信じてしまいそうなお美しさだと思っていますよ。ただ、見目麗しい女性の知り合いが多いのですが、鋭い刺を持たれている方ばかりなものでして」

 

 女神ベアートリクスも裸足で逃げ出すだろうニコレッタの美貌は勿論のこと、アイリス様とアレクシア様も美姫と評するに相応しい。ルーナ会長もとんでもない美人だし、シェリーちゃんも美少女だ。昨日だってアンネローゼという美人さんに出会っている。

 

 ……本当に美人の知り合いが多いな俺。

 

「まあそんな姫だなんてお上手ですね。女神の試練の間だけでも構わないので是非お話を聞かせてください」

「ちょっと、こいつは私の護衛でここに居るんですけど!」

「あの……皆さん、もうとっくに始まってますよ」

 

 おずおずと言った様子で指摘してきたローズ王女。たしかにコロッセオのような構造をした闘技場には虹のような色合いをした光のドームらしきものが展開されている。視線を下ろせば魔剣士らしき人物が出てきて、古代の戦士を呼び出す宣誓をしていた。

 

――――――

 

「アルファ様……ベータ様をボコせたら私が七陰でいいですか?」

「とりあえず殺気を抑えなさいニュー」

 

 観客席に座る二人の美女。

 幻想的とさえ言える美しさを持ち高貴な雰囲気を漂わせるアルファ。

 落ち着いた上品な顔立ちに貴族の令嬢然とした佇まいのニュー。

 二人は注目を浴びない程度に美貌を隠す装いをしているが、それでも付近に座っている者たちはその美しさに息を呑んだ。ベータがこれでもかと愛想を振りまき、マルコ・グレンジャーに対して懸想でもしているかのような態度を見せていなければ、もっと騒がれていただろう。

 

「ベータってマルコ君みたいな男性がタイプなんだー。いい趣味してるね」

 

 そして、そんな二人の隣ではシド・カゲノ―がまぐろなるどバーガーを頬張りながらやり取りを見ていた。ちなみに座っている順はシド、アルファ、ニューの並びだ。

 

「ほら、ベータも後でシャドウに勘違いされたことに大ダメージを受けるから、それであいこにしましょう?」

「あの女は他人の男に色目を使ってるんですよ! 天誅を下すべきです!」

「あはは、ニューってマルコ君の女性関係のことになるとそんなキャラなんだ」

 

 鬼の形相でアルファに詰め寄るニュー。

 人間関係が希薄で誰に対しても自分から距離を詰めようとはしないシドもといシャドウにしては珍しく、ミツゴシ店員ともナンバーズとも違う表情を見せるニューを楽し気に眺めている。

 シャドウとニューに挟まれて座っているアルファは喧しい娘と呑気な息子を世話する母親のように頭を抱えていた。

 

 そんな三人の視線は女神の試練に挑む戦士たちには向いていない。誰一人として古代の戦士を呼び出すには至っておらず、現状ではただの自己紹介が延々と続いているだけだからだ。そして視線の先にあるVIP席ではマルコ・グレンジャーの手を両手で包み、自分の胸元に近付け、潤んだ熱っぽい目で会話するナツメ・カフカもといベータの姿があった。

 

「あの子、七陰の中だといじられキャラだから、ニューの恋愛事情をいじる立場になれたのが嬉しいのよ。許してあげて?」

「そんな陰湿な女同士のあれやこれやは七陰の中だけでやってくださいよ!」

「七陰の中でも相性の良し悪しあるもんねー。昼ドラ、それは愛憎渦巻く人の感情の坩堝……」

 

 無論、ベータは本気でマルコ・グレンジャーを口説いている訳でもハニートラップを仕掛けている訳でもない。あんまりにもニューがドラマチックな恋愛をしているものだから、揶揄いたくなってちょっかいを掛けているだけだ。そこで返ってきた反応や得た情報を自分とシャドウに置き換えて妄想しようとしているとも言う。

 

「私も……小説を書けば、マルコと手を握れる?」

「別に職種は関係ないわよ。というかあなたはシャドウから接触を控えるよう言われたでしょう」

「うーん、ごめんねニュー。まだ二人を合わせるにはちょっと早いかなー」

「い、いえ。決してシャドウ様の判断に異を唱えたつもりはないのですが」

 

 ディアボロス教団をただのごっこ遊びの設定としか認識していないシャドウからすれば、ニューがマルコの元へ戻ることになんの問題もありはしない。しかし、洗脳されたヒロインを取り戻す中盤とするにはまだ些か早いとも思っている。

 

「やっぱりブシン祭かなー」

「シャドウ、ブシン祭になにかあるの?」

 

 具体的な時を示す情報が出たことで、アルファはシャドウに尋ねた。

 

「ふっ、幾多の剣が交わり奏でる剣戟。その芸術の如き彩りを以て大輪の花は開花の兆しを迎えるだろう」

「大輪の花。それはまさか……」

 

 シャドウの言う大輪の花とはブシン祭で陰の実力者である自身とマルコ・グレンジャーが戦えば、彼が主人公としてさらに覚醒してくれるんじゃなかろうかという何の根拠もない憶測だ。それをアルファはある国の裏で動き出そうとしている事態に繋がると誤解した。

 

「そう、それならシャドウガーデンも動けるよう準備を進めるわ」

「抜かりないようにな。まあ今は女神の試練だ。なにが出てくるか楽しみだな」

「ええ、そうね」

 

 シャドウはマルコ・グレンジャーを含む挑戦者がどんな古代の戦士を呼び出すかを言っている。アルファは試練の中で開かれる()()()にあるモノのことを言っている。基本的にこの二人が真面目な雰囲気で会話している時はなにひとつとして噛み合ってはいない。

 

「あああ、あの女、マルコの前でこれ見よがし無駄な贅肉を揺らして……っ!」

 

 そしてニューは二人の会話すら一切耳に入っておらず、射殺さんばかりの目力でベータを睨みつけていた。

 

「ニューはそんなんでこのあと大丈夫なの?」

「彼女は今日、有休消化でここに来てるから……」

「あ、そうなんだ」

 

 さすがにシャドウの前でこの態度はマズいと思ったアルファだが、シャドウガーデンに有給休暇という陰の叡智をもたらしたのもシャドウだ。今日のニューがオフであることを伝えると、あっさりシャドウは疑念を引っ込めた。

 

「あ、古代の戦士でてきた。それじゃあ、あの青髪の子は結構強いんだね」

「アンネローゼ・フシアナス。元ベガルタ七武剣の一人でカイの後任でもあった魔剣士よ」

「カイって誰だっけ?」

「ああ、それはね……」

 

 ヒートアップするニューを余所目に、アルファはシャドウガーデンが介入を始めるまでのほんの少しの間だけシャドウとの距離を詰め、肩を寄せて観戦を楽しむことにした。




たぶんこのニューはイプシロンとも仲が良い(胸囲に脅威がないから)
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