我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。 作:ゆーりふり
マルコ・グレンジャーが人気で俺も鼻が高いよ(後方理解者面)
突如発生したアレクシア王女誘拐事件。
誘拐が事前告知されて起きる訳がないだろうというツッコミは置いておくとして、そこからの進展もまた唐突に訪れた。
いや、これを
「王族の誘拐に続いて王都で無差別テロだと。元々治安が良い世界じゃなかったが、世紀末感が急激に増しすぎだろう」
アレクシア様捜索のため、雨が降る夜の街を見回っていると建物が倒壊したと思しき轟音と地響きが聞こえてきた。それを皮切りに街の至るところで土煙が上り、人々の悲鳴が木霊する。
「ふざけた真似をっ!」
同一犯か別の組織が王女捜索に掛りきりとなって通常と異なる警備体制を敷いた騎士団を見て好機と捉えたのか。いずれにしろ、不特定の罪なき人々を巻き込むやり口は許せるものではない。
だが、どう動けばいい。
命の価値に優劣などない。片っ端から助けるのが最も公平な方法ではあるが、犯人のリーダー格を抑えるか向こうの目標を頓挫させない限り犯行は止まないだろう。それか、連中の目的が完全に達成されてしまうか。
高い建物への屋上へと登り、王都を一望して状況を確かめていると一際大きな破壊音がして大量の粉塵が舞うのが見えた。
「なんだアレは」
立ち並ぶ建物に匹敵する大きさの何かが街の中で暴れている。大型の魔物が外から侵入したり、空から降りて来たのだとしたら誰も気づかないはずがない。あんな巨体がどこから現れたのか。
だが、思考に耽っている余裕はない。外見に相応しい戦闘力を有しているのだとしたら並みの騎士では徒党を組んだところで歯が立たないだろう。テロ組織の主力か切り札なのだとしたら、アレを迅速に打倒することが状況に打破に繋がる可能性は高い。
「最初から全力で狩るっ!」
アイリス様との戦いでも使わなかった魔力の解放。
建物の屋根を踏み砕くほどの力を込めて、標的の元へと駆ける。
『オォオォォォォォォッッッ!!』
接近した俺の目に映ったのは巨人と称すべき異形の存在だった。灰褐色の肌に濁った白色の毛髪と赤い目。屈強な体躯に伸びた鋭利な爪。文献や資料でも見たこのない魔物だ。
「こんなのを自由に暴れさせたらあっという間に街がグチャグチャになるぞ!」
巨体の化け物に対し、すでに騎士団の魔剣士による攻撃が行われていた。
複数人による魔力を伴った斬撃。その裂傷は瞬く間に塞がっていき、化け物はなんら支障なく破壊活動を再開する。
「表面を切る程度では無意味か」
振り下ろされる剛腕を弾き返し、騎士団と化け物の間に立つ。
「ここは私が引き受けます。皆さんは周辺民の救助と避難誘導をお願いします」
「マルコ・グレンジャーか。すまないが頼む。俺たちでは力不足のようだ」
コイツ相手では数をいくら用意したところで効果は薄い。必要なのはアイリス様の剛剣のような根本から断ち切る一撃だ。
『ウォオオアァァァァァァッ!』
剣へと魔力を収束させ、構える。巨体の奥底にある魔力の発生源。それを脳と合わせて縦に両断して沈黙させる。その一撃の放つ準備を終え化け物を見据えた時、あることに気付いた。
「この臭いは……悪魔憑きの」
雨と舞う粉塵の影響で気付くのが遅れたが、化け物から漂う腐臭を俺は知っていた。
大切な人が成り果ててしまった醜悪な肉塊。ニコレッタが放っていた、頑張ってはみたものの興奮することは難しかったあの臭いだ。
「まさか、これも悪魔憑きなのか?」
ニコレッタに比べれば、コチラの方が人体の形を保っていると言える。だが、人ならざる化け物具合で言えば甲乙つけがたい。どちらにしろコレが珍しい魔物ではなく悪魔憑きの形態の一つなのだとしたら、殺すことはしたくない。
「殺したくはないがっ、これじゃ埒が明かないな!」
幾度も振るわれる腕と爪を街への被害が出ないよう上方向へと弾いて凌ぐ。
街から響く破壊音と悲鳴は未だ続いている。此処で俺が足止めされていては失われる人命が増えてしまう。しかし、ニコレッタと同じ境遇かもしれない者を無慈悲に殺してしまっては教団を名乗る連中となんら変わらない。
「くそっ!」
脳裏に漆黒を纏った男の姿がよぎる。
あの男なら、シャドウならばこの事態も呆気なく終息させられるのだろうか。苛立ちと焦りに
「マルコ、無事ですか!」
「アイリス様!?」
救援に訪れたのはアイリス様だった。
「私が仕留めます。あなたは奴の注意を引いてください」
「ま、待ってくださいアイリス様!」
俺とアイリス様の二人掛かりなら大した苦戦もなく倒しきることが出来るだろう。だが、俺は目の前の化け物を殺すことを決意できずにいる。しかし、このまま王都でも最上位の戦力である俺とアイリス様が留まっていて事態が好転するはずもない。
「やるしか、ないのか……」
歯を食いしばり、覚悟を決める。
この報いはいずれ甘んじて受けよう。
「その必要はないわ。あなたたちではいたずらに苦しめるだけよ」
どこからともなく漆黒のボディスーツを纏った女が現れ、俺とアイリス様を化け物から遮るようにして立ちふさがった。
「何者だ!」
「……アルファ」
問いただすアイリス様に対して、冷静な態度を崩すことなく女は名乗った。
その黒衣はかつてニコレッタを失ったときに見たものと同じだ。
「かわいそうに、痛いでしょう。もう苦しむことはない」
アルファと名乗った女は俺たちに大して意識を向けることもせず跳躍し、闇夜の如く黒い剣を上段に構える。
それはシャドウが振るっていたものと同じ剣だ。
「だから、もう泣かないで」
唯一、シャドウの紫色とは異なる青い魔力を纏わせた漆黒の刃は化け物の体を両断した。
俺もアイリス様も息を呑む。
剣に籠められた圧倒的な量の魔力。大上段からの振り下ろしという大振りの一撃であったにも関わらず窺える技量。シャドウにこそ劣るものの、俺より先を行く魔剣士の姿に唇を強く噛む。
「願わくば……来世では安らかな生を」
「殺して、しまったのか」
魔力の光に包まれた巨体は徐々に収縮していき、最後には少女の姿になって倒れ伏した。
シャドウはニコレッタを殺すではなく預かると言っていた。悪魔憑きを治す手段なんて聞いたこともないが、俺はシャドウガーデンという組織に一縷の望みを託していた。だが、同じ組織に属しているはずのアルファは化け物を殺した。その剣には慈悲の心が見て取れたが、殺す選択をするしかなかったということはニコレッタも……。
「少なくとも私に暴走した者を元に戻す手段はないわ。彼がどうかは分からないけれど」
どこか悲哀を感じる声で告げて、アルファは俺たちに背を向けて歩き出した。
「待て!」
「観客は観客らしく、舞台を眺めているだけで満足しなさい」
アイリス様の制止にも足を止める様子はない。
その声も一転して排他的で冷徹なものに変わる。
「我ら『シャドウガーデン』の邪魔をするな」
「観客のままで居るつもりはない。君たちでも救えないというのなら俺がその先へ行く」
「……そう。口だけではないことを祈るわ」
そう言って、アルファは立ち込める煙の中へと消えていった。
体が震える。
降り注ぎ肌を伝う雨の冷たさではなく、己の無力さに。
その時、新たな爆発音が響いた。
そうだ。まだこの騒動が終息した訳ではないのだ。
「マルコ、二手に分かれますよ」
「はっ! アイリス様もお気を付けて」
無力さに震え俯いている暇はない。
こんな俺でも助けられる命は確かにあるのだ。
アイリス様と別行動を取り、市民の救助と犯人と思しき連中の捜索に当たる。
その時、街の一角を魔力によって描かれた線が覆った。
「あれは……シャドウの魔力!?」
莫大という表現すら生温い、計り知れない魔力。
俺の超えなければいけない相手。
「これが人間から生み出されるものなのか?」
魔力を貯蔵するアーティファクトを何千と用いたと言われた方がまだ納得できる。とてもではないが通常の手段で人間が生成できる魔力量とは思えない。
「なんにしても、あそこが事態の中心!」
理由は分からない。
だが、シャドウガーデンのアルファは暴れていた悪魔憑きを止める側だった。つまり、この事態には最低でも二つ以上の組織が絡んでいる。ニコレッタの時と同じように教団という組織なのか、それ以外か。
今の自分では力及ばないことは重々承知している。それでもシャドウの居る場所が一連の事態の中心地なのは分かる。その存在を認識して見逃すことはできない。
展開された魔力へと向けて足を踏み出そうとした瞬間、光が爆ぜた。
その光が天を突き、全てを呑み込む。
――王都がシャドウの放つ魔力の色に染め上げられた。
――――――
王都の同時テロ事件は終息し、アレクシア様の誘拐事件も解決した。
誘拐事件の首謀者はゼノン・グリフィ。
目的は王族に流れる英雄の血ということらしいが、血液を採取することがなんの意味を持つのかは誰にも分からない。当人に聞こうにも、シャドウの放った魔力の光によって消し飛んだとあってはどうしようもない。
そして、王都で同時多発的に発生した破壊テロ活動。こちらもまた真相は掴めていないままだ。ゼノン・グリフィとシャドウの争いは、正しくはディアボロス教団という名らしい組織とシャドウガーデンの争いでもある。だが、俺たちミドガルの騎士団と歩調を合わせるつもりのなさそうなシャドウガーデンがアレクシア様を助けてくれた理由は分からないし、破壊テロがどちらの手によるもので何の目的があったのかも不明だ。
「はぁ……自分が情けない」
アイリス様に呼び出されたので執務室へと向かいながら事件のあらましを整理していたのだが、結局のところ俺は何もできていない。巨体な化け物の対処をしたのはアルファという女でゼノン・グリフィを倒してアレクシア様を助けたのはシャドウ。
強くなったつもりでいたが、本当に
「アイリス様、マルコです。失礼します」
到着した執務室へ入るとグレンさんが居た。
まあ呼び出された目的は理解しているので、グレンさんが居ることは承知している。
「かねてよりの計画通りに?」
「ええ、調査部隊を新たに設立します」
俺が到着したことを皮切りに二人が会話を始める。
以前から下準備は進めていたアイリス様が指揮権を持つ部隊の設立。今回のきな臭くて闇が深そうな事件を口実として正式に立ち上げることが決まったのだ。
「グレン、マルコ。私が心から信頼しているあなたたちに、参加してもらいたい」
「ご下命とあらば」
「光栄です」
知っている話ではあったし、俺としても願ってもないことだ。
言い方は悪いがしっかりと貢献はするので、代わりにアイリス様の持つ権力を目一杯利用させてもらおう。
「ありがとう。設立する部隊の名は『紅の騎士団』よ」
紅の騎士団。名の由来はアイリス様の赤い髪と眼だろうか。
いや、しかしそうなると……。
「アイリス様、ひとつよろしいでしょうか」
「なにかしら、マルコ」
「私は青髪碧眼なのですが入って大丈夫なんでしょうか」
俺はブルーアイズブルーナイトである。
抱いた疑問に対してアイリス様はニコリと人好きのする笑みを浮かべた。
「マルコ、私はあなたのことを友人としても騎士としても信頼しています。けれど、時々あなたの思考回路が理解できないわ」
「そもそも、その理屈だと俺も入れないだろう」
グレンさんが呆れたようなジト目でこちらを見てくる。
あなたは見た目がイカついからゴリラ仲間ってことでセーフなのかなって。
「マルコ、あなたに自覚はないのかもしれませんが、女は男の視線とそこに込められている感情に敏感なんですよ。不敬罪で首を刎ねられるか黙って紅の騎士団に入るか選びなさい」
綺麗な笑顔のままなアイリス様だが、額には青筋がいくつも浮かんでいた。
怖いので黙って頷く。
ああ、ニコレッタも俺がデリカシーのないことを言ったとき、こんな表情をしていたなあ。
顔を忘れたことなどないが、今日はやけに鮮明に彼女の恐ろしい笑顔と折檻してくる姿が思い起こされた。
仮にもマルコ君が主人公なのにニューが出てくるまで話数掛かりすぎだろ。