我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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聖地リンドヴルム編④

 思った通り、面倒な相手が出て来たなあ……。

 

 剣を交える隙間を縫って嘆息する。

 単純な実力でも苦戦するだろう戦士が召喚されてしまったのだが、それ以上に見た目が厄介だ。

 

「俺は騎士だぞ、年端もいかない少女に向ける剣はない!」

 

 呼び出された古代の戦士は齢が十を幾らか超えたばかりと言われても信じてしまえそうな少女だった。エルフ耳だから実年齢と見た目が一致していない可能性は考えられるが、()る気が全く起きない。強さはそのままでいいから筋骨隆々の大男が良かった……。

 アルファと名乗ったシャドウガーデンのエルフにそっくりなのも気にはなる。エルフは人間よりもかなり寿命が長いから、祖父母の代まで遡れば人間換算だと充分に古代の戦士と言える。もしかして親戚だったりするのだろうか。

 

「さすがに余裕諾々で関係ないことを分析していられる相手じゃないか」

 

 戦闘能力で言えば俺が実際に戦ったことのあるアイリス様や化け物に変貌した叛逆遊戯のレックスよりも上だ。全ての能力値が恐ろしく高いが、ゴリ押しではない戦術の組み立てがあることがはっきりと分かる。エルフに伝わる流派なのか、あまり見た事がない剣術であることも厄介だ。

 

「抑えている魔力を開放するのが一番確実な方法なんだろうけど」

 

 正直いって、魔力を制限している状態で勝つのは困難だ。しっかりと技巧に裏打ちされた攻めに隙らしきものはなく、スペック負けしながら簡単に逆転できる方法があるようには思えない。

 最も簡単な勝利方法は魔力を全開にして広範囲にばら撒くことだ。逃走防止目的に展開されている光のドームはそのまま移動範囲の制限になっている。剣を用いた近接戦闘が本懐の魔剣士同士の戦いに中距離範囲攻撃を持ち込めば、基本的に抗う術はない。砲台に徹すれば勝ちは固いのだが、あまりに異質な戦い方すぎて観客に見せたくないというのが本音だ。

 

 だが、やられっぱなしでいる訳にもいかない。

 女神の試練に降参というシステムはない。ブシン祭でアイリス様と戦った時みたいに、イイ感じのを一発二発喰らってヤムチャしやがってのポーズをすれば負けられるのならそれでも構わないのだが、戦闘不能にならないと試練は終わらない。相手が強すぎて適度に負けるのも困難で下手するとそのまま死ぬ。

 

「腕だけ切り落とす? 剣の腹で殴り飛ばす? いやダメだろそんなの……」

 

 高速移動して常に背後を取ってくる少女の剣を捌きながら試練を終わらせる方法がないかを模索する。少女に暴行して倒したのを名誉にする騎士とか絵面が最悪だ。恨むぞ女神ベアートリクス。

 

「……唯一の救いは思考が柔軟ではないってとこか。行動パターンは袈裟斬り、横薙ぎ、刺突。背後に回ってターン」

 

 幾度か剣を交えていると、少しづつ攻略の糸口が見えてきた。

 少女の挙動はいずれも優れた経験則が窺えるが、プログラムに基づいているかのような作為的なものを感じる。彼女が本人ではなく記憶でしかないが故だろう。

 凄まじい移動速度に強靭な体躯。高度な戦闘技術に鋭い斬撃。見た目にそぐわぬ歴戦の戦士だったのだろう。だが、その飛び抜けた強さは、どこまでも型に嵌められている。総合的には本来の生きていた頃の少女と比較して、半減どころではなく弱体化しているのではなかろうか。

 

「よし、決めた」

 

 この状況をどうやって切り抜けるかは決まった。

 しかし、その方法を女神の試練が勝利と認めてくれるのかが不明だ。もしも試練が終わらず戦闘続行となった場合、俺は女神の試練が許してくれるまで少女にサンドバッグにされることになる。少女にタコ殴りされる騎士なんて間違いなくクビだろう。

 

 生まれて初めて女神ベアートリクスにお祈りすることになりそうだ。

 

「次で終わりにしよう、可愛らしいエルフのお嬢さん」

 

 相応の実力を持つ者たちはすでに気付いているんではなかろうか。俺と少女の戦闘が舞踏のように決められた流れを幾度も繰り返していることに。

 少女の戦闘パターン自体は非常に豊富で多彩だが、こちらが特定の反撃パターンを取れば全く同じ対処をしてくれる。打ち合っては距離を取り、仕切り直してまた打ち合う。初見の攻撃に対応する度、徐々に俺が負う傷が増えて消耗しているのは事実だが、定石とも呼ぶべき攻めのパターンは把握した。次は確実に捉えられる。

 

 勝つための準備が整った。

 試練を終わらせるため、剣へと魔力を圧し固めていく。

 

「『圧縮(コンプレッション)』」

 

 叛逆遊戯のレックスと戦った時は振り切った後の制御が甘く、魔力の奔流が講堂の天井を消し飛ばしてしまった。今回はそこからさらに精度を高められるよう工夫を凝らした改良版だ。

 幼少の頃から使い慣れた剣の形、大きさ、重量。それらが一切のズレなく思い浮かべられるようイメージトレーニングを重ねた。剣に魔力を注ぐやり方ではどうしても漏れ出してしまう。だから魔力に剣を模らせる。自分の剣は折れることも欠けることもないのだと強固に思い描く。

 技というには力任せで稚拙すぎるが、それでも名前を付けた。自分が行う工程を明確化して定義付けするのに名称があるというのは大事だと思ったから。

 

 故に技の名は『圧縮』だ。

 

「本来の君と戦えなかったことが少し残念だよ」

 

 蒼く光輝く剣が会場を照らす。

 ミスリルと魔力が互いの境界線を忘れてしまったかのように溶け合い、混ざり合っていく。物質として極めて不純な状態となりながらも、魔剣は外側から圧し掛かる膨大な魔力によって形を崩すことなく成り立つ。

 異常な光景に少女の足が一瞬止まるが、すぐさまこれまでと同じ攻め方を敢行した。

 

「コレを見て行動パターンを変えられたら少し困るところだったけど、一発も当たっていない攻撃の威力が増したところで無意味という判定かな? 助かるよ」

 

 揺さぶりをかけるように左右にステップを踏むを高速移動。眼前に迫った瞬間に背後に回って繰り出される袈裟斬り。

 俺はその攻撃を円軌道で振り向き様にいなすことで対処していた。そこに半歩だけバックステップ加えた動きに初めて少女の剣が空を切る。

 少女にとって初となる攻防の推移。それを確認した少女が一旦立て直すために後方に退くことも承知している。速度で劣る俺は少女への追撃が間に合わない。

 ()()()()()()()()()()()()()()、そうなるはずだった。

 

「隙ありだ」

 

 バックステップで間合いの外へと逃れようとする少女に剣は届かない。だが、前方向へ振り下ろされた彼女の剣は別だ。

 間合いの内に残る剣に向け、薪でも割るかのよう振るった蒼剣。それは魔力が込められている筈の美麗な剣をバターでも切るかのように両断した。

 

 

 

 

「よくやったわマルコ!」

「見事な勝利でした。おめでとうございますマルコさん」

「お二人とも、ありがとうございます」

 

 女神の試練は意外と融通が利くらしく、武器破壊を以って俺の勝利扱いにしてくれた。

 横入りなしなのだから武器が自動供給されたりはしないだろうと思っていたが、少女がそのまま素手で殴りかかってくる可能性もゼロではないからね。あれで終わってくれなかったら俺はとんでもなく情けない敗北シーンを衆目の前に晒すことになっていただろう。

 

 少女は最後まで無表情のまま光の粒子となって消えていき、会場は称賛の声に溢れ熱狂が渦巻いている。VIP席に戻るとアレクシア様とローズ様も温かい拍手で迎えてくれた。

 

「そうだ、ネルソン司教」

「な、なにかな」

「私が戦ったあの少女の名はなんと言うのでしょうか?」

 

 アンネローゼが呼び出した戦士ボルグのことを解説してくれたのもネルソン司教だった。全部を把握しているのかは分からないが、聖教は古代の戦士達の情報をそれなりに有しているのだろう。あれだけ強い戦士だったのだから、さぞや高名な人物だったはずだ。

 

「い、いやそれは……」

「オリーヴという名らしいですよ。ですよね司教様?」

 

 なぜか口ごもるネルソン司教に代わってナツメ先生が教えてくれた。オリーヴちゃんって言うのか。聞いたことのない名前だが、エルフの間では有名だったりするのかな。

 

「それにしてもマルコ様、あの蒼い剣は凄まじい威力でしたね。魔力で強化された剣を容易く両断できるだなんて。あの様な技がブシン流にあったとは寡聞にして知りませんでした」

「あんな技はブシン流にも王都ブシン流にもないわよ。興味あるからやり方を吐きなさいマルコ」

「ええと、申し訳ありませんアレクシア様、ナツメ先生。あれはただの力業でして、とてもではないですが流派の技として数えられるようなものではなくてですね」

 

 こう、ガッと魔力を込めてギュッとするんですとしか説明できない。フィーリングすぎてこんな説明で再現できるのは脳筋天才型のアイリス様くらいではなかろうか。

 

『挑戦者、ミドガル魔剣士学園所属、シド・カゲノ―!』

 

 興味津々といった様子の二人は俺への追及を止めてくれそうにない。どうやってこの場を凌ぐか考えていると、知っている名前が呼ばれた。

 

「え、シド君?」

「ほう、魔剣士学園の生徒とは随分と実力に自信があるのですな」

 

 現役の騎士であってもほとんど古代の戦士を呼び出すことができない女神の試練。そこにまだ学生の身で挑戦するのはやはり非常に珍しい事例のようだ。シド君は自信過剰やプライドが高いといった性質の人間ではない。自分で登録したとは思えない。

 彼のことを知っている俺とアレクシア様は勿論のこと、ミドガル魔剣士学園の生徒であると紹介されたからかナツメ先生も驚いた顔をしている。

 ……なぜかローズ王女だけはニコニコ笑顔だったが。

 

「出て来ませんね」

「まあ例年、何人かは怖気づいて現れないものですからな」

 

 怖気付く子でもないと思うのだが、そもそも彼はリンドヴルムに来ているのだろうか。

 進行役の再三の呼び出しにもシド君は姿を現さない。

 会場にどよめきが広がり棄権との判断が下されそうになった時、空へ閃光弾のように魔力の光が昇っていった。

 

「あの光は一体……」

「はて、あのような催しは予定されていないはず」

「見て……っ!」

 

 ネルソン司教にも覚えがないようだ。光が収まり空に静寂が戻った時、アレクシア様が会場を指さして驚きの声をあげる。そこには、漆黒のフードを被りマントを靡かせた男が立っていた。

 

「シャドウ!?」

 

 なぜ奴がここに。

 シド君はどうなったんだ。

 さっきの魔力光は奴が撃ったものなのか。

 

 疑問が抱きながらも予備の剣を取って引き抜こうとした瞬間、シャドウは古代の戦士を呼ぶ宣誓をする。

 これまでない大きさの古代文字で描かれた陣が展開され、赤黒い光と共に現れたのは長い黒髪にローブとドレスを纏った女性だった。

 

「あれは……」

「災厄の魔女アウロラ」

 

 呼び出された古代の戦士の名を告げたのはネルソン司教ではなくナツメ先生だった。

 曰く、かつて世界に混乱と破壊を招いた存在。

 そこから説明を引き継いだネルソン司教が言うには、聖教でも極一部の者しか存在していたことすら知らされておらず、史上最強の魔女と謳われていたらしい。確かに肌を刺すような魔力は底が知れない。なにより、俺が戦ったオリーヴちゃんとは違い綺麗な菫色の瞳には知性と意志の光が宿っているように感じる。

 

「……アレはただ記録を呼び起こしてきたコピーとは違うのか?」

 

 女神の試練が始まったことで光のドームが展開され、介入することはできなくなった。

 向かい合うシャドウとアウロラに動きはなく、両者の唇は三日月のように弧を描いて笑みを浮かべている。

 それは災厄の魔女がシャドウに楽しいと思わせるだけの実力を有していることを示している。

 

「なんにしてもシャドウに対処するのは試練が終わってからか」

「はは、マルコ殿。そのような心配はご無用。アウロラは山賊風情が勝てる相手ではありません。あの薄汚いドブネズミは屍を晒すことになるでしょう」

 

 ……それは楽観的な考えだろう。

 少なくとも女神の試練というシステムはシャドウを試すならば災厄の魔女を呼び出さなければならないと判断したのだ。俺とアンネローゼの試練を鑑みても、勝負が成立しないほどに実力の隔たりがあるとは思えない。

 

 会場を覆う空気が限界まで張り詰め、爆ぜるかと思われた瞬間に両者は動き出した。

 

「魔力の……棘?」

 

 舞うように手を差し出すアウロラと半歩下がったシャドウ。

 足元から噴出するかのように飛び出した『赤』は鋭い槍へ形を変えシャドウへ殺到していく。

 宙へと逃れたシャドウを追う槍は剣山の如く細かく枝分かれしていき、物理的に回避するのが困難な物量にまで増大して襲い掛かる。

 

「どうやら私の言った通りのようですな」

「あれが古代の戦闘技能……?」

 

 得意気に言うネルソン司教と驚きを隠せていないローズ王女。

 魔力を体から離すと急激に霧散していくこの世界に於いて、あの遠距離攻撃は絶対的な優位性を誇るだろう。俺がオリーヴちゃんに実行しようか考えていた魔力のばら撒きとは比較にならない練度が感じられる。

 

「でも、あの槍は一度も届いてはいない。そうですよねアレクシア様」

「……ええ、そうね」

 

 ナツメ先生の指摘にアレクシア様が同意する。

 シャドウは明らかに様子見に徹している。アウロラの底がどこにあるのかを見定めるように。

 苛烈さを増す赤い槍にシャドウはそれ以上の速度で適応していく。

 蜘蛛の糸のように張り巡らされ、雨粒のように降り注ぐ槍が掠りさえしない。

 そんな両者の視線が交差し、また笑みを浮かべる。

 次の瞬間、アウロラの懐へと潜り込んだシャドウの一閃によって勝敗は決した。

 

「あれほどの相手でも鎧袖一触か……」

 

 自分が強くなるほどに、奴との間に広がる差を実感する。

 なにひとつとして及ばない。

 それでも。

 例えそうだとしても。

 

「お前を超える事を諦めはしないぞ」

 

 光の粒子となって砕けたアウロラと飛び去っていくシャドウ。

 今の俺では届かない境地に立つ二人の戦いを目に焼き付けながら、拳を強く握りしめた。

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