我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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聖地リンドヴルム編⑥

「白い部屋? ……シャドウガーデンの数も減っているな」

 

 本性を現したネルソンによって聖域の空間が破砕されると、一帯が白く染め上げられ上下感覚もなくなりそうな場所に出た。

 

「聖域の中心に近付くほど貴様らは魔力を扱えなくなり、私は力を増す。もう少し引き付けてから仕掛けたかったが不足はあるまい」

 

 シャドウガーデンとは異なる赤いラインが刻まれた黒のボディスーツを纏い、手に大剣を携えたネルソンの姿が増殖していく。十を超えた分身は全て実体を持っているようで、まんまと罠に掛かった俺たちを嘲笑うように表情を歪め、襲い掛かってきた。

 

「……強いな」

 

 美人揃いのシャドウガーデンがぴっちりボディスーツを着ている分には悪感情はないのだが、中年小太りのハゲが同じようなビジュアルで出てくるのは正直キツい。 

 なんて下らない感想を抱きながらもシャドウガーデン側に助太刀しようと思ったのだが、必要なさそうだった。

 

「シャアッ――!!」

 

 デルタという名前らしい黒髪の獣人は圧倒的な暴力でネルソンの分身体を血祭にあげていく。

 強欲の瞳を遥かに上回る魔力阻害によってボディスーツの形状を維持することも困難な状態であるにも関わらず、振るう爪は紙切れのようにネルソンの首を跳ね飛ばし、胴体を刺し貫く。

 

「伏兵が居ないとも限らないし、俺は護衛に徹するか」

 

 白い空間に居たのは俺以外にアレクシア様とローズ王女、ナツメ先生。そしてシャドウガーデン側はアルファとデルタだけになっていた。他の連中はどこか別の場所に飛ばされたらしい。

 

 攻勢に出たネルソンの分身能力は厄介だが、その大半がデルタの手で惨殺されており、あぶれた数体はアルファによって狩られている。

 暴れまくっているデルタの方に意識が向くのは仕方のないことだが、アルファが静かに殺していっている分身はまともな抵抗さえしておらず案山子状態だ。どうやら女神の試練のようにオートで分身が動いてくれる訳ではなく、本体が手動でコントロールしなければいけない仕様らしい。

 ぶっちゃけ数の利が完全に死んでいて弱い。

 

「アルファの魔力制御を見て勉強させてもらうのが有意義そうだな」

 

 魔力阻害によってボディスーツが布切れ状態となっているデルタとは異なりアルファには一切の崩れがない。膨大な魔力を完璧に制御している証左だ。大きな魔力を高速かつ適切に運用する技術は俺に一番欠けているものだから学ぶべきことが多い。

 

「ちょっとマルコ、まさかアルファとかいう女の服も脱げたらいいのにとか思ってるんじゃないでしょうね」

 

 今後のためにデルタではなくアルファの方に目を向けていると、アレクシア様からとんでもない誹謗中傷が飛んできた。

 

「アレクシア様、いまシリアスな場面なの分かってます?」

 

 状況の打開ではなく女の裸体が晒されることを期待しているのはメンタルが強すぎるだろ。アルファでも全く魔力制御ができないほどの阻害を受けるって全滅するのとほぼ同義ですよ?

 

「あの分身、一体一体の強さは脅威ではありませんが、無限に増殖が可能だとすれば分の悪い消耗戦になりますね」

「ええ。聖域の中心に近付くほど魔力阻害が強まるのであれば、ここで撃破しておかないと状況が悪化する一方です」

 

 冷静に分析しているローズ王女とナツメ先生を見習ってほしいものだ。

 

「二人とも安心してください。最悪の場合は俺が全員抱えて聖域の外縁まで走りますから」

 

 魔力が吸われていくのと逆方向へ行けば阻害は弱まるだろう。

 これ以上は危険だが、現時点の吸収速度であれば俺が魔力を全開で垂れ流せば吸われるより早く供給を続けられる。女性五人を抱えての逃走ならできなくもないだろう。

 

 ……まあ、そんな必要もなく決着が付きそうだが。

 

「――ガァッ!」

 

 さらに分身体を増やして対抗しようとするネルソンに対してデルタが巨大な武器を生成した。

 剣なのか槍なのか槌なのか判別が付かない黒い巨塊を前にネルソンの顔が絶望に染まっているのが分かる。

 

「あ、それって刃じゃなくて腹の方を振り下ろすんだ」

 

 てっきり斬撃による質量攻撃が繰り出されるものだと思っていたが、デルタは巨大な黒塊をフライ返しのように使って面部分を叩き付けた。

 ……もしかしてあれはハエ叩きなんだろか。

 

 その強力な一撃によって白い空間が割れると、俺たちは最初に訪れたうす暗い通路のような部屋へ戻ってきていた。

 

「ば、馬鹿な。あれだけの数を相手になぜ……」

「ジャック・ネルソン。あなたは戦士ではなく科学者だったのでしょうね」

 

 アルファが分身によるゴリ押し戦法の稚拙さを指摘する。

 万策尽きたかに思われたネルソンだったが、通路の奥に安置されている石碑に縋りつくようにして英雄オリヴィエの名前を呼び始めた。

 

「オリーヴちゃんも呼べるのか」

 

 それが出来るのなら、最初からオリーヴちゃんを始めとした古代の戦士たちを大量に呼び出せばよかったんじゃないだろうか。まさか、オリーヴちゃんもネルソンがラジコン操作する訳でもないだろう。それだと、結局弱いままだし。

 

「それじゃあ、私たちはこれで帰らせてもらうわ」

「「え、帰るの?」」

 

 あ、ネルソンと被ってしまった。

 

「もう用は済んだもの。鍵の開け方も分かったし、次は好きなタイミングでお邪魔させてもらうことにするわ」

 

 分断されていたシャドウガーデンのメンバーは別口で聖域を調べていたらしく、必要な調査は全て終わっていたようだ。いつでも好きに侵入できるようになった以上は長居するつもりもないらしく、アルファたちはさっさと聖域から姿を消した。

 

「皆さんも、どうぞ」

 

 シャドウガーデンの一人が俺たちにも退去を促してくる。

 これまで犠牲になった悪魔憑きの子たちを思えば、ネルソンは今すぐにでも殺したい相手だ。

 だが、仮にも聖教の司祭をミドガルの騎士である俺が手に掛けるのはマズい。オリーヴちゃんを突破するのも手間だし、アレクシア様たちを守ることも考えれば従うしかない。

 

 そう考えて、聖域とは名ばかりの牢獄から脱した俺の前に二人の男女が現れた。

 

――――――

 

「来ないねー」

「なにが来ないのかしら?」

「主人公」

 

 アウロラは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げた。

 シドによって拘束を解かれ、彼のゴリラ並みの戦闘能力もあって聖域の中心に辿り着いたまではよかったのだが、最後の封印が解けず詰んでいた。

 封印が施された豪奢な扉には幾重にも鎖が張り巡らされ、固く閉ざされている。魔力阻害も最大限に強まっている中心部では通常の手段で力押しすることもできない。唯一、封印を解く方法として台座に備え付けられている煌びやかな剣は英雄の直系にしか引き抜けず、アウロラは万策尽きてシドと共に座り込んでいた。

 

「やっぱり無理な話だったのかしら」

 

 千年にも及ぶ封印。

 その中で初めて、女神の試練に呼び出された。

 黒衣を纏い真紅の瞳をした男は災厄の魔女と恐れられた自分を歯牙にも掛けず一蹴した。

 彼ならば、私を雁字搦めにする鎖を断ち切ってくれるかもしれない。そんな淡い期待と目論見は上手くいきそうになかった。

 

「その主人公はあなたよりも強いの?」

「陰の実力者っていうのは強さありきだからね。ボクの方が強くなきゃいけないに決まってるさ。だけど、こういう特殊条件を満たすのは主人公君の特権だからね」

「君付けで呼んでるけど、その主人公って女なの? 英雄の直系で血を濃く継いでいるのは皆エルフの女性の筈なんだけど」

「……あ、そっかぁ」

 

 シドは即座に主人公に全てを任せるというメインプランを破棄し、サブプラン――聖域中心部の魔力阻害すら付け入る隙がないほど強力に圧し固めた魔力によって全てを吹き飛ばすことに決めた。それも後、数分もあれば実行できる準備が整う。

 

「つまり、この封印は主人公じゃなくて特殊な力を持つヒロインが解くタイプなんだね。うーん、マルコ君のヒロインにエルフの女の子はまだいなかった筈だし、もっと後で攻略するストーリーにボクが干渉しちゃってるのかな? ……まさかベータがその役割なんだろうか」

 

 シドが惜しいのか惜しくないのか微妙な考察をしていると、青い古代文字で描かれた扉が出現した。

 

「あれ、シド君?」

「あ、主人公。じゃなくてマルコ・グレ……んんっ、でもなくて。マルコさんがなぜ此処に?」

 

 開かれた扉から現れたのはマルコ・グレンジャーだった。

 やっぱ来たじゃん主人公と内心で諸手を挙げて喜ぶシドだったが、聖域の奥に自分が居ることに対する言い訳が思い浮かばず、少し困っていた。

 

「あれが主人公君なの? うーん、及第点だけど私の趣味からは外れてるわね」

「アレクシア様たちが居ない。それに君はアウロラさんだったよね。やっぱり君はオリーヴちゃんと違って自意識があるんだね」

「そうだマルコさん、何も聞かずこの剣が抜けないか試してもらえません?」

 

 三者三葉に疑問を抱きながらも、まずは脱出する方法を見つけることが最優先。

 シドは詳細を伏せて、剣を引き抜いて鎖を斬れば聖域から出ていくことができるとマルコ・グレンジャーに伝え、取り合えず試してみてもらうことにした。

 

「……台座に罅入ってるけど、これいいのかな」

「ボクが無理矢理抜こうとしたら、ちょっと割れちゃって」

「俺もシド君と同じ男だからね。選定の剣が目の前にあったら引き抜けるか試してみたくなる気持ちは理解できるよ」

 

 そうしてマルコ・グレンジャーも気合を込めて引き抜こうとするが、剣はビクともしなかった。

 

「まあ所詮俺は一介の騎士。選定の剣に選ばれた騎士王になんてなれっこないのさ」

 

 気にして無さそうに言っているが、マルコは相応にショックを受けたようで床に四つん這いになって俯いていた。

 

「いや、だから英雄の直系でエルフの女の子しか抜けないって言ったのに……」

 

 項垂れているマルコの頭を慰めるように撫でるシドの後ろでアウロラは男ってバカなのねとでも言いたげに呟いた。

 そこに、再び古代文字の扉が出現する。

 

「まさか、物語中盤に俺こそが真の主人公だと言って登場する偽物ライバルキャラか!?」

 

 新たな主要人物の登場に興奮した様子のシドだったが、扉から現れたのはハゲと美少女だった。

 

「美女と野獣?」

「どうみてもハゲとエルフでしょう」

「あれはネルソンとオリーヴちゃんだよ」

 

 緩い空気が漂っているが状況は悪かった。

 魔力を使えない魔女と魔剣士が二人。

 対するネルソンは魔力が使え、英雄オリヴィエも従えている。

 

「はははっ、魔女に誑かされて死ぬことになるとは運の悪い男たちだ」

「俺はニコレッタ一筋なんだが」

「オリーヴちゃん……やっぱりアルファに似てるなあ」

 

 勝利を確信して高笑いするネルソンに対して、シドとマルコは剣を抜いてアウロラを守るように前に立った。

 

「魔力も使えずに勝てると思うか!」

「シド君、君は下がりなさい。騎士である俺より先に君が死ぬなんてあってはならない」

「そう言わず、一緒に戦いましょうよ。あとちょっと時間を稼げばなんとかなりますから」

 

 当初からアトミックによって聖域ごと吹き飛ばす算段でいたシドだったが、マルコが現れたことでどうすべきか悩んでいた。誰かが剣を抜ければよかったのだが、条件がエルフ女子限定とあっては流石に陰の実力者と主人公でも無理だ。

 シドとシャドウが同一人物であることがバレてしまっては今後の陰の実力者ロールプレイに支障を来すが、ここまで魔力を阻害されている状況では他に手もない。

 

「ふんっ! 物分かりの悪い連中だ。これを見て絶望するがよい!」

 

 ネルソンの言葉に反応して聖域を覆う壁が光を発する。そこから英雄オリヴィエを全く同じ姿形をした者たちが大量に降り立つ。

 

「再生怪人かあ……」

「同じ顔の美少女を大量に侍らせる中年のオッサンか。絵面が完全に犯罪だな」

「ふ、二人とも私のことはもういいから逆らってはダメよ!」

 

 事情は全く分かっていないが、諸悪の根源であるディアボロス教団が災厄の魔女と呼んでいるのなら、実際は大して悪い存在ではないのだろう。そう考えたマルコに退く意思はない。

 シドもまた、陰の実力者ロールプレイの場をみすみす逃すつもりは毛頭ない。

 

「泣きそうな女性を見捨てたとあっては、愛する人に合わせる顔がなくなるんでね。死ぬまで足掻かせてもらうさ」

 

 絶体絶命のピンチであっても勇気を胸に啖呵を切る。

 その主人公的行動に笑みを浮かべながらシド――シャドウもまた口を開いた。

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