我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。 作:ゆーりふり
ブシン祭本選会場は不気味な沈黙に包まれていた。
何が起きたのか誰一人として理解が及んでいない。
それはブシン祭出場者であり、予選をここまで勝ち進んできているアンネローゼ・フシアナスとクイントンも同じだ。
「嬢ちゃん、アイツはなにをした?」
「……分からない。何も見えなかった。いつ動いたのかも。いつ剣を抜いたのかも」
ブシン祭予選の第四回戦。
本選出場まで残すは二回戦のみということもあり、挑む魔剣士たちのレベルも相応に高くなっている。
そんな中、ひとりノーマークの男が勝ち上がってきていた。
名をジミナ・セーネン。
とにかく弱そうとしか評価できない影の薄い男は不可解な勝利を続けている。
勝負が始まると対戦者が独りでに倒れ伏すのだ。
ここに至るまで三度の勝負を行っているにも関わらず、腰に差した剣は一度も抜かれていない。禁止されているアーティファクトの使用も疑われたが、身体検査の結果はシロ。
予選三回戦までは本選会場ではなくミドガル王都内に複数ある空き地や修練上が試合に使われていたため、彼の存在を訝しむ者はまだ多くはない。今の時点で注目しているのは、すでに彼との間に因縁や関係性がある者たちだけだ。
そんなジミナが四回戦で
名が表すように金ピカの武具に身を包んだその男は自分より強い相手とは決して戦わず、勝てる戦いしかしない。
姑息と謗られる行為ではあるが、それは彼我の実力を正確に測ることのできる観察眼がなければ実現しない。
そんなゴルドー・キンメッキという男はジミナと戦うことを選んだ。それはつまりジミナを自分以下と判断したということ。彼の読みが当たっているのか、ジミナの擬態がさらに上回っているのか。それを確かめる意味もある試合。
「ゴルドーは決して弱くなかった。あれほど明瞭に可視化できる魔力の放出は、高い才能とそれに見合う修練がなければ成し得えない」
ゴルドーは己に付けられた『不敗神話』という二つ名を気に入っていないのか、他者に対して『常勝金龍』と名乗っている。
対戦が始まると、彼はその名を象徴するかのように
しかし、結果はジミナが勝ち抜いたこれまでの三戦と大きくは変わらない。
気が付けば、金龍は掻き消えゴルドーが倒れ伏している。
これまでと違うのはジミナとゴルドー、互いの位置が入れ替わっていること。
ジミナが腰の鞘から剣を抜いていること。
「ベガルタ七武剣のアンネローゼ・フシアナスが目で追えない。そりゃアーティファクトだろ」
「"元"よ。今はただのアンネローゼ。ジミナの装備は一回戦からなにも変わっていないわ。あそこまで高い効果を発するアーティファクトを隠し持っているのなら見つけられないとは思えない」
目の前の光景から、ジミナの剣に斬られてゴルドーが倒れたのは全員が理解できている。
しかし、そこに至る経緯が誰にも分からない。ジミナがいつ動いて剣を抜いたのか。ゴルドーを斬った攻撃は袈裟斬りなのか横薙ぎなのか斬り上げなのか。ゴルドーの金龍はどのような手段で以って一瞬で消されたのか。
「けっ、聞いて損したぜ。俺は信じねえ。ジミナはどう見ても雑魚だ。そんな奴が採る手段は反則と相場は決まってる。次の五回戦、アイツと戦うのは俺だ。化けの皮を剝がしてやるさ」
鼻息荒く立ち去っていくクイントンにさして意識を向けることもせず、アンネローゼは試合会場を見つめる。
「ジミナが本当にアーティファクトに頼るだけで実力が伴っていないのなら、マルコは大事なブシン祭で決闘を受けたりはしないはず。あの時、二人の間に渦巻いていた魔力と気迫に私は呑まれてしまった。きっとジミナは私よりも強い。そんな相手に私はどうやって抗う」
アンネローゼはマルコ・グレンジャーがどれほどに強いのかを知っている。
彼が女神の試練で呼び出したオリーヴという名の戦士。仮に自分があの少女と戦っていたなら、勝利することは叶わなかっただろう。実力差がありすぎて殺されずに負けることはできたかもしれないが。
「目で追えないほどの速さで剣の打ち合いにならないのでは、膂力や技術で挑むこと自体が成立しない。とにかく、こちらから距離を詰めて速さを活かせない状況に持ち込むしかないか」
ジミナは手足が長く、使用する剣も大振りなものだ。超接近戦ならば武器の取り回しの差で戦況を優位に進められる可能性はあるはず。
「あとはクイントンがジミナ攻略の手掛かりでも見つけてくれればいいのだけど」
ゴルドーがバランス型の魔剣士であるのに対して、クイントンは膂力とタフネスに秀でている。例えば、これまでの試合を全て一瞬で決着させているジミナが持久戦を強いられたなら、そこから新たな攻略の糸口が見えてくるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていたアンネローゼだったが、ブシン祭五回戦も結果は変わらなかった。
裂帛の気合と共に咆哮しながら斬りかかるクイントンは誰の目にも留まらぬ高速の斬撃によって倒れ伏す。
ゴルドーの時とは違い、派手な魔力のエフェクトもなかったことでアンネローゼははっきり確かめることができた。
一瞬たりとも見逃すまいと集中してもなお、ジミナの動きが捉えられないという事実を。
――――――
「あら、あなたは確かクレアさんの弟の……」
「し、シド・カゲノーです」
マルコとジミナ・セーネンの間に因縁を作ることに成功し、不気味な実力者として順調にブシン祭予選を勝ち進んでいたシド。万事が順風満帆な状況に鼻歌交じりで過ごしていた彼だったが、寮へ戻った折に般若と遭遇した。
クレア・カゲノーという名前で血の繋がった実姉でもある彼女のスキンシップは中々に苛烈だ。この日も杳として知れない弟の行方に怒りを募らせ、勢いのままにシドをベッドへと押し倒して首を締めあげた。
なんとか姉の怒りを収めようとしたシドだったが、逆にクレアがローズの代理としてブシン祭に出場することになったのを知らないとバレてしまい進退窮まった。学園テロ時に心臓を含めた胴体を斬り裂かれたのに匹敵する命の危機を覚えたシドだったが、絶対にクレアの試合を見に行くという条件を呑んで事なきを得た。
クレアから貴重な席のチケットだと言って渡されたそれをシドは個室かちょっとしたVIP席だろうと思っていた。ところが、実際に向かってみれば王族や上位貴族が観戦と歓談をすることを目的とした超VIP席だった。上座にはミドガル国王と来賓のラファエロ国王が座るための席があり、シドの隣席に至ってはアイリス・ミドガル第一王女が腰かけている。アイリスを挟んでシドと反対側に座っている魔剣士学園の制服を着た男女も、準レギュラーくらいのネームバリューを持っている人物だったはずだ。
(いますぐ帰りたい……)
陰の実力者たる者、日常に於いては努めて影を薄くするべしと心に決めているシドからすれば、スポットライトの真下と言ってもいいこの席は回れ右してお断りしたかった。だが、超VIP席が空席などという情報は非常に目立つ。クレアも後で本当にシドがチケットを使って観戦していたのかを簡単に確認できてしまうだろう。
陰の実力者ムーヴを取るか、肉親から賜れる死を受け入れるか。
シドは姉が浮かべる温かみの一切が排除された笑みを思い起こし、項垂れて席に着いた。
「ゼノンの件ではあなたにも迷惑を掛けてしまいましたね。私個人からの謝罪として、どうか受け取ってください」
そう言って名の知れた貴族たちの前で己に向けて頭を下げるアイリスの姿を見て、シドはこれ以上ないほどに渋面を浮かべる。
「あ、その……どうぞお構いなく」
もしや嫌がらせなのだろうかと勘繰るシドだが、とにかく話題と場の空気を変えるのが最優先だと思い、ブシン祭の前回優勝者でもあるアイリスに注目している選手について尋ねた。
「ベガルタ七武剣でもあったアンネローゼ・フシアナスさん。それにシド君の姉君であるクレアさんにも期待していますよ。彼女は学園を卒業したら私が指揮している紅の騎士団に配属されることになっているんです」
へー、姉さんとマルコ君って同僚になるんだーと呑気に聞いていたシドだったが次いで爆弾が降ってきた。
「あと、私は直接試合を見てはいないのですがジミナ・セーネンですね」
「ぶふっ……なんだか地味そうな名前ですね」
ジミナという選手に前評判のようなものはない。そんな選出が勝ち進んでいることは確かにダークホースと言えなくもないが、異例というほどではない。ツギーデ・マッケンジーという男も別段高い評価をされていた訳ではないが勝ち上がっているし、まだ学生のクレアだって実績だけで言うならブシン祭で勝てるのかは不透明だった。
まだアイリス・ミドガルからジミナ・セーネンが警戒される段階ではないと踏んでいたシドだったが、予想に反してすでに目を付けられていた。
「マルコから尋常ならざる者だと報せを受けました。軽く経歴を洗っただけですが表舞台での活躍は一切なし。ブシン祭に出場した目的も不明です」
あー、上司と部下だもんね怪しい奴がいたら報告するよねとシドは今更のように思い至った。
経歴が調査されてシロではなく何も分からなかったとなれば逆に怪しい。試合に出るために変装するときは周囲に気を配ろうと決めた。
「マルコ先輩がそこまで警戒するだなんて、ジミナという魔剣士はそこまで強いのでしょうか」
「なんだか覇気のない男にしかみえませんでしたが」
アイリスの隣に座る準レギュラーたちの評価にシドはうんうんと頷く。そういう低評価からの落差があった方がマルコ君との戦いも盛り上がると言うものだ。
「あなた達の目にはそう映ったのですね。しかし、彼が次に戦うアンネローゼさんはベガルタ七武剣の任に就いていた実力が保証されている猛者。ミドガルの騎士でも勝利できる者は多くないであろう彼女との試合でなにが正しいのかはっきりするでしょう」
シドから見たアイリスの目に油断や侮りはなかった。
ギャップによるカッコ良さの演出には失敗したかもしれないが、得体の知れない強さを持った男が王女の懐刀と戦うというシチュエーションは堅持できてるから問題ない。
……そう思っていたシドたちの前にベアトリクスがやってきて、彼女が初代ブシン祭優勝者でありシドの強さにも注目していると答えたことで、彼は悲鳴を上げそうになった。
主人公と絡みすぎている弊害なのかモブキャラムーヴに悉く失敗している気がする。
自身への余計な風評を吹き飛ばすためにもマルコ君との試合は派手にやろう。
シドはそう決意を新たにした。