我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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ブシン祭編④

『本選一回戦、ジミナ・セーネン対アンネローゼ・フシアナス!』

 

 審判が名を告げると、二人が中央へと歩みを進めてくる。

 ブシン祭本戦開始時点で優勝候補と目されている魔剣士は四人。

 前回優勝者アイリス・ミドガルの名代であるマルコ・グレンジャー。

 元ベガルタ七武剣の一人にして女神の試練にも勝利したアンネローゼ・フシアナス。

 失踪したローズ・オリアナの代理として出場したクレア・カゲノー。

 そして、予選の全てを一撃で決着させた謎の男ジミナ・セーネン。

 

 クレア・カゲノーを除く三人は同ブロックに固まっており、マルコ・グレンジャーが初戦を勝ち抜けばジミナとアンネローゼの内、勝った方と試合をすることになる。

 当然、マルコは両者の試合を観戦するため会場に足を運んでいた。

 

「他の参加者と比較してもアンネローゼの実力は抜きんでている。これまでの対戦相手と同じで済むとは思えないが」

 

 逆に同じ結果になるのなら、ジミナの実力はどれだけ低く見積もってもアイリス・ミドガルと同等以上ということになるだろうとマルコは考えた。相変わらず全身で俺は弱いですと主張しているような男だが、今となっては強烈な違和感がむしろ不気味だ。アンネローゼも非常に高い集中力をもって試合に臨んでいるようだが、緊張していることが窺える。

 

『試合開始!』

 

 審判の宣言と共に動いたのはアンネローゼ。

 

「低姿勢での速攻か」

 

 これまでの試合でジミナは攻撃の種類すら判別させることなく勝利してきている。しかし、推測する要素がない訳ではない。

 直近の二回戦では剣を抜いている事と対戦相手の負った傷から、ある程度以上の実力を持つ相手には剣を使った斬撃を行使しているのは確実だ。ならば、抜剣という行為が確実に挟まる。体勢を低く這うように接近するアンネローゼに対して腰の鞘から引き抜いた剣を振るう方法は限られる。居合に適さない大振りの直剣ならば、振りかぶって上段から斬り下ろす以外を選ぶのは困難だ。

 

「だが、女神の試練とは違いジミナには意思と思考がある。攻撃手段に拘りがないのであれば、相手の行動に合わせて最適解を取るのは当然のことか」

 

 アンネローゼの選択に対してジミナの対処は至ってシンプルだった。

 利き手である右手による抜剣ではなく、剣を差している側の左手で引き抜き、アンネローゼの顔面に向けて柄による刺突を放った。

 最速最短の反撃にアンネローゼは急制動を掛けてジミナの横へ転がるようにして回避する。

 

「……追撃しない。アンネローゼをこれまでの対戦相手とは別格と判断して様子見か?」

 

 態勢を立て直すため、地面に膝と手を付いた状態のアンネローゼに追撃をすれば勝負は決したであろう場面。

 ジミナはただ悠然と剣を構えた。

 対するアンネローゼはすぐさま剣を構えてジミナとの距離を詰める。

 ブシン祭が始まってから初めてジミナと他者の剣が交わった。

 

『マルコに舐めているのかなんて言っておいて、あなたは私の隙をわざと見逃すのね。舐められたものだわ!』

 

 魔力によって強化されたマルコの視力と聴覚は歓声が上がるブシン祭会場の中にあって、アンネローゼが発する言葉を聞き取っている。

 一見、激昂しているかのようなアンネローゼだが放つ斬撃に怒りは宿っておらず、ジミナが攻撃に転じ辛いだろう角度からの連撃を執拗に行っている。挑発によって行動を限定し、隙を作れるなら良し。そうでないなら予定通り接近戦を続ける。そんな目論見が見て取れた。

 

「あれだけ間合いを潰された状態で連撃を難なく捌くか……アンネローゼ、頑張れ」

 

 マルコはすでに勝敗の天秤がどちらに傾くかを察している。

 それはきっとアンネローゼ自身も同じだろう。

 それでも戦いの場に立つ者が諦めていないのなら、声援を送りたかった。

 

『はぁっ!』

 

 武器のリーチを逆手に取られた状態からジミナは驚異的な身体能力で無理矢理にアンネローゼの剣を捌いていく。長い手足と長剣を動かすには窮屈すぎる間合いであるはずなのに、幾たびも振るわれるアンネローゼの剣は全てが空を斬るか阻まれる。

 

 攻撃と防御。

 観衆は攻めるアンネローゼが優勢と誤解しているが、ジミナには明らかな余裕がある。

 

『どうしたの、ちょっとは攻めてみなさいよ!』

『……舐めているのかと聞いたな? これは強者の余裕と言うのだ』

 

 霞のようにアンネローゼの視界からジミナが消失する。

 

『くっ!』

 

 アンネローゼは直感に従い身体を庇うように背後へと剣を向ける。次いで襲ってきた重たい剣撃に吹っ飛ばされて転がりながらも姿勢を維持して前を見据える。

 その眼前に二本の足があった。

 

『がぁっ!?』

 

 頭上から降ってきた剣へと咄嗟に自身の剣を差し込んだアンネローゼだったが、巨石でも落ちてきたかのような重圧と衝撃によって破砕音と共に地面が割れ、その中に倒れ伏す。

 

『勝者 ジミナ・セーネン!』

 

 ゆったりとした動作で剣を仕舞うジミナの顔には笑みも渋面もない。

 取るに足らない些末事を片付けた。

 そんな作業感すら漂わせながら会場を後にする。

 

 圧倒的なまでの強者。

 ブシン祭を観戦する者全てにジミナ・セーネンの名が刻まれた瞬間だった。

 

 

 

「ジミナ・セーネン。あんな魔剣士がいるだなんて」

「アイリス王女から見てもジミナ・セーネンの強さは脅威であると?」

 

 一般観客席の上部に拵えられたガラスに覆われた部屋。

 王族や上位貴族のための超VIP席でミドガル第一王女であるアイリスとオリアナ王国宰相ドエム・ケツハットは今しがた起きた試合の推移について語り合っていた。

 

「アンネローゼ・フシアナスとの試合で見せたのが彼の全てであるのなら負ける気はしません。しかし、恐らくあれは全力には程遠い」

「……そう推察する理由は?」

 

 ドエム・ケツハットの胸中は決して穏やかではなかった。

 オリアナ王国中枢は以前からディアボロス教団の手が及んでおり、意図的に戦力を削がれてきた。遂には薬物を使用してローズの父親であるラファエロ国王さえも傀儡としてドエム一派が好き勝手に振舞っている。

 そんなドエム・ケツハットが来賓としてミドガルを訪れたのはラファエロ国王を使ってミドガル国王を殺害することで二国間を緊張状態に陥れるためだ。同時に英雄の血を濃く継いだローズを手中に収めディアボロス細胞の研究を進めるという成果を上げ、教団最高幹部であるナイツ・オブ・ラウンズの席に座ることを目的としていた。

 

 彼にとって警戒すべきは想定外の戦力による介入。

 教団に敵対して暗躍するシャドウガーデン。

 1stチルドレンどころか英雄オリヴィエのコピーに勝利したマルコ・グレンジャー。

 なぜかVIP席でブシン祭を観戦しているエルフの剣聖ベアトリクス。

 そして突如ブシン祭で頭角を現したジミナ・セーネン。

 

 強いことは強いが戦力と動向が把握できているアイリス・ミドガルとは異なる連中。そいつらに大一番で邪魔をされては堪らない。叶うならばマルコ・グレンジャーとジミナ・セーネンには二回戦で相打ちになって諸共死んでほしいとさえ考えていた。

 

「マルコが王都を巡回しているとき、ジミナと会ったそうです。少なくとも彼は魔力の量を偽装していると言っていました。身体能力に物を言わせた戦闘スタイルも擬態だろうと」

「まさか、それでは奴は手の内を何も見せずベガルタ七武剣に勝利したと?」

「それを否定できる材料はなにもありません」

 

 加速のアーティファクトという線もあるが、それだけでアンネローゼの巧みな連撃は防げない。超人的な身体能力をもたらすアーティファクトならあるいはと言ったところだが、所持品にそれらしいものは見つからない。

 そして、アンネローゼとの試合でジミナが明確に魔力を行使して攻撃したのは最後の一撃のみ。そこに至るまでの戦闘も極めて力任せにアンネローゼの攻撃を凌ぎ、膂力で吹っ飛ばすかのような雑な攻撃をしていた。技巧と呼べるのは最初に剣の柄を使った一回だけだ。

 

「彼の強さはともかく、一体なにが目的なのか。いきなりブシン祭に優勝する名誉や国仕えの騎士といった身分が欲しくなったようには見えない」

 

 ドエムと違いアイリスには突如強い魔剣士が現れたこと自体に不満はない。

 一人の武人として手合わせしてみたいという欲求がない訳ではないが、あの風体からして裏世界の人間だろう。ならば懸念すべきはブシン祭以外に本命の目的があり、それがミドガルの害とならないかということ。もっとも、此処まで大っぴらに存在感を出してから犯罪行為に走る意味があるとも思えない。

 

「まさか、本当にマルコが言っていたようにブシン祭を手頃な遊び場だと考えている?」

「遊び場?」

 

 呟いたアイリスの言葉にドエムから呆けたような声が漏れる。

 そんなふざけた理由で自分の計画に狂いが生じるかもしれないことが受け入れがたいのだろう。

 アイリスにとっても魔剣士の誇りを弄ぶかのような理由は認めがたい。だが、仮にそうだとしても自分が直接手を下す必要はない。

 

「ジミナの経歴は我々も洗ってみます。なにか分かればケツハット卿にもお伝えしましょう」

「それは有難いことですが、マルコ殿が勝てるか心配ではないので?」

 

 マルコ・グレンジャーはアイリスの名代としてブシン祭に出場している。その彼が敗北するのは間接的にアイリスが負けたという評価になる。

 

「ええ、何も心配はしていません」

 

 世間一般の評価としてミドガル最強はアイリスであり、次点がマルコ・グレンジャーではないかと言われている。直接戦ったブシン祭でアイリスが勝利したのだから当然といえば当然だろう。

 

 だが、アイリスはずっと心の中で疑問に思っていたことがある。

 マルコ・グレンジャーが誰よりも必死に強さを追い求めていることを学友でもあった彼女はよく知っている。しかし、それとは相反するかのようにマルコは試合や手合わせの勝敗で一喜一憂することがない。いつか来るべき時のために経験の全てを糧にしようと、ただ只管に貪欲に己の強さを磨いていくのみだ。

 

 そんな彼は前回のブシン祭で全力を出していたのだろうか。

 国威発揚の意味もある場で王女である自分に勝利することを優先するだろうか。

 そもそも、彼は敵でもない女性の自分に対して本当の意味で本気になれるだろうか。

 

 手を抜かれていたかもしれない。

 その事実に不思議と怒りは湧かない。

 シャドウや教団とは違い、彼の信念がはっきりしているからだろう。

 ずっと傍で彼の歩みを見てきた。

 だから分かる。

 彼は――。

 

「私の騎士は負けませんので」

 

――――――

 

「怪我の具合はどうだ?」

「大したことないわよ。一応、剣で防ぎはしたんだもの」

 

 ジミナとの試合で意識を失っていたアンネローゼだが、比較的軽傷だったのか、すぐに意識を取り戻していて体を動かすこともできるようだった。

 

「でも、試合自体はぐうの音も出ない完敗ね。修行の旅をしていたはずなのに自分の未熟さを痛感させられるだなんて……心のどこかに驕りがあったのかしら」

 

 驕りと呼べるほど明確な精神的油断はなかっただろう。少なくともアンネローゼはジミナという存在を認識して以降、どうやって勝つかを必死で考えていたはずだ。

 

「どれだけ努力しても届かないことはある。幸いブシン祭で負けたからといって失うものがある訳じゃないんだ。学んだことを糧にして、また前に進めばいいさ」

「私はそれでいいわよ。悔しさはあるけれど、ジミナと直接手合わせできたことで道が拓けた気さえしているもの。けれど、あなたはそうじゃないでしょう?」

 

 ミドガルの騎士代表というだけでなく、アイリス様の代理だからね。

 俺が負けるのは単騎戦力に於いてはミドガルの誰も敵わないということが周知されるようなものだ。個の戦力で敵わないなら数を用意したり戦術を駆使できるのが組織の強みではあるのだが、何処の誰とも知れない奴に自国で上位に位置する騎士が負けたとあっては国民が抱く不安は大きいものになる。紅の騎士団の躍進を快く思っていない連中を勢い付かせることにもなるし、俺の主人でもあるアイリス様の評判にだって傷が付くだろう。

 

「はぁ……気が重い」

「ちょっとなに弱気になってるのよ。俺が仇を討ってやるから期待しておけくらい言いなさい」

「いやほら、ミドガルの人にあんまり弱みは見せられないからさ。アンネローゼはベガルタで軍属の経験もあるから周囲の過度な期待とか組織の人間関係的な(しがらみ)にも理解があるだろう? なんというか愚痴を零しやすいなって」

「なっ!? ……ま、まぁ私にしか言えないっていうなら聞いてあげなくもないけど」

 

 似たような立場の経験があるってだけで甘えていい相手ということではないのだが、こういった話は紅の騎士団の皆を相手には中々難しい。あの人たちも俺に期待してくれている側だからだ。他に相談相手と言えばルーナさんになるのだが、彼女も裏事情は色々あれどミドガルで商売をしている身だ。非常時に自分たちを守ってくれる存在であるはずの騎士から何度も情けない泣き言なんて聞かされたくはないだろう。

 ……理知的で大人びた風貌だから勝手に同年代か年上だと思っていたが、あの人本当は何歳なんだろうか。万が一、年下だったら俺が情けなさすぎやしないだろうか。

 

「それで勝てる見込みはあるの?」

「ジミナ次第、かなぁ……」

「どういう意味よ、それ」

「アイツは間違いなく手加減をして戦っている。それがただの気まぐれなのか自分ルールなのかって話かな」

 

 ジミナが一切技巧を持ち合わせていない身体能力頼みのゴリラという可能性はないだろう。

 むしろ高すぎる技術で巧妙に力任せであると擬態している方が有り得る。もちろん身体能力自体も圧倒的なのは明らかで、そんな相手が全力を出したなら俺に抗う術があるとは思えない。

 魔力を全開にすれば、という案もあるのだが女神の試練と違ってブシン祭には会場と観客席を隔てるバリアはない。負けたくはないが観客に被害を出すような戦闘方法は絶対にダメだ。となると、ジミナが自分ルールに固執している間に倒すのが理想的ではある。

 

「最初から全力を出されたなら、きっと勝てないと思う。だけどジミナは何かしらの理由があって自分の強さに枷を設けている。そこを突くしかない」

「観衆の前で這いつくばらせてやるって言われてなかった?」

「……そうなんだよねえ」

 

 あのよく分からない手加減が俺にだけは適用されないかもしれない。

 対戦相手に無様を晒させたいというのなら早期決着は望ましくないだろうから、戦闘方針としてはアンネローゼと同じくこちらから速攻を仕掛けて、やられる前にやるだ。

 

「ま、応援はしてあげるから頑張りなさい」

「ありがとう。ベガルタ七武剣からの声援なら百人力だ。……ところで女神の試練の時に俺と勝負するって言ってたけど、俺がジミナに勝ったらアンネローゼにも勝ったってことでいいよね?」

「良い訳ないでしょ! 応援取り消すわよ!」

「ごめん冗談だよ。また別の機会に勝負しよう」

 

 一頻り笑い合ってから、医務室を後にして修練上へと向かう。

 

「……やっぱり負けられないよな」

 

 ニコレッタを守れなかったあの時を繰り返さないために。

 こんな俺の勝利を願って応援してくれる人たちのために。

 昔と同じにはさせない。

 

 誰も居ない修練場で、ひとり剣を振るう。

 遥か高みの強者に手を届かせる一撃。

 そのイメージを脳内で固め、体に覚え込ませる。

 誰よりも速く、誰よりも鋭く。

 

 ジミナよりも。

 ――シャドウよりも。

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