我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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戦闘描写は苦手です。
レース描写も苦手です。


ブシン祭編⑤

「久しぶりだねアルファ様」

「ゼータ、遠方で偵察任務中に呼び戻してごめんなさい」

 

 ブシン祭会場に渦巻く熱気は最高潮を迎えようとしていた。

 シード権を持ち、本選一回戦を危なげなく勝利したマルコ・グレンジャー。

 そしてアンネローゼ・フシアナスを圧倒したジミナ・セーネン。

 一回戦の試合が全て終わり全出場者の実力が判明した今、優勝するのは両者の内どちらかであるというのが見ている者たちの総意だった。

 それほどに今からぶつかり合う二人の実力は突出している。

 

「構わないよ。シャドウガーデンが最初の外部協力者として選んだ噂の騎士様を直接見てみたいと思っていたからね」

「あなたは反対派だったものね」

 

 そんな会場の一画に目立つ一団が居た。

 十人を超える女性の集団は帽子やフードで容姿が窺えない者もいるが、いずれも並々ならぬ美人揃いだ。

 

「アタシの役割は間諜だからね。()()()()()()()()が仕事だ。だから、彼個人に対しての悪感情がある訳じゃないよ?」

「分かっているわ。情に絆され組織としての判断を誤ることがあってはならない。もしもマルコ・グレンジャーを処断する必要が出たなら、あなたはその役目を進んで請け負うのでしょうね」

 

 マルコ・グレンジャーを善意の協力者として扱うことに反対意見がなかった訳ではない。あえてゼータ派と称するが、彼女と直属の部下である559番などはシャドウガーデン以外の者を信用すべきではないと主張していた。

 もっとも、559番はともかくゼータはあえて懐疑の目を向けることでシャドウガーデンが不利益を被ることがないよう立ち回っているだけだ。

 悪魔憑きとなったニコレッタ・マルケスを救うために命を賭したマルコに対して、身内以外には恐ろしくドライなゼータにしては非常に珍しいことに好感を抱いている。

 

 それでも物事には優先順位がある。

 シャドウとシャドウガーデンのためならば、教団を完全に滅ぼすためならば、ゼータは悪魔憑きに手を差し伸べることができる心優しい騎士であっても殺せる。

 その結果、ニューにどれだけ恨まれることになろうともだ。

 

「その時はニューとも殺し合いをすることになるのかな」

「あの、本人がいるところで怖い相談をしないでくれませんか?」

 

 アルファとゼータの会話をすぐ後ろの席で聞かされているニューからすれば堪ったものではなかった。

 

「もしもの話さ。主とアルファ様たちが大丈夫と判断したなら問題ないよ。それにニューって七陰の席を狙ってるんでしょ? 私に勝てば第六席になれるよ」

「いえ、第二席にしか興味ありませんので」

「えっ!? なんで私が狙われてるのよっ!」

 

 いきなり自分に話が飛んできたベータが驚愕して後ろを振り向く。

 

「他人の男に手を出す泥棒猫は殺処分されて当然では?」

「勝つだけじゃなくて殺されるの!? だいたい猫はゼータだし私は泥棒なんてしてないもん! 私が愛してるのはシャドウ様だけでマルコ・グレンジャーになんて興味ないもん!」

 

 絶対零度の目でベータを見下ろすニューからは一切の好意が感じられない。

 ニューを揶揄う立場だったはずが、いつの間にか自分がマルコに異性として興味があるだなんて有らぬ噂がガーデン内に流れていたベータは半泣きで反論した。

 

「もんとか語尾があざといんだよ。それにマルコ()()()ってどういう意味だ?」

「敬語! どうしようアルファ様、ニューから完全に私への敬意が消えちゃってる!」

「自業自得よ」

 

 間違ってもニューの恋愛事情は弄らないようにしようと周囲で話を聞いていた者たちは決めた。

 七陰第二席であるにも関わらずガーデン内での地位が凋落し始めているベータが泣き喚いていると、アルファの元へ片目を瞑った褐色の女性が近付いてきた。

 

「アルファ様、会場内の騎士と教団員の位置把握は完了しました。号令があれば数分で完全に沈黙させられます」

「ローズ・オリアナは?」

「会場周辺に潜伏しています。試合が始まれば内部へ侵入すると思われます」

「分かったわ。商会で待機しているガンマたちとの連絡は欠かさないように。後は事が起きるまでラムダも試合を観戦していて構わないわよ」

「はっ!」

 

 ブシン祭会場にはシャドウガーデンが持つ戦力の大半が集結していた。

 人混みの中での戦闘に極端に向いていないデルタと引き籠っているイータ。ミツゴシ商会でバックアップとして備えているガンマを除いた七陰の四人。アレキサンドリアからの増員を率いてきたラムダにカイやオメガといったナンバーズも控えている。

 

 此処までの戦力を用意することになったのは偏にマルコの強さが不明確だからだ。

 一見した強さはナンバーズ上位クラス。奥の手込みならば七陰の域に届く。

 それがマルコのことを知っている七陰の判定だった。しかし、聖域で彼が見せた殺気と魔力圧はそれを遥かに上回っていた。

 あの時のマルコ・グレンジャーを相手にして勝利できるか。

 アルファであっても安易に首を縦に振ることはできなかった。

 そんな彼をシャドウの邪魔をさせず止めるなら過剰に戦力を用意しておくに越したことない。

 

「流石に用心のし過ぎではありませんか? 幾らマルコ・グレンジャーが強いと言っても主様と戦った後に我々の邪魔をする余力が残っているとは思えませんが」

 

 イプシロンが配備された人員の規模に疑問を呈す。

 なにせ騎士団と教団に備えてではなく、そのほぼ全てはマルコ・グレンジャーを足止めするための戦力なのだ。

 

「シャドウがなにを目的としているか定かではない以上、備えていて損はないわ。一番厄介なのが彼であって、他にも無視できない戦力は会場内に居るのだから」

 

 斜め後ろに位置する超VIP席へと意識を配りながら、アルファが答える。

 

「そう言えばゼータ。マルコ・グレンジャーを見に行ってたんでしょう。あなたから見た彼の強さはどうだったかしら」

「うーん。見てないから、はっきりしたことは分からないかな」

 

 事前情報を得てると先入観が生まれてしまう。そう言ってゼータはアルファたちの元へ来る前にひとりでマルコの様子を見に行っていた筈だった。

 だが、彼女は見てないという。

 

「控室の傍までは行ったんだけどね、これ以上は気付かれるなって思ったから、そのままこっちに来たんだ。凄い集中力だったよ」

 

 シャドウを除けば最も隠密に秀でたゼータでも不用意に近付けば気取られる。

 マルコは些かの油断もなくジミナとの戦いに臨もうとしていた。

 

「そう。そろそろ試合が始まるわね。シャドウが執着するだけの何かが彼にあるのか。存分に確かめさせてもらうとしましょうか」

「マルコ、どうか無事でいて」

 

 これまでのような瞬殺劇にはならない。

 シャドウが望んでいない。

 それを知っているニューは祈るように両の手を握る。

 その目に試合場へ進む青の騎士が映った。

 

――――――

 

『二回戦、ジミナ・セーネン対マルコ・グレンジャー!』

 

 本大会で最も注目される一戦。

 優勝候補筆頭であるマルコは何かを数えるように指折りながら会場へと姿を現した。

 

「何を数えている?」

 

 その様子を疑問に思ったのか、向かい合うジミナが訝しげに問い質してきた。

 

「親しい人たちから受けた声援の数だ」

「はっ、まさかそれが力になるとでも言うつもりか? くだらないな。戦場で勝敗を左右するのは己が実力のみ。それ以外の要素に頼るのは弱者の思考だ」

 

 小馬鹿にして嘲笑うジミナ。

 対するマルコもまた笑みを浮かべていた。

 

「良い行いをして人に応援してもらえるってのは案外悪くないものだぞ」

「その応援が落胆と絶望に変わるのが今から楽しみだ」

 

 言葉を交わす度、会場に漂うプレッシャーが増していく。魔力を持たぬ者も、戦う術を知らぬ者でさえも肌を刺す圧力に身が震えた。

 

「這いつくばらせてやろう」

「やってみろ」

 

『試合開始!』

 

 合図と同時にマルコがジミナへと突進する。

 アンネローゼと同じく速攻で駆け出す形だが、その前進はジミナの間合いに入る瞬間に回転が加わることで側面へと逸れた。

 ジミナの視界から外れるように急制動したマルコの移動先はジミナの左側面。抜剣しても防御と反撃が難しい角度からの一撃にジミナは超高速で鞘から剣を抜いて体との間に差し込んだ。

 

「悪くないが(のろ)すぎるな」

「そうかよっ!」

 

 間髪入れず剣を振り上げるマルコだったが、それもなんなく防御される。

 しかし、そこでジミナは違和感に気付いた。

 防いだ攻撃にまるで威力がない。

 

「なるほど、これが狙いか」

「どれだけ速くとも、空中では動けないだろ!」

 

 威力を殺した剣はジミナを斬るためのものではなく、身体を持ち上げて空中に浮かせるためのものだった。驚異的な身体能力を有していようとも、体重は常人のもの。魔力を行使すれば持ち上げることは容易い。

 かち上げられたことで剣が跳ね上がり、足も地面から離れ移動手段が奪われた状態。

 ジミナのがら空きの胴体へと狙い澄ましたマルコの刺突が放たれる。

 

 鳴ったのは、肉を裂く音ではなく金属音。

 

「腕力だけで間に合わせるか!」

 

 足の踏ん張りも腰の回転も使えない状態にあってなお、高速。

 肩から先の関節と筋力のみでジミナは防御を成立させる。

 そして、刺突を防御して生まれた衝撃を利用して後方へと飛び、体勢を立て直す。

 その一連の動きには確かな技巧が見て取れた。

 

「やるじゃないか。腕力だけでどうにでもなると考えていたが」

「舐めていたのはお前の方だった訳だ。それで、まだゴリラ戦法を続けるつもりか?」

 

 マルコはジミナの強さが擬態であることを確信している。なにせ、力任せの戦い方をしているのに此処まで誰一人として殺すことはしていないのだ。本当に埒外の身体能力を無造作に振るうことしかできないのなら、これまで彼と対戦した者は全員が挽き肉に変えられていただろう。

 技術を行使できない己の全力状態を知っているマルコにはそれがはっきりと分かっている。

 

 そんなジミナの本気をマルコは見てみたいと思った。

 道が拓けたと言ったアンネローゼと同じように、得難いものが得られるのではないかという予感があるから。

 

「本気で来いジミナ。これは決闘なんだろう」

「ふむ……」

 

 明らかな隙を晒して思考に沈んでいるジミナをマルコは攻撃しなかった。

 騎士道に則ったからではなく、マルコの目には一分の隙さえ見えなかったから。

 

「いや、このまま続けるとしよう」

「なんだ……っ!?」

 

 『なんだと』と糾弾しようとしたマルコは最後まで言い切ることが出来なかった。

 二十メートル近い彼我の距離。

 魔剣士同士であっても完全に間合いの外である筈の距離が瞬き以下の時間でゼロにされた。

 

「ぐうっ」

「マルコ・グレンジャー、お前は強い。その上で断言しよう。力だけで問題なく勝てると」

 

 ジミナが選んだのは()()()()

 アンネローゼ・フシアナスが有効策足り得ると判断した不利な間合いに自ら踏み込み、マルコ・グレンジャーへと剣を振るう。

 

 肉体の可動域など欠片も意識していない剣の振り方。

 攻撃を連続させることなど全く考えていない適当な斬撃。

 得物の有効射程など知らぬとばかりに距離を詰める戦法。

 

「ぐ……っ……!?」

 

 魔力を込めた剣が魔力のない剣に押し負ける。

 技量を伴わない斬撃に剣技が後れを取る。

 効率化を図った体捌きが力任せの動きに先を行かれる。

 

 試合開始時点でさえ目視できていたのは限られた者のみな両者の攻防。

 しかし、『力』と『技』という対極の二人が演じる剣戟の速度は、とうとう目で追える者の数が片手の指以下になろうかという領域へ突入した。

 

 幾たびも煌めく剣閃が音を置き去りにして衝撃波を生み出す。

 舞踏の如く目まぐるしく入れ替わる両者の姿さえ二条の光となったかのようだった。

 

 ――びちゃり。

 

 極小の竜巻のように交わっていた青と灰。

 そこに異なる赤の色が混ざり、飛び散って地面へと広がった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 一際大きな金属音が鳴り、距離をとった二人。

 戦いの趨勢は明らかだった。

 

 肩で息をして全身から血を流すマルコ・グレンジャー。

 対するジミナにはひとつの傷もなく、浮かべる不気味な笑みに変化はない。

 

「どうしたミドガル最強。お前の力は、この国の騎士の力はこんなものか?」

「――アァッ!」

 

 国の威信を持ち出す挑発にマルコがこれまでにない速度でジミナへと接近して斬撃を放つ。

 西洋剣には適さない抜刀術でありながら確かな練度が窺える技。

 その渾身の一撃はあっさりと速度に対応してみせたジミナが僅か半歩前に出るだけで威力を削がれ容易く受け止められる。

 

「それも悪くない。だが、まるで届かないな」

 

 居合を止めた体勢から瞬時に繰り出された旋風の如き回転斬りによってマルコの体が吹き飛び、ブシン祭会場の壁と激突する。

 辛うじて防御こそしたものの、その威力は壁に突っ込んだ衝撃で観客席にまで罅割れが及ぶほどだった。

 血みどろになり壁に凭れかかった状態でへたり込む姿を見て、一人を除いた全員が思った。

 

 マルコ・グレンジャーが負けると。

 

「諦めるか?」

 

 そんな中、ただひとり勝敗は決していないと思っている男が口を開く。

 

()()()と同じことを繰り返すのか?」

 

 ジミナは追撃もせず、マルコへと語り掛ける。

 

「奪われるのをよしとするのか」

 

 時が来るのを待つかのように。

 

「ならば、ニコレッタ・マルケスは()のモノということになるな」

 

 ――ブチリと、何かが切れる音がした。




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